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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第二章:石に眠る宿怨の具現者
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34話:信頼の崩壊




どうして私が、こんな危険なことに巻き込まれているのだろうか。私はただ、平穏無事な暮らしを送りたかっただけなのに。


エルゲマ・ピス・リティアート。それが私の名前だ。リティアートといえば、リモストロ王国では有名な家門の一つとして知られている。貴族階級ではなく、平民の階級ではあるものの、古くから商家として頭角を現し、国に関わる事業を任されることも多く、大金を手にしてきたリティアート家。その勢力と権力は地方の下級貴族とは比べ物にならない程であった。


当主は代々、リティアート家傘下の商人達を纏め、あらゆる事業に関わって様々な取引をすることで、この家を誇り高く存続してきた。しかしそれは当然、簡単なことではない。

幼い頃から一流の経営者となるために英才教育を受け、先代からありとあらゆる経営術を学ぶ。さらに努力だけでは足りない、組織の頂点となるべき資質が求められた。


そんな家門の当主の妹の子供として生を受けた私は、何不自由なく育った。現当主である叔父がその座に付いてから、初めてこの家に生まれた男児であった私は、将来のこの家を継ぐ者として育てられた。

しかしながら、私には素晴らしい経営者となれるような頭脳と資質は備わっていなかったのだ。息が詰まりそうな程の教育に、繋がりのある貴族との社交。他の商人や下級貴族を出し抜いてでも利益を得ようとする姿勢。それらは私にとっては価値の薄いものであり、逃げ出したい現実でもあった。


私なんかがこの家に生まれて良い存在ではなかったのだ。私はもっと、何者にも縛られずに好きな事だけをして自由に生きたい。

唯一、この家に生まれて良かったと思える事柄としては、歴代当主が好んで集めたという美術品や骨董品を自らの物として間近で愛でることが出来るという点だ。歴史ある美しい一点物の作品を見ることは、私にとって大変価値のあるものであった。


その後、叔父の元に待望の男児が誕生した。

私は、用済みとなったのだ。

喪失感はあったものの、どこかでそれを待ち望んでいた自分もいた。周りからの期待と、それに応えられない自分。何不自由ない暮らしなのに、どんどん息が出来なくなっていく。真綿で首を締められているような、そんな状況から抜け出したくて。

そんな折りに跡継ぎが自分でなくなったという嬉しい知らせ。そこからは、好きなことに思う存分のめり込んだ。

歴史ある商家に生まれた自分が、何者にもなれないというコンプレックスもあったのかもしれない。そんな心の穴埋めをしたくて、私は美術品を買い集めた。


やがて叔父の子が経営学を学びだした頃、叔父は私にマクリアグロスの辺境にある古い屋敷をプレゼントしてくれた。ほとんど人も住んでいない山奥のような場所にあるそうだが、そこにはリティアート家の歴代当主が集めてきた美術品が数多く収蔵されているという。

正直、渡りに船のような状況であった。

いくら時期当主の座ではなくなってしまったとはいえ、リティアート家の一員であることに変わりはない。王都にある屋敷にいるのであれば、周囲の貴族との社交は避けられない。悪意と野心に満ち溢れた社交の場は、居るだけで精神が擦り切れてしまう。どうか、静かな場所で好きに過ごしたい、とそう思っていた。


そんな私に、叔父がプレゼントしてくれた古い屋敷。そこに移住するにあたって提示してくれた条件を、私は二つ返事で了承した。家の仕事として、事務仕事を行うこと、そして屋敷にある美術品を管理し、リティアート家の財産として後世に残すこと。

次期当主の器ではない私に、叔父が託してくれた仕事は、私にできることでありながらも、重要な仕事で。叔父は私を信頼してくれているのだと思った。次期当主は叔父の子にはなってしまうが、その前に当主候補であった私を(ないがし)ろにするでもなく、私を限りなく自由に近付けてくれた叔父に感謝した。


───だからこそ、今回の仕打ちは信頼していた叔父からの裏切りに思えて仕方が無かった。

曰く付きの宝石を渡された時点でおかしかったのかもしれない。しかし、美術品の管理という仕事を(たまわ)っている上に、そんな貴重で重要なものを私に預けてくれるのかと思えば、少しくらい宝石による被害が出ても致し方ないと思えた。ここはリティアート家の美術品の保管屋敷。そのための部屋ならいくらでもある。


いや、思えば宝石の被害が大きくなってきた時に、もっと疑えば良かったのだ。

それでも、リティアート家を統括する叔父の言葉に私は逆らえなかった。宝石の来歴を聞かされても、叔父がその宝石を必要だとするのなら、私は大人しく保管することしかできなかった。信頼する叔父の言うことを絶対だと信じて行動するしかなかった。

私のこの素晴らしい生活を保証してくれるのは叔父なのだから。


だからその被害が大きくなっても、叔父に文句は言えなかった。それならば、と教会のエクソシストに相談をした。エクソシストにその原因である[悪魔]さえ宝石から取り祓ってもらえば、残るのはただの美術品としての宝石だ。これなら、宝石を手元に置いておきたい叔父と、安全に平穏に美術品と共に暮らしたい私の双方にとって良い。


しかし、そんな叔父によって守られていたと思っていた生活は、叔父によって窮地に晒されていたのだと知った今、これからの平穏無事な未来が音を立てて崩れだしていくのを感じた。

1歩間違えれば死んでいたかもしれない魔術をかけた宝石を、何も言わずに私に渡すなど、私の命はどうでも良いと思っていなくては出来ないことなのだから。


私は魔術には明るくないが、防犯のための魔術というのなら、他に色々とやりようはあったとは思う。確かに、宝石を持つ者が一定の区域から出ようとした瞬間、その命を奪う魔術は、究極の盗難対策であると言えよう。つまり叔父は、そこまでしてこの宝石を確実に手元に置いておきたかったのだ。危険な力のある宝石を、自らの手の届く範囲で、一番遠い所に。大切な宝石を保管しておくためならば、そこで起きる宝石による被害など、とても些細(ささい)で取るに足らないことなのだろう。


……そうか、叔父は、私を信頼してこの宝石を預けたのではなく、本当は死んでも構わないどうでも良い手駒だと思って預けた、ということだろう。






********






(どんどん移動していってる…。)


見えざる[魔のもの]の動向を調べていたエレアスは、刻々と変化するロザリオの反応場所を探して、少しずつ屋敷の中を移動していた。壁をすり抜けているのか、外にいるのか、反応する場所はそれぞれの部屋の角から角へと動いていたが、それが一貫してある方向へと移動しているのが分かった。


(さっき僕たちが光を追って歩いたのと同じ方向だ。)


東西に長いエルゲマの屋敷。最初にロザリオが反応した宝石の保管部屋へ続く階段周辺は屋敷の東側にあった。そこから長い廊下を西に進んで、一番隅にある階段を1階へ下るとすぐに使用人専用の部屋がある。そのよにして先程宝石を追って進んだ道と同じく、ロザリオの反応する位置が変化していた。


意志を持って動いているのか、あるいはただただ屋敷の中を徘徊しているだけなのか。光る[魔晶石]の嵌め込まれたロザリオを握って、エレアスは何処へ向かうかも知らないその反応を追う。


───ポゥ…


「…!?」


その時、持っていたロザリオが手の中で柔らかな光を纏った。それは[魔晶石]が[魔のもの]に反応した時の光ではなく、ロザリオ全体にマナが巡っているかのような光だ。


「これは…、」


このマナの気配には覚えがあった。先程宝石を追うにあたって何度も見た光だ。


『…おい、聞こえるか?少年。』

「キュオンさん!」


ロザリオから聞こえる、少しノイズの入り交じった聞き覚えのある低い声に、エレアスは安心する。

連絡をしてきたということは、何か進展があったのか、あるいはその逆か。


「どうです?何かありましたか?」

『宝石は見つけた。今からそっちに戻る。』

「えっ! あったんですか!?どこに!?」


思いもよらぬ吉報に、エレアスの声は大きくなる。3日前に盗まれた宝石だ、そう簡単に見つかるとは思っておらず、最悪国外に持ち出されている可能性も考えていた。連絡が来たとあれば、それは捜索打ち切りの連絡であると思っていたのだ。


『……。裏山だ。詳しくは後で話す。…そっちはどうだ?』


ロザリオ越しで顔が見えなくても分かる。声色でキュオンが”説明が面倒くさい”と顔を(しか)めたのが想像できた。何か、簡単に説明できない事柄があったのだろうか。




キュオン側のことはさておいて、今度はキュオンがエレアス側の状況を尋ねた。


「こっちは…、[魔のもの]の位置は分かるんですが、正体が見えません…。」

「なに…?石は反応してるのか?」


正体が見えない[魔のもの]。それはキュオンにとっても聞いたことのないものであった。


「はい、とても強い反応は出てます。あと、移動しているのか、どんどん反応する場所が変わりますね…。」


先程保管部屋近くで見たように、[魔晶石]の反応があるというのなら、そこに[魔のもの]がいるのは間違いなさそうだ。それにとても強い反応というからには、[魔のもの]はきっとエレアスの目の前にいるレベルで近いのだろう。

しかし、エレアスは襲われることなく、こうして連絡すら取る事が出来ている。やはり、人を襲う気がない[魔]だとでもいうのか。


「とりあえず、そのまま追い続けろ。合流する。」

「分かりました!」


害はないが、移動しているというのも気になる。屋敷の中を徘徊しているだけならいいが、何か目的があるとするならば。

エレアスに指示を出して通信を切る。


「その宝石、屋敷に帰る分には問題ない。とりあえず、持ち帰るぞ。」

「はい…。」


思い詰めたような表情のエルゲマに声をかけ、その手に持っていた深い青色の宝石が付いた指輪を見る。

今辿ってきた道を戻る分には、宝石やかけられた魔術による被害はなさそうだ。それは屋敷からここまで移動してきた上で、ここで倒れていた女の死体が証明している。


しかし、宝石にかけられた魔術の正体は分かったものの、宝石が曰く付きと言われる理由…宝石の周囲で不可解な事件が起こる理由にはならない。宝石に魔術をかけたリティアート当主ですら、傍に置くのを止めた程の何かの不思議な力が、この宝石には働いている。

宝石に[魔のもの]の反応はなかったが、屋敷には正体の分からない[魔のもの]が居る。


まずはエクソシストとして、屋敷に潜む[魔のもの]を祓うべく、キュオンは来た道を戻った。




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