20話:ティオとエレアス
「そっかぁ、本当にエクソシストになったのねぇ。」
司祭の部屋を出た後、エレアスはナテマに連れられて今夜泊まらせてもらう部屋へと向かった。
今日よりエレアスがエクソシストとして活動することとなったことは、先程司祭よりナテマにも説明があった。
あの生き物に手が生えたことについても合わせて説明したが、それでも驚きが隠しきれないのか、その後も色々と質問されてしまった。色々聞いてようやく納得したのか、エレアスとその肩に乗る生き物を見て、ナテマがしみじみと言う。
キュオンを見ていれば分かることだが、エクソシストというのは非常に危険な仕事であり、マナが豊富で優秀な魔術師かつ武芸に長けたの中でも[神の御使い様]に選ばれた者にしかなれない。もちろん、[神の御使い様]に選ばれそのお力を与えられるには、その主たる[唯一神様]を信仰し、司教と共に祈らなければならない。
それを、教団のことを今日知ったばかりの少年が突然エクソシストに就任したというのだ。驚くのも無理は無い。
「まぁ...、正式には外部協力のエクソシスト見習いですけど...。」
「ああ、おじいが言ってたわねぇ。教団に入るって訳じゃぁないのよね。」
おじい、というのは司祭のことだろう。
宗教を信じないというエレアスの事情を汲んでくれたのか、外部の協力者ということにしてのエクソシスト見習いである。そう、これは特例中の特例であり、エクソシストになるための正式な手順を全てすっ飛ばしてのことである。本来ならばナテマやキュオンのように、シスターやエクソシストとして教団に属すことになる。
ふむ、と頷くナテマ。
教団に入らないエレアスに、教会のシスターとして思うことがあるのだろうか。
「まぁ確かに...教団に入るってなったら、お祈りしたり経典覚えさせられたり...、装飾品についての規定を守らなくちゃならないし...、面倒よねぇ。」
神への信仰心について問われるかと思えば、仮にもシスターからそんなことを言われるとは思っておらず、エレアスは一瞬固まる。が、そういえば昼に礼拝堂に来た時から、このシスターはこんな感じであったのを思い出す。
この人こそ何故シスターになったのか気になる所ではあるが、それよりも引っかかる話があった。
「...装飾品?」
「そうよぉ。服装規定はないけど、貴金属類に関してはかなり細かくあるわ。金や黄鉄鉱、青銅とか色のある金属はいいけどそれ以外は許可された物以外ダメだったり。」
「色のある金属...?」
この宗教の教えは[悪魔]を倒すことだけだと聞いていたが、やはりそれ以外にも教えがあったようだ。
しかも、こういった宗教ではありがちな、理不尽極まりないルールのようだ。
装飾品と聞いて、ナテマの姿を見る。
胸元が開いた上にスリットまで入った紺色のワンピースにヴェール。それから角を飾るアクセサリーやワンピースの装飾はほとんどが金色だ。
そういえば、キュオンや司祭の服の装飾も金色だったと思い出す。それらは全てこの宗教のルールに基いたものだったようだ。
しかしながら、色のある金属は良くてそれ以外はダメという理由が分からない。
「そうそう、それに宝石なんて規定が細かすぎて、許可が降りないと全てダメなのよ。ま、ほとんど場合は許可がすぐ降りるからいいけどぉ...、基本的には皆[魔晶石]を身につけてるわ。」
そして金属以外に宝石もその対象となるらしい。しかも金属よりも厳しいルールときた。
確かに、ナテマの指輪も司祭とキュオンのロザリオにも[魔晶石]が嵌め込まれているが、これらにはどう言った理由があるのだろうか。
「何故です?」
「なぜもどうしても...、経典にそう書かれているからよぉ。それらを身に付けていると...、えーっと、なんだっけ...、...何かが起きるらしいの。」
「......。」
聞いたはいいが、ナテマは経典をそこまで読み込んでいないと言っていた通り、ルールについては知っていてもその理由についてはうろ覚えらしい。
何かが起きる...のは気になるため、またの機会に司祭に聞いてみることにするが、「神がそう決められたため、破れば天罰が下る。」などと身も蓋もない規則だったら、ますます宗教に対する不信感が募りそうだ。
「そうだったんですね...。」
「あっ、でもこれは教会内で常に過ごしている教団員だけ。礼拝に来るだけの教徒にはそこまで厳しくはないし、エレアスくんは大丈夫なはずよぉ。」
つまり、教会敷地内に色のない金属と宝石は基本的には持ち込み禁止ということだ。そもそも宝石など身に付けていないエレアスにとってはそこは問題ないが、金属まで指定があるとなると少々面倒だ。外部の人間ということで許されはしそうだが、後々トラブルになりかねない。
幸いにも、この地域──特に隣町のフリソヒオにある鉱山──では金が大量に採掘されているため、日用品や服飾に使われる金属は金が多い。余程のことが無い限りは大丈夫そうだが、覚えておいて損は無い。
「そういえば、ナテマさんはどうしてここのシスターとして働いているんですか?」
そしてもう1つ気になっていたこと。
それを聞くと、ナテマはきょとりと目を見開いた。
「...やっぱりシスターらしくないわよねぇ。」
「あ、いや、そういう訳......もありますね...。
と、いうより...服装や装飾品とか自由にしたくはないんですか?」
流石にそれは思ったことなので正直に言ってしまうが、シスターらしくないというよりは、自由に振る舞いたい人間が何故シスターというお堅い職業をしているのか、だ。
「まぁそうねぇ...。私がここでシスターをしてるのは、私がここの孤児院で育ったからよ。」
「孤児院...。」
単なる田舎の教会にしては敷地が広く建物も多いと思っていたが、ここには礼拝堂以外の施設も多くあるようだ。丘の上に建つ教会に辿り着くまでに登ってきた階段でも、様々な人間や子供達が行き交っていたことも思い出す。あの子供達は、もしかしたらここの孤児院の子達だったのかもしれない。
不作による飢餓や疫病、事故や強盗殺人の他にも[魔物]や[悪魔]による被害により、田舎では親を亡くす子供は多い。エレアスもその1人ではあるのだが、1人で生きているエレアスを誰も不思議に思わないのは、このご時世では単純に良くあることで済まされるからだ。
しかし1人で生きていける強い者もいれば、当然それが難しい者もいる。むしろ子供はそれが普通なのだから、こうした孤児院があることは重要なのだ。
「だから成り行きでって訳でもないんだけどぉ...。まあ、今の生活には満足しているからいいのよ。」
「そうだったんですね。」
自らを育ててくれた施設に恩を返したい、そう想うことは自然だ。例えそれが謎の神を崇める宗教団体だったとしても。
「さ、今日はこの部屋を使ってちょうだい。」
「ありがとうございます。」
話しているうちに目的地に着いたようだ。
来客用の宿泊室のような場所に通される。
教会のことは、きっとこの先協力関係でいる限り、嫌でも色々と知っていくことになりそうだ。もしくは、この教会と教団の現状等について少し調べてみるのも良いかもしれない。[悪魔]を倒すために有用な情報も手に入る可能性がある。
「っと、...そんな感じよぉ。夕食は後で届けに来るわ。」
「何から何まですみません。」
「あら、いいのよ。必要ならまた明日教会の案内はするわよぉ。」
軽く部屋の説明を受けた所で、ナテマとは一度別れた。
部屋にあるベッドの端に座れば、生き物は肩を降りて部屋の中をぴょんぴょんと跳ね回る。それをぼーっと眺めていれば、昨日に引き続き酷使された身体に一気に疲れが押し寄せた。
考えてみれば、この生き物と行動を共にしてからまだそれ程も経っていないというのに、起きた出来事は数しれず、あっという間の二日間だった。
まさか、自分がエクソシストになるどころか、宗教団体と手を組むことになるとは、昨日の朝の自分は微塵も思っていなかっただろう。
それ程までに、この生き物との出会いは自分の運命をも変えてしまうような、大きなものだったということ。恐らく、これからはこの子を中心として更に様々なことが起こることだろう。
この子が本当にどういった存在なのか、この先どのようになっていくのかは未だ分からない。しかし、この子のお陰で、エレアスの目標である"家族を殺した[悪魔]への復讐"の達成には、大きな一歩を踏み出したと言えよう。
この子は、エレアスにとっての"希望"となるのだ。
「名前...、か。」
キュオンの言葉を思い出す。
これから復讐という大きな旅路をこの子と歩んでいくのだ、いつまでも適当な名前で呼ぶのも可哀想だ。しっかりとした呼び名を与えてあげるべきだろう。
かっこよくて仰々しい名前もいいが、どうせなら親しみやすく呼びやすい名前にしたいものだ。
「うーん...、どんな名前がいいかな...。」
床を跳ねていた生き物がこちらを向く。
名前について意見を聞こうとするが、こちらの話を分かっているのか分かっていないのか、生き物はエレアスの方を向きながらぴこぴこと手を動かすだけだった。本人からの意見は聞けそうにない。
仕方がない、とエレアスはしばらくの間考えに考え続け、ようやく一つの候補を思い至った。
「...それじゃあ、こんなのはどうかな?」
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「もう帰るのぉ?」
「あ、はい...。一昨日家を出てきたまま放置しちゃってて...。」
「それは...確かに帰った方が良さそうねぇ。」
次の日の朝、ドアをノックする音とナテマの声で目が覚めたエレアスは、自分がいつの間にかそのままベッドで寝てしまったことに気が付いた。
ナテマの話では、昨夜夕飯を届けに来た時には既に寝落ちしていたらしい。ドアの鍵を閉めるのすら忘れて、ベッドでスヤスヤと眠っていたという。起こすのも悪いと思ってそのまま寝かせてくれたらしいのだが、エレアスはそれを聞いて必死で謝った。
「それだけ疲れてたってことよ。お疲れ様。」とナテマが笑って許してくれたことに感謝しつつ、確かに尋常じゃない疲れで意識を失うように眠ってしまったので、最早仕方の無いことと思うことにする。
昨日の代わりに、と朝食までご馳走になったところで、ナテマがあらためて教会の案内をしようかと申し出てくれたが、上記のこともあり、それはまた次の機会にということになった。
「お世話になりました。今度はちゃんと仕事として来ます。」
「そうね。頼もしい限りだわぁ。...あら、もちろん貴方もね。」
そう言ってエレアスの足元で飛び跳ねる生き物を見る。この子のお陰でエレアスは[悪魔]に立ち向かうことができるのだ。本当に頼もしいのはむしろこの子の方である。
「貴方もエレアスくんと帰るの?本当に随分と懐てるわねぇ。」
本当にその通りだ。確かに木箱から出られなくなっているのを助けはしたが、ここまで懐かれるとは。
小鴨が初めて見た者を親だと思って付いていくような、そんな刷り込みに近いものなのだろうか。
「そうだ、名前決めたんですよ。」
「あら、もふもふちゃん...とかじゃなかったっけ?」
そういえば、と昨日決めた名前を早速発表することにした。
「もちもちちゃんですね...それはコリィが呼んでる愛称ですが。」
「違うの?」
「それもいいんですが、ちゃんとした名前も必要かと思って。」
「そうねぇ。そんな可愛い名前だと、本当に[御使い様]だとしたら飛んだ失礼だものね。」
そう言われると、確かにその通りだ。まぁ、本人が気にしていない様子だから問題はないのだろうが、でもいざ[悪魔]と戦うとなった時にいちいち"もちもちちゃん"などと呼んでる暇はない。
もっと呼びやすく、それでいてかっこよく。
「ティオ!一緒に帰ろう!」
ティオ、と呼ばれた生き物はエレアスの言葉に気が付くと、一気にぴょんっと跳ね上がり、エレアスの肩へと落ち着いた。嬉しかったのか、エレアスの頬に擦り寄ってくるのが愛らしい。
「あらいいじゃない。」
生き物も名前を気に入ってくれたのか、昨日の夜に提案した時から、嬉しそうにしていたのだ。
その様子を見たナテマも、微笑ましく二人を見るのだった。




