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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第二章:石に眠る宿怨の具現者
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36話:逃走不可




「……っくそ!見えねぇ!」


キュオンの魔術が上書きされてしまったのか、あるいは魔術を看破されてしまったのか、[魔物]の姿が再び見えなくなる。

それならばこちらも、その姿を再び見破ってしてやろうとマナを放出するが、先程までの行動がその足を引っ張った。マナの使い過ぎだ。宝石の捜索やロザリオでの通信、[魔物]の姿を見るためにも使っていた。ハイペースでそれだけの魔術を使えば、豊富なマナを有すると言えども当然枯渇はする。先程よりも強めの認識阻害をしているのだろうか、[魔物]のソレを見破れるだけの強い魔術を使うには、それ相応のマナが必要だ。マナの回復を待たなくては、相手の能力を上回る魔術が使えない。


幸いにも、この[魔物]はキュオン自身には興味が無い様子。逃げていったエレアスとエルゲマに気を取られており、キュオンへの攻撃は()んでいた。

おそらく、彼ら──というより宝石を追って行ってしまったのだろう。足は遅いため、エレアス達が追いつかれることはそうそう無いだろう。宝石を盗んだ元使用人もあの[魔物]の追跡を振り切れたくらいだ、視認外へと隠れてしまえば問題は無さそうだ。元如何せん相手は姿が見えない上に近くにある物を動かすことができる。早めに2人と合流しなくては。


「……あれが()()()()()[()()()]()って訳か。」


周りに散らばった壺の破片や、落ちたシャンデリアの残骸を見たキュオンは、かの[魔物]について考える。


あの物を動かす能力、エルゲマの反応を見るに、今までこの屋敷の中を荒らしてきたのはあの[魔物]で間違い無いだろう。宝石に直接取り憑いていた訳ではないが、余程のご執心なのか、これまでずっと宝石の傍に憑いて居たと思われる。盗られてしまった事で宝石の場所が分からず、屋敷の中を移動して探していたが、見付けたことで返せと怒っているのだろう。

屋敷での荒らし被害が出始めたのが4ヶ月程前。少なくともこの4ヶ月間は、あの[魔物]が屋敷に潜んでいたということになる。

つまり、この屋敷での宝石によると思われた被害は、宝石ではなくこの[魔物]によるもの。あるいはリティアート当主による魔術によるものもあるかもしれない。


──しかしそれでは、この屋敷に預けられる前の被害の原因を説明できなくなってしまう。

それに、3年前に宝石が預けられから4ヶ月前に至るまでには何も被害が無かったもの謎だ。

もともとこの屋敷内にいた[魔物]が、たまたまあの宝石を見つけて執着するようになったのか、それとも外から来たものなのか。そして宝石に執着しておきながら、それを手に入れるでもなく、その間ずっと傍にいて宝石の周りだけを荒らし続けた理由とは。


「…いや、それより祓っちまうのが先決か。」


エクソシストとして、宝石の詳細や[魔物]が宝石を狙っている理由を調べることよりも先に、依頼として受けたようにまずはあの危険な[魔物]を祓うべきである。それで宝石による被害が止まればそれ以上、この宝石について詮索するのも不要になる。


「あいつら、どこに逃げた?」


すでにロザリオに[魔物]が近くに居る反応はない。ある程度の位置なら[魔晶石]の反応で分かるが、姿の見えない[魔物]を直接追って祓うことは難しい。

それならばエレアスたちと合流し、[魔物]が宝石を狙いに来たところで迎え討つ方が得策だろう。


「オーリ。」


マナが不足しているため、先程のように宝石の軌跡をマナで示すことも、ロザリオでエレアスと連絡を取り合うことも出来ない。

ここは[神の御使い]であるオーリと手分けして探した方がよさそうだ。キュオンが呼びかけると、紅い毛並みが彼の影の中からしゅるりと出てきた。

オーリは命令を聞くまでもない、とキュオンの脚に尻尾を少しだけ絡ませると、そのまま勢いよく飛び出していった。それに続くように、キュオンも荒らされた廊下を後にした。






********






エレアスとエルゲマは走った。ティオも、エレアス達の走りに合わせて廊下を跳ねる。


「エルゲマさん!とりあえず離れますよ!」

「はい…!」


───ヒュンッ、パリンッ!!


後ろで物が飛んでくる音が響く。何度か防御壁を作ってそれを防ぎつつ、とにかく[魔物]から離れるように廊下を走った。先程の奴の動きを見る限り、本体の動きは極めて鈍重だ。走ってさえいれば追いつかれることはないだろうが、安全を取ってなるべく遠くへ逃げた方が良い。



───。



物音は段々と消えてなくなった。どうやら、あの[魔物]の攻撃が届く範囲からは脱したようだ。キュオンから貰ったロザリオの反応もない。


「……っ、はぁっ、はぁっ...、」


エレアスの後ろを走るエルゲマの足が段々と遅くなってやがて止まる。デスクワークが基本の貴族のような暮らしをしている中年男性に、長く走れるような体力はない。しかし今は非常事態だ。エルゲマの持つ宝石を狙っているというのであれば、とにかく遠くへ逃げなくてはならない。


「エルゲマさん、ゆっくりでいいので動けますか?」

「っ、はぁ、はぁっ、はい…っ、」


歩きでもいい、とにかく距離を取らなくては。

肩で息をするエルゲマの手を引きながら、早歩きで屋敷の中を移動する。しかし、屋敷の中をずっと逃げ回っている訳にもいかないので、外へと逃げなければ。


あの[魔物]は攻撃するキュオンを無視してエレアス達の方へと向かってきた。おそらく、宝石以外には興味はないのだろう。そのため、宝石さえ屋敷の外へと持ち出してしまえば、屋敷内や使用人への被害はないはずだ。

エレアスは正面玄関の方へと向かった。


大きな扉を開けて、外へと出る。

このまま屋敷へと来た道を辿って行けば、帰り用にとキュオンが設置した転移術式円がある。ファルコがくれた魔術札を使えば、そこから教会に戻ることができるだろう。教会にさえ着いてしまえばきっとなんとかなる。


そう考えたエレアスは、エルゲマを術式円の場所へと連れて行こうとした。そうして、屋敷の門に向かって行こうとした時だった。


「……っ、ダメだ!!」

「っどうしたんです!?」


今までエレアスに手を引かれるままに、なんとか早歩きで着いてきていたエルゲマが、急に大きな声と共にその場に立ち止まった。


「ここからは出られない...!」

「何故です?屋敷に居ては危険ですよ...!?」


顔面蒼白となったエルゲマ。宝石を握るその手は震えていた。

目の前の門は開いている。このまま問題なく出られるはずなのに、エルゲマは断固として動かなかった。不思議に思ったエレアスはエルゲマを説得しにかかるが、彼は震える声で言う。


「っ、この宝石を敷地外に持ち出せば死んでしまう...!」

「え…!?それってどういう...!?」


唐突に告げられた”死”というワードに、宝石との関連性が見出せず、エレアスは戸惑う。

エルゲマはその目で見た衝撃の事実を話す。脳裏にあの凄惨な死体が()ぎった。


「この宝石には、宝石を持ち出した者を殺す魔術がかかっているんです...!裏山で死体を見たんです!!」

「えぇっ!?」


その言葉に、エレアスは”宝石は裏山で見つかった”という話を思い出す。裏山に死体があって、宝石が見つかったということは、宝石を盗んだ犯人が敷地外に宝石を持ち出そうとして死んでしまった、ということだろう。

しかしそれが本当であれば、敷地外へと宝石を持って逃げることは出来ない。


「どうすれば……!」


この状況から脱する為には[魔物]を祓うのが一番確実な方法だが、それが一番難しい方法でもある。

第一に相手の姿が見えない。つまりはこちらから攻撃を仕掛けることが難しいのだ。マナを豊富に有するキュオンなら、マナや魔術を使って視認することもできるだろうが、エレアスとエルゲマには不可能だ。

だいたいの居場所であれば[魔晶石]で注意深く探せば分かるが、攻撃を正確に当てることはできない。

それに、こちらの攻撃が通る範囲というのは、相手からも攻撃が通るということだ。動きは鈍いが、物を動かす能力がある以上、容易には近付けない。防御魔術で防ぐことはある程度はできても、認識外から物が飛んでくる可能性もある。

仮に近付けたとしても、あのキュオンの攻撃でさえも防がれたのだ。単純な攻撃では祓うどころかダメージを与えることも難しい。

今この状態であの[魔物]に正面から立ち向かうことは無謀だ。


それならば、今できる最善策は。


「では、ここに宝石を置いて、皆で逃げましょう...!」


それが一番良い。人命を優先して考えるなら、宝石はこの敷地内に置いて屋敷にいる人間全員が外へと逃げるべきである。あの[魔物]の対処は、その後だ。

しかしエルゲマは首を縦に振らなかった。


「そんな...、この屋敷を捨てろってことですか...!?」

「そんな事言ってる場合じゃ...!」

「何のために貴方達に依頼したと思ってるんです!?」

「っ...、」


物腰柔らかな紳士だったエルゲマが声を荒らげて言う。

彼の屋敷と屋敷内にある美術品への執着が、表へと現れた瞬間だった。


───ガシャァァアンッ!!!


それと同時に、正面玄関の方で大きな音が鳴り響いた。


「ひぃ...!」


これには、気が動転して頭に血が上っていたエルゲマも、一瞬にして血の気の引く。


「っ、来てます!走ってください!!」


外へと出たエレアス達から正面玄関までは距離があるが、それでも視認されているのだとしたら、こちらまで向かって来るだろう。

今は言い争っている場合ではない。[魔物]から距離を取るべく、敷地内の庭を走った。




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