39話:宝石に宿っていた力
見間違えるはずも無い。宝石を追って来ていたあの[魔物]だ。
先程までその姿を隠していたが、今はエレアス達でもはっきりと見ることができる。急に姿を現してこちらに向かって来ているのは、一体どういうつもりなのか。
それに、その動きは明らかに先程とは違っていた。
「動きが速くなってる!?」
エルゲマの鈍足でも余裕で逃げられていた程に、この[魔物]の動きは鈍かったはずだ。それがどういう訳か、今は恐ろしい速さで木々を薙ぎ倒しながら、こちらに向かって進んで来ている。
しかし、姿が見えるのなら対処法はいくらでもある。
「ティオ!」
「オーリ!」
エレアスとキュオンが同時にそれぞれの名を呼ぶ。
それを合図に、ティオはその両腕を、オーリは影を幾つも伸ばし、[魔物]の干からびた手を拘束した。
「ギィア゛ァ゛ッ!?髮「縺?..?∫ァ√?縲√◎縺薙?繧ャ繧ュ繧?.?」
ギチッと音が鳴り、[魔物]の動きが止まる。しかしその腕は囚われてもなお、エレアス達に向かって伸ばされようとしている。低いノイズ交じりの声が苦しげに呻き、そしてこちらに向かって恨みのこもったような音を出した。
「髮「縺帙?√≠縺ョ繧ャ繧ュ繧呈ョコ縺輔?縺ー縲」
それは先程、屋敷内で姿を現した際に発した鳴き声のような音とは、明らかに違っていた。
「キュオンさん...、この[魔物]...鳴き声じゃなくて、何かを話すようになってませんか?」
「...力が増してるな...。」
もはや[魔物]と呼ぶべきかも分からないそれの様子を観察する。ティオとオーリが抑えてはいるが、ミシミシと音が鳴っており、長くは持たないだろう。エルゲマに危険が及ぶ前に何とかしなくてはならないが、相手のスピードが上がっているのもあり、逃げるという選択肢は難しい。
「殺られる前に殺るしかねぇ...。」
「でも、宝石はもう無くなったはず...!なんでまだ...!」
宝石が砂になって消えた今、エルゲマを狙う理由は無くなったはずだ。それなのに、拘束を振り切ってまでこちらに向かって来ようとしている。それも、今までとは違う動きと力で。
「...もうダメだ、もう終わりだ...!」
エルゲマが頭を抱えて蹲る。彼の唯一の希望の道筋であった、”宝石を壊してしまう”という目論見は思わぬ形で達成されたものの、結果は見ての通りである。[魔物]は宝石への興味を失うどころか、[悪魔]に近い力を持って本気でこちらを殺しにきている。
巨大なミイラの顔ある大きな眼窩は、エレアス達を凝視していた。
───キュィィイ......ン...、
「......!?あれは...!」
そこでエレアスがとある変化に気が付く。
深い闇しか見えていなかった[魔物]の眼窩に、青い光が灯る。それは少しずつ大きくなっていく。
よく見れば、その光に集まるようにどこからか青い砂が眼窩に向かって流れ込んでいた。
「...おいおい、マジか...。」
「これって...、」
それに気付いたキュオンは、苦笑いを浮かべて剣を構える。
エレアスは先程まで手の中にあったはずの存在を確認した。
────しかしそこに、あの宝石の成れの果ての姿である青い砂は1粒も残っていなかった。
そう、全てどこかへと流れ去ってしまっていた。
最後に零れ落ちていった砂粒のその先を目で追う。...その先にあったのは、あの暗くて大きい不気味な眼窩と、宝石と同じ青い輝きであった。
「な...っ、」
全ての砂を取り込んだそこには、大きな眼窩に相応しい、ギョロリと大きな青い眼球が現れた。
「遘√?...、メ、繧?▲縺ィ...チカ...ラ...、」
その直後、脳に直接響くような重低音。そこでエレアス達の脳は、意味ある言葉を認識した。
「い、今...”ちから”って言いました...?」
「...あぁ。言ったな。」
聞き取れてしまったその言葉。
それまでは鳴き声や叫び声のような、言葉とは違う音を発していたはずだが、ここにきて急に言葉として聞き取れる音を発する[魔物]。
「メ...、蜿悶▲縺...、フク......シュウ......。」
「...やっぱり!知能が...!」
今度はよりハッキリと聞こえた。”フクシュウ”──”復讐”と。それは明らかに人間の言葉であった。これが言葉の通りであれば、この[魔物]───いや、[悪魔]は今、確かなる敵意を持ってエレアス達を狙っているということになる。
「宝石の力を取り込んだ...のか?」
「ま、[魔物]が...[悪魔]に、変化...した...!?」
知能と能力の高い[魔物]は[悪魔]と呼ばれるなど、[魔物]と[悪魔]は本質的には同じではあるが、[魔物]だったものが突然[悪魔]になるなど、聞いたこともない事例であった。
────ブチィッ!!!
「ガルルルルルッ!」
ついに、あの[悪魔]の腕に巻きついていた、オーリの操る影が一本切れてしまった。同じく腕を掴んでいるティオの腕も、もう少しで振りほどかれてしまう。奴の力がどんどん強くなっている。
「...っ、」
キュオンが駆けた。
奴が拘束を振り切って動き始める前に、倒してしまわねば。
「フクシュウ...驍ェ鬲...」
ぐわぁ...っ!
ティオが掴んでいた左腕が自由になってしまい、そのままキュオンに向かって振り下ろされる。
───ドォンッ!!
素早い腕の動きは、それだけで勢いと攻撃性を増している。強い衝撃が地面へと叩きつけられるが、それを軽やかに避けたキュオンは、そのまま自由になった[悪魔]の腕の付け根を狙って駆けていく。
ビュッ!と飛んでくる木の枝を、素早い剣捌きで切り落とし、幾つもの礫を躱す。
一瞬の出来事だった。あっという間に[悪魔]の肩の部分に飛び上がって到達したキュオンは、剣を振るう。
しかし、[悪魔]も黙ってやられはしない。またあの時のように、キュオンの剣の軌道を遮るように、どこからか岩のような大きなサイズの石が滑り込んでくる。キュオンの剣がもう少しでその石に触れてしまう。
それでも、キュオンの方が一枚上手だったようだ。
剣を振ると見せかけたキュオンは、その場でくるりと一回転してみせ、石と肩の上を越えたかと思えば、なんと、回転した勢いのまま[悪魔]の背後からその剣を切り付けたのだ。
「〜〜ッッッギィ゛ィ゛イ゛い゛イ゛ぃ゛ィ゛イ゛ッッ!!!!」
──ドサッ!
切り落とされた左腕が落ちる。右腕は、オーリが影を引きちぎられながらも、なんとか拘束を続けていた。
「やった!」
[悪魔]の動きが止まる。これで暫くは動けないはずだ。しかし、あの物を動かす力はまだ残っている。
「縺舌≦縺?≦縺??√ぎ繧ュ縲√ぎ繧ュ繧偵?...コロ...ス...!」
先程までキュオンの動きを追っていた青い不気味な瞳が、今度はエレアスの方を向いた。
「っ...!」
その瞬間、ボコッボコッ...と地面が沸騰したように動き出した。地震のようだが、しかしそれはここ一帯だけで起きているようだ。地鳴りのような音と共に、地に埋まっていた大きな石や岩が顔を出す。
キュオンやオーリ、ティオのいた場所でも地面に埋まっていた石が次々と浮き出ており、広範囲で[悪魔]の能力が展開されていることが分かる。
ズズズズ...ッ、
それと同時に切り落としたはずの腕が、僅かに動き出す。そして、その断面から、赤黒い干からびた肉色をした触手がぐにゃりと伸びた。
「......!」
近くにいたキュオンがそれに気付いて、再び転がっていた腕を切り刻む。しかし、キュオンの剣で切ったところで、その動きは止まらなかった。
それもそのはず。キュオンが使っていた剣は、[悪魔]を祓う力──[神の御使い]の宿っていないただの剣だったからだ。
[魔のもの]は[神の御使い]の力がなければ祓うことができない。
つまり、腕を切り落とすことができたとしても、その腕は消えることなく残り続ける上に、一定時間が経過すれば治ってしまうのだ。[神の御使い]の力が宿っていない武器で攻撃しても、足止めにしかならない。
とはいえこんなにも早く切断した部分が動き始めるとは。やはり[悪魔]になってしまうと、倒すのが厄介になる。
オーリが右腕を拘束しているが、それも少しでも拘束の力を抜けば抜け出してしまうだろう。今、オーリを剣に呼び戻すのは危険だ。下手をすれば右腕が自由になってしまう。
かくなる上は右腕も同じようにして切り落としてしまえば良いのだろうが、それよりも先に、地面から飛び出した石達が動き始めた。
ズァァッ!!
それらが一斉に同じ方向に向かって飛んでいく。
向かう先には、防御魔術を張ったエレアスと、その後ろに隠れていたエルゲマが居た。
「少年!!!」
自らが対処するには間に合わないと判断したキュオンが叫ぶ。
一方でエレアスは、自らの方へと飛んでくる大きな石達を見て、その防御壁に持てるだけのありったけのマナを込めて迎え撃つ覚悟を決めた。
(...っ!速い!!!...でもっ、)
向かってくる石は全てが砲弾のような速さと大きさだ。1つでも直撃してしまえばきっと一溜りも無い。しかし幸いにも、[悪魔]は力が制御しきれていないのか、攻撃範囲は広いものの、先程よりも飛んでくる物の軌道がバラバラであった。殆どの石が、エレアス達の居る場所を外していた。
───しかし、
(あ、掠めて...っ、)
バリィンッ!!!!!
飛んできた石の1つが、直撃こそしなかったが、エレアスの張った防御壁の隅に当たる。
それは壁をものともしないスピードで突き抜けていき、エレアスやエルゲマの身体に当たらなかったものの、防御壁全体を割ってしまった。
急いで次の防御壁を張ろうと、エレアスは少ないマナをできる限り使った。
「シール......ッ!!!」
しかし、伸ばした手の先。
飛んできた次の石が、既に目の前へと迫っていた。
それも、エレアスの立つ場所の丁度直線上だ。
(駄目だ!間に合わ...っ、)
為す術もなく、石が伸ばした手の下を通過していくのが分かった。




