29話:宝石の行方
「ようこそお越しくださいました。エクソシスト様方。」
重い扉が開かれた先、エレアス達を出迎えてくれたのはエルゲマではなくウォリアーホーン種の使用人女性だった。
訪れたエルゲマの住む屋敷は、王都のものよりは慎ましく古めかしいが、マクリアグロスにある建物の中では一番大きいだろう。元は辺境の保養地として建てられたらしいが、流石は豪商のリティアート家だ、歴史ある建物だが建てられた当時は最先端の建築様式だったようだ。
「エルゲマ様を呼んで参りますので、しばらくこちらでお待ちくださいませ。」
真面目そうな使用人に案内して貰った先は、来客用の応接室。上品なアンティークの装いの調度品が並んでいた。壁に掛けられた大きな絵画と飾られた美術品。
エルゲマから、代々リティアート家の人間は骨董品や美術品を集めていたと聞いていたが、これらもその一部なのだろう。座り心地のよいソファで、関心しながらその厳かな雰囲気の部屋を眺める。
「………。」
そのまま暫く部屋の中を見て過ごしていたものの、肝心のエルゲマは中々来なかった。
エレアスは部屋の美術品を見ることで時間を潰せてはいたが、キュオンとティオは既に飽き始めているのか、ふたりとも寝そうになっていた。ソファに身を預けるキュオンと、エレアスの膝でだらりと伸びるティオ。つついて遊んで見るものの、ティオはされるがままだった。
さらに暫く経ったのち、エレアスも大きな絵画を隅々まで見終えてしまう頃になって、やっとエルゲマが登場した。
「大変お待たせ致しました...!」
そう言って部屋に入ってきたエルゲマは、息を切らせていた。表情もこの前会った時より随分と疲れきったものになっている。少しばかり顔色が悪いというか、顔面蒼白といった具合だ。
「…何かあったんですか?」
依頼された案件よりも先に、思わずそちらの方が気になってしまった。単刀直入に聞くエレアスに、エルゲマは苦い顔をした。
「本当に申し訳ありません…!!」
そう頭を下げたエルゲマに、エレアスもキュオンも目を丸くした。あまりにも突然の謝罪に、一瞬何を言われたのか把握出来ずにいた。
「え?いや、あの…え?っあ、頭を上げてください…!」
頭を下げられるようなことはしていない筈だ、と思いながらエルゲマに声をかける。しかし彼は頭を上げようとはしなかった。
そしてそのまま、静かに事の顛末を切り出した。
「鑑定依頼をした宝石ですが…、紛失してしまいました…。」
「……。」
「…えぇっ!?」
まさかの事態に、エレアスは声を上げてしまった。キュオンも、黙ってはいるが訝しげな表情をしている。
「お二人にはここまで来ていただいたのに非常に申し訳ない…。」
再び頭を深々と下げたエルゲマ。しかし未だに事態を飲み込めていないエレアスは、話の詳細について聞いた。
「無くなったって…、今ですか…?」
「いえ…、実は3日前に依頼に行かせていただいた後のことです。帰宅した時には…。」
ということは、紛失してから3日が経つということ。話を聞く限りあの宝石は相当危険な物の筈だが、この3日間は大丈夫だったのだろうか。
「すみません…。もちろん捜索はしたのですが…。」
エルゲマや先程の使用人達の様子を見た上では、幸いにも大きな被害には至っていないようだった。しかし宝石によって没落した貴族がいるというなら、このエルゲマの屋敷──ひいてはリティアート家にも何か悪影響が及ぶ可能性がある。
本当に[悪魔]が取り憑いている宝石なのだとしたら、早急に対処する必要があった物だ。今が何処にどうあるのか分からない分、さらに宝石の[魔祓い]は急を要することとなる。
「せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、このご依頼については白紙に…、」
「いやいや、僕でよければ一緒に探しますよ…!」
エクソシストとして、[悪魔]を憎む者として、そのような危ない物を放置して置く訳にはいかない。エルゲマの話にあったような被害が実際に宝石の所為で起こってきたとするならば、早く見つけ出して対処すべきである。
少しばかりエクソシストの仕事とは違うが、どの道宝石が見つからないと[悪魔]祓いすらできないのだ、今は宝石を探すのを手伝うこととする。
「……。」
面倒臭いと顔を顰めるキュオンは見なかったことにして、とりあえずはエルゲマに紛失時の状況を聞く。
「あの日…私が屋敷に帰ると、使用人の一人から宝石が無くなったと報告がありました。」
宝石のある部屋が荒らされたという報告までは、いつもの事かと思ってはいたが、宝石自体が盗まれるなんてことはこれまでに一度もなかった。
曰く付きの逸品であり、欲しがる人間なんて誰も居ないと踏んだエルゲマは油断していたのだ。宝石を保管していた部屋は他に調度品等は何もなかったため、警備は薄く、誰でも侵入出来てしまう程の状態であった。
慌てたエルゲマがとりあえず現場に向かうと、そこには件の宝石だけを保管していたショーケースが割られた状態であり、部屋の扉の鍵は無惨にも壊されていた。もちろんショーケース内にあった筈の宝石は台座の指輪ごと無くなっていた。
報告に来た使用人に話を聞くも、見回りのために鍵を持った使用人が部屋に来た時には既にこの状態であったという。加えて、誰も目撃者が居ない上に鍵やガラスが壊された音も聞いていない、と。
「犯人に心当たりは?」
エルゲマの深刻そうな顔に、キュオンも手助けするつもりになったのだろうか。少しばかり興味無さげではあるものの、捜索の協力はしてくれそうだ。
「…可能性がある程度、ですが…。」
宝石を持ち去った犯人についての可能性として、エルゲマは辞職した使用人を挙げた。確かに、屋敷の内部構造を知っており、宝石の保管部屋の警備が手薄であることや、人が近寄らない時間帯も知っている事だろう。
犯人の可能性としては十分に考えられる。しかし、エルゲマが自信なさげに言ったのには理由があったようだ。
「それが…、私が教会を訪れた前日に、使用人が3人も辞めているんです。それだけではなく…、先月も、先々月にも辞職者がおります…。」
宝石による不可解な現象と、謎の体調不良に不慮の事故などが起こり始めた4ヶ月前から、毎月のように辞職者が出ているとのこと。
そもそもエルゲマの屋敷で働く使用人は基本的には5人程であり、有名な商家としては随分と少ない。そこはエルゲマ自身が派手な暮らしを希望していなかったため問題はなかったのだが、宝石による事件が起きるようになってから、長く勤めている3人を除いて頻繁に人が入れ替わるようになってしまった。雇っては辞職され、また雇っては辞職の連続だった。そしてとうとう4日前にはその長年勤めた使用人の1人も他の使用人と日を同じくして辞めてしまった。
それもあって、エルゲマは教会へ依頼をしに来たのだ。このままではやがて他の使用人に、そして自らにも被害が及んでしまう、と。
「それにここ最近は、元々の身元や素性が不透明な使用人も多くて…。」
「…それだと、絞り込むのが難しくないですか?」
犯人候補となる人物が多すぎる。それに、きちんと身元が分かるような使用人に関しては探すことも容易だが、辞職が多すぎるが故に、次の人を雇う際の身元情報や身辺調査をあまりせずに雇ってしまっていたのもあり、そういった人間の追跡調査は非常に難しくなってしまっていた。
「まあいい。犯人が分からねぇなら次は現場だ。」
「…!そうですね、宝石の保管部屋というのはどちらに?」
今は手がかりがほとんど無いものを追っていても仕方がない。それよりも少しでも手がかりと宝石についての情報がありそうな、保管部屋の状態を見ておくことにする。
「えぇ、ご案内します。」
そうしてエルゲマが向かった先は屋敷の三階。
彼の後を追って広い階段を登る。
「ん?キュオンさん、それ…!」
目の前を行くキュオンの腰に付いているロザリオが、ごく淡く光っているように見えた。エレアスに指摘されたキュオンは気付いていなかったようで、言われてから一緒にロザリオを覗き込んだ。僅かにだが、確かに[魔晶石]が光っている。
「どうか…されましたか?」
立ち止まったエクソシスト二人に、エルゲマは不可解な顔をする。
「この近くに…[魔]がいる可能性がある。」
「えっ、それは本当ですか…!?」
あっさりと言いのけたキュオンに、エルゲマは目を剥いた。宝石は盗まれてしまっていたため、そもそもこの屋敷内に[魔のもの]がいるとは思っていなかった。
これは予想外の事態である。
「あぁ、この[魔晶石]が光っているのは、そういう事だな。」
「なら、宝石はまだこの屋敷に!?」
「かもな。」
必死の顔でエルゲマがキュオンに問いかける。
近くに[魔のもの]がいるのであれば、それが[悪魔]が取り憑いた宝石を指し示しているとも言える。近くにあるというのなら、反応を頼りに探せば見つかるかもしれない。
「とりあえず、部屋に向かうぞ。この反応が別の物に反応してる可能性もあるからな。先に保管部屋の方を調べたい。」
ごくりと息を飲むエルゲマ。
近くにいるという[魔のもの]が、宝石のことであれば良いが、そうでなかった場合が厄介だ。新たなトラブルの元になってしまう恐れがある。
「っあ、ティオ!離れちゃ駄目だよ!」
すると急にティオがエレアスの肩から飛び降りた。そのまま辺りを跳ね回って、何やら周囲を嗅ぎ回っているかのようだった。慌てて静止の声をかければ、ティオは大人しくエレアスの足元へと戻ってくるが、それでも何やらソワソワと落ち着かない様子だ。
「どうしたの?」
[魔のもの]に反応でもしているのだろうか?しかし、どこに居るのかもどんな[魔]なのかも分からないままなのに、ティオと離れて行動するのは危険だ。
動き回るティオを抱えて、エルゲマの案内でキュオンと共に宝石の保管部屋へと向かうことにする。
そうして三階まで登り、辿り着いたのは鍵が壊れて半開きになった扉の部屋であった。




