44話:新たな変化
エルゲマに呼ばれた二人は、すぐさま席を立った。
「何かありましたか!?」
「また[魔のもの]でも出たか?」
エクソシストを呼ぶということは、そういうことなのだろうかと、こちらの事情のことはさて置き、エルゲマの招集を優先する。
しかし、[悪魔]か[魔物]かと身構えた二人に告げられたのは、まさに今頭を悩ませていたことで。
「いえ、エレアスさんが連れていた子なんですが...、」
「...!...っティオですか!?すみません、朝起きたら居なくなってて...、そちらに行ってましたか!?」
エルゲマの元へと行ってしまっていたようだった。
迷惑はかけてないかとエレアスは謝るが、エルゲマは気まずそうな表情を浮かべる。
「そうなんですが、それより...、」
「どうしたんです?」
言葉に詰まるエルゲマ。訳を聞こうとするが、彼は口をパクパクとして目を泳がせるばかりで。
「...っとにかく、直接見ていただいた方が早いかと...!」
こういうエルゲマの言葉に従い、二人は彼の後を付いていくことにした。
通されたのは使用人達の部屋などがある方とは反対側の棟にある部屋だ。アンティークのデスクと調度品、そして大きな本棚や棚、そして美術品が置かれたこの部屋は、どうやらエルゲマの執務室のようだ。
ここにティオが来てしまっていたのか。今のところ部屋でティオが暴れたような形跡はない。
そして肝心のティオの姿はというと...、
ソファなどが置かれた部屋の隅。そこに居座る金色の丸みを帯びた身体はまさにティオだ。ここに居たのかと安堵すると共に、少しの異変に気が付く。
「なんか、少し...大きくなった?」
傍から見ればそれ程大きくは変わらないかもしれないが、いつもティオを抱えているエレアスには、その僅かな変化がすぐに感じられた。
そうしてエレアスの声に気が付いたのだろう。ぴくんっと少し跳ねたティオは、振り返っていつものようにエレアスの元へ向かおうとした。
が、ティオが振り返った瞬間、エレアスとキュオンは凍り付いた。
「「!?!?!?」」
そのもちもちとした丸い身体の真ん中には、透き通るような空の色をしたまん丸な物があった。
「ええぇ!?...っ、め、眼がある!?!?」
思わず叫んだエレアス。
その叫びの通り、ティオの身体には大きな一つの眼ができていた。それは、昨日見たあの美しい宝石を彷彿とさせるような青でだった。
パチリと瞬きしてみせたティオに、この眼は飾りではなくしっかりとティオの身体の一部であることが分かる。
「エルゲマさん、これ...!」
一体どうしてこうなったのか、いつこの状態になったのか、分からないことは沢山だ。それを知っているだろうエルゲマに説明を求めるが、エルゲマはまたも目を泳がせる。
「...お前、何かしたのか?」
キュオンの低い声と鋭い視線に、びくりと肩を震わせたエルゲマは、噤んでいた口を開く。
「えぇっと...、どこから話せば良いやら...、」
そうしてエルゲマは少しずつ全容を語った。
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「はぁ...。」
登っていく眩しい朝日を背に浴びながら、私はもう何度目かも分からない暗い溜息を付いた。
色々なことがあった所為で昨晩は全く寝付けなかった。
普段使わない身体をこれでもかと酷使はしたが、やはり昼間の衝撃的な事件と信じていた叔父の裏切りのこともあり、心身共には酷く疲れてはいたがほとんど眠ることはできなかったのだ。
そのまま朝日が登ってしまえば、いよいよ無理して眠ろうとする気はせず、どうせならもう起きてしまえと身を起こした私は執務室へと向かい、デスクの椅子に座りながら、これからのことを考えていた。
『もう奴は消えた。教会としては、これに用はない。…どうするかは、アンタの自由だ。』
キュオンのその言葉が脳裏に蘇る。
徐にデスクの引き出しを開けてみれば、中で硬質な音がコロコロと鳴った。
無造作に引き出しの中に入れられていたそれ。あのミイラの[魔物]が消える際に残した、力を吸い取られた宝石だ。あれ程美しく、妖しく人を魅了した深く澄んだ青は見る影もなく、今はただ小石のように小さく醜く、その青はくすんでしまっている。
「どうするか、か...。」
[悪魔]が消えて、安全になった宝石。キュオンの見立てでは、既に力を失ったこの石は、一度[悪魔]に取り込まれたことで、叔父が掛けた魔術も無くなったようだ。
これで完全に、宝石による様々な障害は無くなったと言える。
宝石は帰ってきたものの、これではもう叔父に見せることも返すこともできやしない。そもそも、宝石の[悪魔]による被害か宝石に掛けた魔術かで、自分を殺すようなつもりでいた叔父なのだ。もう、この石を返す義理もない。
宝石がなければ、それを保管する役目がなくなれば───...、私は、殺されてしまうのだろうか。
叔父によって作られたこの楽園の地で、叔父によって死を与えられる。
私は叔父にとって都合の良い使い捨ての駒に過ぎなかった。叔父のコレクションする所有物の一つでしかなかったのだ。
「ああ、そうか。」
そこで私はやっと気付く。
今まで、自らの手で手に入れた物は何も無かったのだということを。
この屋敷も、骨董品や美術品も、今の生活も。そして自らの生死の権利でさえも。全ては叔父が用意した箱庭の中のもので、その用意された物に縋って生きてきた私は人間ですらなく、ただの人形だったのだ。
必死になって守ろうと思っていた物は全て自分のものではなく、守りたいと思う資格すらなかったと、そう気が付いた。
「はは...、」
自嘲気味に笑って、私はふらりと椅子から立ち上がった。
叔父が次に屋敷を訪れるのはいつだろうか。その時私は殺されてしまうのだろうか。叔父によって、死を与えられてしまうのか。
いや、それならいっそ────...、
床を見ながらふらふらと歩く私は、震える手で扉を開けた。
するとその視界に入ってきたのは、金色の丸い物体だった。
「......?...、あぁ。」
少年エクソシストが連れていた謎の生き物だったか。ノフィアス協会のエクソシストが連れているという[神の御使い様]というやつだ。無愛想なエクソシストの方の[御使い様]はもう少し[”神の”御使い様]らしい姿だったが。
手はあるようだが、目も口もない謎の生き物は、こちらに気付くなりその場で小さく跳ねた。
私に会いにきたのだろうか?思ったよりも人懐っこいようで、犬や猫のようだと思ってしまった。
「......、何の用かな?」
言葉は分かっていないようだが、飛びついてきたり襲ってくるような訳ではない様子。小さく足元で跳ねてはいるが、なんだか部屋の中へと入りたそうだ。
少し迷って、昨日の様子から多少の分別はありそうだと思ったため、その要求を飲んでやることにした。
ガチャリと、扉を少し大きく開けてやれば大きく飛び上がって、その後いそいそと部屋の中へと入っていく。
扉を閉めてその後を追えば、あの生き物───彼、はデスクの方へと向かっていった。デスクにぴょんっと飛び乗ると、彼はデスクに転がっていた”石”に近付いた。
どうするつもりなのかと、私はその様子をしばらく見守っていたが、彼は何をするでもなく、ただ石の前でじっとしているのみだった。
「......?」
そういえば昼間、裏山から帰ってきた際に、彼が私に寄ってきたのを思い出した。
キュオンが言うには、私がその時持っていた宝石が気になっているのでないか、と。
彼もあの宝石の[悪魔]のように宝石に宿る不思議な力を求めているのかと思ったが、どうやらそれだけでは無かったようだ。力を失ってただの石ころ同然になってしまった青い石。尚も興味を示して、ここまで訪ねてきたということだろうか。
「この石が...欲しいのかい?」
私の問いかけに、彼は少しだけ身動きをした。
それが肯定の反応であるのか、それとも別の答えであるのか、はたまた、ただ声に反応して動いただけなのか。あの少年のように、彼の細かい機微を察することが出来ない私は、彼の反応を都合の良い物として受け取ることしかできなかった。
美しさも、力も、利用価値さえも無くなってしまった石ころ。もはや誰からも必要とされなくなった石は、まるで私のようだと思っていた。
そんな石ころを、利用価値が無くなってさえも、まだ欲しいと思ってくれている。それに自身の境遇を重ねた私は、自分でも驚く程何の葛藤もなく、口が開いていた。
「もう誰にも必要とされていない物だ。君が貰ってくれるなら、それで構わない。」
「......。」
やはり言葉は理解できていないのか、彼は動かない。
仕草で伝えるしかないと思い、私は石を手に取って、彼の目の前へと差し出した。
彼はすぐには動かなかったが、やがて私の意図を理解したのか、身体から生えた小さな手をゆっくりと伸ばした。
...ぴとっ、
手に乗った石に遠慮がちに触れた手。その手は石をぐるりと覆って持ち上げると、そのまま腕を縮めて本体の方へと引き寄せ、そして石を丸ごと飲み込んだ。
「おや、食べてしまうのか。」
予想外の動きに、私は目を瞬かせる。
まさか彼の食料とは思いもしなかった。石を食べる生き物など、聞いたこともない。
初めて見る光景に関心していた私は、その後に起きる更に予想外な事態など、一ミリ足りとも予想できなかったのだ。
石を食べた彼は、そのまま身体をぐるりと捻っては丸め、蹲ってしまった。
「ん?...あれ、ど、どうしたんだい...?」
しまった、やはり食べるには悪いものだったかと、安易に差し出したのを後悔する。教会とエクソシスト様方が大切にしている[御使い様]だ。何かあってはいけない。
今からでも石を吐き出させてみるべきだろうか。いや、そもそもこの身体はどうやって物を食べているのだろうか。口は付いていないが、吐き出させることは可能だろうか。
そうこう考えているうちに、また彼が動き始めた。丸い身体を必死にくねらせている。
「ん?なんか、大きくな...った...?」
気のせいだろうか。いや、しかしデスクの上にある本やランプ等と比較すると...やはり何となく大きくなっている。
一応確認のため、そして状態を把握するために、私は彼に触れようとした。
その時。
ぐるりと向きを変えた彼の身体。
その中央には、あの[悪魔]と同じ、吸い込まれてしまうような深い青の、大きな丸い眼が付いていた。




