33話:宝石にかけられた魔術の正体
「きっとあそこですよ!」
川に架かる橋を超えた先。マナの光はそこで強く輝いておりその先は途切れていた。つまり、位置座標の魔術がしっかりと機能しているとすれば、宝石はあそこにある。
しかし、なぜこんな道中で?
目的地が見えたことで、エルゲマは安堵したのかさっそく宝石の場所へと向かおうとした。
キュオンは一度その場を遠目でじっくりと観察した。確かに橋からさらに続く小道のど真ん中で光は止まっている。それ以外に不自然な箇所はない。しかし、その光に紛れて何か汚れた布のような物があるのに気が付いた。
「待て!何かが変だ。」
キュオンの静止の声に、我先にと宝石に向かおうとしていたエルゲマの足は止まる。
一応、と[魔晶石]の反応を見るが、特に反応はしていない。つまり、[魔のもの]による罠などではない。
「...ありゃ、人間...か...?」
目を凝らしてその場をよく見る。ただの汚れた布のように見えるが、足のようなものが見えた。
「えっと...?誰か居るんですか?」
木々の隙間に隠れて誰かいるのかと、エルゲマは辺りを見回す。しかし、人間の気配は無い。不思議に思ってキュオンの様子を窺えば、彼はマナの光が集中しているあの橋の向こうを見ている。その視線に習って宝石があると思われる場所を見れば、マナの光の下に、汚れた布と足のようなものが見えてしまった。
「えっ...、」
血の気がサァッと引き、思わず後退るエルゲマ。反対にキュオンは、辺りの様子に注意しながら橋を渡り、その人間と思わしき倒れているものの方へと向かう。
「......っ、こいつは...、」
近付いて見てみれば、やはりそれは人間であった。
──いや、正しくは人間であったものだった。
死んでから時間が経っているのであろう、その身体は強い異臭が放たれる程に腐っていた。色は悪いが形としてはしっかり保たれていたため、うつ伏せの状態ではあるがウォリアーホーン種の女性であることが判った。恐らく、死後2〜3日といったところだろうか。
「ひぃっ、し、死体...!」
後からキュオンを追ってきたエルゲマが、その死体を見て悲鳴をあげる。思わず目を逸らしかけたが、その死体の人間に既視感を感じたようだ。
「...ん?...この髪色と角...、」
羽織っているローブや身体は汚れてしまっているものの、髪色はこの辺では珍しい赤毛のため、ぱっと見ても印象に残りやすい。そして後頭部から側頭部を覆うように生えた特徴的な形の角が、うつ伏せの状態でも分かりやすく見えている。
「知り合いか?」
「...4日前にここを辞めていった使用人の1人です。雇ったのも最近ですが、髪と角が印象に残ってて。」
眉を顰めながら、死体を検分するエルゲマ。その証言を聞いて、キュオンはやはりかと納得した。宝石を盗んだ犯人像として1番可能性が高かったのは、元使用人達である。
「ってことはこいつが犯人、か。」
犯人は判明した。しかし何故、宝石を持ち逃げした後に、こんな所で死んでいたのだろうか。4日前に辞めて屋敷を出たのであれば、転移魔術を使う魔術師ならば、今頃国外へと逃亡していてもおかしくはない。
「でも、ウォリアーホーン種ですから、魔術は使えないはずでは...?雇用時の書類にも確か...、」
保管部屋での魔術使用痕跡があったことから、犯人は魔術師だとは分かっていたが、エルゲマは、魔術の使えない使用人達は犯人ではないと思い込んでいた。しかしそもそも、ウォリアーホーン種は全員マナを持たず魔術が使えないということ自体が間違いであった。
「使えない奴が多いってだけだ。ウォリアーホーンでも使える奴は少ないがいる。」
「そうでしたか...。」
「それに、その書類とやらは詐称して書いてるだろうな。」
「......。」
騙されていた、とエルゲマはそこで気付いた。悪い魔術師が、魔術に疎い者を騙すのは、残念ながらよくある事だ。
この犯人がどういった経緯と動機を持って宝石を盗んだかまでは分からないが、少なくとも魔術師であることを隠して使用人として紛れ込んでおり、辞職と同時に宝石を盗み出したのだから、計画的な犯行であったと言えよう。警戒心と危機感に薄く、魔術に疎いエルゲマとその周りの人間達は、この犯人にとっては都合が良かったことだろう。
「しかしまあ、見つかったんなら一安心だな。」
そう言って再びマナを少しだけ注いだキュオンは、遺体を少し動かすと強い反応の出ているポーチを開いて見せた。
「...!これは、まさしく!」
コロン、と出てきたのは深い深い青を湛えた美しい宝石が輝く指輪。金の台座が指輪の神秘さを倍増させている。
エルゲマの様子を見るに、この宝石が目的のもので間違いなさそうだ。つまり、この宝石こそが[魔のもの]が取り憑いているという疑惑のある宝石だ。見つかったとなれば、あとは[魔のもの]の正体を暴いて倒すだけだ。
しかしロザリオを確認するも、やはり[魔晶石]は何の反応も示していなかった。この場所に[魔のもの]は潜んでいない。そして、この曰く付きの宝石にも[魔のもの]は取り憑いていないということになる。
「......。」
そうなると、この女性が死んでいた理由が一つ消える。
宝石に潜む[魔のもの]によって殺された訳ではないということ。
あらためて女性の遺体を確認する。しかし、獣に襲われたような傷や致命的な怪我などはない。こんな分かりやすい道がある場所で遭難することもない。近くには川があるため、餓死の可能性もない。それに、彼女は4日前までは何事もなく生きていたのだ。宝石を盗んだ後に死亡したことを考えると、この裏山で何かがあったか、それとも突発的な病か、あるいは...。
「まさか...。」
キュオンは遺体に手を翳し、宝石の保管場所で調べたように、魔術の痕跡を調べていく。僅かに残る、魔術が発動しマナが消費された後の痕跡のようなものが無いか。この女性が死んだ理由。外傷や[魔のもの]によるものでないとするならば、次に考えられるのは魔術によるものだ。
「...っ、なるほど、これが盗難防止魔術ってやつか。」
「えっ...作動していたんですか!?」
盗難防止魔術が掛かっているとは聞いていたものの、どのような魔術かは分からない上に、結局は盗み出されてしまったため、うまく作動しなかったのではないかと思っていた。
しかし、今この遺体に残っていた魔術使用の痕跡。それと同じものが、宝石からも見つかってしまった。というより、この場で発動した何らかの魔術は、魔術の痕跡を見る限り、明らかに宝石から発生したものであった。
つまり、この女性は宝石に掛けられた魔術が発動して死んでしまったということだ。
宝石に掛けられたと言われている魔術は2つ。
盗難防止の魔術と、位置座標の魔術だ。
「...ああ、そうか。趣味が悪ぃな。」
そこでキュオンがはたと気付く。
この魔術を掛けた、あるいは掛けるよう指示したのはリティアート当主のはず。それならば、この辺境とも言える屋敷で執着している宝石を保管するために、そのような魔術を掛けたのも納得がいく。
「この場所、アンタの管理する敷地のぎりぎり外だったな?」
「...?えぇ、すぐそこの橋までが、私の管理する土地ですが...。」
エルゲマは渡ってきた橋の方を見る。橋を渡りきったこの場所は、エルゲマの敷地の外ということになる。
「なら、宝石にかかった魔術は2つとも完璧に作動したってことだな。」
「盗まれたのに...ですか?」
納得いかない顔でキュオンを見るエルゲマ。
キュオンは、遺体の状態をさらによく観察していく。
「この女が死んだのは、盗難防止の魔術ってやつが発動したからだ。」
「…!?」
エルゲマは、思いもよらなかった事実に言葉も出なかった。女が死んだのは、今までこの宝石を手にしてきた者達と同じ、[悪魔]によるものだと思っていたからだ。
「そして位置座標の魔術で宝石の場所を特定し、ここの敷地の外に出た瞬間にその魔術が発動して持ち主の命を奪う…。」
「あ、[悪魔]の仕業ではないのですか!?」
「…この宝石に[魔のもの]は取り憑いていない。」
「な…!?」
今まで宝石による不可解な出来事は全て[悪魔]によるものだと考えていたエルゲマは、その[悪魔]をエクソシストが退治してくれればこの状況から解放されるのだと、そう信じてきた。だが…。
「それでは、この宝石による事件は、全てその魔術によるものなんですか!?」
「そこまでは分からない。…が、少なくともこの女は魔術で殺されてる。」
まさか、叔父であるリティアート当主が自らに預けたこの宝石にそんな魔術が掛けられていただなんて。叔父は、確かに”位置座標魔術”と”盗難防止魔術”と言ったはずだ。それがあるから、今まで防犯に躍起になることもなく、この宝石を保管していられたのだ。
「宝石にかかっている魔術がそんな危険なものだったなんて…叔父は何も…!」
「……。」
それがまさか、人を殺すような魔術がかけられていただなんて。何かの間違いではないか。しかし、実際に目の前で宝石を盗んだ犯人は敷地の外で死体となっている。確かに、先程屋敷の階段で目にした、ロザリオの石も光ってはいない。
これが本当であるのなら。
「叔父は…、もし私が宝石を外に持ち出していたら…どうするつもりだったのか…。」
宝石を屋敷の外に持ち出した者が死ぬような魔術がかかった宝石を、リティアート当主はエルゲマに説明することなく渡してきた。
それはつまり、エルゲマが宝石を屋敷から持ち出すことはしないと踏んでいたのか、それとも。
「私が死んでも…良かったと…?」
目の前に横たわる死体。もし、これが元使用人ではなく、自分だったら。
もし、曰く付きの宝石を、捨てるという選択肢を取っていたとしたのなら。
もし、エクソシストに相談しようと教会を訪れた際に、宝石を持ち出していたとすれば。
エルゲマの目の前は真っ暗になった。




