16話:予期せぬ成長
一息に飲み込まれた木片は、あっという間に生き物の中に吸収されてしまい、跡形もなく消えてしまった。
「えっ、ちょ、ちょっと、それも食べるの!?」
「お、おい、大丈夫なのか?んな訳の分からん物食って…」
慌てふためく2人とは他所に、生き物は何事も無かったかのようにキュオンの肩を飛び降り、そのままぴょんっと跳ねたかと思うと、[悪魔]が落とした大きな[魔晶石]目掛けて一目散に突っ込んでいった。
エレアスが生き物の目的に気が付いて、急いで静止を呼びかける。しかし人間の言葉を分かっているのかいないのか、不思議な生き物にはエレアスの声は届かなかった。
「あっ!待ってそれは…っ、」
どぷんっ!!
大きな結晶が一瞬で飲み込まれていった。
金色の体は石を消化するためなのか、大きく波打っている。きっともう、先程の木片も消化されていることだろう。
「ま、[魔晶石]を、食った……?」
一部始終を見ていたキュオンが、信じられないものを見る目で、あの生き物を見ていた。それもそうだ。エレアスだって初めて生き物が石を食べているのを見て驚いたのだから。[魔晶石]を食べる生物だなんて聞いたことがない。
「雑食にも程があるだろ……。もしかして、他の奴らの石も食ったのか?」
倒した[魔物]の数は両手では足りない程だ。しかし、本来消滅の際に落とすはずの[魔晶石]は一つも落ちていなかった。
「あ、あの、これは…、」
価値が低い石とはいえ、教会はそれらを集めて配っているのだから、ある意味その手柄をこの生き物に奪われたとも言えよう。それに今回は、価値がありそうな大きな石だ。しかも、[悪魔]から得られたものであり、普段は[魔物]が居ないはずの森から複数体襲いかかってきたことなど、調査する必要性がありそうな事件であった。その調査の手掛かりとなる重要物を2つも失ってしまったのだ。食べた方も食べた方で、得体の知れない生き物が[魔物]から生成された物質を取り込むだなんて警戒すべき事件以外のなにものでもない。
場合によっては[神の御使い]かどうか以前に、危険生物として討伐の対象にならないたまろうか。
エレアスは生き物を庇うかのように、キュオンの前に立ちはだかった。
「あの、この子は[魔物]とは違って、危害になるようなことは…しなくて、えっと…、」
しどろもどろになりながらも弁明するエレアス。
こんな状況になるなら、先に[魔晶石]を食べる生き物だと説明しておけばよかった。いや、それではそもそもエクソシストと行動を共にすることも許されなかったかもしれない。
必死に説明しようとするエレアスを他所に、キュオンはいつも通りのテンションで首を横に振った。
「いい、わかってる。これも反応してない。」
そう言ってロザリオを見せるキュオン。嵌め込まれている[魔晶石]は通常通り淡く輝いているだけだった。
(よかった…。)
とりあえず、[魔物]だと判断されてはいなかったようだ。
だが、調査の対象にはなり得るだろう。このまま石を食べ続ければ、どんな影響があるか分からない。
エレアスは生き物を抱き抱えようとして、後ろを振り返った。
「!?…どうしたの!?」
生き物は一際身を縮めて小さくなっており、ぶるぶると震えていた。それは今までにない動きで、やはり食べたものが良くなかったのだろうかと、エレアスは心配した。抱えるために手を伸ばし、生き物に触れようとした。
……メキョッ、
「へっ?」
突然、生き物の丸い体が大きく歪んで、左右に伸びる形で変形した。そこからそれぞれにょきっと触手のようなものが生えたかと思えば、それはすぐに縮んでいき、小さな手みたいな突起になって、丸い体の左右からちょこんと飛び出した。
エレアスもキュオンも、ごくりと唾を飲み込んでそれを見守ったが、当の本人は生えた手のような突起をぴこぴこと動かすと、満足そうにその場を飛び跳ねた。
「せ、成長……した?」
正確に何が起こったのかは分からなかったが、エレアスが考えうる限りの中から思ったのはそれだった。
その時、キュオンが叫んだ。
「後ろから来てる!!」
ばっと振り返れば、後ろの方から来ていたのは、先程防御壁や爆破で気絶していた小型の[魔物]達だった。オーリの攻撃から逃れたもの達が複数体おり、ダメージが回復したため襲いかかってきたようだ。一匹ずつではやられると学んだのか、はたまた単純に再起するタイミングが同じだったのか、その複数体が一斉に突っ込んでくる。
「……懲りねぇなっ!」
キュオンが凄い速さで目の前の数体を斬る。振り向いてさらに数匹を斬った。それでもなお[魔物]の数が多く、キュオン1人では捌ききれない。取りこぼした2体がエレアスめがけて突っ込んでくる。
近すぎて爆破するのは難しい。防御壁を出して先程のように弾こうとした。
しかしそれよりも先に[魔物]は動きを止めることとなる。
「!?」
ひゅんっと風を切る音と共に、2体の[魔物]はそれぞれ金色触手のようなもので捉えられた。そしてその触手は、エレアスの後ろの方から伸びていた。
「こ、これって、」
「おお……やるじゃねぇか、捕まえたのか。」
キュオンが声を掛ける先、エレアスの後ろにはあの生き物がいた。先程生えたばかりの手を伸ばして、小さな[魔物]を捕まえていた。
凄い。こんなことが出来るようになるだなんて。
感心するエレアスとキュオン。
(これは…石を食べ続けて成長した影響なのかな?)
「よし、そのまま捕まえてろ。」
キュオンは捉えられた[魔物]を消滅させるべく、黒い剣を構えて生き物の方へと向かう。生き物も協力的で、[魔物]を離さないようにぎゅっと触手を締め付けた。
ぎち、ぎちぎち……
「ギィィィイッッ」
「うわっ、」
苦しいのか、[魔物]が鳴いて暴れる。それに振り回されるように触手が大きく揺れて、すぐ側にいたエレアスに当たりそうになる。このままではまずいと、逃げられないように触手がさらに力を込めて締めあげられた。
───グシャッ、
あまりの締付けに、[魔物]はついに真っ二つに引きちぎれた。ぼとっ、ぼとっ…と黒い塊が地面に落ちる。
とどめを刺すつもりでいたキュオンも、これには驚いてその手を止める。だが、[魔物]は消滅させない限りはいずれ再生してしまうのだ。例え体が真っ二つだとしても。なので、結局はキュオンの黒い剣で早いところ一突きしなければならない。
ボロッ……サラサラッ……
「「!?!?」」
地面に落ちた塊が、崩れて灰になっていく。
それは、先程何度も見た光景だった。
「えっ!?き、消えて……っ!?」
キュオンはまだ剣を刺していない。それなのに、[魔物]の体はどんどんと崩れ落ちて、さらさらと黒い粉になって散っていく。
やがて全て灰のようになって消えていったそこには、小さな[魔晶石]だけが残った。
「消、滅……した……?」
それは完全に"消滅"した。
「ま、[魔物]を…!?」
「おい、い、今の……っ?」
生き物はしゅるしゅると伸ばしていた触手を、元の小さな突起のような状態へと戻すと、嬉しそうにその場を跳ねて早速落ちている[魔晶石]を食べに向かう。
キュオンはその様子を目で追う。
「どういうことだ?なんで[御使い]にしかできねぇことが……」
じっとその目で観察するも、生き物は先程と同じように[魔晶石]を飲み込んでいるだけであった。
この生き物は、[魔物]を消滅させる力を持っている。たとえ消滅させた[魔物]がどれだけ力が弱くて瀕死状態だったとしても、"消滅させることができる"のに意味がある。
このことは、[唯一神]への信仰を元に[神の御使い]の力を借りて[魔のもの]を滅することを主な活動とするノフィアス教において、どれだけの影響を及ぼすことだろうか。
キュオンとエレアスは、今起きた信じられない出来事について思考を巡らした。
とその時、少し遠くから男の断末魔が聞こえてきた。
「っ、ぎゃぁぁぁぁぁああっ!?!?!?」
「「!?」」
今度はなんだ、と声の聞こえた方向を見る。
それは先程の転移術式円のある小屋のすぐ近く。
泥棒二人が倒れ込んでているのは、先程も見た光景だったが、そこに見覚えのない人影が立っていた。叫び声は泥棒のものか、立っていた人のものか。
「誰だっ!」
確認すべく、すぐさまそちらへ向かうが、こちらに気が付いたのだろう人影は羽織っているローブを翻して、立ち去ろうとした。
「……っ、待て!!」
どう見ても怪しい動きに、そいつを捕まえようと追いかける。
一方、ローブの人物は薄い布を取り出している。そこにはどこかで見たような術式円が描かれており、ローブの人物はそれに向かって何かを唱えている。
さらにローブの人物は紙の術式円に手を翳すと、そこにぽっかりと大きな穴が飽き、そのまま穴に向かって身を滑り込ませた。
「まずい、逃げられる!」
しゅるりと体が入り込み、術式円の布だけが残される。そしてそれも、やがて火がついて燃えてしまう。
目の前に辿り着いた時には、布は燃え尽きた布の炭だけがエレアスとキュオンを嘲笑うかのように宙を舞った。
「っ、キュオンさん!」
倒れていた泥棒二人を見て、エレアスが声を上げる。
よく見れば、二人ともそれぞれ胸に刺された痕があり、地面には血溜まりが出来ていた。
殺されていた。この状態では、例え[魔晶石]や魔術を使ったとしてももう助からない。
なぜ、どうして。一体何のために。
「口封じ、か……?」
「口封じ?」
訝しげな顔をして考え込んでいるキュオン。
「[魔物]が来る直前に言ってただろ。こいつ、俺は言われてやっただけだって。」
「あ……、」
その言葉に、エレアスはハッとした。