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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第三章:暴食の誘惑者と仮面劇の幕開け
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47話:教会で暮らす孤児達




エレアスがエクソシスト見習いとしてノフィアス教会と協力関係になってから1ヶ月が経った。

あっという間だな、とエレアスは思った。


ここ数日は特に大きな依頼はなく、近辺の弱い[魔物]退治に向かった程度だった。キュオンも教会敷地内にいる事が多かった上に、何やら調べ物をしているらしく、キュオンについて回ることもほとんどなかった。

しかし、最初の頃は怒涛の日々だった。

ティオに会って、ノフィアス教について知り、そして[悪魔]を倒して、見習いエクソシストとなり、キュオンと一緒に依頼を受けた。

ティオに関しては、最初は目も口も手も足も無い、ただの丸のような姿形をした謎の生き物であったが、[悪魔]を倒して[魔晶石]を食べていくことで成長し、手ができ眼もできた。

宝石の[悪魔]の依頼を完了した後は、先述した通り大きな出来事はなかったが、ティオに眼ができたのを、ファルコやナテマに何があったのか興味津々で聞かれたりする日々を送った。

過ぎてみればあっという間だったが、なかなかに色濃い1ヶ月であった。


それから、この(かん)にノフィアス教のことも色々と知ることが出来た。


このマクリアグロス周辺で民衆に信仰されている宗教かと思えば、意外にもその規模はとんでもなく大きく、リモストロ王国の国教と呼んでも差し支えない程のものであったのだ。

支部は国全体の各地に存在し、本部はリモストロ王国の王都にあるが、その信仰地域はこの国だけでなく、国を超えても支部が存在するらしい。


思い返せば、コリィが言っていた「教会がこの地域のお役所みたいなもの。庶民の困り事は領主じゃなくて教会がなんとかしてくれる。」という言葉。これは怠惰な領主に代わって教会が民衆に手を差し伸べている、という訳ではなかったようだ。

司祭から聞いた話では、ノフィアス教自体がこの国の根幹や政治に大きく関わっており、領主は税収管理等を行うだけで、公共施設の運営や福祉事業等の地方自治は、各地に存在する教会がその役割を担っているらしい。


そしてこのマクリアグロス支部教会も、例のごとくその役割を遂行している。

丘の上に建てられた教会。その敷地は広く、教会といえば思いつく礼拝堂は教会のほんの一部分でしかない。他にも救護施設に図書館、それから孤児院なども併設されている。もちろん、そこで働く魔術師や職員もほとんどがこの敷地内で暮らしているそうだ。


「ここって、そんなに色々あったんですね。」

「そうですよ。図書館は誰でも利用できますから、エレアス君もぜひどうぞ。」

「ありがとうございます。」


この日エレアスは教会に来てみたものの、現在はとくにエクソシストへの要請等はないようで、暇を持て余していた。魔術の使い方や[魔のもの]のこと、[魔]祓いについてキュオンに聞こうと思ったが、キュオンは今日はこの教会内には居ないらしい。

それならばと、なんとなく教会内を周って見ていれば、礼拝堂の方から歩いてくるファルコに会ったのだった。これから図書館に向かうのだというファルコについて行きながら、教会内の建物やら施設の事を聞けば、彼は快く色々と教えてくれた。


するとファルコは、孤児院の話になった際に何かを思い出したのか、エレアスの方を見て言った。


「ああそうだ、エレアス君。よければ今度、孤児院の方にも行ってみてはくれませんか?」


思ってもみなかった問いに、エレアスは目をぱちくりとさせた。


「孤児院に?」


孤児院といえばエレアスよりも小さい、親を失くした子供達がいる場所だ。

王都などの都会ではどうか知らないが、田舎では子供でも働ける者は奉公へ出たり、住み込みで働き先を見つけるなどして、孤児院を出て行く。また、魔術の才能がある者は王立の魔術師養成所へと行く者もあるだろう。

つまり孤児院にいるのは、まだ働くのも難しいような年齢の、とても幼い子供達ばかり。魔術が発現しないとなると、10にも満たない年齢だ。ゼールやモネ、フィロといったエレアスの拠点の近所に住む子供達と同じくらいだろう。

そんな場所に、エレアスを連れていきたい理由とは。


「ええ。君が知っている"科学"という知識...。それをぜひ孤児院の子供達にも教えてやって欲しいのです。」


なるほどと思うと同時に、ファルコに科学のことや村の子供達のことを話したことがないのに、何故エレアスに頼んできたのだろう、と不思議に思った。


「……と、キュオン君が言っていまして。」

「キュオンさんが?」


エレアスの驚いた顔にそれを察したのか、ファルコは苦笑いを交えて本当のところを明かした。

とはいえ、その後に出てきた名前も意外だったので、エレアスは依然驚いたままファルコを見上げた。


「すみません、本当はキュオン君本人が頼むべきなんでしょうが、彼は最近忙しいので。」


つまりはファルコはキュオンからの伝言をエレアスに伝えたまでだ。しかしながら、キュオンがエレアスにそんな頼みをしてくるだなんて。


「それはいいんですけど...少し意外だなって...、」

「彼が君に頼み事をすることがですか?」

「いえ...キュオンさんから孤児院の話が出てくるとは思わなくて...。」

「ふふふっ...そうですか?」


素直に意外だと言えば、ファルコは首を傾げながらも、思い当たる節があるのか笑っている。


「いやぁ、キュオンさんって面倒臭がり屋じゃないですか…。なんだかんだ色々教えてはくれますけど…僕のことも仕方がなく…っていうか。だから子供の扱いとか、面倒って思ってそうだなって。」


彼の行動原理として、[魔のもの]の討伐はおそらく一番の優先事項だ。そしてそれに伴うことや、関係のあることについては、面倒臭がらずに積極的に行うが、それとは関係のないことに関しては途端に顔に出るのだ。


「ふふっ、...しかし成程。知らなければそう思うのも無理ないですね。」

「何かあるんですか?」


しばらくエレアスの話を聞いて笑っていたファルコだったが、納得したように頷いて言う。

訳を知っているといった様子の彼に、今度はエレアスが質問をする。すると、特に隠してもいない情報だったようで、ファルコはあっさりとその答えを言った。


「彼はね、ここの孤児院出身なんですよ。」


どうやらキュオンもまた、親を失くした子供のうちの1人だったようだ。


科学が見向きもされないこの世界では、疫病や飢饉といった死が常に隣に存在している。そこに人間を襲う[魔のもの]という存在が加われば、人間の儚い命というものは存外にも簡単に散ってしまうのである。治癒の魔術や[魔晶石]の奇跡といったものがあっても、それで助けられる範囲は限られている。

人の死というのが身近なこの世界では、親を失くした子供なんていうのは、どこにでも数多く存在するのだ。


そのため特段隠すべきことでもなく、驚くことでもない。そしてそれを聞いたエレアスは、今までのキュオンとのやり取りを思い出して、そういうことか、とすんなり納得をした。


「そういえば、ナテマさんも孤児院出身って言ってましたね。教会の職員さんってここ出身の人が多いんですか?」


そして、この教会の孤児院といえば、とナテマから聞いた話を思い出す。案外、同じような境遇の人間が集まっているのだろうか。


「多くは...ないですね。私も違いますから。今この教会にいる職員の中だとあの二人くらいでしょうか。」


ということは、あの二人は数少ない昔馴染みのような関係なのだろう。その割には、それ程仲が良い訳ではないように感じたが。


以前の人形の[魔物]討伐から帰ってきた時のことだ。

派手な格好をして出かけるナテマに、キュオンが声を掛けたことがあった。それはファルコとのやり取りから、ナテマを心配しての言葉だったようだが、ナテマは「貴方には関係ない。」と一蹴するなり、そのまま去ってしまったのだ。


今までの出来事からの関係値もあるため、簡単に首を突っ込めるような話ではないとは思うが、あの二人には何か確執のようなものがあるのだろう。


「そうなんですね。じゃあ、あの孤児院の子達は、お二人の後輩…もしくは、兄弟みたいなものですよね。」


だがこれで納得もした。自分がいた教会や孤児院に恩返しがしたいという思い、あるいは自分と同じ境遇の子供達を放っておけないというものもあるのだろう。あるいは、仲間意識みたいなものもあるのだろうか。そういった相手には情が湧くというものだ。


「兄弟…。…そうですね。その通りだと思います。」


噛み締めるように呟いたファルコは、少しだけ目を細めた。


「そんな大切な子供達に、僕が科学を教えていいだなんて。なんか、すごく信頼されてるみたいで…、照れますね。」

「ふふ、大抜擢ですよエレアス君。頑張ってください。」


言葉の通り、大抜擢だろう。


魔術があって魔術師が覇権を握るこの世界では、科学なんていう怪しい学問などは必要とされていない。非魔術師でも魔術師による恩恵を受けることができ、そして[魔晶石]による奇跡だってある。

しかしそんな現状に満足がいかなかった非魔術師が、自らの地位を高めようとして生み出したのが科学だ。それは今までごく一部の小さなコミュニティで受け継がれ、水面下で様々な研究が行われてきた。


そんな怪しげな学問を、買ってくれるとは。

それはもちろん、今までにエレアスが見せた技術と知識、それに伴う結果を見た上で信頼してくれたのだ。


しかし、エレアスは自分がというより、兄が身を捧げた学問が認められたということに、喜んだ。非魔術師の負け惜しみと言われ続けてきた科学を、他ならぬ優秀な魔術師(キュオン)が肯定してくれたのだ。そのことが、何よりも嬉しかった。

兄がやってきたことは間違ってなかったのだ。科学は非魔術師──だけでなく、多くの人にとっての助けになるだろう。


「僕でよければ伺います。大したことは教えられないかもしれませんが…。」

「いえ、引き受けてくださりありがとうございます。次の機会にでも私が案内します。」

「お願いします。」


そうして引き受けることになった科学の授業の先生役。

近所の子供達に教えている要領でよいだろうか。あまり難しい話は出来ないので、分かりやすい部分から噛み砕いて教えていく必要がある。子供達の年齢はどれくらいだろうか。

まだ魔術の才能が発現していない子供達であれば、今のうちに科学に慣れ親しんでおくことで、魔術が使えないとなっても逃げ道ができる。キュオンはそれも考えて孤児院の子供達に科学を教えようと思ったのだろうか。


子供は科学への偏見がない。好奇心旺盛な子供達はなんでも素直に吸収して身につけていくのだ。魔術師も非魔術師も関係なく学んでいく。魔術の万能さと権威に溺れ、それに疑問も抱かなくなった大人達とは違う。


そう考えていると、ファルコが目指していた図書館に着いた。調べ物があるようで、ファルコは丁寧にお辞儀をして去っていった。


そしてまた暇を持て余すことになったエレアス。

後ろを跳ねて付いてきていたティオと目を合わせる。


「…ティオ。今日は帰って授業内容でも考えようか。あと、ゼール達に何の授業が楽しかったか聞きに行こう。」


少し悩んだ後、思い切って今日は帰ることにした。

キュオンがいないとなると、エクソシスト見習いのエレアス1人では、[魔物]討伐に向かうのも難しい。ある程度は自作道具で対応はできるものの、それが効かない相手には無力でしかない。…この前学んだことだ。


「…僕も久しぶりに、先生のとこに行った方がいいかなぁ。」


幼い自分に色々と教えてくれた”先生”のことを思う。先生は森羅万象あらゆることに詳しい。きっと新たな道具の開発ヒントをくれるかもしれない。




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