14話:オーリとキュオン
先程背の高い泥棒が暴れた際に、教会について否定する様子が見られたが、仲間であるはずのそのもう1人に罪を擦り付けるように弁明しだす男。
悪人が仲間を売るのはよくあることではあるが、拘留所での暴れ方や教会についての敵対心については、確かに少し気になる部分はあった。
「...?どういうことです?」
「敵だろうがそうじゃなくても、お前が盗みを働いたことに変わりはない。」
キュオンが冷徹に言うが、男は否定するだけだった。
「ちがう!俺は、巻き込まれただけだ!言われて仕方がなくやったんだ!!」
「何...?」
処罰されるのを恐れて言い逃れをしようとでもいうのか、他に指示した人間がいるかのような言い草だ。
「石なんて欲しくねぇよ!言われたからやっただけなんだ!!」
それが事実なら、この泥棒2人はあくまで手先でしかないということ。[魔晶石]を盗んでくるようにと指示をされたということだ。手先を使ってまで欲しいものなのだろうか。
「...誰に言われたんだ?」
キュオンが問い詰める。事実だろうが出まかせだろうが、そう主張するならば指示した者を確かめなくてはならない。先程拘留所で[魔晶石]を盗んだ理由について聞かれた時、言い淀んでいたのは黒幕を恐れてのことだったのだろうか。
男は決心したように、拳を握りしめた。
「それは...、」
そう、男が口を開いた瞬間だった。
────シュッ!!!
黒い何かが、男に襲いかかった。
「...っ!?」
「ぎゃぁぁあっ!!?」
押し倒されるようにその場に倒れた男。それに付随して術式布を巻かれた泥棒も倒れ込む。そこに、大きな黒い鳥のようなものが襲いかかる。背の小さい方の泥棒を狙っているようで、男の首元を啄むように攻撃し始めた。
「!」
が、それを視認したキュオンが刀身の黒い剣を素早く抜き、一刀両断する。
「ひぃっ!?」
一瞬の出来事に、男は泣きながら声を上げる。どうやら大きな怪我はしていないようだ。
「[魔物]か...!こんな時に!」
そういうキュオン。見れば、泥棒の上にいた黒い鳥が消滅し、コロンッと小さな紫色の[魔晶石]が転げ落ちた。
「おわっ!?」
エレアスに抱えられていた生き物が、それに気が付いたのかエレアスの腕から飛び降りる。そして一目散に落ちている[魔晶石]に近付き、あの時と同じように石を食べだした。
「なんでこんな所にいやがる...。」
[魔物]が来た方向を見て苦い顔をしているキュオンを見れば、生き物が石を食べているのには気付いていないようだった。倒れた泥棒も放心状態のようだ。布を巻かれた男に関しては倒れた時から何の反応もなかった。
「......。」
そうしている内に[魔晶石]は完全に生き物に取り込まれていた。石を食べる生き物なんて、見た事がなかったエレアス。それとも、[御使い様]のような生き物は、石を食べるのが当たり前なのか。
...そもそも、キュオンにはこの生き物が[魔晶石]を食べることを言うべきだろうか。
「えっと...、キュオンさん...、」
「どうした?」
少し離れて、小屋近くの森の方を観察するキュオン。エレアスは恐る恐るキュオンに声を掛けると、彼はすぐに振り向いた。
すると、振り向きざまに揺れた彼の腰についたロザリオ。そこに嵌められた[魔晶石]が、一瞬、一際強く輝いたのが見えた。
「っ、まだいますっ!!!」
その声に、はっとしたキュオンはすぐさま森の方へと向き直るが、もうすでに[魔物]はキュオンの目と鼻の先にまで迫っていた。
「くっ...!」
剣に手を掛けるも、体勢が悪くすぐに応戦できる状態出なかったキュオン。エレアスの防御魔術も、間に合いそうにはなかった。キュオンは衝撃に備えて歯を食いしばる。
しかし、獣の[魔物]が彼に噛み付くよりも速く、キュオンの影から”別の獣”が現れた。
「ガルルルッ!!」
黒い獣の首根に噛み付いたのは、深いワインレッドの長い毛並みをした美しい獣であった。
「オーリ!」
そう呼ばれた獣はキュオンの影を操ると、触手のようなそれで暴れる[魔物]を縛り上げ、噛みちぎると同時に触手で握り潰すようにして消滅させた。
「...!あれが...、」
[魔物]を消滅させる力を持った[神の御使い]。
体毛と同じ色の翼を持った狼のような姿だったが、何故か金色の装飾がされた白い狐面のようなものを顔につけていた。胴や手足にも金や白といった神々しい見た目の装飾を身につけている。言うなれば、正に”神獣”という見た目であった。
[神の御使い]──オーリのおかげで事なきを得たが、安心しているのも束の間、森の奥からさらに複数の[魔物]が飛び出して来た。
「まだいんのか!」
相対するキュオンが剣を構える。
村から近い場所と言えど、小屋の周りは何も無い。村人に被害がないのは良かったが、近くの森にこんなに[魔物]が居たとは。
森から出てきた様々な姿をした[魔物]に、キュオンが斬りかかる。しかし、エレアスはあることに気付く。
(黒く...ない?)
その刀身はあの黒いものではなく、通常の鋼の色をしていた。斬られた[魔物]は呻き声を上げて倒れた。そしてまたキュオンはさらに奥から現れた[魔物]へと向かっていく。倒れた[魔物]はすぐに消滅するかと思われたが、ダメージを負って倒れるだけであった。
(消え...て、ない!?)
そうして果敢にも起き上がろうとする[魔物]。そこにオーリが噛み付くと、[魔物]は黒い靄になって消えた。
(剣が黒かったのは[御使い様]の力だったのか...!)
やはり[魔物]は[神の御使い]の力なくしては消滅させることが出来ない、ということのようだ。しかし、ダメージを与えて動かなくさせることはできると、エレアスは確信する。
その瞬間、森の方ではなく、エレアス達の真横から[魔物]が現れた。
「...っ、シールド!!」
咄嗟に防御魔術を展開する。
襲いかかった勢いのままに防御壁に突っ込んできた小動物程の大きさの[魔物]は、壁にぶつかった衝撃で吹っ飛び、倒れ込む。
エレアスとその後ろで倒れている泥棒達は無事だった。
「どこから湧いてんだ...!?」
キュオンのいる森の方からさらに[魔物]が現れているようで、彼はずっと[魔物]と戦っている。恐らく、発生源は森のようだが、そこから回り込んできた[魔物]がエレアス達に向かってきたのだろう。
「多い...!!」
斬っても斬っても現れる[魔物]。一体一体は小さくて弱いが、如何せん数が多い。キュオンが薙ぎ倒した[魔物]にオーリがとどめを刺しているようだが、処理が追いついていない。
あの生き物は大丈夫かと姿を探すと、また倒された[魔物]の方へと向かっていた。[魔晶石]を食べに向かったのだろうか。[魔物]の狙いは生き物には向いていないようだ。
とりあえず自分たちの身の安全を最優先にしなくては。
襲いかかられる瞬間に防御魔術を張って防いではいるが、それも長くは持たない。[魔物]は次々に湧いてくる。
(それなら...っ、)
エレアスは鞄に入っていた袋から赤と白の薬が塗られた木の棒を取り出した。地面に落ちている割れた石を拾い、それを勢いよく擦り合わせる。
──ボボッ!!
摩擦熱により発火した木の棒。鞄に入っていた紐のついた球にその火をつける。そしてその紐が燃え尽きる前に、エレアスは[魔物]に向かってそれを投げた。
「くらえっ!!」
ドンッッッ!!!
強い破裂音のような衝撃とともに、着弾した場所が爆発した。煙が立ち込める。
防御壁越しに確認すれば、エレアス達に向かってきていた小型の[魔物]は倒れている。
「やった...!」
消滅こそしてないものの、暫くは動けない様子だ。
次の紐付き球を用意しつつ、周りの警戒をする。そして、また奥から向かってきた[魔物]にそれを投げる。
3回も当てれば、エレアス達の方に来る[魔物]は居なくなる。地面に転がっている[魔物]は動かない。
(いける...!)
[魔物]が大量に来ていた森の方──キュオン達の方を見れば、[魔物]達は居なくなっていた。オーリが消滅させたのだろう。
「キュオンさん...!」
状況を確認するために、キュオンの方へと駆け寄る。
「無事か!さっきの音はお前がやったのか?」
「はいっ!いくらか[魔物]が来ましたが、大丈夫でした。しばらくは[魔物]も動けないかと。」
「良くやった。残りはオーリが片付ける。」
剣を納めたキュオンは、森の方を見る。
人里が近いこの森は、普段はとても穏やかな森のはずであった。
「しっかし、なんでこんなに[魔物]が...」
明らかにおかしい。異常事態だ。
そもそも[魔物]はこんなに短期間で増えたりはしない。実際、朝と昼にここを通ってきた時は何もなかったのだから。
見境なく人を襲っているというよりは、何かが狙いなのだろうか。
一先ず、泥棒達の方に転がっている瀕死の[魔物]達を消すべく、オーリが翼を羽ばたかせて向かった。その姿は戦いの疲れなどを見せない、美しい動きだった。白いお面が傾いた太陽の光で輝いた。
「あれが、[御使い様]...」
「ああ。見れてよかったな。普段は影の中に潜んで出てこねぇんだ。」
確かに、拘留所で泥棒の1人が暴れたのを鎮圧したのは、キュオンの影から伸びた黒い触手だった。
そして、キュオンが[魔物]を斬って消滅させた時のあの黒い刀身の輝きも。
「その剣、黒いのはオーリの力を纏ってるってことですか?」
「...そうだ。オーリが離れちまうと、剣だけじゃ[魔物]を倒せなくなる。」
そして離れたオーリは、自らの意思で[魔物]に噛み付いて消すことが出来る、という訳だ。
魔術や剣、調合した爆薬でダメージを与えることはできても、完全に消すには[神の御使い様]の力が必要、というのはこういうことらしい。
エレアスの目的は[悪魔]を追い払うことではなく、討伐し、消滅させることだ。そうなればこの力はエレアスにとって必須であった。しかしあくまでこの力は[唯一神]とやらから使わされた力だ。
(でも、僕の最終目標は...、)
実際の[神の御使い]の力を目の当たりにしたエレアスは、自身の目的とノフィアス教、そしてそこで崇められている[唯一神]について考えた。
しかしその時、またもキュオンの持っている[魔晶石]が強く輝いた。
「なっ......!?」
「まだいやがんのか!!」
2人はその気配に振り向く。方向はやはりあの森からであった。しかしこの気配は、先程の複数の[魔物]達のそれとは違ったのである。




