31話:捜索作戦
「ここは...、」
辿り着いたのは1階にある使用人達用の休憩室だった。
光は、その扉の向こう側を指し示している。
「まさか...、うちの使用人が...!?」
エルゲマからしてみれば、相当な衝撃だろう。信用して雇った使用人が、あの宝石を盗んだというのだから。
しかし犯人はあの危険な宝石をこの部屋に隠しているというのだろうか。宝石による被害を知っている筈の使用人が、安易に手元に置くだろうか。それに、ここの使用人達はウォリアーホーン種ばかりで、魔術は使えないと言っていた。
動揺するエルゲマの許可を貰って、使用人室へと入ることにする。午前のこの時間は、使用人達は皆それぞれの仕事のためこの部屋には居ない。ここに隠している宝石があるとするのなら、隠蔽される前に見つけてしまいたい。
「入るぞ。」
そうして開けた扉。部屋の中にはやはり誰も居らず。
シンプルだが質の良いテーブルと椅子、ソファがあるだけだ。さらに続く幾つかの扉は、使用人の個室に繋がっていそうだ。
そして肝心の光はというと、また先程と同じように消えてしまっていた。偶然にもどうやらマナが届いたのはここまでのようだ。エレアスとエルゲマは逸る気持ちを抑えて、キュオンがマナを込めるのを見守った。
───キィィィ...ン...
「...っ!?」
この部屋のどこかに向かっていくと思われたマナの光は、ある扉を指し示した。
それは使用人個人の部屋の扉ではなく、休憩室の1番奥にある、自然光が隙間から漏れる扉。そう、使用人達専用の勝手口であった。つまり宝石はこの屋敷内にある訳ではなく。
「外、か...。」
「この屋敷には無いんですね...。」
光は屋敷の外に向かって続いていた。
宝石がすぐ近くにはないと知ったエルゲマは落胆していたが、今雇っている使用人が宝石を盗んだ可能性が低いことも分かり、複雑な安堵の気持ちを抱いた。
一応宝石の辿った道筋しか分からない状況だが、一度外へと持っていった宝石が再び屋敷内に戻されている可能性はほぼ無いだろう。つまり、宝石は屋敷から持ち出された。
「さて、ここからだが...、」
屋敷内に宝石が無いと分かった今、懸念すべき事柄は3つだ。
まず、宝石が探索するのも困難な程に遠くへと持ち去られていた場合。このまま光を追い続けても、宝石を持ち去った人物がより遠くへと離れて行ってしまえば埒が明かなくなる。
そして2つ目は宝石がどのような状態になっているかが不明な点だ。壊されてしまっていては、探し出せたとしても残念な結末となる。それに、宝石に取り憑いた[悪魔]がいたとすれば、そいつが他にどんな被害をもたらすか分からない。
3つ目、屋敷内に潜んでいるのであろう[魔のもの]の存在。存在を見つけてから今のところの被害はないものの、宝石の[悪魔]との関連が無いとは言いきれない。
「少年、これを渡しておく。」
そう言ってキュオンが取り出したのは、小型のロザリオだった。キュオンが身に付けているロザリオより二回り程小さいが、同じように[魔晶石]が嵌め込まれている。
「[魔晶石]を...?渡しておくって、何で...、」
確かに[魔晶石]があれば近くにいる[魔のもの]の存在は分かるが、身の安全という意味ではキュオンが持っている物があれば十分な筈だ。
「こいつで、屋敷内の[魔]を探せ。」
皆で一緒に居れば大丈夫なはず、というエレアスの考えとは裏腹に、キュオンは大胆な作戦を立てる。
「っぅえぇ!?僕1人で、ですか!?」
「ティオも居るだろ。」
「いや!そうですけど!!僕まだ見習いですよ...!?」
この小さな[魔晶石]のロザリオを使って、エレアスに[魔のもの]探すよう伝えたのは、つまるところ別行動をするということである。
今まで緊急時以外一人で[魔のもの]に立ち向かったことはない。その緊急時の時でさえ、結局はキュオンが助けてくれたのだ。今回は[魔]を倒せるティオが居ると言っても、どれ程の相手が出てくるかは分からないし、それを一人で対処できる自信はない。
「安心しろよ、そのロザリオは通信機能付きだ。こっちのやつと連携してるし、俺のマナで動くからお前でも使える。」
「通信機能...。」
どうやらキュオンの持つロザリオと通信ができるようだ。通信の魔術というと、教会内で見た鏡を使った物が思い浮かぶが、このロザリオでは声だけでの通信といった所だろうか。
受け取ったロザリオの[魔晶石]が気になるのか、ティオがそわそわとした様子でエレアスの肩からそれを覗いている。空いてる手でティオをぽんっと撫で付けて、これは食べてはいけないよ、と制する。
「俺はこのまま宝石を探す。お前は、言わば屋敷内の見張りだ。俺が居ない間、その石の反応に変化がありゃそれで報告しろ。」
「...それなら...。」
積極的に屋敷内の[魔のもの]を探し出して倒すという訳ではなく、あくまで[魔のもの]の動向を探って問題がないか調べる、ということらしい。
キュオンの方はエルゲマを連れて、屋敷の外で宝石捜索を続けるようだ。チーム分けとしてはこうするしかない。宝石の追跡ができるのは、マナを豊富に持つキュオンだけだ。そしてどのような宝石なのかは、エルゲマがよく知っている。そしてその宝石に[悪魔]が宿っていたとしてもキュオンとオーリならその場で対処が可能だろう。
ならば、エレアスに出来ることはこの屋敷内に居ると思われる[魔のもの]に目を光らせておく事だ。
「分かりました。何かあればすぐ報告します!」
「ああ、頼んだ。」
そうしてキュオンとエルゲマは、使用人専用の勝手口を開けると、その外に続くマナの光を追って屋敷を離れていった。
「ティオ、僕達も行くよ!」
キュオンから託されたロザリオを握り締めて、エレアスは肩に乗るティオを見る。やっぱり[魔晶石]が食べたいのかそわそわとした様子だったが、エレアスの言う事は聞いてくれる良い子だ、何かあってもティオがいればある程度はなんとかなるだろう。
エレアスは先程[魔晶石]の反応があった宝石の保管部屋周辺を調べるため、ロザリオの反応に注意しながら来た道を戻っていった。
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─────大切なモノ。
私の大切な大切なアレが、───ない。
また奪われてしまった。
私の手の届かない、遠く、遠くに。
想い、力、名声、思い出、...輝き。
奪われて、引き離されて。...それでも大切なソレを取り返そうと必死に追い続ける。
そして何度も、大切なモノは私の目の前へと帰ってきた。
それなのに、私は触ることさえも、近付くことさえも許されず、ただそこにあるのを見守るだけ。
それは私のモノだ。
私の大切な大切なモノなのだ。
なのに、どうして、どうして。
私のモノなのに、誰かがいつも奪ってしまう。
今度こそ、今度こそ手に入れたと思った。
私の光。私の何よりも大切なモノ。
それでもやっぱり、近付けない。触れない。取り戻せない。
なんで、どうして、どうして。
私のモノなのに。
どうして何度も私から奪っていくの。
でも、何度奪われようとも、必ず、この手に。
私の、大切な大切な人達の──...大切な───...。
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宝石が辿った道筋は、屋敷の裏山へと続いていた。光に導かれるまま、使用人達が利用していたのであろう小道を進んで行く。
「使用人達は、宝石のことはどこまで知ってるんだ?」
ただ歩くだけというのも時間の無駄なため、できる限りの情報収集もする。今のところ犯人として1番怪しいのは使用人だ。既に退職している人間もいるが、屋敷の内部構造や勝手口、逃走経路として裏山の小道の事などを知っているとなると、やはり外部の犯行とは考えにくい。
「当主が大事にしているということは全員知っております。そして、宝石が保管してある部屋では怪奇現象が起きる...ということも。」
「宝石の伝承のことや、過去の所有者のことは?」
「そこまでは...私からは伝えておりません。しかし、この屋敷でも色々ありましたから、良くないもの...とは知っているはずです。」
宝石がこの家に来たこれまでの経緯を知れば、魔術に精通した人間やそういった品のコレクターは喉から手が出る程に欲しがるだろう。犯人が魔術を使った形跡があることからも、実は魔術師であった使用人の誰かが、その価値を知って犯行に及んだという可能性は十分にある。
しかし、エルゲマがそれを使用人に伝えていないとなれば、元から宝石の事を知っていない限り、ただの不気味な宝石を盗む理由はあまりない。ましてや、実際に被害が出ているような危険な物を手元に置きたがる人間はそう居ない。
「...今までの被害と使用人の入れ替わりについて聞かせろ。」
「ええ、もちろんです。...この屋敷で宝石を預かるようになった頃からお話します。」
まず、リティアート家当主がエルゲマに宝石を保管するようにと預けたのが3年前のこと。最初は他の美術品などと一緒に保管していたが、何も被害はなかった。当然、その間に使用人が辞職することもなかった。
しかしそれから時が経ち、今から4ヶ月程前から事件は起き始めた。
時折屋敷内が荒らされるようになった。陶器の美術品が割られていたり、他の宝石が使用されたアクセサリーが床に散乱してしていたり、あるいは部屋の壁が傷だらけになっていたりと。その際に不穏を感じた1人の使用人が辞職していった。
そのまま犯人の分からないまま1ヶ月が経ち、そして荒らしの範囲はだんだんと宝石が保管されている場所の周りだけになった。その間にまた別の使用人が辞めてしまった。
使用人3人では屋敷の管理が難しいため、そこでエルゲマは2人の使用人を雇った。
そして宝石が原因だと分かり、宝石の事情について当主から聞いた。当主の言う通りに従うしかなかったエルゲマは、宝石をあの部屋で保管し始めた。部屋に何も置かなかったのが功を奏し、他の美術品への被害はなくなった。
そうして保管している間に1ヶ月が経った。大きな被害が出なかったことに安堵したのも束の間、今度は体調を崩す使用人が多くなった。聞けば皆、宝石の保管庫に近付いた後から気分が悪くなったとのこと。
そのうち雇ったばかりの使用人の2人が辞職を願い出た。仕方がないと思ったエルゲマは、特に引き止めることはしなかったが、やはり人手不足なのは困るので、次の使用人を雇った。少し高めに給料を設定してみれば、直ぐに2人の人間が奉公に来た。
しかしその2人も、隔離された不気味な宝石があり、そのせいで他の使用人が体調を崩していることや、時折例の保管部屋の壁や床が傷付いていることなどを知ると、数日程ですぐに辞めていった。
その後に雇った人間も、全く同じようにしてこの被害1ヶ月程で3人が雇ってすぐに辞めていった。
そうして直近で雇った2人の使用人も、長年勤めたもう1人の使用人と同時に4日前に辞職してしまったのだ。
もはや別の人間を雇う暇もなく、今は使用人は昔からいる2人の使用人しかいないのだった。




