26話:治癒の魔術師
「まぁ、何れにせよ...人からの感情が向けられやすい人形や美術品、骨董品に宝石なんかの類は要注意ですね。」
無事に解決した上によくある事件だったため、考えることを諦めたのかファルコは難しい表情を止め、穏やかな表情でエレアスに助言した。
その言葉に、エレアスはエルゲマからの依頼のことを思い出した。
良くも悪くも人々から多くの感心を集める宝石にも、[魔のもの]は引き寄せられやすいという。丁度エルゲマの依頼も、[魔のもの]が取り憑いた可能性のある宝石についてである。ファルコの言う通り本当にそういった事例は多くあるのだろう。
(あれ、もしかして...、)
ナテマの言葉を思い出したエレアス。
ノフィアス教において宝石と一部の金属は、原則として聖職者と信者は身に付けるのを禁止されている。
それも、もしかすると敵である[魔のもの]が容易に教会等に近付けないようにするため...だったりするのだろうか。宝石は許可があれば身に付けも良いというが...、それは[魔のもの]が取り憑いていないという鑑定をされた物や、[魔祓い]を済ませた宝石なら良いということではなかろうか。
「エクソシスト様!ありがとうございました!」
広場で治療を受けていた村人達だろう、怪我がすっかり良くなったのか、ファルコに感謝を伝えに来たようだった。白く長い髪は治癒の魔術の光に反射してよく輝く。広場で一際目立っているファルコに、村の人々は注目し集まった。
「[魔物]を倒して下さっただけでなく...これだけの怪我人の手当まで...!貴方様が来てくれなかったらどうなっていた事か...、エクソシスト様、感謝致します。」
声をかけて来たのは、早めに[魔物]の被害から避難してきた人達だろう。ティオが[魔物]を消滅させたのは見ていなかったようだ。
「ああ、私はエクソシストではありませんよ。ただの教会助祭です。今回[魔物]を倒してくれたのは、ここにいるエレアス君とティオ君です。」
エレアスとティオに注目するよう村人を誘導するファルコ。村人達は、まだ幼いエレアスの姿を見て驚きに目を丸くしていた。それこそ現場を見ていない者は、何人もの怪我人を出したあんな凶悪な[魔物]を、小さい子供と丸い謎の生き物が打ち祓ったと聞いて納得できる人の方が少ない。まあ、確かに実際は村の魔術師のお陰もあって、魔術を使うこともなく簡単に祓うことが出来たのだが。
当然、この素晴らしい治癒の魔術を披露した偉大な魔術師であるファルコがやったものだろうと思われていた。
それはそうとして、ファルコの言葉に違和感を覚えたエレアス。礼拝堂で会った時も、助祭という紹介しかなかったが、ファルコはエクソシストではなかったのか。
少しの疑問を残して、ファルコが村人全員を治癒した後、エレアス達は村を後にした。
「ファルコさんは、魔術師であってエクソシストではないんですね?[御使い様]とも契約していないんですか?」
村から教会に帰還する道中、エレアスは気になっていたことをファルコへと聞いた。
確かに、司祭からエクソシストの紹介を受けた時に、マクリアグロスの教会にはキュオンと後もう一人しかエクソシストはいないと言われていた。
しかし、珍しい治癒の魔術を、これだけの技量と力量を持ってして扱える魔術師がエクソシストとして[御使い様]と契約していないのも不思議だった。
「そうですよ。私は戦う事は苦手でして。それに、[御使い様]も降臨なされなかったので。」
「......。」
そう微笑むファルコの横顔は、どこか寂しそうに目を細めていた。
何故だろうか。[御使い様]との契約に必要なのは資質とマナの豊富さのはず。それならばファルコは十分に条件を満たしていると思われる。
「私には[神の御使い様]の依り代となれるような、それだけの資質が無かったということです。」
[御使い様]と契約を結べる人間の条件とは、一体何なのだろうか。
確かにキュオンは、剣術も魔術も一級品の腕前を有している。しかし、ファルコの治癒魔術も一級品と言える。この違いは単なる戦いへの向き不向きだけなのだろうか。
「...お前は[御使い]の力が無くても役に立つと[神]が判断したんだろ。」
後ろで話を聞いていたのだろう、今まで黙っていたキュオンがそう呟いた。
「そうですね。確かに私は、[魔]を祓うより誰かの為にこの力を使う方が、性に合っているようです。」
その言葉に、ふっと笑みを浮かべたファルコは、持っていた魔道具に視線を落としてそれを大事そうに抱え直した。
「危険な事はキュオン君達に任せて、私は治療と[唯一神様]への奉仕に専念するとしましょう。」
少し悪戯っぽい笑みと共に2人を見たファルコ。少しだけ傾いた太陽が、その白い髪をキラキラと輝かせた。
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「とりあえず今日の仕事は終わりだ。リティアートの屋敷に行く日は、また来い。」
教会に帰った後、同じく教会に戻ってきてきた司祭に3人で報告を済ませた。そうして司祭の部屋を出た所で、キュオンがそう言った。
「分かりました。朝にはここに居た方が良いですか?」
「そうだな。調査にはある程度の時間が掛かるだろうしなぁ。」
3日後にエルゲマの屋敷に行く際の事前打ち合わせだ。
確かに、距離のこともあって毎日教会に来る事の出来ないエレアスが次にキュオンと会うのは当日になってしまう。今のうちに当日の事を決めておいた方が良さそうだ。
すると、それを横で聞いていてファルコがエレアスに声を掛けた。
「そうだ、エレアス君。良かったらこれを。」
そうして内ポケットから取り出されたのは、術式が書かれた紙切れが10枚程。何の紙だろうかと目を瞬かせているエレアスに、ファルコは説明をする。
「私のマナを込めた魔術札です。[魔晶石]では術式円を動かす事は出来ませんが...これを使えば出来るはずです。」
なんと、くれたのは転移術式円を起動させる事の出来ないエレアスに代わって術式円を起動させてくれる魔術札だった。これには術式円起動1回分のマナが込められており、マナを持たない者でも転移術式を使用できるという訳だ。
[魔晶石]に含まれてる力は、人間が持つマナとは性質が違うため、魔術を起動させることは出来ない。[魔晶石]にできるのは、魔術とは関係のない魔術によく似た"奇跡"だけだ。
そのため、マナの少ない者や持たない者は転移術式円のような高等術式は使用出来ない物ではあるのだが、魔術札はそれを可能にする。
「いいんですか!?」
「ええ。ここに来るのは大変でしょう?これからよく来る事になるのですから...。足りなくなったらまた言ってください。」
「!!...ありがとうございます!」
札にマナを込めるだなんて、それ自体マナが豊富にある上に魔術の扱いに長けていないと出来ないことだ。
ファルコに感謝して、有難く使わせてもらうことにする。これがあれば、拠点から近いコリィの村近くの術式円のある小屋から教会までひとっ飛びだ。
「お前器用だな。」
「こういった術式は得意分野ですからね。」
どうやらこの手の魔術は、キュオンよりもファルコの方が得意なようだ。逆に、戦闘向きの魔術はキュオンが得意とする所なのだろう。
さっそく拠点まで帰るために使ってみることになり、ファルコに使い方を指導してもらうべく、先程通ってきた転移術式円のある部屋へと戻る。
その道中、やたらと着飾っている女性が、廊下の向こうから歩いてきた。こんな服装の人間、教会内に居ただろうかとエレアスは女性の方を注視した。
「あら、エレアスくんにティオちゃん、来てたのねぇ。」
「あ、ナテマさん!こんにちは。」
「お疲れ様です。」
どうやら正体は教会シスターであるナテマだったようだ。
いつもの露出度の高い修道服ではなく、真っ赤なパーティドレスを纏っていた。普段ヴェールで隠れがちなヘリオトロープ色の美しい髪を艶やかに結い上げており、またその首元にはドレスと同じ色をした大粒の宝石が輝いていた。メイクも普段のものより数段派手さを増しており、元々の美人がより際立っている。
しかし中身はいつもと同じで、少し気怠げで優しいナテマはエレアスに気付くなり声を掛けてくれた。そしてエレアスの後ろにいたファルコとキュオンを見て不思議そうな顔をした。
「ファルコまでいるじゃない。みんなでどっか行ってたのぉ?」
「ええ、負傷者多数の緊急依頼がありまして。」
「ふぅん、それで...。エクソシストと魔術師は大変ねぇ...。」
エクソシストではないファルコが同行していた事が珍しかったのだろう。しかし、負傷者がいるとなれば回復役のファルコが着いて行った方が良い。それを察したのか、ナテマは納得した様子でエレアス達を見た。
「ナテマ君も今からどこかへ?」
「そうよ。明後日の夕方まで帰らないつもりだから、おじいに一声掛けとこうと思ってね。」
ファルコの質問に、ナテマが答える。エレアス達が先程まで居た司祭の部屋へとナテマは向かっていたようだ。
「休暇ですか?楽しんできて下さい。」
「ありがとう、エレアスくん。」
随分と粧し込んでいるのだから、これからパーティ会場か何かに向かうのだろうか。赤い宝石とそれを装飾する金がとてもよく目立っており、まるで貴族か金持ちかのようだった。
その様子を見て、キュオンが眉根を寄せて言った。
「おい、その首飾り...、」
「なぁに?宝石なら、ちゃんと許可は貰ってあるわよ。」
気になったのはやはりその目立つ首飾りだったようだが、ナテマはキュオンの指摘に食い気味で言い返した。
確かに、教会内への宝石の持ち込みは許可が無い限りは禁止だったが、ナテマ曰く許可は貰っているらしい。許可と言えば、きちんと宝石の鑑定を行っているはずなので、許可があるならばこの宝石は、[魔のもの]が取り憑いていたり魔術が掛けられていたりという危険物ではないということだ。
「そうじゃない。...それ、貰いもんだろ?」
しかしキュオンが気にしたのは宝石の安全性ではなかったようだ。
首飾りが貰い物である、という点らしい。
「またそんな高けぇもん貰って、」
「うるさいわね、貴方には関係ないわ。」
咎めるように続けた言葉は、ナテマの声によって遮られた。そのまま歩き出した彼女は、エレアス達の横をするりと通り抜けて司祭の部屋へと向かって行った。
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ。」
明らかに不機嫌になってしまったナテマだったが、その様子を何でもないかのように笑顔で見送るファルコ。気不味くなった雰囲気にエレアスはただ見守ることしか出来なかったが、ファルコの様子を見る限り大したことではなさそうだ。
「はぁ...。」
「相変わらずですねぇ。」
溜息を付いたキュオンに、ファルコは先程と同じ笑顔でそう返す。どうやらよくある事のようだ。
「ま、心配する気持ちは分かりますけどね。」
「うるせぇよ。...そんなんじゃない。」
慰さめるようにフォローをしたファルコだったが、キュオンは頭を掻きむしってやるせなさを露にした。
態度ではぶっきらぼうにしているキュオンだが、ファルコの言う通りナテマを心配しての発言だったのだろう。きっとその心配の元となる何かが過去にあったに違いない。
なんとなくそう察したエレアスは、今のやり取りについて深く追求することはなく、そのまま3人は予定通り転送部屋へと向かった。




