41話:影の力
信じ難いことに、[悪魔]の能力は徐々に強くなっている。
力の届く範囲が広くなるに加え、物の動きだけでなく人間の動きをも制御可能になってきている。
おそらく、あの曰く付きの宝石を取り込んだことが原因であると思われる。宝石を取り込むと同時に出来たあの目玉からは、とてつもない力を感じた。
[魔物]が宝石の力を借りて[悪魔]へと成長するなど、にわかには信じがたいが、目の前で起こっているそれに事実だと突き付けられる。
「コロ゛ス…遘√?蜉帙r螂ェ縺」縺…マ゛ジュ…ツシ、コロス…。」
「魔術師に恨みでもあるみてぇだな…。」
動きを封じてもなお、魔術を使って抵抗を見せるキュオンに、[悪魔]は地を這うような声で恨み言を放つ。その言葉は、だんだんと人間が聞き取れるような音になっている。
[魔のもの]としての能力が高くなるほど、その知能も高くなる。つまり奴が意味のある言葉を話す程、奴の力は増してきているのだ。
宝石の力が馴染んできているのだろう。
奴がさらなる力を手に入れる前に、決着を付けてしまわねば。
「マ゛ジュツ、シ…縺ゅ?陦?譌…ユ゛ルサ、ナ゛イ…!」
「!?」
ボコ、ボコボコ…っ!
先程斬り刻んだ腕が、蠢き始める。
それは瞬く間に、はぐれた肉をお互いに呼び寄せ合い、肉と肉が繋がっていく。
(回復速度まで上がってやがる…!)
せっかく斬り落とした腕を再生されては困る。
しかし魔術を使うためにはマナの回復のために、時間稼ぎもしたいところだ。
剣は数メートル離れた位置に落ちてしまっている。オーリを剣から離したとして、既にあの[悪魔]は拘束程度じゃどうにもならない。キュオンの身体の制御も、あの[悪魔]を倒さないことには解除されない。
マナは回復を待ったとして、身体の制御をどうにかできる魔術はない。エレアスの結界を維持しつつ溜まる少ないマナでは、今また物が飛んできたら防ぎきるのは難しい。
ボコッボコ…ッ、
こうしている間にも、奴の腕がどんどん再生していく。
身体の制御さえどうにかなれば。
……やるしかない。
「オーリ!そのままこっちに影を伸ばせ!!」
黒い剣に宿るオーリを呼ぶ。
こちらの意図に気付いたのか、オーリはすぐにその影をキュオンに向かって伸ばした。
シュルルルルルッ!!
剣から伸びた黒い影は、リボンのようになってキュオンの腕へと巻きついた。そのまま影は縮んでいき、剣が手へと引き寄せられる。
パシッ、
無事に剣の回収には成功したが、キュオンの手は剣を握れないように制御されてしまっている。
しかし、それは内側からの制御。
外側から制御を乗っ取ってしまえば良いのだ。
ニッ、とキュオンの口角が上がる。
その瞬間、影が剣の持ち手とキュオンの手を包み込むようにして巻き付き、ギュッと締め上げた。
一方の[悪魔]は恐ろしい程のスピードで腕が元に戻っていっている。しかし腕が戻り切る前に、キュオンが剣を持ったのに気が付いたのか、先程の攻撃で使用した石達を、再び浮かした。
「ユルサ、ナ゛イ……陦?譌、ノ゛…マジュツシ!!」
その石への制御も先程よりも正確となり、ほぼノータイムでキュオンを目掛けて飛んでいく。
[悪魔]の制御により、動けないキュオンにこれらを避ける術はなれば、防御魔術を展開するマナもない。
───それでも、
シュルルルルルッッ!!!!!!
キュオンの腕に巻き付いた影が、そのまま体幹へと伸びて行き、液体のようになった影は、そのままキュオンの全身を覆った。
だがそれと同時に、大量の石がキュオンを襲った。
タンッ!!!!
「ッ゛…!?」
[悪魔]が驚きに呻く。動けない筈のキュオンが、その場を大きく跳躍したのだ。ズガガガッ、と石での攻撃は空振りに終わる。
[悪魔]はすぐに、空振った石をもう一度浮かせ、またその辺の木をも根こそぎ浮かした。
そしてあの能力───透明化を発動させた。
「なっ!また…!!」
遠くで見ていたエレアスからは、完全に見えなくなる。ただでさえ厄介な能力だったが、宝石によって[悪魔]の力が増した今、先程のように姿が見えなくなってしまえば、この上なく厄介なことになる。
しかし、
「はっ、力が抑えきれねぇのか…!バレバレだな!」
キュオンには、その青い目玉から漏れ出る強力な力が、マナを使わずとも手に取るように感じられた。
「突っ込むぞ!オーリ!!」
逃げられたと思いこんでいるであろう[悪魔]の場所へと、青い目の力の気配を感じ取って向かう。
再び地面を蹴って跳躍したキュオンは、襲い来る石を避け、木を斬り落とす。先程と同じ攻撃だ。キュオンにとっては避けるのも斬るのも難しくはない。
あっという間に気配のする場所へと詰め寄り、そこだと狙って剣を振り下ろす。
斬った感触は十分にあった。
しかし[悪魔]も、間一髪で治りかけの手で目を防いだようだ。無意味だと判断されたのか、透明化が解けた。青い目の前に阻むように置かれた、くっつきかけの手の指だけが斬り落とされていたのが分かる。
[神の御使い]の力によって斬り落とされた指がサラサラと灰になっていく。
しかし、所詮は手の指1本だ。[悪魔]にとってはそう大きなダメージでもない。そしてそれは、腕を再生するのに充分な時間稼ぎにもなってしまったようだ。
「コロ゛ス…!…ッコ、ドケェェッ!!」
完全に治ってしまった腕を大きく振り上げる。その腕には、能力で集めたのであろう石を沢山纏わせていた。そして尚且つ、最初とは比べ物にならない程のスピード。
攻撃力も防御力も速さも、格段に上がっていた。
キュオンが石を避けたその先に、[悪魔]の石の拳が振り下ろされた。
ズガァァアンッ!!!!
「キュオンさん!!」
砂埃が舞って、キュオンと[悪魔]の姿が見えなくなる。結界越しにその光景を見ていたエレアスは、[悪魔]の攻撃がキュオンに当たったのを見て、思わず叫んだ。
やがて砂埃が晴れていくが、[悪魔]は動かないままだ。キュオンの姿も見えない。どうしたのだろうかと、目を凝らす。
──ギッ、ギリギリギリ…!
「くっ…、ガリガリのクセに…!重てぇな!!」
石の拳を剣で受け止めたキュオンは、押し潰そうと言わんばかりの圧力に、負けじと抗ってみせていた。ジリジリと剣で押し返すキュオン。そこへ再び石や木が飛んでくる。
「…っ、ぉ、らぁッ!!!」
オーリの影による力だけでなく、[悪魔]による身体の制御を、自らのマナを身体強化魔術へと変えて、内側からも制御に抗って腕力として使う。
それにより強く押し返して出来た僅かな隙に、剣で薙ぎ払うようにして[悪魔]の腕を退け、その場を跳躍して石や木を避ける。
力比べに負けたことでバランスを崩した[悪魔]だったが、反対の手をキュオンへと伸ばす。
だが、気付いた時にはキュオンはその手の先にはいなかった。
「その目、返してもらう…!」
「!?」
オーリの影によって強化されたキュオンの跳躍は、腕を駆け登らずとも、大きな[悪魔]の頭上へと達するのは容易だった。
死角となった頭上から声がして、[悪魔]がキュオンを視界に捉えるべく見上げた時には、視界の中央には黒い剣の切っ先しか映らなかった。
───ドッッッッッ!!!!
黒く輝く刀身が、不気味な程に深く青い大きな目玉を貫いた。
「ギ、ァ゛…ッァ゛…!!?」
そのまま重力に従って、骨のような干からびた巨体をぶった斬る。
ドォン…ッ!
目から真っ二つに斬られた[悪魔]は、途切れ途切れの断末魔と共にその場に崩れ落ちた。
ザァッ、と[悪魔]の身体が端から灰になっていく。
それと同時に、キュオンの身体の制御も解放される。
浮いていた石や木はその場に転がり落ち、青い目玉は光を失った。
身体に纏ったオーリの影を元に戻したキュオンは、手を動かして自らの身体がしっかりと自分の意思で動くことを確認する。
振り返れば、既にあの巨体は殆どが灰となって宙へと消えていた。あのように宝石の力を利用して強くなる[悪魔]など、前代未聞であった。
しかし、キュオンの中で少し引っ掛かる点もあった。
「………。」
舞い散る灰の中から、大ぶりの黒い[魔晶石]が顔を覗かせている。キュオンの掌程の大きさがあるそれを掴んでみれば、その下に青い輝きがあった。
拾い上げてみると、それはあの青い宝石であった。てっきり砂になって[悪魔]に取り込まれてしまったと思われたそれは、思わぬ形で回収することが出来てしまった。
しかし、最初のような妖しく美しい光はなく、透き通るような深い青はくすんだ青となり、さらに一回り程サイズも小さくなっていた。
********
「少年、無事か?」
「キュオンさん!それはこっちの台詞です!」
結界の場所から動かないようにしていたエレアスは、キュオンが戻ってくるのを待っていた。
怪我などはなさそうなキュオンの様子に胸を撫で下ろしたエレアスは、腕に抱えたティオを見て絞り出すような声で言った。
「すみません…。」
ティオには何度も助けて貰ったのに、何も出来なかった自分。その後もキュオンの足でまといにしかならなかった自分に、腹立たしい思いだけが伸し掛かる。
自分で作戦を立てておきながら、結局は予想外の事態に為す術もなく、見守るだけになってしまった。
「…お前の所為じゃあねぇよ。あれは厄介だった。」
キュオンが、ボサボサの頭を搔いて言う。
そもそも、[魔物]が宝石によって強化されて[悪魔]になるだなんて、想像もし得なかったのだから。
「それより、丸いのは無事か?」
エレアスの腕に抱かれたまま動かないティオを見る。
その身体は普段の丸みを帯びた弾力のあるそれよりも、幾分か力が抜けているように見える。
「一応目に見える怪我は無かったんですが…、」
そう言葉を濁すエレアスは、心配そうにティオを見つめる。目もなければ口もないティオの容態を、人間基準で診るのは難しい。表面上怪我がないとするのであれば、あとは内部の問題だろうが、どんな身体構造を持っているのかも分からない不思議生物だ、下手なことはできない。
「[魔晶石]で何とかなるか…?」
どこが悪いのか分からない以上、万能薬的な扱いとなる[魔晶石]で治癒するのが最善策となるだろう。しかしそれはあくまでも人間基準の話。[魔晶石]での治癒がこの生き物に効くかは別の話だ。
「そうですね…。物は試しに…、」
しかしながらそれ以外に望みがないのも確かだ。
まずは試してみて、ダメならまた様子を見る他ない。
キュオンは今しがた得た黒い[魔晶石]を取り出す。
「えっ、それ使っちゃっていいんですか?」
「一度治癒に使ったくらいじゃあ変わんねぇよ。」
[魔物]のものとは思えない大きさの[魔晶石]だ。やはり力を増して[悪魔]になってしまっていたのだろう。
凶悪だった[悪魔]とは裏腹に、この黒い結晶はキラキラとしてとても美しかった。大きいが、その分芸術品とまで言える程の美しさと特有の輝きがあった。
掌サイズの大きさのそれを、キュオンがティオの近くへと持っていった。




