32話:光の導く先
「それだけ出入りされてりゃ、どこかで情報が漏れててもおかしくはねぇな...。」
「情報といっても、悪い噂話程度では?」
エルゲマの話を聞き、思ったよりもこの3ヶ月程で使用人大量に入れ替わっていたことを知る。そうなればやはり、それぞれの使用人の辞職後の足取りを追うのはかなり厳しい。そして、犯人がどこから情報を得てこの屋敷に潜入したのかも、洗い出すのは困難を極める。
一方でエルゲマは、使用人達には宝石のことを詳しくは話していないため、あんな不吉なだけの宝石を盗む物好きなどそうそう居ないと考えている。
しかし、30年前に長らく行方不明だった歴史ある宝石が再発見された時のように、各所からその宝石の所有を目論む者が、エルゲマの屋敷に曰く付きの宝石があるという話を聞いたらどうだろうか。
「馬鹿言え。話した相手がその宝石を知ってるコレクターか悪用目的の魔術師だったら、その噂に飛びつくだろ。」
「そう、ですね...。」
おそらく、宝石を手にした貴族、そしてその貴族が没落した後に宝石を譲り受けたリティアート家のことは知っているだろうが、力のある豪商である本家のリティアート家屋敷に保管されているとなれば、それを狙う物など命知らずだろう。しかし、リティアート家の中でも末席のようなエルゲマの屋敷では、宝石に対する意識も、防犯設備も警備も薄い。そんな場所にあの宝石が保管されていると知られれば。
「いつかは盗まれる...。時間の問題だったのですね...。」
己の管理方法の甘さを恨んだのか、エルゲマはその拳をぎゅっと握り締める。
「まあ、あとは当主が言う盗難防止魔術とやらが機能したかどうかだな。」
いつかは盗まれてしまう可能性があった宝石。それを予見していたリティアート当主は、そのために宝石に魔術を掛けておいたはずだ。残念なことに今のところ発動した痕跡はないが、あとはそれに頼るしかない。
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「んん?...こっち...かな?」
ロザリオを手にしたエレアスは、宝石の補完部屋近くの階段に来ていた。最初に[魔晶石]の反応があったのはこの場所だ。記憶を頼りにロザリオを持って移動してみるが、なかなか反応はない。
確かに、[魔晶石]で捉えられる範囲のギリギリの場所だったのかもしれないと、エレアスはその周辺を根気よく探していった。
「やっぱり、移動してるのかな?」
何度周辺を捜索しても[魔晶石]は光らない。そうなるとこの辺りにはもう[魔]はいないのだろう。屋敷内を移動していることを考え、次に反応のあった廊下に行く。
「あっ、ティオってば!また何か気になるの?」
ぴょんっとエレアスの肩から飛び降りたティオ。エレアスを置いて行ってしまうことは無かったが、やはり何かを気にしているようだった。
「...もしかして、[魔]のいる場所とか分かったりする?」
辺りを彷徨くティオ。もしやと思い、その後をついて行ってみるが、[魔晶石]に反応は無い。
そうして暫くするとティオはエレアスの元に戻ってきて、再びその肩へと乗った。
「あれ?もういいの?」
屋敷内の[魔]に反応している訳ではなさそうだ。やはりここはロザリオを使って探していくしかない。
エレアスは階段付近と同じように周辺を歩いてみた。
「あっ、光った...!」
やっと反応があったそれは、長い廊下を進んだ先。しかし先程反応があった場所よりも屋敷の中央付近に寄っていた。
「移動してるな...。」
一瞬光ったが、暫くそこに留まっていると光は消えた。
つまり、対象は確実に移動しているということ。
それならば、その動向と目的を調査すべきだろう。
この[魔のもの]はなぜ、屋敷内を移動するだけなのだろう。存在を確認してから数時間経つが、今のところ被害は出ていない。ただ、屋敷内に存在しているという事実しかないのだ。
[魔のもの]は、人間に害をもたらす存在だ。
知性ある[悪魔]はともかくとして、[魔物]は基本的に人間を見ただけで襲ってくる。ヴィオとイオを追い回した[魔物]しかり、泥棒達を襲った[魔物]しかり。
それに、[悪魔]はすぐに人間を襲うようなことはしなくとも、人間を都合の良い玩具や食い物として、より残忍で狡猾に狙ってくるのだ。
この反応は果たしてどちらのものなのか。
屋敷内の人間が無事であることを考えると、[悪魔]の可能性が高い。つまり、単に屋敷内を移動しているだけではなく、そこには確かな目的と意思があって存在している。一体どんな目的があるというのか。
エレアスはロザリオの反応を見ながら、その反応が強くなる場所を探した。
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キュオンとエルゲマが裏山を歩き回って暫くが経った。
光の示す先を追うが、その光は裏山の小道をどんどん進んでいく。このままではそのうち敷地内の裏山から出て、さらに遠くへと向かってしまいそうだった。
人が通れる小道とはいえ、山は山である。
エルゲマの上等な革靴では、そろそろ足を痛めてしまう程度には歩いた。
「あの、もしこの近くに無かったら...、」
エルゲマが息を切らしながらキュオンに問いかける。
キュオンのマナは未だ尽きることは無いが、もし裏山を出ても見つからなければ、捜索は仕切り直した方が良いかもしれない。そうなればおそらく、歩いて追いつける範囲を越してしまっている。
かくなる上は、教会に応援を頼むか、他の支部教会への協力を仰ぐか。しかし、[悪魔]が取り憑いているという噂だけの宝石にそこまでのリソースを割いてしまって良いのだろうか。
教会を頼って依頼してきたエルゲマには酷だが、これでエルゲマとその周囲での宝石による被害は無くなるはずだ。リティアート当主がエルゲマにどんな処罰を与えるかは分からないが、少なくともあの警備体制で宝石をエルゲマに保管させようとした張本人だ。このような事態を考えない訳はない。盗難されることを分かっていてエルゲマに渡したのか、あるいは、盗まれても問題ない策を講じているのか。
どちらにせよ、これ以上見つからなければ、[魔のもの]の討伐を目的としている教会エクソシストとしては、深入りするべき事案ではない。[魔のもの]による被害さえなければ、あとの話はリティアート家の中での問題だ。
と、切り捨ててしまえば簡単なのだが。
そう考えつつ、キュオンはさらにマナを注いで宝石の後を追う。マナの光はまだまだ裏山の奥へと続いている。
「この山の向こうは、管理外になるのか?」
「確か...うちの敷地は、川が流れている場所...までだった気がします。」
屋敷から随分と離れてしまった。裏山のそのまた向こうにも山が続いてはいるが、その目印である川までで捜索を一度打ち切るべきか。管理外というからには、何があるかも分からない。人間の住んでいない所には、[魔物]も多く出る。
────サァァァァ...、
少し遠くで水の流れる音がする。言っていた川が近い証拠だ。
ここからは、光が見えている範囲までを捜索の対象内とした。屋敷に戻るにも時間がかかるだろう。[魔のもの]の被害が無いとはいえ、エレアスとティオをこれ以上別行動させるのも少し心配であった。
そして、川の音がさらに近付いた時であった。
今まではキラキラと輝く程度の光であった道標だったが、少し向こうで強い光を放っていた。
「.........!おい、あれ...、」
「えっ...!?あれは、光が...!」
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一方のエレアスは、屋敷の中を何度も行き来していた。
同じ場所でロザリオを確認し、そしてゴクリと唾を飲み込む。
「...やっぱり、ここ...のはず...。」
手に持っているロザリオは強い光を放っている。それは[魔のもの]がすぐ近くにいるということ。しかし、今現在エレアスの目の前には何も無い空き部屋しかない。
エレアスはもう一度ロザリオを持って部屋を出る。
[魔晶石]の光は少しだけ弱まった。
再び部屋に戻って何も無い角へと向かうが、そうすると[魔晶石]の光は強くなるのだ。
「おかしい...、それとも部屋の外...?いや、さっき外は確認した...。」
そう、エレアスが追っているこの[魔]...、何故かそこにいるはずなのに、姿が見えないのである。
[魔晶石]の反応の強さを見ながら、エレアスとティオはしばらく屋敷の中を探索した。予想通り[魔のもの]は少しずつだが移動しているようで、[魔晶石]の反応も時間が経つと変わっていくのであった。
特に近付いても問題はなさそうだったため、エレアスはより強く反応が出る場所へと向かった。
反応は最初は屋敷の2階の中央が強く出た。事前にエルゲマには鍵が掛かっている部屋以外の立ち入り許可を貰っていたため、エレアスは空いている部屋を見回りながら、より強い反応が出る場所を探した。
ティオもあれ以降大人しくエレアスと一緒に居た。時折辺りをきょろきょろとしているようだったが、どこかへ行こうとすることはなかった。
反応が出る場所は段々と屋敷の中央から端の方へと移動していった。しかし各部屋を見回っても特に変化はなかった。テラスから屋敷の外観も確認したが、やはり特段変わったところはなかった。
不思議に思ってさらに反応が強く出る場所をピンポイントで探ってみたが、やはり結果は変わらず。
(ロザリオが壊れている...?いや、でも反応したのはキュオンさんが持ってたロザリオも同じ...。)
そこに確かに存在があることは[魔晶石]が示しているはずなのに、[悪魔]はおろか、小さな[魔物]でさえもいる気配は無い。
見えないという特性のある[魔のもの]なのか、それとも害のない何か別の存在なのか。
(とりあえず、キュオンさん達が戻ってくるまで、このまま追ってみよう...。)
存在が見えなければ、祓うことすら出来ない。
キュオンは動向を確認して、何かあれば連絡をするように言っていた。対象は屋敷の中を動いているだけで、特に変わった動きはない。このまま様子見でも問題ないだろう。
エレアスは強く光る[魔晶石]を見ながら、何かがいるはずの部屋の角へ意識を強めた。




