45話:協力関係
「ティオ!大丈夫!?」
エルゲマに連れてこられた先で目撃することになったのは、少しだけ身体が成長し、大きな一つ眼を持ったティオの姿だった。
駆け寄ってみれば、ティオはその眼をぱちくりと動かしてエレアスを見た。するとその声と様子でエレアスを認識したのか、透き通るような眼でじっと見つめたかと思えば、エレアスの動きに合わせてその場をぴこぴこと跳ねた。
一先ずティオが元気そうだということに、ほっと胸を撫で下ろす。そしてその様子を改めて注意深く観察する。しかしそれは、何度よく見ても既視感のあるものであった。
「この眼って...、」
倒したはずのミイラの[悪魔]のものだ。
どうしてこうなってしまったのか。その経緯をエルゲマが話すが、キュオンは頭が痛いのか、頭を抱えて黙っている。エルゲマも、まさかこんなことになるとは思わなかったんだ、と必死に弁明している。
とりあえず、ティオ自身には成長して眼が出来た以上の様子の変化はないようだ。エレアス達が来たことに機嫌を良くしたのか、いつも通りに跳ねたりしている。昨日負ったダメージも、何事も無かったかのように元気そうだ。
([悪魔]の眼が出来て驚いたけど...ティオは大丈夫そうだ。...と、なると、)
ティオに腕が生えた時と状況は同じだ。
[悪魔]が消滅する時に落とした物を食べた直後。どの[魔のもの]でも落とす[魔晶石]を食べるだけではこのようなことにはならなかったが、[魔晶石]以外の物───木片や宝石を食べることで、ティオに変化が起きたのだ。
(これは偶然ではなさそうだ...。)
しかしながら、普段は[魔晶石]だけを欲しがるティオが、最初から宝石には興味を示していたのだ。もしかすれば、宝石を食べれば成長出来るのだと、ティオ自身最初から分かっていたのかもしれない。
ティオは、単に[魔のもの]を祓うことができる謎の生き物というだけでなく、[魔のもの]を祓い、糧にすることで成長する生き物ということなのだろうか。
「こりゃあ報告モノだなぁ...。」
キュオンが心底面倒くさげに言う。
「キュオンさん、これ、教会的には大丈夫なんですか...?」
「あ?」
「いや、いくらティオが大丈夫そうでも、倒した[悪魔]の一部が付いているなんて...、」
エレアスが恐れたのは、ティオが教会にとって[悪魔]だと認識されること。いくら[悪魔]を祓う[神の御使い]と同じ能力を持っていたとしても、その[悪魔]の身体の一部を持っているとなれば、話は変わりそうだ。
「あぁ、確かにあの[悪魔]の持ってた眼にそっくりだな。」
「......。」
キュオンは吟味するようにティオを見た。その眼が倒した[悪魔]のものに似ているということは、間近で見て倒したキュオンが一番分かっているだろう。
これが危険かどうかは、キュオンの判断で決まる。
エレアスはごくりと唾を飲んだ。
「だが...、[魔晶石]は反応していない。」
「...!」
カチャリと揺れるロザリオ。確かに、嵌め込まれた[魔晶石]は光ってはいない。つまりそこに、あの[悪魔]としての力はないということだ。
「この眼は既に...、ティオのものってことだな。」
一度ティオに取り込まれたものは、ティオの身体の一部になってしまう、ということらしい。
********
キュオンの判断で、このまますぐにティオを連れてマクリアグロスの教会へと帰ることになった。
エルゲマは、失態を犯したと最後まで冷や汗をかいていたが、元々宝石を欲しがったのはティオ自身であり、ティオが望んで成長をした結果だということにした。
そして宝石に付き纏っていた[魔物]は、宝石の力を吸って[悪魔]になるなど紆余曲折はあったものの、無事に祓うことができ、依頼自体は達成された、とした。
それを司祭に伝えると、ティオに眼が出来たことよりも、[魔物]が宝石の力によって[悪魔]になったことへの懸念を示した。
「[魔物]が欲する程の力を備えた宝石...か。そして[悪魔]へと至らしめる力...。」
確かに、それはノフィアス教においては直接的にとてつもない脅威へとなり得る事案だった。
ことの次第では、今後のエクソシストや教団自体の行動に大きく関わってくる。
「依頼人が言うには、元は700年前...高名な貴族が手に入れ、そして指輪に加工したそうだ。」
キュオンが情報の補足をする。
「そんでその指輪...、宝石が付いていた台座部分に、魔術式らしいものがあった。それがあの力を封印していたと思われる。」
「つまり、700年前にあの力が封印されたと...。」
司祭が眉を顰める。
それが事実であれば、そんなに昔に作られた物の詳細な情報などは無いに等しい。どのようにして力を封印したのか、どんな目的で、そしてどこからその力を得たのか。
重要な話だけに、何も分からないでは困るのだ。せめて、他の[魔物]にも同じことが起きないか、だけでも把握はしたい。
「これまでに似たような事例は?」
「いや...ない。」
やはりキュオンが驚いていた通り、これまでには無い出来事だったようだ。それならば、そうそう起きる事態ではなさそうだ。
700年前に作られた指輪、これだけが特殊なものであった可能性もある。
「しかしそうか、やはり宝石は危険なものが多い...。」
「...そうなんですか?」
こぼすようにしてそっと呟かれた司祭の言葉に、エレアスは耳を傾ける。
「美術品や人形、武器、そして宝石...。人の特別な想い...特に、負の感情が強く向けられる物は、[魔のもの]を引き寄せやすいのだ。」
人形、と聞いて思い出すのは宝石の依頼を受けた直後に、緊急で向かった村での[魔物]討伐。人形に取り憑いた[魔物]がいたのを思い出した。
その際にファルコも言っていた。古く、人々の想いが向けられやすい物には[魔]が宿ることがあり、それはよくある事なのだと。
そして今回に至っては、宝石に込められた力が[魔物]を引き寄せていた。経緯や原因は違えど、今回の宝石のように古いものには[魔]が引き寄せられやすい、というのは事実のようだ。
"宝石は危険なものが多い"というのは、宝石は古くから人間に愛され、使用され、そして特別な想いを向けられることが多いから、[魔]が引き寄せられやすく危険だ、ということなのだろう。
そしてエレアスは、ナテマの言葉を再度思い出す。
「じゃあ、この教会で宝石の所持を制限しているのって...、」
「ああ、知っておったか。」
教会の宝石に関わる規定、それはかなり細かく定められているようで、許可を貰わないと身につけることができないという。
「これはノフィアス教での古くからの教えなのだよ。」
ナテマから聞いた時は、宗教特有の謎ルールくらいにしか思っていなかったが、今なら少しだけその意味が理解できそうだ。
「ノフィアス教は[魔のもの]を討ち滅ぼすための教団。しかし[御使い様]に選ばれる人間は限られておる。」
[魔のもの]を消滅させるには[神の御使い]の力が必須となる。しかし[御使い]とは誰でも契約できるものではなく、マナを豊富に持った魔術師───その中でも選ばれた者だけがエクソシストとなって[魔のもの]と立ち向かう資格が与えられる。例え優秀な魔術師であっても、ファルコのように選ばれない人間もいる、という訳だ。
「そこで選ばれた人間は[魔]を祓い、そうで無いものは[魔]を近付けさせまいとする。それが、この教団の教えだ。」
「なるほど...。」
教団全体で[魔のもの]を祓おうとする気持ちはあるものの、実際にその最前線に立てるのは限られた人間だけだ。教団に所属し、信仰する人間のほとんどが[魔]を祓えない人間だ。しかし、それを理由に何もしない訳にはいかないので、せめて[魔]を近付けさせず、蔓延らせず、そしてその数が増えないように、リスクを摘んでおくというのが、この教えの本質であるようだ。
確かに、いつまたどこで今回のような宝石が発見されてもおかしくはない。無闇矢鱈に危険な宝石を所持してしまうくらいなら、許可を得た宝石しか身につけられないという教えは、宝石を鑑定できない一般人には必要な教えなのかもしれない。
「それじゃあティオは...、」
そして今まさに、その危険な宝石を取り込んでしまったティオがここにいる訳だが、それは大丈夫なのだろうか。
不安そうなエレアスの視線に気付いた司祭は、優しく微笑みながら言った。
「キュオンが安全だというならば、私から何か言うことはないよ。」
その言葉に、エレアスは安堵する。
既に[悪魔]の力が失われ、[魔晶石]も反応しなくなっていること。ティオ自身に攻撃性がないこと。それらを鑑みてのキュオンの判断であったが、それは司祭も同じらしく、何より、より多くの[魔のもの]を見てきたキュオンがそう判断するなら大丈夫だという、キュオンへの絶対的な信頼があってのことのようだ。
「人間に危害を加えず、私達と共に[魔]を倒してくれるのなら、教会はどのような形であれ、君達を歓迎するとも。」
それはノフィアス教の最も重要な根幹部分であり存在意義だ。
[唯一神様]の力を元に、不幸や厄災をもたらす[魔のもの]を排除し、人間全体や世界の平和を願う。それに反せず協力してくれる限りは味方である、という考えのようだ。
もっとも、エレアスの目的も"家族を殺した[悪魔]達への復讐"なのだ。それは教団と同じであり、同じ目標を掲げているのであれば、協力しあえる仲間ということだ。
だが、ティオが本当にノフィアス教の[唯一神]が使わした[神の御使い様]であるのか、それともたまたま[魔]を祓うことが出来る能力をもったただの生き物であるのかは分からない。しかし、ティオが食事としている[魔晶石]を得るために[魔]を倒してくれるのであれば、倒した[悪魔]を食べて成長していく生き物であるとすれば、ノフィアス教の目的だけでなく、エレアスの目的とも合致する。
エレアス、ティオ、ノフィアス教...これ以上なく協力し合えるパートナーであることは間違いないようだ。
エレアスは、ティオに新しく出来た眼を見て、今後の可能性に胸を踊らせた。
ティオがいれば、ティオさえいればきっと。
(僕の夢は叶うんだ。)




