43話:事件の後で
[魔物]による被害は4ヶ月前から出るようになったが、そもそも宝石がこの屋敷に引き取られたのは3年前だ。引き取られる前までリティアート本家では被害があったのに、引き取られた後しばらくはその間被害が全くなかったのだ。
エルゲマから聞く限り、本家での被害の内容も同じことから、被害の原因は同一の物であると考えるのが自然だ。しかしながら被害に空白の期間があるのが不思議でしかなかった。
しかしそれが、単に[魔物]が本家からエルゲマの屋敷まで宝石を追いかけて行ったことによるのであれば、納得がいく。
運動不足のエルゲマが簡単に走って逃げれる程、そして転移魔術を使って宝石を盗んだ犯人に追い付けず、宝石を見失ってしまう程の、あの鈍足と索敵の鈍さであれば、馬車なんかで遠い所へ移動されてしまえば、少しずつ探しながら移動していればそれ程の年月が経ってしまってもおかしくはない。
「おそらく...、本家でも被害が出たのは、貴族から引き取ってすぐって訳じゃあねぇはずだ。」
エレアスがエルゲマを見ると、神妙な面持ちで静かに頷いていた。
「そうですね。たしか...、譲られたのは...没落する前、被害が出る2年程前...と言っていた気がします...。」
自分の屋敷での被害のことばかりが頭にあったのだろう、本家でのある程度の被害状況も把握はしていたが、詳細な部分までは今の今まで忘れていたようだった。
エルゲマの証言からも、キュオンの言葉がより確信的なものとなる。
「じゃあ、少なくても5年以上前から、あの[魔物]は宝石に執着してたってことですか...?」
エルゲマが宝石を引き取って3年、リティアート当主が貴族から譲り受けて2年。譲り受けた後にその貴族は亡くなり没落した。おそらくだが...その貴族の元でもきっと暫くの間は様々な被害があったことだろう。合わせて5年以上...、あるいはそれ以上の間、あのミイラのような[魔物]は宝石を求めて暴れ回っていたということだ。
エレアスの疑問に、キュオンがため息混じりに話す。
「[魔のもの]ってのは、場合によっちゃあ数百年...中には千年以上生きている奴もいる。奴らにとって5年なんてのは大した時間じゃねぇよ。」
「「せ、千年...!」」
エレアスとエルゲマが予想外なその規模の大きさに驚きの声を上げる。
人間は、数の多いヒューマン種で約80年。長生きで知られるノブルナイト種でさえもせいぜい150年程度しか生きられないのだ。[魔のもの]と人間とではスケールが全く違うらしい。
「しっかしあの[魔物]...5年や10年どころのソレじゃねぇような気もするが...。それどころか...、」
「...それどころか?」
キュオンが訝しげな表情で呟く。
ミイラの[魔物]が宝石を求めて彷徨っていたのはもっと昔からだったのだろうか。キュオンの推理が聞きたくてエレアスが続きを促すも、彼は黙り込んでしまった。
「......いや、考え過ぎたな。ま、奴は居なくなった。...これで解決だ。」
暫くの後、キュオンはパッと顔を上げて、考えていたことを仕舞ってしまった。
頭の良いキュオンのことだ、きっと何か気付いたことがあったのかもしれないが、確証が持てないことだったのか、あるいはエルゲマへの余計な不安を煽ってしまうかもしれないと判断してのことだろう。
確かに、これ以上のミイラの[魔物]についての詳細と考察は、当の[魔物]が消えてしまったのだから、憶測でしか語れない。何はともあれ、元凶は去ったのだからこれ以上の問題はない。
「...そうですね。」
そう考えて、エレアスも深く追求することは止めておいた。
静けさを取り戻した屋敷の裏庭。
難しいことは一旦置いておいて、まずはこの屋敷と人間に訪れていた危機が去ったことを喜ぼう。
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屋敷内に戻り、使用人達全員の無事と粗方の被害状況を確認したところで、もう日も落ちるからとエレアス達は屋敷に泊まることとなった。
それぞれ客室に案内されたエレアスとキュオン。やはり絵画や陶磁器などの美術品に囲まれた客室に少しだけ萎縮しつつも、静かな空気に昼間の騒ぎは嘘のように感じられた。
被害があったのは使用人達の部屋の前から玄関周辺までと庭が主だ。屋敷内は壊れたシャンデリアや壺の処理、倒れた家具の片付けさえしてしまえば問題なかったようで、使用人達がある程度は直したそうだ。倒れた庭の倒木に関しては後日庭師を呼んで何とかすると。
エレアスは初めてのエクソシストとしての活動だ。[悪魔]退治は想定外のことが起きてしまったものの、依頼人にも使用人達にも大きな怪我はなく、屋敷ごと潰されてしまうなどといった事態にならなかったことにエレアスは安堵した。
そして何より、ティオが無事だったこと。
部屋の中を跳ねて動き回るティオを見て、エレアスは今日やっと少し笑うことができたように思う。
ずっと張っていた緊張の糸を弛めることができたエレアスは、ベッドの端に腰掛けつつ、ティオを呼んだ。
エレアスの呼びかけに気付いたティオは、すぐにエレアスの元へと駆け寄り、その膝の上にひょいっと乗った。
目は無いのに、まるでエレアスの顔を覗き見るようなその動きに、エレアスはふふっと笑った。
「ティオ、ありがとね。」
名前以外の言葉を理解しているかは分からないけれど。
自身の危機を文字通り体を張って助けてくれたティオに、そう言わずにはいられなかった。尚も覗き込むような仕草を見せるティオの、そのふかふかな体をそっと撫でると、ティオは嬉しいのか体を擦り寄せてくる。
今日はティオに助けられ、キュオンの足でまといにもなってしまった。やはり、自らのマナ量と使える防御魔術だけでは、[魔物]程度なら良くても[悪魔]には到底及ばないということが解った。
以前キュオンと共に倒した蔦の[悪魔]は、ほとんど[魔物]に近かった。それに、持っていた爆薬が思いの外効いたのもあって、討伐はそれ程難しくなかった。
しかし、あのミイラの[悪魔]に対しては、どこから飛んでくるか分からない攻撃に、防御をするだけで精一杯になってしまい、攻撃どころではなかった。それにその防御ですら、力を増したミイラの[悪魔]の攻撃には耐えることができなかったのだ。
...防御魔術に頼らずとも、キュオンのように攻撃を避けられるようにならなければ。
自分は、弱い。だからこそ、出来ることはなんだってしなければならない。強くなって、もっと強力な[悪魔]にだって対抗出来るように。いつかの復讐を果たすために。
「ティオ、僕たち強くならなくちゃ。もっと強くなって...出来ることも少しずつ増やして...ね。」
ティオを撫でながら、エレアスはティオと自分に言い聞かせるようにして話す。
今日の失敗を糧にして。明日からまた1歩ずつ進むのだ。
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次の日。
戦いの疲れと、質のいい寝具だったのもあってか、深い眠りにへと落ちたエレアスは、少々寝過ごしてしまった。使用人が扉をノックして起こしに来てくれなければ、きっとそのまま寝てしまっていた事だろう。
「...っすみません!今支度しますね!」
そうして慌ててベッドから飛び降りて、人前に出られてる程度の最低限の身だしなみを整える。
半開きになっていた扉をゆっくりと開ければ、昨日見たウォリアーホーン種の女性使用人が居た。
「ああエレアス様、これは失礼致しました。今起きられたので?」
「え?...ぁ、はい。すみません、寝過ごしちゃって...、」
少し驚いたような表情でこちらを窺う彼女は、ゆっくりと頭を下げながら、その理由を述べた。
「扉が開いておりましたので、もう起きていらっしゃるものかと...。...朝食のご用意ができておりますよ。」
「扉が?あれ...?開けてたかな?」
確かに、扉は先程半開きになっていた。てっきり使用人が開けたものかと思ってしまったが、この礼儀正しい女性使用人は勝手に扉を開けそうにない。
エレアスは昨日の記憶を手繰り寄せるが、ちゃんと扉を閉めたかまではうろ覚えだ。
「んん?」
「どうされましたか?」
首を傾げつつ部屋の中を見回し始めたエレアスに、使用人の方も首を傾げる。
ちょっと待ってて下さいというエレアスの言葉に、そのまま使用人が待機していれば、やがて部屋の中を1周ぐるりと回ってきたエレアスは、ため息混じりに呟いた。
「ティオが居ない...。」
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「キュオンさん!」
「......。...どうした?」
朝食を食べ終えたキュオンが、食後のコーヒーを嗜んでいるところに、エレアスが慌ただしく食堂に入ってきた。
また何か面倒なことが起こったのかと、キュオンは付きたい溜息を抑えつつ、持っていたコーヒーカップを置いた。
「ティオを見てませんか?」
「あぁ?...見てねぇが...、居ねぇのか?」
駆け寄って来たエレアスの質問に、思わず眉間に皺を寄せたキュオンはその状況を察知する。
確かに、昨日屋敷に来てからというもの、あらゆるタイミングで何かが気になるのか跳ね回っていた。その度に、うずうずと何処かに飛び出して行ってしまいそうではあったが、エレアスの制止を雰囲気で理解しているのか、そう遠くへは行っていなかったはずだ。しかし寝ている間となると、さすがにティオの行動管理は難しそうだ。エレアスが寝ている隙に出て行ってしまったようだ。
興味を示していたのは屋敷の中やエルゲマの持っていた宝石だったため、屋敷の外には行っていないと推測するが...。
...バタバタバタバタ...!
すると急に食堂の外から、またも慌ただしい足音が聞こえてきた。
「「?」」
こちらに近付いてくる足音に、エレアスとキュオンは顔を見合わせた。そうして入口の方を確認すれば、
「あ、あの!お二人方、今すぐ来ていただけないでしょうか!?」
息を切らしたエルゲマがそこに居た。彼は二人が揃っているのを確認するなり、叫ぶようにして懇願した。




