40話:負傷
─────ヒュンッ、
石に当たる、そう思った瞬間、エレアスの視界には黄金色の塊が飛び込んできた。
ドッ!
「えっ?」
それが何なのか理解できる前に、塊がエレアスの身体にぶち当たった。脇腹あたりに直撃したそれは、柔らかくて大きなクッションのようなものだった。
衝撃で身体が横に押される。そのお陰で、飛んできた石を躱すことができた。
しかし、石はそのまま黄金色の塊に当たってしまう。
咄嗟にそちらの方を見たエレアス。そして気付く、自身を庇ってくれたのが、ティオだということを。
ドシャァッ、
地面に倒れ込んだエレアスは、幸いにも他に飛んできた石にも当たらずに済んだ。後ろでしゃがみ込んでいたエルゲマも無事な様子だ。
「ティオ!!!」
直ぐに振り返って、衝撃で後ろへと飛んで行ったティオを呼ぶ。地に伏せるティオからは反応がない。
「ティオ...!」
エレアスはティオの元へと急いで駆け寄った。
「縺上◎縺」縲...コロ゛ス...コロス、鬲碑。灘クォ繧...!」
一方で、石を動かした張本人である[悪魔]は、攻撃が狙い通りに当たらなかったことでさらに怒っているようだ。追撃のためにその場を動こうとする。怒りでパワーが増しているのか、オーリによる拘束が徐々に千切れていく。オーリも追加で影の触手を増やしてはいるが、それでも構うものかと[悪魔]は拘束を振り切って動き出す。
「くっ...!」
一部始終を見ていたキュオンは、エレアスとティオのことが気にかかるも、動き出してしまった[悪魔]の対処を優先すべく、剣を握った。
同じように残された片腕を切り落とすべく、その肩へと飛び上がる。
興奮している[悪魔]の意識はエレアス達へと向いているようで、キュオンの動きには文字通り目もくれず。
(今だ。)
ならば僥倖とばかりに思いっきりその剣を叩き付けた。
********
「ティオ!ティオ!大丈夫!?」
吹っ飛ばされたティオの元へと駆け付けたエレアスは、ぐでっと力の抜けたようにその丸い体を地へと伏せるティオに声をかける。
しかしながら反応がないティオを、エレアスは震える手でそっと抱き上げた。反応はないが、体には傷も特に見られない。様子を観察するが、血や体液のようなものは出ていないし、体が変形している訳でもなさそうだ。
一先ず、ティオを安全な場所へと連れていくべく、少し重くなったティオの柔らかい体を抱えて立ち上がった
────ミシッッ、
近くで、木の軋む音が聞こえた。
「…っ、」
まさか、と思いエレアスは音のした方を向いて防御壁を張ろうとした。しかし、そこには[悪魔]は来ておらず、何もかが飛んできているということもなかった。
聞き間違いかと思ったその瞬間、近くにある大小様々な複数の木が一斉に揺れだした。
「!?」
風でもない。あまりにも不自然なその動きに警戒するが、[悪魔]は[魔晶石]が反応をしない程の遠距離にいる。先程の攻撃範囲からは脱しているはずだ。
いや、でもまさか、
バキッ、メキッ、メ゛キ゛メキメキィ゛ッ…、
揺れていた木々が、突如ものすごい音を立てながらその幹が大きく曲がっていく。その向きはエレアスがいる場所を向いて、だ。やがて耐えきれずに細い木はバキッと折れて、エレアスに向かって倒れ出す。
「シールド!」
防御魔術でそれを防ぐが、さらに太い木々も同じように次々と折れていく。
自身の防御魔術では防ぎきれないと判断したエレアスは、ティオを抱えて走って逃げた。
あの[悪魔]は、既に腕を2本切り落とされていた。四足歩行をしていたため、残された細い2本の脚では、バランスが取れずに動くことも出来ないはずだ。
奴の攻撃範囲の外にさえ出てしまえば良い。キュオンもいる為、そうそうに追っては来れやしない。
しかし、
「ど、こまで…っ!」
凄まじい勢いで折れてはエレアスに向かって倒れて来る木。どこへ逃げても次々と倒れてくる木を、防御壁を張りつつ避けていれば、そう簡単に攻撃範囲外へと出ることは難しい。
それでも、逃げても逃げても、木が倒れてくる。
力をつけて[悪魔]に成り果てた後の攻撃範囲は一体どこまで広くなったのか。木のない方へと逃げるが、そうすれば必然的に屋敷の周辺を走ることになる。太い木をも折ってしまうような能力だ、そんなことをすれば屋敷自体を倒壊させられかねない。屋敷の中にはまだ使用人達が残っているため、今狙われているエレアスが近付く訳にはいかなかった。
「…くぅっ!」
エレアスの目の前に、大きな木が倒れる。それを既の所で避けるが、大きくバランスを崩す。よろけながらも後ろに2、3歩下がって体勢を整える。ティオを抱えているために、それ程身軽な動きも出来ない今、既に倒れた木々はエレアスの行く道を阻む。
(どっちに行けば──…!)
どちらへ行っても周りは木しかない。安全に進めるルートを模索していれば、エレアスの後ろで先程倒れた木々が宙を舞っていた。
「っ!?」
避けられない。防げない。そう直感した。
(…こうなったら、でも、ここで終わらせる訳には…っ、)
そうしてエレアスはティオを左手で抱え、右手を翳して力を込めた。
宙を舞う木は、先程の石達のようにエレアスに向かって狙いを定められた。
(来る…!)
────キィン、シュッ、ヒュィン……!!
その瞬間、飛んでくるはずだった木々は、風を斬る音と共に突如バラバラになってその場に崩れ落ちる。
「!?」
「…ったく、すげぇ暴れっぷりだな!」
キュオンとオーリだ。
キュオンは剣撃で、オーリは影で、[悪魔]に操られている木を、目にも止まらぬ速さで斬り刻んだ。
「わ…っ!」
途端に地面へと落ちた丸太たち。
またキュオン達に助けられてしまった。
「少年、」
キュオンの呼びかけに、エレアスはティオを抱え直して、その傍へと駆け寄った。そして直ぐにキュオンは、エレアスにある魔術をかける。
「キュオンさん、これは…、」
それは防御魔術だった。エレアスのような、壁を作るようなものではなく、小さな背のエレアスに合わせて作られた、エレアスとティオだけを覆う結界のような防御魔術だ。
「悪い、これで耐えろ。」
少しばつの悪そうな声で言ったその言葉の意味は、マナが少なくてエレアス達だけを覆う程の小さな結界しか作れなかったからか、この後の戦闘ではエレアス達に気を配ることが出来なくなるということなのか、あるいは戦闘に参加できないエレアスの心中を思いやってのことなのか。
「…すみせません…。」
そう返すことしか出来なかったエレアスは、未だに反応のないティオをぎゅっと抱きしめた。
********
「オーリ、行くぞ。」
そう声をかければ、相棒であるオーリはキュオンの影の中に潜った。そして、影を伝ってその力が剣へと宿り、その刀身は漆黒に輝いた。
キュオンが駆けた。
それと同時に、再び地面の石が持ち上がる。
[悪魔]からはかなり離れているが、それでも力は弱まらずに届いている。しかし、キュオンが張る結界は、エレアスのものと違って堅牢だ。
飛んできた石を、見事に弾き返している。
[悪魔]の元に真っ直ぐに走っていくキュオン。飛んでくる物の軌道を見定めて、最小限の動きで避けながら距離を詰める。
エルゲマの方は既にどこかへと避難しているのか、姿は見えない。が、[悪魔]はもうエルゲマをターゲットにするのは止めたようだ。
両腕を切り落とされた怒りで、エクソシストであるキュオンとエレアスを狙ってきている。
狙いがこちらに向いたのであれば、あとはキュオンの独壇場だ。相手の攻撃の回避に集中しつつ、反撃の隙を窺う。
石は避け、木は斬り落として前へと進む。そしてついに、バランスを崩して立ち尽くしている[悪魔]の目の前へと迫る。
「縺昴?蜉帚?ヲ…ア…キ、ヤツ…ノ…!」
青い目玉がキュオンと黒い剣を映した。
何か言葉のようなものを発した[悪魔]。
するとその目が発光した。
「コロス…繧ャ繧ュ縺雁燕繧…!」
「な…っ!?」
その瞬間、キュオンの身体が止まる。
身体が、動かせない。
まるで自分のものではなくなったかのような感覚だった。それどころか、剣を握る腕の力が失われていく。
[悪魔]は依然としてその場を動いてはいないが、青い眼球に囚われてしまっているかのようだ。
おそらくは、あの[悪魔]の能力だろう。周りにある物を動かす能力。しかしそれは今まで人間相手には発動しなかった力だ。それが、人の動きに干渉するに至っていた。それはやはり、あの眼───宝石の力を取り込んで力を増した所為だろうか。
「蠢後??@縺…チカ…ラ゛…ァ゛!」
「…っ!」
キュオンの手から剣が離れる。
その場に落ちるかと思われた剣だったが、それは落ちることなく宙に浮いた。そのまま剣は動けずにいるキュオンの目の前にまで移動し、
その切っ先をキュオンに向けたのだ。
ズァァッ!
剣が勢い良く動き出す。
このままでは剣がキュオンを貫くのは明白だった。
まずい、と理解したキュオンは咄嗟に魔術を放つ。
「グラヴィティ!」
ドッ!!!!
宙に浮いた剣が、キュオンに向かう速さはそのままに、軌道を変えて地面へと突き刺さる。
間一髪で攻撃は防いだが、未だにキュオンの身体は彼の制御外だ。
[悪魔]も動けないが、こちらも動けない。お互いに能力で物を動かすことは出来るが、[悪魔]は無尽蔵に大小様々な物を意のままに動かせる一方で、キュオンは僅かに回復したマナをやり繰りしながら物をある程度動かす魔術しか使えない。
「…チッ、面倒だ…。」
キュオンの方が分が悪いのは確かだった。
しかし、[悪魔]を睨んだその目は、毛頭諦めてはいなかった。




