42話:残された物
ピクっ…
すると思ったよりもすぐに、ティオが反応を見せた。先程までピクりとも動かなかったティオの身体が僅かながらに動く。
「!?…ティオ!」
呼びかければすぐに、ティオの身体は大きく動いた。意識が戻ったのだろうか。暫くその動きを見守っていれば、やがてティオの身体に生えている2つの手のような触手がにゅっと伸びた。
「動けるか?」
ゆっくりと触手を伸ばすティオ。その様子を見守りながら、キュオンが[魔晶石]を片手に呼びかける。
するとティオの身体が大きく動き、伸びていた触手がキュオンの持つ[魔晶石]に向かって素早く動いた。
ヒュッ、…バクっ!!!
「「あっ!!!?」」
エレアスとキュオンが声に出した時にはもう遅く、伸びた触手はキュオンの手から[魔晶石]を掻っ攫い、その丸い身体にドプリと放り込むなり、見事に全部取り込んでしまった。あの大きな[魔晶石]はティオによって一口で一瞬にして食べられてしまったのだった。
[魔晶石]をしっかりと消化してしまったティオはご満悦のようで、エレアスの腕の中でルンルンと小躍りしてみせた。
「なんだ…元気じゃねぇか…。」
「気絶…してた、だけ?ですかね…?」
呆気に取られる二人。キュオンは溜息すらついている。貴重な大きい[魔晶石]を食べられてしまった事より、ティオが無事だったことに肩の力が抜ける。
エレアスの腕から飛び出したティオは、もうすっかりいつもの調子だ。心配して損し…いやいや、無事でなによりだ。[魔晶石]は食べられてしまったが、今回はもう1つ収穫がある。
「少年。奴の中から…これが出てきた。」
「…!これは…!」
それは[魔晶石]の下から出てきたあの宝石だ。
珍しい程大きい青い宝石であるため、依頼品と見て間違いはないだろう。しかし、やはり最初の状態より見栄えが悪くなってしまってはいる。
「砂になったはずでは…?」
「…そうだな、何故出て来たのかは分からねぇが…、”あの時”と似てねぇか?」
「あの時…?……あっ!」
それは以前、蔦の[悪魔]を倒した時のこと。
倒した際に[魔晶石]とは別に、キュオンの剣に突き刺さる形で出て来た木片があった。
通常[魔物]を倒した時には[魔晶石]しか出てこないが、[悪魔]を倒した際には石以外の物も出て来るのだろうか。キュオンとエレアスが把握しているのはその2例だけだ。過去にも[悪魔]を倒したことがあるキュオンだったが、そこまでは確認していないとのこと。そのため確定的とは言えないが、[悪魔]は倒された際に[魔晶石]以外の物を残すのかもしれない。
ともすれば、以前の蔦の[悪魔]はあの木片から力を得ていたというのだろうか。
「……。」
未だその生態も目的も力も未知な部分が多い[悪魔]という存在。その真相に迫るには、エクソシストとして[悪魔]を倒していく必要がありそうだ。
だから、そのために、もっと強くならなくては。
するとティオが、その宝石に向かっても触手を伸ばしていたようで。それをキュオンが、素早く避けて宝石をその手に握る。
「おっと、流石にこいつはダメだ。…依頼人に返さねぇとな。」
「!…そうですね。」
小さく、醜くなってしまったとはいえ、依頼品である宝石は無事に、”宝石に取り憑いた[悪魔]を祓う”という当初の依頼目的を達成して無害となった。
あの[悪魔]が引き起こしていたポルターガイスト的な被害はこれで起こらなくなる。
複雑な事件だったとはいえ、これで解決だ。
…しかし、
「そういえば、あの指輪の台座…、」
キュオンが思い出したように呟いた。
事件解決したことでエレアスもすっかり忘れていたが、確かに謎が残った部分ではある。
キュオンが気にしていた、あの指輪の台座に刻まれた紋様。結局砂となって消えてしまったため、ちゃんと調べることは叶わなかったが、あれは一体何のために刻まれた紋様だったのだろう。
するとキュオンがぽつりと呟く。
「一見痕跡はなかったが…、あれがもし何らかの魔術式だとすれば…、」
魔術の痕跡を見ることが出来るキュオンでも、その紋様から痕跡は見つけられなかったようだ。相当古いものなのか、あるいは魔術式ではなかったのか、はたまたそれ以外の理由があるのか。
「…位置情報の魔術と、盗難防止の魔術以外にも、魔術がかけられていたってことですか?」
「……。」
考え込んだキュオンは、答えが出なかったのか、話題を変えて話した。
「今まで宝石が近くにあっても宝石に対しては何もしなかった[魔物]が、宝石が台座から外れた瞬間に宝石だけを取り込んで強くなった…。」
エルゲマが指輪を投げて壊すまで、確かに[魔物]の動きは鈍く、物を動かす力も範囲が限られていた。しかし宝石だけを取り込んでから、その力は増幅され[悪魔]へと成長した。
それを聞いたエレアスが、ハッとする。
「それってつまり、あの台座が…[魔物]が宝石の力を奪うのを防いでいたのでは…!?」
「…その可能性が高いな。」
それならば、[魔物]がこの数ヶ月間部屋を荒らすだけで、宝石自体に手を出さなかった理由がはっきりする。
あれほど執着していた宝石なのに自らの物にしなかったのは、しなかったのではなく、台座によってできなかったのだ。
「つまり、あの紋様は…宝石の力を封印する魔術…、と考えるのが妥当だ。」
「なるほど…!」
何の魔術式かも、そもそも魔術式なのかも分からなかった紋様の謎が、あの[悪魔]の一連の動きによって絞り込めてきた。
「それならば、いつどこであの台座が作られ、あの[魔物]が宝石を追うようになったのか…。」
そこまで話して、キュオンはこの謎を解くのにかなりの時間を要することに気がつく。
「…、とりあえず、エルゲマを探すぞ。」
「そうですね…!」
木や岩、地面などがめちゃくちゃになってしまった屋敷の裏庭。あの[悪魔]は狙っている者が分かりやすかったため、エルゲマや使用人たちはきっと無事だろう。宝石を手に入れた後は、エレアスやキュオンばかりを狙っていたのだから。
元気になったティオを連れて、ボロボロになった庭でエルゲマを探した。
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「エルゲマさーん!!どこにいますかー!!」
声を上げて裏庭を巡り、エルゲマを探す。体力が限界そうだったのもあり、そう遠くへは行っていない筈だ。倒れた木を跨ぎ、凸凹になった地面を歩く。
そうして木が倒れておらず、被害のなかった地点にまで来て、さらに呼びかけて探す。すると小さな物置小屋が見えてきたところで、ガタンッと物音がした。
「あ!あのっ、ここにいます…っ!!」
怯えた声が聞こえてきたのは、その小さな物置小屋からだった。戸を開ければ、中で蹲っていたエルゲマが現れた。土埃で汚れはしているが怪我などは無さそうだった。
「もう奴は倒した。大丈夫だ。」
そうキュオンが言えば、エルゲマは安堵したのか、力が抜けてその場にへたり込む。
「あ、ありがとうございます…。」
余程怖かったのだろう。確かに、魔術も何も対抗手段を持たない人間からすれば、[魔物]でさえも脅威である。ましてやあんな凶悪な[悪魔]が現れたのであれば、その恐怖は計り知れない。
エルゲマが落ち着くのを待って、今回の事の顛末を報告する。
「…それで、本体は消えたが…、…こいつが残った。」
そうしてエルゲマに差し出して見せたのは、倒した[悪魔]から出てきたあの宝石。
「これは…。」
エレアスの反応と同じく、小さく醜くなった宝石を複雑な表情で眺めるエルゲマ。宝石は帰ってきたが、これでは元の宝石とは呼べない。リティアート当主も嘆くことだろう。
当初の目論見としては、宝石はそのままに、宝石に取り憑いた[魔のもの]だけを祓うつもりだったのだ。しかし事態は二転三転し、結局は宝石に封印された力を狙う[魔物]───は、宝石から力を吸い取って[悪魔]となり、力を取られた宝石は今の有様となってしまった。教会に要請したエルゲマの依頼は果たされたが、結果は思わしいものにはならなかった。
「もう奴は消えた。教会としては、これに用はない。…どうするかは、アンタの自由だ。」
「……。」
宝石を受け取ったエルゲマは、暫くそれを見つめると、ギュッと掌で包んだ。
「これで…解放されるんですね…。」
「ああ。部屋を荒らしたり使用人の体調を悪くしてたのはあの[悪魔]だからな。それも無くなるだろう。」
宝石については、思わしい結果にはならなかったものの、これでエルゲマや使用人への被害、屋敷への被害は改善される。それだけでも十分な救いだ。
「本家であった被害も…無くなるんですか?」
そこでエルゲマが恐る恐る聞く。
この屋敷での被害はなくなったが、本来は長い歴史のある曰く付きの宝石なのだ。宝石は30年前に再発見されて依頼、没落した貴族、そこから譲り受けたリティアート当主、そしてエルゲマの元へと渡り歩いた。
宝石の被害に関しては、少なくとも所有貴族の没落に、リティアート本家の屋敷での部屋の荒らし事件が起きている。エルゲマの屋敷に宝石を置くように当主が指示を出したのも、今回の件のような荒らし事件が発端だ。
しかし今回の事件は宝石そのものというより、宝石の力を狙う[魔物]が引き起こしたもの。そのためこの屋敷外での被害についてまでも言及することは難しい。
それでもキュオンはあっさりとそれを肯定した。
「そうだな。」
「え、そっちでの被害も、あいつが原因だったんですか?」
思わず聞き返すエレアス。まさか、本家や貴族の没落までずっとあの[魔物]が宝石へ執着した結果だというのか。
「そうだ。恐らく…本家からここまで…ずっと宝石を追いかけて来たんだろう。」
「本家からって…、王都からかなり距離がありますよ!?」
この王都から遠い田舎町であるマクリアグロスの、さらに辺境にあるこの屋敷までは、それこそ転移魔術でも使わない限りは馬車で数日かかる。
「だから被害が出るまでに3年近くもかかったんだろう。あいつの鈍足じゃあなぁ…。」
「あ……、」
「…、そういう、ことでしたか...。」
その答えに、エレアスもエルゲマもはっとした。
思い出したのだ。不可解だった、被害のない空白の期間のことを。




