35話:宝石を狙う者
「あ、終わった。」
キュオンからの通信が切れ、ロザリオの光も消えた。
[魔晶石]は相変わらず光っているが、また[魔のもの]が動いたのだろう、少しだけ光が弱まっている。
キュオンが戻って来さえすれば、この[魔のもの]の正体が判明するだろうか。エレアスの目には映らないが、無事に退治できるのか。今のところティオも特に反応はしていないし、下手に刺激して屋敷にいる人間に害があってはいけないし、エレアスが出来ることはなかった。
とりあえず、かの[魔のもの]を見失わないようにだけ注意しなくては。
「…、さっきの部屋に近付いてるなぁ。」
キュオンが戻ってくるまで、エレアスは[魔晶石]の反応を追った。その反応はまさかと思ったとおり、先程エレアス達が宝石を追って移動した道筋に似通っていた。
今まで反応は屋敷の2階で強く出ていたが、床を抜けたのか2階での反応は薄くなり、床に近づくと少しだけ強くなったため、エレアスは1階へと向かった。
ロザリオによる通信が終わってしばらく経つため、そろそろキュオン達が屋敷に戻ってくる頃だろうか。このままいけば、キュオン達と別れた使用人の部屋周辺に着いてしまいそうだ。きっと彼らもその部屋の勝手口に戻ってくるだろうからちょうど良い。
「ん?ティオ?どうしたの?」
1階に移動して再び反応を追っていると、肩にいたティオが飛び降り、すぐ近くにある使用人達の部屋の方へ向かって飛び跳ねた。キュオン達が帰ってきたのだろうか。
「あ!キュオンさん!」
使用人達の部屋に入ると、ティオが我先にと部屋の中へと入る。その後を追うと、キュオン達が丁度勝手口を開いたところであった。
「お、ここに居たのか。…って、なんの用だ。」
エレアスと目が合ったキュオン。合流のために屋敷の中を探す手間が省けたが、それより足元を元気に飛び跳ねるティオに、怪訝な顔をした。
どこか興奮気味なティオは、勝手口にいるキュオンの周りを飛び跳ねる。中に入るのに邪魔なのだろう、キュオンはティオを避ける。するとティオは、キュオンの方ではなく、その後ろにいたエルゲマへと近付いた。
「ティオ?」
「なんだ?」
ティオは基本的にはエレアスの傍を離れなかったため、こうして誰かの近くにいくのは珍しい。
しかもそれがよく一緒に居るキュオンでなく、エルゲマであったのがさらに珍しく感じる。その光景を、エレアスもキュオンも不思議に思って見守った。
「え?私…ですか?」
エルゲマ自身も、急にティオが近寄ってきたため、困惑している。 ティオは、そんなエルゲマの手元に向かって大きくはねてみせた。
「おわっ!?な、なんですか!?」
「……。宝石が気になるのか?」
何度も何度も手元に向かって跳ねるティオに、キュオンはエルゲマの手にあるものについて思い出す。見つかった宝石は、持ち主であるエルゲマがその手に持って帰ってきたのだ。
「そうか!見つかったんですよね!って、ティオ!ダメだよ!」
先程通信上でもその話は聞いていたが、本来の目的物であった宝石が見つかって良かったと、胸を撫で下ろす。それと同時に、エルゲマの手にある宝石に向かってその手を伸ばそうとしているティオを制止する。
宝石がよっぽど気になるのだろうか。[魔晶石]以外にこんなに反応している様子は初めて見る。
慌ててティオを回収し、抱っこをして動き回らないようにする。
「……。」
その様子を見ていたキュオンは、難しい顔をして何かを考えていた。そうして思案の後、口を開いた瞬間、
「なぁ、その宝石だが──、」
──────ガタンッ!!!
大きな物音がして、音の方を見れば、使用人室にある机が横転していた。
「「!?!?」」
突然の事に、何が起きたか理解出来ずにいた。
すると今度は、机の近くにあった棚の引き出しが、次々に飛び出して中身がぶちまけられていく。
──ガタガタガタッ!バンッ!…ドシャッ、
そして他の棚に飾ってあった、花瓶や写真立てまでもが次々と倒れ、椅子がギィッと音を立てて床を滑る。
所謂ポルターガイストと言うべき現象に、エレアスとエルゲマは思わず後退る。
「ひぃっ、ま、まただ…!」
「宝石に宿る[悪魔]の仕業でしょうか!?」
「いや、あの宝石に[悪魔]は憑いてなかった。」
「え!?」
宝石に[魔のもの]の反応が無かったことを知らないエレアスは、てっきり宝石を持ち帰ってきたことによって、宝石の[悪魔]が暴れだしたのかと思った。
しかし、裏山にて宝石の真実を知ったキュオンは、冷静に状況を見る。確かに、キュオンの持っているロザリオの[魔晶石]は僅かに反応を示している。しかし、それはこの屋敷に戻ってきてからのものだ。
「この反応…、お前が追ってた奴じゃぁねぇのか?」
「あ!そうです!…すぐそこの辺りまで移動してきてたっぽいんですが、姿が見えなくて…!」
「廊下の方か?」
「はい!」
ティオの動きとポルターガイスト現象に気を取られてはいたが、屋敷に潜む謎の[魔のもの]がすぐそこまで移動してきているのだ。元よりキュオンにそのことを伝えて、対処してもらうつもりであったため、エレアスは先程反応があった方を指し示した。
「エルゲマさんも!こっちに!」
「あぁ、はい…!」
[魔のもの]が襲ってくるかもしれない今、エルゲマを一人にしておく訳にはいかない。
エレアスとエルゲマもキュオンの後を追う。
「あの辺です!」
「……。」
使用人室を出た廊下の先、ロザリオの反応が強くなる場所に向かって進んでいく。確かに、ロザリオはこれ以上無いほどに強く輝いているが、肝心の[魔のもの]気配はない。キュオンは、[魔のもの]が潜んでいるだろう場所を目を凝らすようにして睨み付けた。
ぶわり、とキュオンからマナが放出される。それらがキュオンの目に集まると、エメラルドグリーンだった瞳が金色へと変わった。
「…っ、そこか!」
その瞳が、何かを捉えたようだ。
ソレに向かって、キュオンは手を伸ばす。
────ふっ、
放出されたマナが、その手から放たれる。
その光は真っ直ぐに飛んでいき、そして何ものかに当たった。その瞬間、光が当たった場所から禍々しいその姿が露わになった。
「見えた!」
「ぅ、うわぁぁぁあ!?!?」
今まで見えずに、本当にそこにいるかも判別できなかった存在は、確かにそこに居たのだ。
キュオンの背中越しに見てしまったエルゲマの悲鳴が響く。それもそのはず。思ったよりも大きく、人の形に似てはいるが、あまりにも常軌を逸した姿をしていたから。
「菴輔r縺励◆」
ゆっくりと動いたそいつから、ノイズ交じりの重低音が発せられた。しかしその音には、あの蔦の[悪魔]のような、こちらの言動を理解して発したかのような不気味さはない。言葉というより、鳴き声のように聞こえる。干からびたミイラのような顔だが口はなく、その眼窩は大きなものが一つ。目はなく、大きな闇の満ちた不気味な窪みがそこにあった。長い首と、干からびて貧弱な胴体。そこから伸びる四肢はこの屋敷の天井から床まで届いてしまう程の長さだ。
その腕が、ズズズッと音を立てて引きずられながら、こちらに向かって伸ばされようとしていた。
「ハッ…、姿を見られて怒ってるのか?」
今まで息を殺すようにして姿を消し、潜んでいた[魔物]であったが、キュオンの魔術によってこうして姿が見られるようになってしまった。それに対し、もう潜む気が無くなったのか、何度も何度も低い音を響かせている。
キュオンが剣を構える。
動きが鈍い[魔物]だ、仕留めるのは難しくないだろう。
長い腕が、エレアス達の方へ向かってくる。
そこへ、間合いを見切ったキュオンが腕を叩き切ろうと飛び出した。
ヒュッ、
────ガシャァァァアンッッッ!!!!
「なに!?」
キュオンの剣は、確かに腕を狙って振り下ろされた。相手の動きが遅いため狙いを外すことはなかったが、その腕と剣の間に、どこからともなく飛んできた壺が割り込み、剣による攻撃を阻止してしまった。
花瓶はその場で割れてしまったが、周りをよく見れば、廊下や近くの部屋に置いてあったのであろう、美術品や棚、家財道具が宙を舞っていた。
「チッ…、」
この[魔物]の能力だろう。本体の動きは遅いが、近くにある物を自由自在に動かすことができるようだ。どうやら、この[魔物]退治は一筋縄ではいかないみたいだ。
「縺昴%繧帝??縺」
「っ!?」
そしてまた[魔物]が何かを呻いた瞬間、その場に散らばった壺の破片がキュオンを襲った。
キンッ、キンッ──!
間一髪で破片を剣で叩き落としていくキュオンであったが、狙われたのはキュオンだけではなかった。
「ひっ、ひぃいいい!!!」
廊下の天井にあった小さなシャンデリアが落とされた。丁度真下にいたエルゲマが、咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込むが、それだけでは避けられない。昼間のため、シャンデリアの蝋燭に火こそ付いてはいないものの、金属で出来た物重量物が頭に落ちてくれば、常人であればひとたまりも無い。
「っシールド!」
それを、エルゲマの隣にいたエレアスが、防御魔術で受け止める。無事にシャンデリアは当たらなかったものの、続いて近くにあった小さなコンソールテーブルが飛んでくる。
再び防御壁を作って防ぐが、これでは防戦一方で埒が明かない。相手は物が近くにある限り、直接手を出さなくても周りの人間を攻撃できてしまう。
───ズズズッ……
そして響く、何かを引きずる音。
[魔物]が、キュオンを差し置いてこちらに向かって来た。
「逃げろ!そいつの狙いは宝石だ!!」
叩き落としたはずの破片が何度も飛んでくるため、キュオンはそれを防ぐのに手一杯だった。
一方で目の前にいるキュオンには興味無いとばかりに、エレアス達の方へと向かってきた[魔物]に、キュオンは宝石を持って逃げるようにと叫んだ。
「縺セ縺滄□縺上∈陦後¥縺ョ縺」
そして先程の魔術の効果が切れたのか、あるいは[魔物]が魔術を上書きしたのか、[魔物]の姿が徐々に見えなくなっていく。このままでは、また見えない敵と戦うことになってしまう。
幸いにも、相手の動きは極めて鈍重だ。走って逃げれば、すぐには追って来れないだろう。物を操るにも範囲が存在するはずだ。
「〜〜っ、エルゲマさん!走りますよ!」
腰の抜けたエルゲマに、ティオが手を伸ばして身体を支える。エレアスが手を引いて、その場から転がるように走って逃げた。




