18話:[魔]を祓う力
「おお……、」
司祭から感嘆の声が上がる。
取り込み終わると、生き物は触手を元の小さなサイズへと縮小させる。そこには[魔晶石]はきれいさっぱりない。
それを見たキュオンは納得したような表情で、司祭に向き直る。
「この生物は…、[御使い]と同じく[魔物]を消滅させることはできるようだが…、[御使い]と違って[魔晶石]を食う。」
「ううむ…そのようだ……。」
司祭は訝しげに生き物の方を見やるが、その視線に恐怖や敵意はない。むしろ、畏れ多き存在を見るようなものだった。
「ふむ…、たしかに[魔のもの]を討ち滅ぼす力は…[唯一神様]のお力だ…。だが…、そうか[魔晶石]を…。」
この力は、現状では教会の言う[神の御使い]にしか使うことができないとされている。それと同じ力ということは、この生き物もそれと同じものという扱いになるのだろうか。見た事のない生き物の正体が気になってこの教会へと辿り着いた訳だが、まさか本当に教会と関係がありそうな生き物であったとは。
しかしやはり司祭も、石を食べるという点は引っかかるようだ。[悪魔信者]に[魔晶石]を盗られないように対策をしている横で、この生き物が一部の[魔晶石]を食べてしまっていた訳なのだから。
「すみません…最初に言わなくて…。」
「いや、いいんだ。それより、ここへ連れて来たことに感謝しよう。」
エレアスはいくつかの[魔晶石]を食べさせてしまったことを咎められるかと覚悟をしたが、案外そこは問題なかったようだ。それよりも"[魔物]を消滅させる存在"であることの方が重要そうだ。
司祭の態度を見るに、教会はこの生き物を迎え入れるつもりかもしれない。おそらく、[神の御使い]として。
「…この子はやはり…"そういう存在"…なんですか?」
「……。
…エレアスくん、この子とは…どのようにして行動を共にするようになったのかね?」
恐る恐るエレアスが聞けば、司祭は少しの沈黙の後、目を細め、肯定も否定もせずに逆にエレアスへと質問を投げかけた。
「えっと…、昨日コリィの村に行った時に、開けた木箱の中から出てきて…、それでそのまま懐かれてしまい……。」
「外で偶然出会った、と…?」
「はい…。」
エレアスは昨日の出来事の一部始終をそのまま話す。すると、司祭は驚いたような声でエレアスに確認する。どうやら司祭にとっては予想外の答えだったようだ。つまり、他の[神の御使い様]とはそのような出会い方は出来ないらしい。
「あ、あの…通常[御使い様]ってどのような形で人間と契約…?、…姿を現すのですか?」
「儀式だな。大聖堂にいる司教の所でやる。」
「司教って、教会の偉い人…でしたっけ?」
その儀式とやらの経験者であろうキュオンが答える。
ただし、簡単にできるような儀式ではないようだ。教会の内情に詳しくないエレアスではであるが、大聖堂と言うとこの教会よりも遥かに規模の大きい場所であることは分かる。そんな場所で行う儀式でしか契約を結べないらしい。
「そうだ。教皇様を最高位として、その次の位に司教様方がおられる。その司教様が直々に[唯一神様]に使いを降ろしていただくよう祈られるのだ。」
少し失礼な質問であったが、司祭は怒ることなく補足説明をしてくれた。司教は教団において2番目に偉い人物のようだ。話しぶりから数人は居そうだ。
司祭は説明を続ける。
「そしてマナを豊富に持つ者…、その者の資質とマナが契約するに値するとなれば、[御使い様]は降臨なさる。」
「なるほど…。」
大聖堂という大きな場所で、教団の中でも2番目に偉い人物が祈り、尚且つ契約者本人にも素質がないと[御使い様]は現れない、ということだ。かなり難しく限られた条件だが、神の使いというからにはそれだけ貴重な存在であり、契約はそう簡単に出来るものではないらしい。
つまり、道端でそんな存在と偶然に出会うことなどまず有り得ない、と。
この生き物は[神の御使い]と同じ力を持つが、教会側としては決して同じ存在ではないと、[神の御使い]として認める訳にはいかない。あるいは、[唯一神]から使わされた存在でないものでも、[魔物]を打ち払う力を持つ可能性があることが示されたのだ。
教会側にとっては、良くも悪くもイレギュラーな存在として、注視しなくてはならない。
「まぁ、こいつが本当に神によって使わされた存在なのかは不明だが…、こちらにとって有益であることに間違いはない。」
エレアスと司祭が考え込むのを見て、キュオンはさらりとそう言ってのけた。
確かに、[神の御使い]でなかったとしても、[悪魔]を倒すというそもそもの教団の目的に、この子は大きく貢献することが出来る。同時に、それはエレアスの目的とも一致する。
この力があれば、[悪魔]を滅ぼすことが出来る。
「そうだな…。キュオンの言う通りだ。その力は、我々が経典の教えを達成するには必要な力だ。」
司祭がゆっくりと顔を上げる。
徐に見たのは、部屋の壁に設けられた窪み──ニッチに祀られた[唯一神]の小さな像と、教団のシンボルマークのようなもの。
この教団の全容を把握すること出来ないが、今日だけでも、司祭にシスター、そしてエクソシストの話から分かったことがある。
この教団は、まさしく[悪魔]討伐のためにある組織だということだ。その為に出来ることは、経典の教えに反していない限りは何だってするし、全てを活用するのだろう。例え[魔晶石]を食べてしまうとしても、それは[悪魔]を倒す能力の前では、必要経費ということのようだ。
「この子を…引き取るつもりですか?」
司祭がエレアスと、エレアスの肩に乗る生き物の両者を見る。そしてその問いに、ゆっくりと頷いた。
「うむ…、是非そうしたい。」
「……。」
そうなるだろうとは、この生き物が[魔物]を消滅させた後から何となく予想していた。[神の御使い]にしか出来ないことが出来る得体の知れない生き物を、教会の人間が放って置く訳がない。
そしてそれはエレアスにとっても同じことだった。
[悪魔]への復讐を誓ったものの、マナの量が少なく防御魔術しか使えないエレアスは、[悪魔]への対抗策を探してあらゆる方法を探ってきた。しかし、自ら培ってきた科学という学問を元にした攻撃方法は、[魔物]に対してダメージこそ与えたとしても完全に消滅させることは出来ない。そんな中で、エレアスに友好的かつ[魔物]を消滅させることの出来る生き物の存在は、何者にも変え難い。
教会でこの生き物を引き取りたいという申し出に、エレアスは言葉を詰まらせる。
教会と目的は同じだ。だが、それでは自ら[悪魔]に復讐するという目標に近付く術が失われる。エレアス一人の力では、今はどうすることも出来ない。
だがそれ以上に、自分を慕ってくれ、助けてくれたこの生き物との別れは寂しかった。一緒に行動したのはごく短い間だというのに、それ程一緒にいた時間は非常に濃いものであった。
しかし断るにしても、教団を敵に回すことはしたくない。[御使い様]と同じ力を持つ生き物を占有する少年を、教団は放っておいてくれるだろうか。
エレアスは考える。何かいい方法はないかと。
しかしエレアスの返事を聞く前に、司祭は口を開いた。
「だがその前に…、エレアスくん。
君も、エクソシストになってみてはどうかね?」
「……へっ?」
全く思ってもみなかった提案に、エレアスは素っ頓狂な声を上げた。
(僕が、エクソシストに…?)
しかしエクソシストとは、豊富なマナを持つ優秀な魔術師の中でも、[唯一神]への祈りを通じて[神の御使い]との契約に成功した者にしかなれないという話だ。
マナも少なく神への信仰心もないエレアスがなれるものではない。ましてや、今更ノフィアス教の一信者として入信するつもりもない。何より、神に祈る行為など二度としたくなかった。
「あの…失礼かもしれないですが、僕は信仰心とかがある訳ではなくて…、」
これまで良くしてくれた宗教団体のリーダーのような人物に、真正面から神を否定するつもりはないが、これだけは言っておかねば、と勇気を持ってそう伝える。
どう言っても気を悪くすると思っていたが、意外にも司祭は微笑んで答えた。
「いや、よいよい、改宗しろとは言わんよ。」
「……?」
「ただ、教会の協力者として、その子と共に[魔のもの]を祓う為の力添えを願いたい。」
「それって…、」
エレアスがどうすべきかと考えていた形の"答え"がそこにあった。
この生き物と一緒に、[魔物]を、そして[悪魔]を倒していく。そしてそこには、同じ目的を持った大きな団体の協力がある。それはまさしく、エレアスにとっては願ってもない状況であった。
「…悪くないんじゃねぇか?」
「まぁ、活動形態としての表面上はエクソシストになるが…、他のエクソシストと同じように[神の御使い様]と契約する必要はない。」
キュオンも司祭の考えには賛同するようだ。先程の[悪魔]との戦闘を考えるに、力になると判断したのだろう。
そのためには、正式はエクソシストでなくても良いというスタンスらしい。
そして司祭はにっこりと笑って言う。
「君は、既にその子と"契約している"ようなものだ。…そうだろう?」
「……!」
エレアスと生き物の関係をそう表した司祭に、エレアスはハッとさせられた。
エクソシストが[神の御使い]と契約して行動を共にするように、エレアスもこの不思議な生き物と行動を共にする。神への祈りやマナや資質も関係ない"契約"は、エレアスの中の殻を一つ破り、そして新たな活路を見出した。
エレアスは期待に胸を膨らませて、すぐ顔の横にいる生き物の方を見た。
「エクソシスト…、僕が、君と一緒に…。」
当の生き物の方は何のことかは分かっていないようだが、エレアスの表情が明るくなったのを見て、その手をエレアスの頬に伸ばした。
「ふふっ、擽ったいよ。」
そう笑うエレアスは、今だけは辛い過去を背負ってきた少年とは思えない、その見た目相応の無邪気な笑顔を見せていた。
それを見た司祭も、安堵の溜息を付いて少し苦笑いした。
「その様子では、君の言うことしか聞きそうにないしな。それに…その子を君と離すには心苦しい。」
「ま、これから忙しくなりそうだからな。人手は要るに越したことはねぇ。」
うんうんと頷くキュオン。
新たな後輩エクソシストの誕生に、これでも喜んではいるようだ。ならば、と司祭は空かさず決める。
「そうか、ならエレアスくんの指導はキュオンに頼もう。」
「は………?」
一瞬で面倒事を押し付けられたキュオンは、案の定眉間に皺を寄せて司祭に目で訴えるも、司祭は素知らぬ顔で笑うだけだった。