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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第一章:幾星霜の密謀の果ての萌芽と嚆矢
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1話:科学と魔術






「にいちゃん!」



───遠くで、声が聞こえる。

期待と尊敬を含んだ声。きらきらした眼で発せられるそれは、あの頃の自分と重なる。兄の後ろをついて回っては、兄に色んな話をせがんだあの頃。


「…にいちゃん!」


そうやって何度も呼んでは、研究で忙しかった兄を困らせた。けれども、いつでも兄は笑って応えてくれた。エレアス、と優しく呼んでくれた。


「──エレアスにいちゃん!!」

「ぅわっ!!?」


自らの名前を大声で呼ばれて、意識がはっきりとする。声のした方を見れば、(よわい)10にも満たない程の子供たちがこちらを覗き込んでいた。


「おひるねするには早いんじゃない?」

「あ、あはは……ごめん、モネ。昨日は上手く寝られなくてさ…」


自分よりも歳下の子に(なじ)られて、思わず苦笑いをした少年──エレアスは、背もたれにしていた大きな木の幹から身を起こして、木の根元に手をついて立ち上がる。

小さい子たちよりは幾らか背は大きいが、大人に比べればまだまだガキだと言われるだろう。

ズボンについた土を払うと、心地よい風が木々を揺らした。先程までの眠気は、もう何処かへ行ってしまった。


「いい天気だね。今日の授業は何にしようか。」

「おれ!この前川でやった水が七色に光るやつまた見たい!」


きらきらした眼でこちらを見るゼールは今日も絶好調に声が大きい。

水が七色に光るのは、きっと以前川で授業した際に、水飛沫で見えた虹のことを言っているのだろう。たしかにあれは天気のいい今日ならまた見れるだろう。それにとっても綺麗だったからゼールがまた見たがるのも頷ける。しかしながら、今日は川に行くことは許可できない。


「うーん、この前の大雨で川が増水してるだろうから、今日はちょっと危ないかな……また今度行こう。」

「ちぇ〜」


口を尖らせて残念がるゼール。一方しっかり者のモネは、川以外の授業で何がいいか真剣に考えてる。しかし、なかなか思いつかないのだろう、暫くうんうんと唸っていた。モネの後ろに隠れているフィロはキョトンとしている。まだ小さいから難しい授業は理解できないかもしれない。

と、子供たちを見回したことで、ふと気付く。


「あれ?イオとヴィオは?」

「今日はうらの森で遊んでくるって言ってたよ」

「そっか、じゃあ今日は3人だね」


やんちゃな双子は今日は授業に来ないようだ。授業、と言ってもエレアスが個人的に子供たちに色々教えているだけなので、人数も場所も時間もその時々で違う。

今日は天気もいいので、空を見て雲の動きでも観察してみようか。


「それじゃあみんな、雲には沢山の種類があることを知っているかな?」

「くも?お空の白いふわふわしたやつ?」

「そう!」


エレアスが行う授業の内容は、読み書きや簡単な計算。そして…科学という学問だ。

なぜエレアスが子供たちに授業をしているのかと言うと、単純に教えれる人間が他に居ないからである。


「雲には色々あって、薄い雲から、斑点みたいな雲、雨を降らせるものまであるんだよ。それから───……」


ここ、マクリアグロスと呼ばれるこの地域は都心からずいぶんと離れた田舎町であり、あまり裕福ではない農民の家が多いため、学校がないのである。

マクリアグロスの中心地に行けば、学校とはいかずとも大人たちが有志で教えていたりするのだが、田舎町の中でも更に田舎のこの村では、子供に教育ができる大人が居ないのだ。


「すっげー!!!やっぱにいちゃんは、物知りだな!」

「こんなこと、他の大人も知らないよ」

「そうだね、この村ではそこまで知ってる人は少ないかも」


科学という学問は、この村──いや、この国ではほとんど浸透していない。伝統的な生活を送るこの国の民は、科学というものにあまり興味がない上に、科学が無くても生きていく術があるから、科学という知識が必要ないのだ。


「あのくもってやつも、まじゅつで作れたりする?」

「うーん……そうだね、できる人もいるかも。」


この国では魔術という学問の方が主流であり、人々はそれに依存した生活を送っている。しかし全員が魔術を使える訳ではなく、魔術を使うためのエネルギーであるマナを、ある程度豊富に持った人間にしか使うことはできない。


「にいちゃんもできる?」

「僕はちょっとした防御魔術しか使えないんだ。」


魔術が使える人間は大抵が、防御魔術に加えて火や水、風の魔術などの基礎的な魔術は扱うことができる。しかしどんな種類の魔術がより得意なのかは、その人の性質次第。どの規模の魔術が使えるかは、体内に保有するマナの量次第だ。そのため性質とマナの保有量によっては一部の魔術しか使えない人間もいた。

エレアスは、小規模の防御魔術しか使えない分を補うように、科学の知識を身につけてきた。例えば魔術がなくても火を簡単に付ける方法や、薬品の調合や合成など。


「私にもできるかしら。」

「魔術は10歳くらいで発現するみたいだから、もう少しで分かるかもね。」

「できなかったらどうしよう…」

「それなら、僕みたいに科学を学べばいいよ。」


しかしながら、魔術が不得意な人間であっても、エレアスのように科学を学ぶ人間は他にいなかった。魔術ができずとも、他にも奇跡を起こせる方法があるため、終にこの国で科学が発展することはなかったのだ。

…そして何より、この国には科学をよく思わない奴らがいるのだ。

一瞬脳裏に()ぎったその姿に、エレアスは顔を(しか)めた。


「じゃあやっぱり、にいちゃんはすごいんだな!」


ゼールの屈託のない笑顔に、思考を逸らしかけた意識を戻された。いけない、今は授業の時間なのだ。

エレアスは落ち着いた声でそれに答える。


「ふふ、僕じゃなくて、僕の兄さんが凄いんだよ。この学問はね、僕の兄さんが───」


と、その時だった。


ガサガサガサァッ!という音と共に響いた、耳を(つんざ)くような子供の悲鳴。ゼールとモネはわっと声を上げて驚き、フィロは小さく声を上げるとモネにしがみついた。エレアスは音の方に目を向けて、そっと息を飲んだ。

裏の森の方からだ。


「っぅわぁぁあっ!!!」

「ぃやぁああ!!!」


子供の声と足音が段々と近付いてくる。何かに追われているような、そんな緊迫した声。

森の入口にあるこの場所は、森を行き来する人は必ず通るような所である。もしかしたらこの場所に来るかもしれない。エレアスは、その場にいる子供たちを自らの後ろに下がらせて、辺りの様子に注視する。4人のいる場所は開けてはいるが、逆に言うと障害物となる物が何も無い。何かあれば、逃げるのは難しい。


───グォオオオオッ!!!


獣のような声が響き渡った。どうやらかなり近いようだ。


「逃げてっっ!!!」


エレアスが後ろにいる子供たちにそう言うと、3人は奥の茂みの方へと走っていった。それを視界の端で確認し、再び森の方へと目を向ける。

足音が、大きくなる。


(来る……!)


その時、悲鳴と共に森から飛び出してきたのは、2人の子供だった。


「「きゃぁぁぁあああ!!!」」

「……っイオ!?ヴィオ!?!?」


見覚えのある双子に、エレアスは目を見開く。

なぜ2人が。いや、たしかに裏の森に行くとは聞いていたが。一体何があったのか。


「っ、エレアスにいちゃん!」

「助けて!!!」


こちらに気付いた2人は、エレアス目掛けて走ってくる。もちろん、エレアスも2人の方へと駆け寄った。


が、


見えてしまった。

2人の後ろから追いかけてくる黒い影が。

背筋が凍りつくような、恐ろしい黒い影が。


「2人ともっ!!こっちに!!!」


もの凄い勢いで近付いてくる黒い影は、まるで大きな狼のような獣だった。でもそれは単なる獣というには、あまりにも禍々しく、あまりにも(おぞ)ましかった。

狭い森の獣道を抜けて広場に出た瞬間、その獣は大きく飛び上がって、こちらに目掛けて襲ってきた。


「……っ、シールド!!!」


バチィッッッ!!!


イオとヴィオを受け止めると同時に、魔術で防御壁を張る。黒い獣はそれに触れた瞬間、衝撃波によって跳ね返されるように後ろへ飛ばされた。


「……っ!!」


パリンッと防御壁が砕け散った。

間一髪だった。もう少し防御壁を張るのが遅かったら、あの鋭い爪と牙の餌食になっていただろう。


「ガルルルルルルッ……」


獣はすぐに身を起こして、またも臨戦態勢に入る。明らかにこちら──というより、後ろの双子に敵意がある様だ。しかし幼い2人にはこの獣をどうにかすることはできない。僕が……、僕が守らなくてはならない。


「グォォオオオッッ!!!!」


黒い獣が遠吠えをするかのように叫ぶと、獣の周りに漂っていた黒いモヤが1つに纏まって、そのまま槍のようになってエレアスと双子に目掛けて飛んできた。


「ッシールド!!!」


新しく防御壁を張って、なんとかそれも耐える。しかし、またも攻撃によって砕けてしまう。

攻撃が防がれたのを見て、獣は同じように槍を飛ばしてくる。それに対してもう一度防御壁を張るも、また崩れ落ちた。


(このままじゃ……)


防御壁で防ぐことはできても、獣にダメージは入っていない。それに、防御壁を張るにも、今のエレアスの力では一度に1枚の壁を出すのが精一杯だ。

しかし、防いでいるだけでは埒が明かない。獣は諦める訳でもないし、このままではこちらが不利なだけだ。

とはいえ、手持ちの道具はほとんどなく、この場で何か反撃できるような手立てがある訳でもない。


「「にいちゃんっ…!」」


後ろにいる双子が、涙声でエレアスを呼んだ。


「……くっ、」


その瞬間、目の前に張っていた防御壁がまた1つ、黒い槍によって砕かれた。再び壁を張り直そうとするが、魔術を使うためのマナが枯渇してきているのが感覚で分かった。呼吸が整わない。

後ろにいる双子が、エレアスの服をギュッと握りしめた。


「ガァァァァアッッッ」


バリンッとまたも防御壁が破られる。次の防御壁を張ろうとするが、遂にすぐに出すことが出来なくなって、エレアスの腕を掠めていった。致命傷になる前になんとか防御壁は繰り出せたが、それもまた砕け散っていく。


(これ以上は……!)


腕に鋭い痛みが走る。掠めたと言っても、黒いモヤで出来た槍だ。肉を抉るようにして当たったそれは、皮膚を容易に切り裂いた。

エレアスの変化に気付いたのか、獣はその場から飛び上がって、その凶悪な牙でとどめを刺すべく襲いかかってきた。


「……っっっ!!!」


もう防御壁は出せない。

エレアスは子供たちを守るべく、地面を強く踏み込んで、切り裂かれた腕に滴る血をそのままに、黒い獣を前に立ち塞がった。


と、その刹那、


───ヒュオッッ


「!」


瞬きの間もない程の一瞬、空を斬る音が聞こえた。

けれども速すぎて、何が起きたのか理解が出来なかった。


「…グォ……ッ」


それと同時に、目の前の獣が半分になる。

かと思えば、その身体はあれよあれよと灰のように粉々になり、そのまま霧散していった。あまりにもあっという間の出来事だった。

呆気にとられて、その光景を口を開けながら見ていると、低くてよく通る声がエレアスの意識を引き戻した。



「危ないところだったな…。ガキ共、怪我ぁないか?」



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