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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第二章:石に眠る宿怨の具現者
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37話:箱庭の鬼ごっこ




エレアスとエルゲマは敷地の端にある塀に沿うようにして走った。

宝石にかけられた死の魔術。これを発動させないためには、逃げるにしてもこの屋敷の敷地内にしか行くことが出来ない。いくら[魔物]の足が遅いとはいえ、限りある範囲ではいつかは捕まってしまう。


「エルゲマさん!裏山は!?裏山には行けるんでしょう!?」

「道がある場所は大丈夫でしたがっ…、それ以外の場所は敷地内かどうかが不明瞭なんです!万が一にでも敷地外だと見なされたら...!」


宝石を盗んだ者の死体があったという裏山。そこから宝石を持ち帰ってこれたのなら、そこまでの道のりであれば行くことが出来る。しかし当然ながらその道にも敷地内かどうかという区切りがあるのだ。向かった先が行き止まりでは詰みだ。そしてその小道から()れた所へ逃げ込もうものなら、宝石の魔術がいつ発動してしまうかも分からない。

確実に敷地内だと分かる場所での、いつ終わるかも分からない鬼ごっこ。しかも人間には体力の限界というものがあるが、相手は[魔物]だ、宝石を持っている限り永遠と追いかけて来るだろう。


─────ヒュンッ!!


「...っ!?」


不意に飛んできた木の枝。それは走っているエルゲマの目の前を通過して地面へ刺さった。風のないこの場所で勢いよく枝が飛んでくるなど、明らかに不自然な現象だ。...ということは。


「...シールドっ!!」


パシュッッッ!


続いて同じように飛んできたのは複数の枝と小石。

エルゲマに向かってきたそれを、大きめの防御壁を張って即座に受け止める。ロザリオの光は弱い。遠距離からの攻撃だろうか、エレアスの防御壁が1回で壊れなかったためそれ程強い攻撃ではなかった。しかし、油断は禁物だ。

...いる。あの[魔物]が近くにいる。きっと狙いは宝石を持つエルゲマだろう。


次の攻撃に警戒して辺りを見回す。しかしやはり敵本体は見えない。

するとエレアス達の周りの石や枝などの物が、ふわりと宙に浮かび始めた。それはまさに、エレアス達の周りを囲むようにして動いている。


「...!?」

「ひぃ...っ、」


しまった。警戒して立ち止まったせいで、奴に距離を縮められてしまったのだろう。奴が物を自由に動かせる範囲に入ってしまったようだ。


(これじゃあ防げない...!)


エレアスの防御魔術では、ある程度の大きさの防御壁を一度に一枚までしか出せない。つまり、同時に多方向から来る攻撃を防ぎきることはできない。


「ティオ...!」


しかし、やるしかない。近くにいるティオへと声をかける。...ティオと二人で、出来る限りで防ぎきる。正面はエレアスの防御壁で、後ろと横はエレアスとティオの身体をもってして防ぎ、エルゲマを守る。


─────ヒュンッ!


(くるっ...!)


枝の先が一斉にエレアス達の方へと向き、小さな石が尖った方を向けるようにして回転した。そしてそれらが、まるで引力によって引き付けられるかのように、エレアス達を狙った。その瞬間、


ぐわっ...


近くにあった樹木の影が大きく動いた。


──ズァァアッ...!


「!?!?」


影が大きく変形し、目にも止まらぬ速さでエレアス達の方へと伸びる。影は周囲の複数の木から伸びてきて、飛んできた木の枝や石がエレアス達に到達する前に、その間へと入り込んだ。

そのまま[魔物]による攻撃を全て防ぎきった影は、ボトボトと受け止めた枝と石を落として、しゅるんっと元の木の影へと戻った。

周りに伸びてきた影に驚くも、その正体にエレアスはすぐに気が付いた。


「キュオンさんの[御使い]の...!」


影が引っ込んだ樹木の下には、あの紅い翼を持った狼がいた。見覚えのあったあの影は、キュオンと契約している[神の御使い]であるオーリによるものだ。


「グル...ッ」


オーリはフンスッと鼻息を吐き出すと、その場で天を向き、空に向かって遠吠えを一つした。


アォォォオオオオオオオン─────...!


「あれは...?」


新たな存在の登場に、エルゲマが怯えた声をあげる。しかし先程の奇怪で禍々しい[魔物]とは違い、その神々しい姿は見た者を安心させる何かがある。


「大丈夫です...!キュオンさんも来ますよ!」


しかしながら、状況は良くなっているとは言えない。

先程まで屋敷の入口付近に居た[魔物]が、逃げてきたはずなのにすぐに追い付かれた。

姿が見えないので確信的ではないが、壁を抜けられるため、人間にとっての建物という障害物はこの[魔物]には通用しない。つまり、屋敷を中心とした敷地内の外周を逃げ回っているだけでは、いくら足が遅い[魔物]であってもエレアス達に追い付くのは簡単だ。


「...っ!シールド!!」


再び飛んでくる石を、エレアスは防御魔術で、ティオはその腕で、オーリは伸ばした影で防ぐ。本体の場所が分からないため、どうしても防戦一方になってしまう。


(やっぱり...宝石を置いて逃げないと...!)


エクソシストであるキュオンとエレアスだけであれば、宝石を(おとり)にして[魔物]を討伐することを考えた。しかしここには宝石の持ち主であるエルゲマもいれば、巻き込まれてしまった非魔術師の屋敷の使用人達だっているのだ。エクソシストの仕事は、[魔のもの]を祓うだけでなく、[魔のもの]の脅威から人々を守ることでもある。


「エルゲマさん!このまま走りましょう!」


三人でエルゲマを守りながら退避すれば、とりあえず次に追い付かれるまでの時間は稼げそうだ。そしてキュオンと合流し、宝石を放棄して避難することを再度提案する。

そのために、まずは[魔物]の攻撃可能範囲から逃げなくては。






********






どうしてあんな化け物に襲われなくてはいけないのか。

宝石に宿ると思っていた[悪魔]は居なかったが、叔父から裏切られ、一歩間違えれば死んでいたこの状況で、新たに別の化け物が現れて、襲われて。化け物に殺されないように、叔父が作り出した死の箱庭の中をこうして逃げ回っている。


(何が悪かったんだろうか、)


見えない化け物がどこから来ているかも分からずに、走って逃げて、走って逃げて。姿が見えなくては、依頼したエクソシスト達も手が出せないのか、こうして逃げることしか出来ない。

しかし、年中屋敷の中で美術品に囲まれて暮らしている私には、体力の限界がすぐに来てしまう。こうしていつまでも逃げ続けることも出来ない。


”逃げろ!そいつの狙いは宝石だ!!”


そう叫ばれた言葉そのままに、あの化け物は宝石を持つ私を狙ってきているようだ。つまりは私がこの宝石を持っている限り、化け物は永遠と私を追い続けるのだ。


分かってはいる。この宝石さえ手放してしまえば自身は解放されるということを。その宝石が無くなって困る人間は、私が死んでも構わないという叔父しかいないということも。

私は既に叔父から見捨てられていたのだ、だから今更宝石を大切に保管する理由はなくなった。叔父の期待に応える必要は無くなったのだ。


だから、あの幼いエクソシストがいうことも理解はできるのだ。宝石を手放してしまえばいいと。そうすればこの状況を打開できると。

私だって出来ることならそうしたいのだ。

しかし私は、私にとって一番大切な物を失ってしまうことを恐れた。


それは宝石などではなく、この屋敷自体のことだ。


大好きな美術品や骨董品がこれ程までに詰め込まれた場所は、ここの他にはない。そして、美術品だけではなく、この人里離れた静かなこの場所が好きだった。


長閑(のどか)で都会の喧騒もなく、社交のことなど考えずに自由にのんびり暮らすことができるこの環境。

それも叔父によって与えられたものだとは分かってはいるが、自分はこの屋敷を守りたいのだ。


しかしこの私のささやかな願いを、あの宝石が邪魔をする。


宝石に執着する化け物がいるのに、その宝石は屋敷から持ち出せないときた。つまりはこの屋敷で暮らすためには、その化け物と宝石とが着いて回ることになるのだ。


化け物に関しては私には到底手に負えないものだ。それならば宝石に掛けられた死の魔術をどうにしかした方が良いと思うが、それを掛けた本人は、私が死んでも構わないのだ、私が何を言ったところで魔術は解かないだろう。文字通り、私が死んだとしても魔術は解かないつもりだ。きっと私が死んでも、代わりの誰かがあの宝石と屋敷を任せられるのだろう。


私があの屋敷で今後も暮らすためには、やはりあの宝石と化け物を何とかしなければならない。宝石がある限り、あの化け物がやって来る。このままでは、いつかはあの化け物に殺される。最初にこの宝石を持っていたあの貴族のように、殺されてこの屋敷ごと奪われてしまう。


だから、あの宝石さえ無くなれば。無かったことに出来れば、私は解放される。私の命を、この屋敷を守るために、宝石さえ、無ければ。


(宝石さえ無くなれば──...、)






********






「そこか...!」


飛んでくる障害物を防いで、避けて、攻撃が無くなるまで走る。走っている途中、先程のオーリの遠吠えを聞き付けたのか、キュオンが合流する。


────キィンッ、キンッ、


いくつか飛んできた石を叩き落としながら、キュオンも並走をする。足止めしても無視されると分かったため、全員で狙われているエルゲマを守る。


やがてまた攻撃範囲を脱したのか、物が飛んでくることは無くなった。念の為にもう少しだけ塀沿いに遠くへと逃げて、キュオンも交えてこれからの作戦を相談することにした。


「はぁ、はぁ...、」


エルゲマは限界寸前だった。これ以上走り続けることは困難だろう。なんとか歩きで少しでも追い付かれないように逃げるが、この調子ではそれも時間の問題であった。




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