15話:知性ある[魔物]
「お、大きい...!」
明らかに先程の[魔物]達よりも巨大な影が、こちらに近付いてくる。それは、エレアスと子供達が遭遇した獣の[魔物]よりも大きい。黒い靄のかかったその姿は、のそりのそりと近付いてくるにつれ明瞭に見えるようになる。
一見すると熊のような体格だが、その体は木の蔦が寄生し、巻きついている見た目であった。蔦の1本1本が意思を持っているかのように動く。熊であれば口がある部分から胸辺りにかけて蔦が引き裂かれたかのようになって、そこから闇が口を開けて獲物を狙っていた。
そしてその口が、エレアス達を見て不気味に歪んだ。
「縺?≦...繝九Φ繧イ繝ウ縲√さ繝ュ繧ケ縲√≦縺√≠...縺ョ縺溘a」
「!?!?」
[魔物]が、話した。
否、話したというには、あまりにも言葉として聞き取れない音の羅列。しかし、鳴いたり吠えたりという訳ではなく、なんらかの言語に近い音だった。
「こいつ...、[魔物]にしちゃあ賢そうだな...。」
そう言うキュオンを、首を傾げるようにしてじっくりと観察する[魔物]。その知性はどれ程のものかは分からないが、言葉のようなものを話すのであれば、そこそこには知性がありそうだ。[魔物]は、力を持つものほど知性を有し、[悪魔]ともなれば人語を解し、人間を遥かに凌ぐ程の知性を持つものもいる。この[魔物]は、間違いなく今までのどの[魔物]よりも強い。もはや、[悪魔]とも言えるレベルだ。
「[悪魔]...!」
エレアスの脳裏に、怪しく笑う存在が蘇る。人間の理解の及ばぬ思考と思想を持ってして、人間など虫けらのようにしか考えぬ物言いと振る舞い。この[悪魔]がエレアスの家族を殺した訳ではないが、人間を襲おうとするのであれば討伐対象としては申し分ない。
「オーリ!」
少し離れたところでキュオンが倒した[魔物]の処理をしていたオーリは、すぐに駆けつけた。巨大な[悪魔]に噛み付きに行くのか思えば、勢いよくキュオンの影に沈む。まるで影が深い沼になっているかのように、どぷんと潜っていく。
キュオンが抜いた剣は、黒く輝いていた。
「離れてろ。」
[悪魔]の前に立ち塞がったキュオンは剣を構える。
「謨オ縺ッ谿コ縺」
また[悪魔]が何かを言った。
それと同時に熊のようなそれは四足の状態になってキュオンに突進する。蔦が巻き付いてもはや巨大な木の根っこのようになった前足を振り上げ、キュオン目掛けて全力で叩き込まれる。
「キュオンさん!!!」
思わず叫んだエレアスだったが、キュオンはその攻撃を見切り、寸前で躱していた。そしてすぐにカウンターを仕掛ける。
しかしその前足を切り落とすつもりで放った攻撃は、硬い樹皮の蔦で防がれる。数本の蔦が地面へとバラバラと落ちていき、やがてそれは黒い灰のようになってさらさらと消滅していったが、斬られた前足の蔦の根元はもこもこと動いて、そこから新たな蔦が生え始める。どうやら、蔦部分ではなく本体を攻撃しない限り消滅させるのはおろか、ダメージすら入らないようだ。
その巨大さも、強さも、耐性も、今までの[魔物]とは大きく違う。これが、[悪魔]か。
「辟。鬧??ょ柑縺九↑縺??」
再びキュオンを潰そうと、[悪魔]は振り向きざまに前足を叩き付ける。しかしその動きはキュオンからすれば鈍重だ。攻撃は難なく躱される。
しかし[悪魔]は[魔物]より知能が高い。
先程のキュオンの動きを学んだのだろう、躱した前足に生えた蔦が素早い動きでキュオンを追尾する。
そして彼もまた、追ってきた蔦を薙ぎ払って対応する。
そのまま懐に入って本体部分を斬ろうとするが、前足と蔦によって防がれる。胴回りの細かい蔦達がキュオンを取り囲む。それを、オーリが影から触手を生やして壁を成し防ぐ。
攻撃しては避けられ、斬っては再生される攻防戦。
それを、見ていることしか出来ない自分。
エレアスは唇を噛み締める。
あの日、[悪魔]からただ逃げることしかできなかった自分。キュオンの背中と、自分を逃がして死んだ兄の背中が重なる。
(僕は、また見ていることしか...)
いや、違う。
何のために[悪魔]への対抗手段を考えてきたと思っているんだ。消滅させることはできなくても、攻撃することは出来る。
防御魔術以外は使えなくても、攻撃手段なんていくらでもある。そう、兄が教えてくれた科学は、魔術と並ぶことができるんだ。
先程鞄から取り出した木の棒と紐付きの爆弾を手に取る。魔術が使えなくても、物の扱い方次第で人間はそれと同等のことすることができる。
キュオンが[悪魔]から距離を取った瞬間を見計らい、それを[悪魔]に向かって投げる。
────バァンッッ!!!
「っなんだ!?」
「縺?#縺峨≠縺?シ?シ」
[悪魔]の後ろ足部分に着弾し、大きな音とともに火薬が爆ぜる。
それと同時に後ろ足に絡んでいた蔦の大部分が吹き飛んでいった。[悪魔]も、装甲を剥がれるとは思っていなかったようだ。ダメージと動揺で止まっている。
これなら。
「僕も手伝います!!」
突然の爆発と[悪魔]の停止に状況を把握しかねているキュオンに、エレアスは力強く言い放った。その決死の覚悟を持った様相に、キュオンは静かに頷く。
一方で[悪魔]は、後ろ足の蔦の再生に手間取っているようだ。スパッと切れた切り口からの再生は簡単だが、爆破による損傷では再生が難しいのだろう。吹き飛んでった蔦も消滅こそしないものの、ただの枯れ木のようになって動かなくなった。
そこへもう一度エレアスが爆弾を投げ込む。今度は手から伸びていた蔦の一部が破壊された。
「逕溘∴縺ェ縺」
予期しない事態に戸惑う[悪魔]。その隙を突いてキュオンが本体へと仕掛ける。
樹皮の蔦に覆われていない毛皮のような腹の部分を狙う。
───ザシュッ!!
「くぅ……っ、!?」
獣の腹と同じで柔らかいと思われたそこは、毛皮1枚だけが斬れ、その下は手足の蔦と同じような硬い樹皮であった。ただの樹皮ではない。蔦もそうだが、鋭い刃がまるで通らない異常な硬さだ。
キュオンは一旦引いて状況を確認することにする。
あの硬い樹皮はキュオンの持っている剣では攻撃が通らない。剣とオーリの攻撃力はほぼ同じであるため、オーリが直接攻撃しても弾かれるだけだろう。つまり現状はあの[悪魔]を消滅させることはできない。
けれどエレアスの持っていた道具であの樹皮を剥ぐことはできた。
それならば爆破して剣の通りやすい場所を見つけることはできないか。
「その道具、あとどれくらいあるんだ!?」
「あと3つしかないです!」
全て上手く当たったとしても、体全体の樹皮を剥ぐことはできない。最低でもあと10回くらいは当てればどうにか出来るかもしれないが、ないものはない。
ではどうするか。
「……。…!」
どうにかして爆破攻撃を当てたいが……。
そこでキュオンは、はっとして不敵に笑う。
そう、自分はエクソシストである以前に魔術師であるのだ。
「剣ばっかり振ってると、咄嗟の攻撃魔術が出てこねぇな…。」
魔術で爆破すれば良い。こんな簡単なことを忘れていただなんて。いつもは[魔物]を消滅させるためにオーリの力を借りて剣を振るうだけだ。魔術を使っても[魔物]は消滅させれないため、自然と[魔物]との戦いで魔術を使わなくなっていた。
「こうか?」
エレアスの道具による爆破攻撃を見て、それらしくなるように簡易術式を組み合わせて放つ。
───ボンッッ!
[悪魔]に当たった魔術は、その場で爆ぜるようにして作動した。威力はエレアスのものに比べれば少し劣るが、こちらはマナさえあればいくらでも当てられる。
しかし[悪魔]も黙ってやられる訳ではない。先程破壊した樹皮の一部が、もう再生してきている。あまり時間をかけている暇はなさそうだ。
「お前も投げろ!一気に畳み掛けんぞ!」
「はいっ!」
そうして爆破魔術を何度も叩き込む。一部避けられてしまうものもあったが、[悪魔]の蔦の体は確実に吹き飛んでいった。
「縺?′縺√=縺!」
破壊されて防御力が落ちた樹皮が、さらに爆破される。土煙の中、毛皮があった場所の中にあった樹皮部分も破壊され、中からどす黒い闇が覗いた。
「あれが中身か…!」
爆破され続けた[悪魔]は、度重なるダメージと轟音と土煙でキュオンが見えていないようだ。キュオンは再生の隙を与えないように爆破魔術を撃ちながらも、一気に懐部分に詰め寄った。
ザンッッッ!!!
空を貫くような音が響く。
おおよそ巨大な獲物を斬る時には相応しくない音だった。
「縺ゅ≠縺や?ヲ窶ヲ……!」
だがキュオンの鋭い刺突は、確実に[悪魔]の腹を貫いていた。腹に覗いた樹皮の隙間、闇が漏れ出るその場所を。
苦しげな断末魔とともに、少しずつ手足の蔦が散り散りになって霧散していく。
「やった……?…やったんだ…!」
[悪魔]の体が徐々に消滅していく。爆破され、地面に散らばっていた破片も同じように消えていく。
あの[悪魔]を倒した。ほとんど[魔物]に近い個体であったが、あの力、あの知性は[悪魔]と言っても良いだろう。
そしてキュオンの剣が刺さった[悪魔]の本体も消滅する。残されたのは、樹皮の色と同じ色の一際大きな結晶の[魔晶石]。しかしその剣の先にも霧散せずに残ったものがあった。
「あれ、は……?」
「なんだ…?」
古い木片のようだった。[悪魔]の体を覆っていた木の蔦とはまた違う様子だった。完全に黒い剣で貫かれてはいるが、何故か消滅しない。もともと[悪魔]の体内にあったものなのか、それとも外部から取り込んだものなのか。
キュオンが確認のために剣に刺さったそれを引っこ抜く。訝しげにそれを眺めるが、どこからどう見てもただの木片だった。
「まぁ、一応持ち帰るか……って、うぉ!?」
「あっ、こら!」
そして、それを認識するや否や、真っ先に近付いてきたのはあの不思議な生き物だった。凄い勢いで跳ねてキュオンに向かって突っ込んできた。
今までそこら中に落ちたままになっていた[魔晶石]を食べて回ってきたのだろう。[魔物]達に狙われなかったのはいいが、随分好き勝手してきたようだった。
大好物の[魔晶石]なら大きな結晶がすぐ傍に落ちているが、それよりも先にキュオンに興味を示した。これはどういうことだろうか。
「なんだ?これが気になるのか…?」
生き物はキュオンの体をよじ登って肩の上に乗る。そして、身を乗り出すようにして彼の手に持っている木片に近付こうとしていた。顔どころか目もないが、興味津々なのが伝わってくる。
キュオンにもそれが分かったのか、生き物に木片を近付けてやった───………その時、
どるんっっっ!
「なっ!?」
「えっ!?」
生き物が、木片を一息に飲み込んだのだ。