21話:親達からの感謝と協力
教会に一泊させてもらった次の日、エレアスは一度自らの拠点へと戻ることにした。出る時には既にキュオンと司祭は不在だったため、ナテマにだけ挨拶をして教会を後にした。
魔術であれば一瞬だった距離も、転移魔術が使えないエレアスにとっては徒歩2時間の長い道のりだ。
しかし教会の建つ丘の麓にある街で、運良くイオとヴィオの両親が農作物用の馬車を引いているのを見つけ、一緒に帰宅することになった。
「いやぁ、エレアス君にはうちの子が本当にお世話になっちゃって…、どうお礼をしたらいいかと…。」
「いえいえ、いいんです。僕も大したことはできませんでしたから。」
イオとヴィオの両親は二人ともウォリアーホーン種だ。短い1本角の父親と、長めの少しだけ湾曲した2本角の母親。イオとヴィオは二人とも1本角だったから父親似だろうか。それとも、成長したら母親のような長い角になるのだろうか。
エレアスは子供達に勉強を教えてくれる数少ない人物のため、村の大人とは顔見知りだ。人の多い麓の街中だったが、エレアスも彼らも直ぐにお互い気付くことができた。
エレアスが家に帰るところだと言うと、彼らは快く一緒に馬車で村まで帰らないかと誘ってくれた。
「あの日、二人が泣きながら帰ってきたから訳を聞いたら、まさか[魔物]に襲われただなんて。」
「聞いたら、エレアス君も怪我をしたって言ってたけど…。」
「少しかすっただけですよ。心配には及びません。」
農作業用の馬車の荷台部分に乗せてもらう。道中は、あの時のことについての話をした。
2日前の、子供達みんなと[魔物]に襲われた時のことだ。
山からイオとヴィオが走って逃げて来たと思えば、その後ろから黒い獣のような[魔物]が追いかけてきたのだ。
「あの時は、[魔物]退治専門の方が通りがかりに助けてくれたんです。ノフィアス教の方なんですけど。」
「まぁ!あの教会の!それなら良かった。」
二人は、定期的に教会の麓の街に農作物を出荷しているだけあって、ノフィアス教のことは知っているようだった。
あの時は本当にキュオンのお陰でなんとかなったようなものだった。彼が居なかったらどうなっていたのかは分からない。イオとヴィオの身体能力が高かったのもそうだが、奇跡的に切り抜けられたとも言えよう。
「あの子達には山に子供達だけで行かないよう言い聞かせたわ。これで懲りてくれるといいんだけど。」
「僕らが居ない時はお義父さんとお義母さんがちゃんとみててくれるらしいから大丈夫だよ。」
「そうね…。」
2日前は、ただ防御することしかできなかったエレアスだったが、今はティオが一緒にいる。どんなに道具を使って攻撃をしたところで[魔物]を消滅させることはできず、再生能力の高い[魔物]に勝つことはできなかったが、今ならキュオンのように[魔物]に立ち向かうことができる。ティオが、ティオさえいれば。
エレアスは、腕の中でぬいぐるみのように大人しくしているティオをぎゅっと抱きしめた。
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拠点近くまで馬車に乗せて貰った後、イオとヴィオの両親とは別れて帰った。
人見知り故に大人しくしていたティオも、人目がなくなって拠点のすぐ傍になればエレアスの腕を飛び出して、エレアスの周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら一緒に帰路に着いた。
拠点に着けば、大きく割れた窓ガラスが見えた。
(そういえば割れたままだった…。)
去り際に施した窓ガラスへの防御魔術は辛うじて残っていた。少し触れれば割れてしまいそうな程に消耗していたが、なんとか雨風は凌げたようだ。部屋の中も無事だった。しかしずっとこのままにしておく訳にもいかない。早いところ直さなければならない。
(ガラスを直すなら、コリィのお父さんに聞いてみればいいかな…?)
キュオン程の魔術師であれば、割れた破片さえあれば元通りにするような魔術ですぐに直すことができたのだろうが、生憎一般人はそこは専門家に物理的に頼まなければならない。キュオンならば頼み込めば直してくれそうだが、今朝も居なかったくらいだ、エクソシストは忙しそうなので頼み辛い。ガラス職人であるコリィの父親なら、適正な価格を提示すれば正当な仕事として請け負ってくれるだろう。
そう思って、少し拠点で休んだ後にエレアスはコリィの村に向かった。
エレアスの拠点がある村とコリィのいる村は距離が近い。少し歩けば、そうかからずに着いてしまった。
「あら!この間の!」
「よう!またあのぽよぽよ連れてきたのか?」
村に着くなり、エレアスの姿を見た村人が声をかけてくる。泥棒を捕まえてコリィを助けたことで、エレアスは一躍村の英雄となってしまったようだった。もちろん、ティオも同じくして村の人気者のような扱いであった。人見知りのティオは、少し縮こまるようにしてエレアスに抱き抱えられていた。
村人達の声掛けに会釈をしながらコリィの家へと向かう。
「ごめんくださーい!」
「はいよぉ!」
入口から見える工房の奥に向かって声をかける。
大きな物音がしていたので作業中のようだったが、大きく声をかければすぐにコリィの父親が出てきた。
「おお!誰かと思えば恩人様じゃあねぇか!」
顔面を覆うゴーグルを外してエレアス達を見たコリィの父親は、エレアスてティオの姿を見て喜んだ。
「おうおう、娘が世話になったな!結局、あの後は無事に泥棒を連れて行けたか?」
「あ、ああ〜…えっと、なんというか…色々あったんですけど…。」
「おお?」
開口一番、昨日のことを尋ねられる。
この村に来たのは昨日のことだが、村を去った後に様々な出来事があったため、説明することが沢山ある。色々あった昨日だったが、それをどこからどこまで説明すればいいのやら。
「まあいい、丁度手が空いたとこだ。ちょっと寄ってって話を聞かせてくれよ。」
「あ、はい!もちろんです。」
そうして通された工房の椅子に座り、エレアスは昨日の出来事を大まかに説明していった。コリィの父親──名前はアロスというらしい──は、興味深そうに話を聞いてくれた。
交流所から泥棒を引き取ったが、道中で[魔物]や[悪魔]に襲われて泥棒が殺されてしまったこと。教会のエクソシストと呼ばれる人と[神の御使い]に会って来たこと。詳しくは話せないが、あの不思議な生き物がそれに近い存在であったこと。エレアスもエクソシストとしてこの生き物と活動していくつもりだということを話した。
「なるほどな。奴らが石を盗んだ目的が何かは知らねぇし、解決もしてねぇが…、とりあえずそいつはやっぱり[御使い様]ってことだな!」
「うぅ〜…ん、ま、まぁ、そんなとこです…。」
込み入った話であり未解決の部分も多いのため、だいぶ端折ってしまったのもあって、とても雑な説明になってしまった。お陰で少し解釈の違いがあるが、訂正するのも大変なのでそのままにする。
「教会が解決してくれるなら心強い。こっちはお前さん達には大いに協力させてもらうつもりだ。」
「ありがとうございます…!」
元々この村はノフィアス教の信者が多いのもあって、エレアスの話とエクソシストのことはすんなりと受け入れられた。[悪魔信者]の話はしていないが、それらを追っていく上で力になってもらえるのは有難い。
「あの、アロスさん…早速依頼したいことがあるんですけど…。」
「おう!何でも言ってくれ!」
「個人的な困り事なんですが…、」
エレアスは、[魔晶石]泥棒騒動の中で拠点の窓ガラスが割られてしまっていたことを話した。今は魔術をかけ直してきたため問題はないが、このままにしておく訳にもいかないため、なるべく早めに直しておきたい。が、エレアスも直すのに数日はかかるだろうとは予測している。突然の依頼なので、すぐに取り掛かってもらえるとも思っていなかった。
しかし、予想外にもアロスはすぐさま椅子から立ち上がるなり、工具などの荷物を纏めだした。
「なぁに、お安い御用さ。今からでも見に行ってやるよ。」
「いいんですか!?」
「ああ、丁度体が凝り固まってたところだ。散歩がてら見させてくれ。」
「助かります!」
そうしてエレアスはアロスを連れて拠点へと戻った。
道を覚えたのか、ティオはエレアス達の前を誘導するように飛び跳ねていた。その様子を見ながら、二人は2日前のことなどを話した。
「まさか本当に[御使い様]とはなぁ。俺もこの目で見んのは初めてだぜ。」
「あはは…、正確には[御使い様]ではないですけど…それに近い存在というか…。」
正直な話この生き物のことは、[御使い様]と同じように[魔物]を消滅させることができるだけの、[御使い様]とは違う生き物、という事しか分かってはいない。
が、それをしっかりと説明するのは大変であり、何より[御使い様]以外に[魔物]を祓うことができる生き物がいるという、超重要機密事項であるかもしれないので、一般市民向けにはティオは[御使い様]という括りで説明した方がいいかもしれない。
「そういやぁ、この前見た時より大きくなった気がするなぁ?」
アロスがティオを見て、首を傾げて言う。
「そうですか?」
この前、というのはまさにティオに出会った直後のことだ。確かにその時と比べると、少し大きくなった気もするが、気のせいと言われればそうである気もする。
「ああ。あと…手なんか生えてたか?」
「それは昨日生えましたね…。」
「おうおう、成長期ってやつか!ってことは、まだ子供の[御使い様]って訳か!」
「そういうこと…、なんですかね?」
超常的である[御使い様]に幼児期が存在するのかは知らないが、確かにこの二日間でティオは成長した。手が生えたくらいなので、もしかしたら本当に体自体も少し大きくなっているのかもしれない。原因が[魔晶石]の摂取によるものなのか、あるいは本当にただの成長か、それとも元々手は生えている生き物だったのかは分からない。
もし、これが偶然の出来事でなければ、ティオは今後も成長していくのだろうか。成長したとして、今後…どのような存在になるのだろうか。
そんな心配を他所に、畦道を元気に跳ねて進むティオ。そんなティオの後ろ姿を見て、"子供"という表現も確かにしっくりくるかもしれないとエレアスは感じた。