5話:[魔晶石]泥棒
たっ、たっ、たっ……
人通りのない狭い路地を、障害物を避けながらエレアス
は進んでいく。あの生き物は素早いが、臆病だから人の少ない場所を選んで移動しているはずだ。小さいから物陰なんかにも注意して念入りに探す。
(また何処かに閉じ込められてたらどうしよう…。)
と、心配したのも束の間、T字路になっている所を曲がった所にあの金色の丸いのがいた。その先の曲がり角が気になっているのだろうか、向こうを見つめるようにして跳ねているが、進めないでいるようだ。曲がり角の所を右往左往してその場で跳ねている。
「どうしたの?」
「!」
エレアスが声を掛けると、それに気付いた様子で再びエレアスの方に向かって跳ねてきた。手を差し伸べると、ちょうどよく胸に収まるように跳ね、そのまま大人しく抱っこされるような形になる。
どうやらエレアスに相当懐いてしまったようだ。先程とは打って変わって随分と大人しい。餅のようなそれだが、重量はそこまで感じない。
「君は一体……───ぉわっ!?」
エレアスの懐をひとしきり堪能したそれは、何かが気になったのだろうか、急に腕の中でモゾモゾと動き出し、エレアスに対して『前に進め』と言わんばかりに、全身を使って身を乗り出す。エレアスは落とさないようにそれを抑え込むが、流動体のような体はするりとエレアスの腕を抜け出していく。
(角の向こうに何かがあるのかな?)
謎の生き物が指し示すその方向に、案内されるままに歩を進める。そうしてエレアスは裏路地の角の向こうを、頭だけ出すようにして覗き込んだ。
「……?」
少し遠いが、光の届かない暗い路地裏に男が二人いた。あの男達にびっくりして行くのを躊躇っていたのだろうか。それにしては随分とあちらに行きたそうにしている。何かがあるのだろうか。
じっと男達を遠目で観察していると、手前にいる背の低い男の手元に輝く石があった。
「っ、あれは…!」
あの光。間違いなく[魔晶石]だった。そして男はそれを、厚い布地の袋に入れる。それと同時に緩んだ袋の中に色とりどりの石が入っているのが見えた。
どう見ても怪しい。一般人があれ程大量の[魔晶石]を持っている訳がない。
「……。」
ごくりと息を飲むエレアス。意を決して、そいつらの跡を追うことにした。腕の中で少しだけ縮こまっているそれを抱え、エレアスは小柄な身体を障害物に隠すようにして男達へ近付いた。
********
「おい、まだ開かねぇのか。」
「待ってろって……もう少しだ……。」
男達の声が聞こえる。エレアスは物陰で息を潜めた。
あれから、二人の男に近付いたのはいいが、肝心の[魔晶石]泥棒だという証拠が得られなかった。どう見ても怪しいが、例の[魔晶石]を配っている教会の関係者である可能性もある。安易に疑いを掛けられなかった。
そのまま証拠を掴もうと、エレアスはこっそり跡をつけた。そうして進んでいるうちに、男達は民家や店の密集する路地裏を抜けて、村の外れにある倉庫裏へと向かった。
全く人のいない倉庫の裏。人はいないが裏口は施錠がされているため、そう簡単には中に入れない。
どうするのかと目を見張っていれば、背の低い男が細い金属のような棒を出して、錠前へと差し込んだ。
(確定だ……!!)
そうして泥棒の男達は辺りを気にしつつも、錠前を何とかして開けようと試みだす。所謂ピッキングだ。
しばらく試行錯誤しているようだが、なかなか鍵が開かないのかもたついてる。背の高い方の泥棒が人が来るのを恐れて、まだかまだかと焦っている。実はもう既にエレアスに見張られているのだが、間抜けな泥棒達は気付いていないようだ。
「本当にここに石あんのか?」
「違ぇねーよ!教会から配られたやつがここに仕舞われんのを俺ぁ見たんだ。」
人が居ないのをいいことに、泥棒達はどんどん確定要素を話していく。ここ最近の[魔晶石]盗難事件は、こいつらの仕業で間違いなさそうだ。
エレアスは泥棒達を捕まえる期を窺う。
今突撃しても、ここでは直ぐに逃げられてしまうだろう。捕まえるなら、倉庫に侵入した後に中で捕まえるのが良い。
「チッ……、まだかよ。」
「勘弁してくれよ、慣れてねぇんだからさ。そんなに言うならお前が、」
─────ガチャッ!
「おっ!」
どうやら鍵が開いたようだ。痺れを切らして言い争いをしかけたところで開いたため、泥棒達は周りを碌に確認せずに嬉々として扉を開けようとしている。……チャンスだ。中に入ると同時に自分も突入しよう…と、エレアスは肩掛け鞄の紐を握りしめた。
その時、
「あんた達!そこで何してるの!?」
「「!?」」
エレアスが居る場所とは反対側の倉庫の角から、倉庫周りの掃除をしに来た様子の少女が男達のいる所に向かってきた。離れた場所から見ていたエレアスはもちろん、鍵が開いたことに夢中になっていた泥棒達も、突然現れた少女に驚いていた。
どう見ても怪しい男達を前に、少女は勇敢にも手に持った箒を両手で構える。
「あんた達、この村の人じゃないわね…。倉庫に入って何をするつもりだったのかしら?」
「チッ!こいつどこから…っ!」
予定外のことに慌てふためく泥棒達。少女は泥棒の方へとジリジリと詰め寄る。
(これはまずい…)
いくら少女が勇敢で箒を持っていたとしても、相手は大人の男二人だ。正面から向かっていくのはどう考えても分が悪い。
エレアスは懐に抱き抱えていた先程の生き物をその場にそっと下ろす。
「ここで大人しく待っててね。」
エレアスの声掛けを理解したのか、生き物はじっとしていた。それを確認したエレアスは、再び少女の方へ目を向ける。男達は逃げるつもりは無いのか、少女を目の前にしてもその場を動いていなかった。
「ガキ一人くらい……!」
よく見ると、少女に近い所にいる背の高い男の後ろ手に刃物のような物が見えた。このままでは少女が。
エレアスはその場から駆け出した。
「……っあぶない!」
「なっ、」
後ろから飛び出してきたエレアスの姿に、男達は再び目を剥く。しかしエレアスが少女よりも背が小さく幼いと判断した男達は、その場に踏み留まった。
「なんだ、お子様が増えただけか。」
「ガキども、邪魔してんじゃねーよ!」
取るに足らない相手だと思ったのか、泥棒達はエレアスと少女を脅す。よく見れば、箒を持つ少女の手は震えている。
「逃げて!」
「で、でも……!」
エレアスは少女の目を見て言うが、自分より小さくて丸腰の子供の姿に、少女は彼を置いて自分だけ逃げるのを躊躇している様子だった。実際、相手も大人の男二人なのだから、逃げたとしても一人に捕まってしまう可能性の方が高い。
…ならば二人ともエレアスの方へと注意を向けさせるしかない。
「おいおい、ここまで見られて逃がす訳ねーだろ!」
ナイフを持った男が、近くにいた少女の方へそれを構える。少女は、まさかナイフを持っていたとまでは思わなかったのだろう、悲鳴をあげて咄嗟に箒を盾にした。
次の瞬間、男が少女を目掛けてナイフを振りかざした。
「シールド!!」
──バチィッ!
少女の目の前に出された防御壁の魔術に、ナイフが弾き返される。[魔物]の攻撃程には威力がないため、壁は砕けることなく残った。
「こいつ……!」
少女が怪我をすることはなかったが、避けようとしたせいなのか、はたまた命の危機を感じて脚の力が抜けたのか、少女はそのまま地面へとへたりこんでしまった。
一方で、何が起こったのか瞬時に理解した男は、エレアスへと敵意を向けた。
「っ、魔術師のガキが…よっ!」
少女に向かった時と同じようにして、エレアスにもナイフを振りかざす。少女より先にまずは魔術師であるエレアスを処理するつもりのようだ。
「シールド!」
だが、当然のようにその攻撃は魔術によって防がれる。しかし、その防御壁に少しだけヒビが入ったのを、男は見逃さなかった。
「オラァッ!!」
──バリンッッッ!!!!
ヒビに向かって力一杯ナイフを叩きつけられ、防御壁が割られる。それをチャンスと思った男は、再びナイフを構えるが、それよりも先にエレアスが新たな防御壁を作り出す。
「チィッ!!」
防御壁自体は強度は低いものの、立て続けに出せばナイフ程度なら容易に防ぐことができる。これなら、防御壁を出している間に、エレアスからも攻撃ができそうだ。エレアスはそっと鞄の中へと手を入れた。
しかし、ここで問題が起きた。
そう、エレアスのマナの量では防御壁は一度に一枚までしか出せない、ということだ。
「きゃっ…!」
背の高い男のナイフの攻撃に対応している時だった。先程の少女の悲鳴がした。
「妙な抵抗は止めろ。この子がどうなってもいいのか?」
背の低い方の泥棒が少女を人質に取る。その手にもナイフが握られていた。
(二人とも持っていたのか…っ、)
エレアスの目の前にいた男の手も止まったため、エレアスは防御壁の魔術を解除する。
「…その鞄も地面に置け。」
鞄に何かが入っていると勘づいた男はナイフを握ったままエレアスに命じた。こうなった以上、下手な動きはできないためエレアスは大人しく従った。
「全く、めんどくせぇガキに見つかっちまったぜ。」
「……彼女を解放してください。」
自ら泥棒を捕まえるべく追ってきた自分はさて置き、偶然に出くわしてしまった少女だけでも無事に帰さなくては。
「俺達の用さえ済めば解放してやるよ。」
泥棒達の目的は人を傷付けることではない。あくまでも目的は”泥棒”だ。だから、目的さえ達成出来れば後はどうでも良いのだろう。
「用…、というのは[魔晶石]を盗ることですか?」
「おっと、そこまでバレてんのか。」
エレアスが核心をついたことで男達のナイフを持つ手は少しだけ緩んだ。そうだ、これでいい。今は兎に角時間を稼いで、隙を窺わなくては。
「それをどうするつもりですか。」
「ガキには関係ねぇ話だ。」
この場所は村の外れだ。滅多に人がくることはない。援軍や助けを呼ぶのは難しい。
エレアスは先程あの生き物を置いてきた場所をちらりと見た。あの子が誰かを呼びに……、いや無理だ。臆病だし、言葉も話せない謎の生き物だ、どう考えてもそれも難しい。
現に、あの生き物はエレアスの言いつけ通り、そこを動かずに居た。エレアスの視線に気付いたのか、少し跳ねている。
「おい、キョロキョロすんな。無駄な抵抗はよせよ。」
「っ……。」
怪しまれないうちに、エレアスは視線を戻す。
とりあえず、[魔晶石]を取り返すのは後でもいい。今はこの場を安全に対処しなければ。
「分かりました。貴方たちの用事が済むまで僕はここに居ます。」
「それは信用ならねぇな。コイツで縛らせろ。」
そう言って背の高い男は腰に下げていた道具やバッグ等の中から頑丈そうなロープを取り出した。
そうして男がエレアスに近付き、その腕にロープを巻き始める。縛られてしまえば、本当に何もできなくなってしまう。…どうすれば。
男がエレアスの手元を見ている隙を見て、エレアスはもう一度あの生き物が居た場所へと目をやった。
が、そこに先程と同じ光景はなかった。
(あれ、居なくなってる──!?)