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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第二章:石に眠る宿怨の具現者
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38話:指輪に刻まれた紋様




「狙いは宝石だ。俺が持って引き付けた方がいい。」


[魔物]の狙いは宝石を持っているエルゲマだ。しかし逃げるにはエルゲマの体力は既に限界だ。これ以上は走るのは難しそうだ。

それならば、宝石を一度キュオンに預けてしまった方が良いだろう。彼ならば、[魔物]の攻撃から逃れることは容易だ。──しかし、


「でも、姿が見えないのに、どうやって...!?」


先程はキュオンの魔術で一瞬姿が見えたが、それもすぐに破られてしまった。いくら剣術に秀でた彼でも、見えない敵を斬るのは厳しいだろう。キュオンだって攻撃を防いで逃げているだけでは、いつか疲弊してしまう。

あの[魔物]に対抗するのであれば、もっと確実な策をもってして臨まなければ。


「宝石を置いて逃げるべきです...!」


屋敷の裏庭を歩きながら、エレアスはキュオンに先程考えていた案を伝えた。

しかしそれはキュオンにとっては後ろ向きとも言える案だったのか、良い顔はされなかった。


「...奴に宝石を渡したからって事態が良くなるとは思えねぇな。」


宝石さえあればあの[魔物]は落ち着くだろう、と思っていたエレアスは、キュオンの考えに目を(しばた)かせた。


「宝石を欲しがってるんじゃないんですか?」

「...数ヶ月間、目の前に宝石があったのに暴れてた奴だぞ?」


エレアスの言葉が詰まる。

この[魔物]によるものと思われる、今までの屋敷内の荒らし事件。4ヶ月前から始まったそれは、保管部屋に宝石がずっと置いてあったにも関わらず起きている。この[魔物]は屋敷内を壁を越えて自由に移動することができるので、宝石を手に入れることは簡単だ。それなのに、状況は酷くなるばかりだった。

つまり、宝石を[魔物]に渡したからといって、奴は満足しないのである。他に何か目的があるのだろうか。しかしそれを調べるには、状況が悪すぎる。せめて奴の足止めだけでも何とかしなくては。


「...でも、宝石を返せば、少なくともこれ以上は追われないかと...!」

「その後はどうするつもりだ?奴はずっとこの屋敷にいるだろうよ。」


その通りだ。逃げたからといって、この屋敷の状況が解決する訳ではない。このままでは逃げた後は屋敷に戻ってくる事も出来ないだろう。しかし、エルゲマと使用人達の身の安全だけを考えれば、屋敷を離れるのが最善だ。


「っ、考えます...。ひとまず対抗策が出るまでは、この屋敷を離れた方が良いと思います。エルゲマさんも、使用人さんも巻き込まないように...。」


キュオン1人に任せるにしても、エルゲマと使用人達の安全は守られたかもしれないが、それではキュオンへの負担が大きくなる。エレアスはもちろん、オーリやティオも協力はするが、それでも狙われるのは宝石を持つ者だけだ。

長期戦覚悟にはなるが、あの[魔物]が見えるように出来る方法を、探さなくてはならない。


「まあ、俺ぁ別に構わないが...、依頼人はどうなんだ?」


全ての人の安全を最優先に、というエレアスの考えに、キュオンも納得したようだ。剣術だけでも対抗はできるが、マナの回復を待った方がより確実だと判断したのだろう。


キュオンからの同意は得られた。しかしこの作戦を実行するには、他でもない屋敷の主人となるエルゲマの許可が必要となる。

先程屋敷を捨てて逃げることに拒否の態度を取ったエルゲマだ。何とかして説得を試みなくては。

やはり屋敷よりも使用人達の命を優先すべきだと訴えるべきか。


しかし意外なことにも、エルゲマは拒否するどころか悩む素振りも見せなかった。


「...もういいです。」

「え?」


憑き物が落ちたかのような気の抜けた様子で、静かに提案を断わってきた。落胆して全てを諦めてしまったのかと思えば、宝石を握り締める手は力強く、そういう訳でもなさそうだった。


「宝石を...壊してしまえばいいんです。」


握った手を睨むようにして放った言葉は、依頼人の台詞とは思えないものであった。

その場に立ち止まったエルゲマ。意図が分からず、エレアス達も足を止めてエルゲマを見た。


「エルゲマさん...それは...、」


エルゲマは本気だ。本気で、その手の中にある宝石の指輪を()()()()()()()しようとしている。


エルゲマの気持ちも分かる。

この宝石をリティアート当主から預けられたことで、それまでのエルゲマの平穏無事な暮らしは無くなってしまったのだ。

宝石を言われるがままに保管していれば[魔物]が暴れ、宝石を屋敷の外に出してしまえば魔術で死んでしまい、結局宝石を持ち出すことは泥棒でさえも出来なかった。

エルゲマにとってこの宝石は”災厄の原因”だ。

最も、本当の原因はリティアート当主ではあるのだが、エルゲマは当主に逆らうことなど出来ない。この厄介な状況を作り出したのは当主であるものの、エルゲマの現状(いま)を作り出したのも当主であるのだ。


ならば、向かう矛先は一つ。


「...もういいんです。こんな石さえなければ─...、」


そうしてエルゲマは、宝石を持つ手を大きく振り上げた。すぐ目の前には大きめの庭石がある。


「エルゲマさん!?」


エレアス達が止める間もなく、宝石のついた指輪は、エルゲマによって石へと叩き付けられる。


─────カァンッ!


あっと思った時には遅かった。スローモーションのように見えたそれは、軽い金属音と共に、1つの塊が2つの物へと分裂した。宝石から指輪の台座部分が外れ、両者はそれぞれの方向へと跳ね返った。

宝石の方は、石自体は無傷で転がったが、金の台座と輪の部分は変形して壊れてしまった。


「えぇっ!?とっ、取れちゃいましたよ...!?」

「ははははっ、...あはは、取れましたねぇ...っ!」


緊張感から解放されたのだろうか、エルゲマは壊れた指輪を見て笑っている。

リティアート家の家宝とも言える宝石の指輪だ。依頼した持ち主がやったこととはいえ、そんな大事な物を壊してしまっても良いのかと、エレアスは転がった宝石と台座を拾った。


「大丈夫ですか!?これ、後で直せますか...?」

「いいんですよ。ああ、でもまだ、宝石を割らないと...、」


そう言ってエルゲマは、近くに落ちている硬そうな石を探し出す。

確かに、宝石を砕いてしまえば、きっと宝石に掛けられた魔術は無くなるはずだ。しかし、あんなにこの宝石の指輪に執着をしていた[魔物]が、台座が壊れて石だけになったそれを、渡したからといって大人しくなるだろうか。間違いなく、怒り狂って暴れる未来しか想像できず、エレアスの背には冷や汗が流れた。


「...!...少年、ちょっと見せろ。」

「え?傷はなさそうですけど...?」


すると隣りで壊れた指輪を見ていたキュオンが、エレアスの手の上にあるそれを、よく見せろと近付いてきた。

台座は壊れはしたものの、宝石自体は無傷だった。しかしながら、僅かでも傷があると駄目になるのか、あるいは宝石に掛かった魔術も影響があるのだろうか。

そう思ってエレアスはキュオンに宝石を渡そうとした。


「違う。台座の方だ。」

「台座?」


しかしキュオンが見たかったのは宝石の方ではなく台座部分の方だったようだ。一体台座に何が、と2人で金色の台座を覗き込んだ。


「これは...、」

「...なんか書いてありますね...?」


指輪の輪っか部分の内側と、台座の宝石が置かれて隠れる部分に、何らかの彫り物がされていた。

それは指輪自体が年代物のため不明瞭だったが、通常の言語とは全く違う形のものが幾つも見て取れた。


「......。」


目を凝らしてその小さな彫り物をじっと見つめる。言語ではないが、何らかの規則性がある紋様。魔術式とも良く似ているが、それにしては文字の形がキュオンの知っているものとは大きく違っていた。


「...ん?いや、この感じ...、」


そんな中でも、キュオンは少ない手掛かりの中から何かを見つけたようだった。気付いたそれを深く探ろうと、台座を持って、目の前に近付けた。


その瞬間、台座の一部がさらさらと砂になって崩れ落ちた。


「!?」


それと同時に、


「───────ガァァァア゛ァ゛ぁ゛ァッッッ!!」

「「!?!?!?」」


突如として響き渡った大きな獣のような咆哮に、その場にいた全員が飛び跳ねた。


「な!?...な、ななななんですか...!?」


それはエレアス達が逃げてきた方とは逆側から聞こえた。

恐怖でキュオンの後ろへと隠れるエルゲマ。

そしてすぐに音は近付いてきた。


───ドスッッ!!...ドッ、ドッ、ドッ!!!!


地響きのように向かってくる足音。明らかに人間のそれではない。長い何かが地面に刺さるような、そんな激しい音だ。

エレアスはシールドを張り、キュオンは剣を構えた。


が、ここでエレアスが気付いて叫んだ。


「キュオンさん...!宝石が!!」

「っ!?」


そうして見せた(てのひら)の上の青い宝石は、先程の指輪の台座のように砂のようになって崩れていた。

そしてその青い砂は風もないのにサラサラとどこかへ飛んでいく。

キュオンの持っていた金の台座は完全に砂となって地面にこぼれ落ちていた。


「なにが...!?」


──ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!!!


しかし今は、それを拾い集めている暇もなかった。

先程よりも大きくなる足音。


...来る。何かが、来る。


バキ、バキバキッ、...ガサガサガサァッ!!!


目の前の木々を薙ぎ倒すようにして、人間よりも遥かに大きい何かが、こちらに向かってきた。

長い長い手足で、四足歩行で駆けてくるそれは、あの干からびたミイラのような(からだ)だった。


「ア゛ァ゛ァ...!!遘√?蜉帙?...ガァ...ッ!、∫ァ√?蜉幢シ?シ、ア゛がァ゛あ゛ぁ゛っ!!!」

「──!?あいつは...!!!!」




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