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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第一章:幾星霜の密謀の果ての萌芽と嚆矢
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7話:泥棒と[魔晶石]の処遇




目の前で[魔晶石]を”食べ”始めた不思議な生き物に、エレアスは目を丸くした。生き物は1つの石を食べ切ると、散らばった他の石も同じように食べだした。


「これが好きなの?」


2つ目を食べ切ったところで、生き物が嬉しそうに何度か跳ねる。そうしてもう1つ食べようと、近くに落ちている石へと近付く。そんな生き物を、エレアスがそっと抱き抱えて止めに入る。


「うーん…、でもだめだよ。これは村のみんなのものだからね。」


エレアスの制止を理解したのか、生き物は大人しく抱きかかえられている。2つ数は減ってしまったが、食べてしまったものは仕方がない。エレアスは石の個数と状態を確認して、袋に仕舞っていく。

そうしている間に、倉庫の向こう側が騒がしくなる。


「おーい!大丈夫かー!?」


村の大人達が来てくれたようだ。きっとあの少女が呼んで来てくれたのだろう。これで一安心だ。

10人程の村の男達がやって来た。全員(くわ)や金槌なんかの武器を携えている。ヤる気満々といった様子だったが、既に泥棒達は戦闘不能状態だ。泥棒達が倒れているのを見て、男達は驚きで立ち止まる。その場に居たのが小さな少年だけだったので、理解するのに時間がかかる様子だ。皆目をぱちくりさせている。


「こいつぁすげぇな…。お前さんがやったのか?」

「薬でちょっと寝てもらってます。」

「そんなら、今のうちに縛っちまわねぇと!」


そう言って泥棒達が持っていたロープを使い、ぐっすりと寝ている彼らを縛っていく。それと追加のロープも合わせて身動きが全くできない程にびしっと縛れば、目を覚ましても逃げることはできないだろう。


「大丈夫!?」


少し遅れて登場したのは、先程の少女だった。心配そうに眉をひそめた彼女は、整わない息のままエレアスの元に駆けつける。


「良かった…無事で……。本当にごめんなさい…。」

「大丈夫だよ。僕こそ…危ない目に合わせちゃったね。」

「そんなことない!あれはあたしが先に奴らに向かっていったから…!」


エレアスの元に膝をついた少女は、大きな目に涙をいっぱいに溜めてエレアスを見た。自分より小さい子供を置いていったと、そして足手まといになった上に助けられてしまったと、彼女は自分が許せないでいるようだ。


「君がいたから、助けを呼べたんだ。ありがとう。」


そう言うと、少女は言葉に詰まって、頬に幾筋(いくすじ)も涙を伝わせながら頷いた。

暫く経って、彼女の涙が収まってきたところで、エレアスは少女に聞いた。


「……ところで、この[魔晶石]…どうしようか?」


エレアスの手にあるのは、泥棒達が所持していた[魔晶石]入りの袋だ。村のものであるなら、今ここで村人達に渡してしまった方が良いのだろうかと、エレアスは袋ごと少女に差し出した。しかし、少女はそれよりもエレアスの腕に目が行ったようで。


「あんたそれ…!」

「ん?……あぁ、もう止まってるから大丈夫だよ。」

「だめよ!」


少女はきっぱりと言うと、エレアスが持っていた袋を受け取り、中に入っていた[魔晶石]を一つ取り出す。

それを腕の傷にそっと当てた。


「これ…、良いの?この石は盗まれてたやつでしょ?僕が使っちゃって大丈夫?」

「いいよの。石なんてどれも似たようなものなんだから。誰のかなんて分からないわ。」


(確かに…。)


これなら先程あの生き物に食べられた分も問題なさそうだ。


先程の黒い液体に包まれたせいなのか、血はあれ以降止まっていた。だが、瘡蓋(かさぶた)のようになっているだけで、刃物で切られた痛々しい傷は残ってしまっていた。それを、[魔晶石]の力を借りて治していく。


(またこれに頼ってしまうとは……。)


一日に2回も[魔晶石]による治療を受けることになるとは思ってもみなかった。

空を仰ぎ見れば、太陽はもう随分と傾いていて、もう少しすれば段々と赤く染まっていくような時間だった。

なんだか今日は厄日のようだ。次から次へと、本当にツイていない。


そんなことを考えていれば、いつの間にか治療は終わっていたようで。腕を見れば何事も無かったようになっている。


「ありがとう。」

「いいよの。なんならこの石、あんたが全部持って行ってもいいくらいよ。」

「えっ、」


少女の思わぬ発言に、エレアスが固まる。

どう応えようか目を彷徨わせていると、先程応援に来てくれた男達と目が合う。男達は少女の話を聞いていたようで、困り顔のエレアスに向かって、うんうんと頷いた。


「そうさ。今回はお前さんの手柄だ。それで礼になるのなら、好きなだけ持って行っていい。」


そう言う男の周りの村人達も、持ってけ持ってけと笑っている。


「い、いや、さすがにそれは……。だってこの石貴重ですよね?」

「まぁ、貴重だが…、そのうち教会から配られるだろうから気にしなくていい。」


こんなに沢山の[魔晶石]を貰っても、使うつもりの無いエレアスには宝の持ち腐れだ。それに、[魔晶石]はエレアスにとって憎い[悪魔]を意識させるものであり、見ていて気持ちの良いものでもない。せっかくの申し出だが、ここは丁重にお断りしたい。


「あの、それでもこれは、元々皆さんのものですから…!」

「いや、恐らくだがそこにあるのは、この村の石だけじゃない。この村の分は、三分の一でもあれば上等よ。」


この泥棒、一体どれだけの範囲で石を盗んでいたのか。今日持っていた分だけでこれなら、被害自体は前々から報告されていたのだから、累計でいうとどれ程になるのだろうか。きっと[魔晶石]を配っていた教会にも被害が出ているか、そうでなくても各地で石が足りなくなって困っているのではないか。


「あの!それならこれは、一度教会に返すっていうのはどうでしょうか?」

「…お前さんがいいなら構わないが…。」

「大丈夫です!僕、返してきます!」


エレアスの毅然とした態度に、村人達は納得したようだ。そうして一先(ひとま)ず[魔晶石]はエレアスが預かることになった。他の人間が預かればまた盗難される危険があるが、エレアスなら盗まれたところで村の恩人だから石を持って行っても問題ないという判断の元だ。


「ついでにこいつらの処遇も教会の方々に決めてもらわねぇとな。」


村人の視線の先にはロープでグルグル巻にされた泥棒達。眠り薬のせいで、まだまだぐっすりと眠っている。捕まえたのはいいが、このままずっと縛って置くわけにもいかない。通常なら犯罪者は王国の憲兵に引き渡してから、裁判なり投獄なりと処罰されていくのだが、教会に判断を仰ぐというのは、どういうことなのか。エレアスは不思議に思って、目の前の少女に聞いた。


「教会って犯罪者の取り締まりもしてるの?」


すると、少女もまた不思議そうな顔をしてエレアスに質問した。


「そうよ。あんたのいる街では違うのかしら?」

「あ、いや、僕2年前にマクリアグロスに越して来たんだけど……家に居てばっかりで、この地域のことあんまり詳しくないんだ…。」


エレアスは家族と家を失って以降、兄の残した研究と[悪魔]への復讐のために、各地を転々としてきたのだ。様々な素材を手に入れ、[悪魔]に打ち勝つ方法を模索するために日々を過ごしてきたエレアス。現在の拠点に住み始めてからは、近所の子供たちに読み書きと計算、科学を教え、拠点に篭って実験や研究を行い、たまに外に出ては研究材料等を山や街で集め、ついでに作った肥料などを売って生計を立てるのみ…。国や地域の(まつりごと)や情勢についてはさっぱりであった。


「それなら、一緒に教会に行ってみましょ!あたしが案内してあげるわ!」


戸惑うエレアスに、目を輝かせた少女。教会のことをよく知っているのか、案内役まで買って出てくれた。


(教会かぁ…、)


教会…、つまり宗教施設だ。何の神を祀っているのかは知らないが、神を崇める人間達によって構成されている集団と、その巣窟である訳だ。

こんな世に神なんている訳ないと思っているエレアスにとっては、近寄り難い場所である。とはいえ、村人達の言葉や様子から察するに、このマクリアグロスにおける教会は、[魔晶石]の頒布という慈善事業から犯罪者の取り締まりという警察的なことまでしているようだ。マクリアグロスの中心地に位置している少し大きめな建物がそうなのだろう。

以前近くを通り過ぎた時に信者らしき人間が”我々をお救い下さい”などと言いながら押し寄せていたのを見たことがあった。

今まで関わらなかったとはいえ、今後もこの地域で暮らしていくには、知っておいた方が良い存在でもあるが……。


(……正体不明な神を信じる人間に、(ろく)なやつはいない。)


目を輝かせている少女に言えはしないが、エレアスの教会に対する評価はそれでしかなかった。

正直、関わるつもりはなかったが、今回は[魔晶石]の返却と泥棒達の引き取り依頼をすることが目的であり、それ以上でもそれ以下でもない。それだけならば、社会勉強も兼ねて教会に足を踏み入れてみるのもいいだろうと、エレアスは考えた。


「ありがとう、頼むよ。」

「任せて!そうと決まれば行くわよ!あっ、自己紹介がまだだったわね。あたしはコリィ!よろしくね!」

「僕はエレアス。案内よろしくね。」


にっこり笑って承諾すれば、少女──コリィは嬉しそうにはにかんで自らの名を名乗る。

コリィは正義感が強く、弱いものを放っておけない性格なのだろう。とても好感を抱くが、そんな彼女が得体の知れない教会を信頼している。彼女だけでない、この村全体がそのようだ。表面上だけかもしれないが、あからさまに怪しい組織では無い様子。少なくとも、訪れてすぐに無理な勧誘や詐欺紛いのことをしてくることはなさそうだ。


「おいおい、コリィ。案内はいいが、もう日が落ちる。教会は明日行きな。」


教会に行く気満々なコリィに、近くにいた中年の村人が(たしな)める。確かに、傾いていた太陽はどんどんその角度を増し、空は少しずつ赤く染まってきている。この村からマクリアグロスの中心街までは少し距離がある。頑張れば日が完全に沈み切るまでに教会には辿り着くだろうが、帰りはきっと真っ暗になってしまう。灯りに乏しい田舎の夜に、子供はおろか大人が2人で歩くさえも危険だ。悪い人間以外にも、獣や[魔物]に襲われる危険がある。


「それもそうね…。じゃあ、エレアス!今夜は家に泊まるといいわ!」


男性の言葉に納得したかと思えば、また新たな提案をするコリィに、エレアスは何度目かの静止状態となった。いや、いくらエレアスが少年だからといって、そう易々と家に泊めて良いはずはない。第一、彼女の家族が許してくれるかどうか……。


「えっ、そんないきなり…、だ、大丈夫なの?」

「平気よ!いいわよね?お父さん!」


その声に力強いサムズアップをして見せたのは、先程コリィを止めた中年の村人だった。あっ、お父さんでしたか……。


「そ、それじゃあお言葉に甘えさせていただきます…。」


爆速の家族了承に、エレアスはたじろぎながらもお世話になることを決めた。が、腕に抱えているあの存在を忘れていた。


「あ、あのっ、この子も一緒でもいいですか?」



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