3話:住民達の困り事
マクリアグロスの中心地にほど近い小さな商店街。
商店街といっても所詮は田舎町なので、規模は知れている。
[魔晶石]のお陰なのはいただけないが、すっかり傷も体力も回復したので、昼食の調達がてら素材の換金も兼ねてここへ来た。そうだ、ついでに研究材料の買い出しなければ。
まずは、この前作ったものを売りに、道具屋に向かうことにする。あらかじめ鞄に詰めておいたそれは、このままでは少し重いため、早いところ空にしたい。
店までは、商店街の道を少し歩かなければならない。街ゆく人達を横目に、昼食は何を買おうかと思いを馳せる。いつも行く大衆食堂でも良いし、久しぶりに屋台で買い食いなんかをするのも良い。近くの川で捕れた魚を焼いている屋台から漂う香ばしい香りが、食欲も刺激する。
と、考えているうちに目的の店に辿り着いた。
扉を開ければ、ベルの涼しげな音が響く。
入ってすぐに目に入るのは、農業用の道具だ。鍬に鋤に鎌、それから野菜の種なんかも置いてある。マクリアグロスには農家が多いから、扱ってるものも農具が多くなる。もちろん日用品の桶や食器、箒なんかも取り扱っている。
「おう坊主!また持ってきてくれたのか?」
「カリオスさん!お久しぶりです。」
来客に気付いた店主は、エレアスを見るなりにっこりと笑って迎え入れる。大柄な体型にもみあげから繋がる白髪混じりの髭。頭は少し寒そうだが、額からはがっちりとした太く短い立派な1本角が生えている。彼もまたウォリアーホーン種だ。
直ぐにカウンター横の通り道から出てくるが、如何せん恰幅が良いため横向きでのそのそとしか出て来れない。その間に、エレアスは鞄の中身を取り出した。
「いやぁ、これが良く売れるんだ。」
目の細かい布袋を受け取った店主のカリオスは、たっぷり中身の入ったそれを確認して、ガハハと大きく笑った。
エレアスが渡したものは、簡単に言えば農作物用の肥料だ。袋の中身は1〜2kgくらいであるが、ごく少量ずつ撒いて使用するもののため、商品としては50袋程に分けられて売られるのだろう。これはとある鉱石を粉状にして少し加工したものだが、この肥料があるだけで作物の出来が違うのだという。
「農夫の奴らがみんな、魔法の粉だって言って買ってくよ!いやぁ、こういうのは”石の奇跡”じゃあ、ちっとしか出来ねぇからな!」
店主が言っているのは、[魔晶石]のエネルギーによる奇跡の力の事だろう。魔術が使えない人間は、生活の一部を[魔晶石]に依存している。とはいえ、一般に出回る小さな石一つに含まれるエネルギーは、そう大したものではない。何度か使用する前提で、怪我を治したり、蒔の火種に火を出したり、あるいは飲水を綺麗にする程度だ。野菜を大きく育てることも出来るだろうが、広い農地で育てる野菜全てに奇跡を起こすのは、あまり現実的ではない。おそらく何百という欠片、もしくは巨大な結晶が必要になるだろう。
重さを測って、それに応じた代金を計算、そして換金される。
店の貨幣入れが客の目につくところにあるのは、店主の豪快で雑な性格によるものか。この店主なら腕っぷしに自信がありそうなので、ある意味で貴重なものは店の奥に仕舞うより、店主の目の届くところにあった方が安全かもしれない。
…と、何気なくその貨幣入れを見ていると、普段はそこにないものが傍に置いてあった。
(あれは……、)
黄昏に輝く結晶の欠片。今朝見たものとは色が違うが、あのエネルギーある輝きは間違いなく[魔晶石]だ。
「ほいよ。……いい加減材料教えてくれてもいいんだぜ?」
「それ言ったら収入無くなっちゃうので秘密ですね〜!」
「だはは!そりゃ、そうだな!」
こそっと耳打ちするように聞かれるが、笑顔で受け流す。これを聞かれるのはいつものことなので、同じようにいつも通りの受け答えをする。
肥料の成分自体にやましい事は何も無い。隣町や隣国の鉱山地帯で手に入るような鉱石だ。利用用途に乏しい鉱石だから、ほとんど無料で入手できる。ただ、これが肥料として使える……のは、知られていない。何故エレアスが知っているのかに関しては、兄の研究と、とある人物のお陰である、とだけ言っておこう。
それはさておき、今気になったのは[魔晶石]だ。
たしか店主のカリオスも、魔術は得意ではないと言っていた。そのための道具屋でもあるのだし。しかしながら彼が[魔晶石]を利用している姿は一度も見たことがなかった。それなのに何故こんなにも目の付く場所に置いてあるのだろうか。──まぁ、たまたま手に入ったからとか、なんとなくそこに置いただけ、などと言われればそれまでなのだが。
(気にし過ぎかな…)
適当に流すことにして、お礼とまた来る旨を伝えて店を出た。
しかし店を出たとこでも、同じ輝きが目に付いた。
目の前を通っていった村人の首飾りに、[魔晶石]が使われていた。琥珀色のそれは、一見すればただの宝石に見えるが、その奥には小さな光が灯っていた。
(今日はやけに見かけるような…)
日常的に使われる物とは言え、それ程多くは流通しないはずの物である。しかし、たまたまだと言われればそれまでではある。先程の事もあるため、単に[魔晶石]を意識してしまっているだけかもしれない。
と、そこへまた同じように[魔晶石]のペンダントをしている村人が。
「…………。」
流通量が増えているのだろうか?[魔物]が増えたり、あるいは沢山退治されているなど…。
いつもと違う様子は他にもないかと街を観察していると、ふわりと香る小麦のいい香り。
通行人の1人が持っている紙袋からだ。紙袋からはみ出している長い形状をした焼きたてのパン。
(そういえば食料の調達に来たんだった。)
ぐぅっと鳴ったお腹。あのパンは、エレアスがよく行くベーカリーのものだろうか。見ていたらパンが食べたくなってきた。今日のお昼はそこで買うのもいいだろうと、エレアスは次の目的地を決めた。
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「こんにちはー!」
「ああ、エレアスちゃん、ちょうど今焼けたところだよ!」
扉を開けた瞬間に鼻腔いっぱいに広がる焼きたてのパンの香り。肥料のお陰か、今年は小麦の稔りが良かったそうで、沢山の種類のパンが並んでいる。張り切ってパンを焼いているここのご夫婦は、それはもう大忙しだったが、その顔は活気に満ち溢れていた。
声をかけてくれたのは店主の奥さん。熱々の石窯から焼き上がったばかりのそれを並べている。
と、その様子を見ていたエレアスが気付く。
「あれ、おばさんも、それ……」
首元にキラリと輝く蜂蜜色のペンダント。先程見たものと全く同じ作りをしていた。
エレアスの視線に気が付いた奥さんは、見やすいようにペンダントを取り外して見せてくれた。
「これかい?綺麗だろう?[魔晶石]をペンダントにしたものさ!」
詳しく見ると、それは装飾品としての華美な装いはされておらず、取り出された原石のままの[魔晶石]に、金具を通すだけの穴を開けて紐で吊るした簡素なものであった。
「最近流行ってるんですか?同じようなのを持った人が外にも居ましたけど…」
全く同じ構造をしていたため、この辺の工房が作っているのだろうか。しかしながら、国の都市部では[魔晶石]を装飾品として扱うこともあるのだろうけど、ここは都市からは離れた農村だ。[魔晶石]を実用的に使う人がほとんどだ。
「流行ってる…というか、防犯対策だよ。最近、[魔晶石]を盗んでいくこそ泥がいるのさ。」
「[魔晶石]を?」
思わぬ話に、エレアスは目を見開いた。
聞けばそれは先月からの話のようだった。
最初は、火を起こすために外の焼却炉の近くに置いてあったやつが無くなっていたり、萎れた花壇の花を元気にする為に農具などと一緒に置いてあったものが無くなったりと、屋外での小さな被害から始まったらしい。
しかし段々とそれは程度を増していき、家の中に置いてあったものや、棚に仕舞ってあったものが盗られだし、最近では保管ケースごと盗られた例もあると言う。
犯人は余程隠れるのが上手いのか、未だに見つかっておらず、いつ盗られるか分からないために、近隣の住人は皆、[魔晶石]を目の届く場所に置いたり、ペンダントにして盗られないようにしたというのだ。
「たしかにそこそこ貴重なものだけど、それほど高価なものでもないのに、ねぇ?」
この街で出回っている[魔晶石]は小さなものが殆どだ。故にちょっとした便利な奇跡が起こせる程度であり、食べ物や価値のあるものを出現させたり、召喚したりする力はない。人によっては”火打石”と呼ぶ者もいる程だ。石自体にそこまでの価値はない筈である。
「教会からも配られてるものだし、そもそも魔術が使える人間には必要ないだろう?」
「教会……」
マクリアグロスの中心街に位置する、あの大きな教会のことだろうか。慈善事業かなにかだろうが、”配られている”ということは、この地域では結晶は小さくとも数自体はそこそこある上に、魔術が使えない住民の需要分は満たされている筈だ。
犯人は一体何の目的があって、わざわざ盗むまでして石を集めているのか。
「エレアスちゃんも気を付けるのよ?石を持ってるなら、向かいの通りにある工房でペンダントにしてもらった方がいいわ。」
「ありがとうございます、おばさん。気をつけますね。」
そうして焼きたてのパンやらサンドイッチやらを数種類買って、店を出た。
店を出ればやはり、ちらほらと[魔晶石]のペンダントをしている人がいる。思った以上にここの地域住民は困っているようだ。
紙袋から、買ったばかりのサンドイッチを取り出す。野菜たっぷりのそれは、この農村で収穫されたものばかりだろう。拠点の小屋までは距離があるため、少々行儀は悪いが、戻る道すがら昼食分だけ食べることにする。
シャキシャキとした葉野菜と塩漬け肉のハーモニーに舌鼓を打ちつつ、先程の話について考える。
地域住民が付けているペンダントを見る限り、やはり出回っている[魔晶石]は小さいものばかりだ。リスクを犯してまで集めるものではないし、集める目的も分からない。
(気をつけろって言われたけど……、)
不可解な事件だし、盗られた人は気の毒ではあるのだが、正直エレアスは対岸の火事のような気分であった。[魔晶石]を盗られて困るのは、普段からそれに頼って生きている人間だ。エレアスはそうなるのを避けている。
それこそ教会から配られているのも知らなかった程だ。そもそも持ってないから、ペンダントにできるものもないし、何かできることもない──
──のだが……、
(あれ?そういえば今朝貰ったような……)
家に置いてきた、緑の結晶のことを思い出す。
何も考えずに、なんとなく自室の机の上に置くだけ置いて、放置してしまったような気がする。いや、あの部屋には[魔晶石]以外の物だって沢山置いてある。しかし、[魔晶石]を家の中に置いたのは今回が初めてである。何かあるとも思えないが、でも、だからってそんな。
まさか。
(…アレが……。)
そういえば、家を出る時に物音がした覚えもあった。
とは言えエレアスの拠点がある所は、周りに民家などない場所だ。人為的な何かとは考えにくい。野生の動物が物音を立てただけかもしれないし、何かが倒れただけかもしれない。
(………。)
胸騒ぎがする。
少しだけ歩を速めて、エレアスは早々に帰宅することにした。