23話:曰く付きの宝石
「あの、教会の方…ですか?失礼します、キュオンさんって居ますか?」
「御機嫌よう。キュオン君ですか?居ますが…今は少し立て込んでおりまして…。」
子供達に授業をし、アロスに窓ガラスを修理してもらった次の日、エレアスはさっそく教会へと向かった。
前回同様、丘の階段を登った先にある礼拝堂の入り口へと歩いて来た。礼拝堂は今日も信者達がお祈りに来ているようで、幾つも並んだ長椅子に人が何人か座って祈っていた。
その中でも一番入り口に近い椅子、つまり神様とやらの像から一番離れた椅子に、礼拝堂全体を見守るように座るヒューマン種の男性がいた。男性はモゼッタと言われるケープのような服装をしており、その色は深い紺色に金の装飾。キュオン達と同じ雰囲気の服を見る限り、教会の関係者だと一目で分かった。
礼拝堂を見渡す限り、シスターであるナテマの姿はない。教会関係者と見られる人間は今はこの男性しかいないようだったため、エレアスは彼にキュオンのことを聞いてみることにした。
話しかけてみれば、物腰柔らかな紳士といった雰囲気だ。エレアスの声掛けに立ち上がった男性は、長く真っ直ぐな白い髪を後ろで一つに纏めており、目線を合わせるように曲げられた腰の横を髪がするりと流れていった。
キュオンの名を出せば、やはりキュオンのことを知っている教会関係者のようだったが、生憎キュオンには会えそうもなかった。
「そうですか…。それではナテマさんか司祭さんは…、」
「ナテマ君は今日は出掛けていますね。司祭様は…もう少しすれば戻って来られると思いますが…、どういったご要件で?」
どうやら今日はエレアスのことをよく知っている人間が居ないようだ。キュオンのエクソシストとしての仕事に同行させて貰うつもりで来たのだが、間が悪かったみたいだ。とりあえず、来たという言付けだけでもと思い、この男性に状況を説明することにした。
「見習いエクソシストとして協力させてもらう事になったので、キュオンさんに会いに来たんですが…。」
「…ああ!貴方があの!」
そう伝えると、見習いエクソシストと聞いて知っていたのだろう、納得したように男性は頷いた。そしてエレアスに向かって深々とお辞儀をすると、にっこりと笑ってエレアスを見た。
「司祭様から話は聞いております。私はファルコ。ここの教会で助祭をしている者です。」
「あっ、エレアスと言います。見習いですがエクソシストになりました。よろしくお願いします…!」
丁寧なファルコの挨拶に、慌ててエレアスもそれに倣ってお辞儀をする。
「こっちはティオです!聞いてるとは思いますが…、」
「この子がそうでしたか。よろしくお願いします。」
エレアスの足元にいたティオも紹介すると、ファルコはティオにもお辞儀をする。
そして、そういう事ならば、とキュオンの居場所を明かしてくれた。
「キュオン君は今丁度依頼を受けている所でして。」
「依頼?」
「民間の方からエクソシストへの討伐依頼です。」
「ああ…!」
立て込んでいる、とはどうやら仕事のことだったようだ。民間からの依頼というからには、[魔のもの]関連で何かの被害があったのだろう。それに困った住民が教会に助けを求め、それをエクソシストであるキュオンが対応することになった、と。
そこでファルコがエレアスに手を差し伸べならが言った。
「貴方もご一緒に、いかがです?ついて行ってみては。」
「よければ、ぜひ。」
元々エクソシスト見習いとしてキュオンの調査やパトロールに同行させてもらう予定だったのだ。そこに丁度依頼が来たというのなら、それについて行くまでだ。
「では、こちらに。お連れ致します。」
依頼人とキュオンが話している部屋にファルコが案内してくれるようだ。ティオにおいでと声をかければ、移動することを察したのかエレアスの肩へと飛び乗った。
礼拝堂から出て、以前通った司祭の部屋に行く道と同じ順路を辿る。そして司祭の部屋と同じ棟にある別の部屋へと向かった。来客用の部屋だろうか。
「お話中失礼致します。入っても宜しいでしょうか?」
「ファルコか、いいぞ。」
ノックしてファルコが声をかけると、部屋の中からはキュオンの声がした。許可が出たのでファルコが扉を開け、エレアスはそれに続いた。
「お、来たのか少年。」
「お邪魔します…!」
長身のファルコの後ろに隠れるように部屋に入ってきたエレアスの姿に気が付いたキュオン。ソファに座る彼の向かい側には、依頼人と思われる男性が座っていた。質の良い生地を使ったコートを纏っており、一見して貴族のような見た目だ。身なりは良いが、疲れたような表情の痩せた中年の紳士だった。
「突然すみません。そのご依頼の対応にぜひもう1人エクソシストを派遣したいのですが、ご依頼人様がよろしければ、この方も同行させ」
「だ、そうだ。いいか?」
丁寧に説明するファルコに被せるようにして依頼人に聞くキュオン。気随な振る舞いだが、依頼人は怒る事もなく首を縦に振った。
「はぁ。私は大丈夫ですよ。むしろお二人もエクソシスト様が来てくださるのなら、心強い限りです。」
「ありがとうございます。微力ですがお力になれるなら…!」
身なりから依頼人は貴族かなにかかと思ったが、態度の悪いキュオンに怒る訳でもなく、腰の低い物言いのため、そうではなさそうだ。
少しだけ緊張が解けたエレアスは、依頼人に深々とお辞儀をし、キュオンの隣へと腰を下ろした。エレアスを無事に送り届けたファルコが部屋を去っていったところで、キュオンはエレアスと依頼人をそれぞれ一瞥すると、腕を組んで口を開いた。
「じゃあ、今までの話の確認だ。」
依頼内容を知らないエレアスの為に、掻い摘んで説明をしてくれるらしい。依頼人は神妙な面持ちでキュオンを見た。
「今回の依頼は、曰く付きの宝石の調査依頼だ。宝石に[魔のもの]が関係していないか、それを調べる。場合によっては討伐も行う。そうだな?」
(宝石……。)
宝石、という言葉にエレアスはこの前のナテマの話を思い出した。ノフィアス教において宝石と呼ばれるような鉱物の類いは、ノフィアス教の教団員が身に付けることや教会内に持ち込むことを原則として禁止されている物だ。
そんな宝石に[魔物]…あるいは[悪魔]が関わっている可能性がある、というのが今回の話の要点のようだ。
「はい…。あの、簡単にもう一度お話しさせていただきます。」
キュオンの確認に頷いた依頼人はエレアスを見た後に、依頼人自らの情報と共に、今回の事の発端からの概要を話してくれた。
依頼人の名前はエルゲマ・ピス・リティアートと言い、貴族ではなく商人だと言う。しかし代々続く名のある商家ではあるようで、現当主の甥という立場だそうだ。
リティアート本家である当主とその直系の家族は大きな事業のために王都で暮らしているようだが、エルゲマは細々と仕事をしつつ、このマクリアグロスにある先祖の残した古い屋敷で静かに暮らしていた。そしてリティアート家の代々の当主は、その殆どが美術品や骨董品集めが好きなようで、今代の当主も例外でなく。そうして集めた様々な品の中に、件の宝石があった。宝石は指輪として、とある貴族から譲り受けた物だそうだが、それを手にして以降不可解な出来事が多く起きるようになった。
宝石を保管していたリティアート本家のある部屋が、まるで盗人が入った時のように荒らされていた。しかし何かが盗まれている訳ではなく、そもそも密室のため盗人が入る余地も無かったために、犯人を見つけることも出来なかった。その後部屋の警備を増やしたが、警備の目を掻い潜るかのように同じ出来事が続いた。
また、その指輪を身に着けていると何やら視線を感じることがあったり、あるいは階段から落ちたり、突然上から物が落ちてきたりという事故も多発した。
これは何か悪い物が宝石に取り憑いているのではと考えたリティアート当主は、厄介払いするように指輪をエルゲマに渡し、マクリアグロスの屋敷で保管するように命じたという。
暫くは特に不可解な出来事もなかったため、当主からプレゼントされた普通の指輪だと思っていたが、最近になって指輪のあった部屋の荒らしが多発したために、不審に思って当主に相談したところ、曰く付きの宝石であることが発覚した。
エルゲマは壊して破棄することを勧めたが、当主はそれを許さなかった。骨董品好きな当主は、曰く付きの宝石をコレクションの一部として持っていたかったのだろう。しかし身近で事故が起きるのも嫌った当主は、自らが管理できる範囲内で一番自らから遠い、エルゲマの屋敷に置いておくことを選んだのだ。実際、エルゲマの元に宝石を保管させた後も、当主は時折屋敷に来ては宝石を愛でていくという。そのため、勝手に宝石を破棄することも出来ないと。
「なるほど…。それは確かに、宝石に何かはありそうですね。」
「宝石は貴族から譲り受けたと言ってたが、その貴族ってのは誰なんだ?」
話を聞く限り、確かにその宝石が原因で様々なことが起こっていそうだ。宝石に[魔のもの]が取り憑いていると言われても納得できる。
そうなると、今度はそんな曰く付きの宝石を当主に渡したという貴族が何者なのかが気になるところだ。
キュオンがエルゲマに単刀直入で聞く。それに対し、エルゲマは眉間に皺を寄せて、困った表情で言いにくそうに口を開いた。
「それが…、当主にこれを渡した貴族本人は、今はもうお亡くなりになった上に、家自体も没落しています…。」
「何…?」
まさかの情報に、キュオンも怪訝な顔をした。
エルゲマは少し俯いて、慎重に言葉を続ける。
「どうやらその家でも宝石の影響か、事故があったようで…、私の分かる範囲で経緯をお伝えいたします。」