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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第一章:幾星霜の密謀の果ての萌芽と嚆矢
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2話:[魔晶石]の輝き




「危ないところだったな…。ガキ共、怪我ぁないか?」


消えていった獣のその後ろ側に、声の主は立っていた。深い夜の色のジャケットを、動きやすいように腕を捲って羽織っているその人。きらりと反射した黒い刀身の剣を鞘に納めた男は、エレアスと双子に手を差し伸べた。


「「っエレアスにいちゃん…!」」


遠くの茂みに隠れていた3人の子供たちが、エレアスの元へと駆けつける。ぼふりと背中に抱きつかれて、思わず前方によろめいてしまった。僕が無事だったのを確認すると、わんわんと泣き始めた。連られて、今まで呆然としていた双子までも泣き始めた。よしよし、と宥なだめながらエレアスは男の方を見やる。

紺のジャケットに装飾された金色がカッチリとした印象を与えるも、それ以外の装備は動きやすいようなラフな格好だ。剣を扱うあたり剣士のようだが、あのような黒い刀身は初めて見る。


「ありがとうございました…。あの、貴方は……?」

「あぁ?……まぁ、通りすがりのオッサンだよ。」


少し考えてそう答えた男は、ぶっきらぼうで一見怖そうに見えるが、子供たちを見る目は優しかった。エレアスの腕に目がいったのだろうか、少し眉間にシワを寄せると、クセのあるダークオークカラーの少し長めの髪を雑に掻いた。言葉になってない声を漏らしながら、地面に落ちていた光る結晶を拾って、それをエレアスに渡した。


「ほら、[魔晶石]だ。これで治すといい。」


掌に置かれたそれをまじまじと見つめる。男から受け取った結晶は小さいながらも、朝露に濡れた葉のように美しく緑に輝いている。


「これって…」

「こいつから採れた[魔晶石]だ。遠慮なく使え。」


[魔晶石]。この世界の人間であれば、誰しもが一度は見たことがあるものだった。それはある種のエネルギーの塊である。

魔術はマナの豊富な限られた人間にしか使えないものだが、この[魔晶石]があれば、マナのない人間でも魔術と同じような奇跡を起こすことが出来る。例えば何も無いところから火を起こしたり、水を浄化したり、あるいは傷を癒すことにも使える。

これが、この国で科学が発展しない理由だ。魔術と[魔晶石]があれば、ある程度のことは何とでもなってしまう。

そんな便利なものではあるのだが、個人がそう簡単に大量に手に入れられるものではない。[魔晶石]を得るには[魔物]や[悪魔]を倒さねばならないのだ。しかし、それができる人間は限られている。


「ってことはあれは、」

「そう、[魔物]だ。」


対峙したのはただの黒い獣ではなかったようだ。[魔物]と呼ばれる、凶暴で人間に害をなす恐ろしい存在。一度(ひとたび)人間を捉えれば、あらゆる方法で襲ってくる。

そんな奴にこの双子は追われたというのか。一体なぜ。

あの[魔物]の標的は、明らかに双子であった。


「この森は普段はそんなに危険じゃあないはずだが……。何があった?」

「……イオ、ヴィオ、話せる?」


ずびっと鼻を啜った双子は、お互いの目を合わせると、ゆっくりと一言ずつ交互に経緯を話していった。

まだ混乱しているのか、上手く話すことはできないようだが、なんとなくで聞き取った経緯としてはこうだ。


いつものように裏の森で遊んでいたら、数日前の雨で地面がぬかるんでおり、少し場所を変えて遊ぶことにしたと。普段はあまり行かない場所だったが、木の実が豊富な場所を見つけた。そうしたら、とある大きな木の根元に木の実が沢山集まって落ちていたため、それを拾って持ち帰ろうとした。すると突然先程の黒い獣が現れて、2人を追いかけて来たという。


「ごはんを取られたって思っちゃったのかな…」


既に泣き止んでいたモネは、双子の話を聞いて考察している。確かに、その可能性はありそうだ。


「他には居なかったか?」

「うん…」


男の問いかけに、イオが答える。

どうやらこの一匹だけのようだ。それについてはエレアスも少しだけ安心した。あんなのが他にも森に居ては一大事だ。


「たまたま居合わせたのか。…まぁ、運が悪かったな。」


目尻を下げた男は、イオの頭をぽんっと撫でた。くしゃっと髪をかき混ぜられたイオは、擽ったそうに目を閉じた。乱れた髪の間からは、小さなツノが覗いた。


「って、早くそれ使え。ガキ共が心配してるぞ。」

「あ、はい……。」


一安心している場合ではなかった。押さえてはいるが、まだ血は止まっていない。隣にいるヴィオが心配そうにエレアスを見ていた。


([魔晶石]、か……)


手の中にある、不思議な輝きのある石を見る。別に初めて見るものでもないが、それを使うのには少し複雑な思いを抱いた。

腕を押さえていた方の手に[魔晶石]を移し、それを傷口に近付ける。そして傷が治っていくのをイメージすると、腕が暖かい柔らかな光に包まれた。

深くまで裂けていた場所の皮膚がみるみるうちに再生し、痛みが収まっていく。


(これが…科学ではなし得ない、奇跡の力……)


今の技術では、この奇跡の力を使わなければ、この程度の怪我を治すのにも何日もかかる上に、一切の痕なく綺麗に治ることはない。もちろん魔術でも同じことはできなくも無いが、治癒の魔術が使える人間は希少だ。そのため怪我をしたら数日かけて自力で治すか、[魔晶石]に頼るのが一般的である。

しかしながら、エレアスは[魔晶石]になるべく頼らないようにして生きてきた。だってこれは──……、


「すごい!なおってきてる!」


ゼールの声にはっとする。エレアスが色々と考えているうちに、傷はほとんど見えなくなっていた。それを見た子供たちは皆んな安心したように泣くのを辞めた。


「しっかし、よくもまぁここまで逃げて来れたもんだ。流石はウォリアーホーンだな。ヒューマンのガキじゃあ追い付かれてたぞ。」


傷を治している間に、男は双子と獣が来た方角をしげしげと眺め、その道の悪さと双子の身体能力に関心している。

それもそのはず、イオとヴィオは男の言った通り、ウォリアーホーンという種族だ。頭に角があるのが、その種族の特徴だ。


この世界で、”人間”と呼ばれる種は3種族いる。そのうち、6割程を占めるのはヒューマン種。男を含め、ここにいる双子以外の人間はみなヒューマン種だった。

そして4割近くを占めるのが、ウォリアーホーン種。ヒューマン種とは違い、形状に差異はあるが頭に角を持つ。そして彼らは種族的に総じて身体能力が高いのだ。


幼いためイオとヴィオの角はまだ小さく、ヒューマン種との見分けはつきにくい。それでもやはり圧倒的な身体能力の差はあるのだ。

人が通る山道とはいえ、走るには不適な道だ。そこを獣に追われながらもここまで走って来れたのは、やはり彼らがウォリアーホーン種だからか。


「お前らの方は怪我ぁないか?」

「……うん、だいじょうぶ。」


双子は全身をくるくると見回して答える。それにエレアスと男も安堵する。


「それはやる。次は気を付けろよ。ガキ共。」


そう言って指された[魔晶石]の光が少しずつ弱くなって消えていった。いつの間にか完全に治っていたようだ。それを見届けた男は、泣き止んだ子供たちに微笑むと、その場を立ち去った。


「あ、ありがとうございました!!」


助けて貰った上に魔晶石まで貰ってしまった。結局、通りすがりの剣士ということしか分からなかった。

改めてお礼を言わなければと、その背中に向かって叫ぶ。周りの子供たちも、それぞれに大きな声で礼をした。男は振り返ることなく、手をひらひらと振って行ってしまった。






********






キィ……


古びた扉が軋む、木造の薄暗い部屋。少しだけ埃臭いこの場所は、エレアスが拠点にしている古い小屋だ。

田舎の村で、親のいない少年が1人で住むには、このような場所しかない。むしろ雨風をしっかりと凌げるだけ充分に良い暮らしと言えた。


薄暗い部屋には、沢山の本や書類、薬草、鉱物やガラス瓶が置かれている。少しだけ埃臭いが、所謂研究者の部屋といった様相だ。


「……。」


先程貰ったばかりの[魔晶石]を取り出す。窓から差し込む光に反射したこの[魔晶石]には、まだエネルギーが残っているようだ。

[魔晶石]は、その内蔵エネルギーの分だけ奇跡の力を使うことができる。エネルギーを使い切れば、石は光を失って消失する。

まだ使うことができる輝く石。しかしエレアスは、これ以上[魔晶石]を使うつもりはなかった。科学を研究する者として、そして[悪魔]を憎む者として。


[魔物]と[悪魔]は本質的には同じものである。どちらも[魔晶石]というエネルギーが核となって生まれるもの、とされている。ただ、そのエネルギーの大きさによって呼ばれ方が違うだけだ。

小さなエネルギーから生まれたものは知性を持たない[魔物]になり、大きなエネルギーから生まれたものは強大な[魔力]と知性をもった[悪魔]となる。


エレアスにとって、[魔晶石]に頼るということは、憎い[悪魔]のことを肯定するのと同じことであった。


(これは置いていこう。)


エレアスは、壁に掛けてあった自身の鞄を手にすると、棚の上に[魔晶石]を置いて部屋を後にした。軋む扉をしっかりと閉じて、エレアスは小屋を出る。


……カタンッ、と小さな物音がした気がした。



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