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無神論者のエクソシスト  作者: 糖麻
第一章:幾星霜の密謀の果ての萌芽と嚆矢
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13話:黒い影




村に着くと、昨日の事件や事情を知っている村人が、エレアス達を見て笑顔で出迎えてくれた。


「おお!お前たち、戻ったのか!」

「随分早かったじゃないか。」


出発したのは今朝。教会までは片道2時間程かかったくらいなので、普通に行って帰ってくれば村に帰るのは昼過ぎになっていたことだろう。しかし今はまだ太陽が真上に差し掛かったところであったため、想定よりも早い到着であった。


「うん!戻りは教会のエクソシストさんの魔術で一瞬だったのよ!」


驚く村人達に、コリィは教会からここまでのことを話した。村人達は少し離れた例の小屋のことは知っていたようだが、村にはそれを活用できる人間が居ないため、実際に使ったことはなかったようだ。

キュオンが言うには、あの術式円はこの国では各地域ごとに存在し、役人の魔術師や教会のエクソシストなどが時折利用しているのだと言う。


そしてコリィからエクソシストだと紹介されたキュオンを見て、村人は畏敬の念を表しながら深く頭を下げた。


「あぁ、貴方様がそうなのですか。[魔]を祓い、打ち倒すという、あの...、」


[魔物]を追い払うことはできても、消滅させることができるのは[御使い様]の力を借りているエクソシストだけだ。故に、一般の人間が[魔物]の被害から身を守るためには、エクソシストの存在が必要不可欠となる。

村や街にいる限り[魔物]に襲われることはないが、万が一[魔物]が出現した場合は教会に駆除要請が入り、エクソシスト達による討伐が行われるという。村人達が実際にエクソシストに会う機会こそないものの、その噂は存分に聞いているのだろう。


「よしてくれ。今日俺は単に仕事の一環で罪人を連れてくために来ただけだ。」


村人達の態度には、キュオンも飽き飽きしているのだろう。きっと、何処へ行っても今のように畏れられるはずだ。だからキュオンは、あの時みたいに[魔物]を倒した際は名乗らずに去るのだろう。

とは言え村人達も、まさか単なる盗人の引渡しに、そんな噂のエクソシストが来るとは思わず困惑しているようだ。


「あ、あぁ、罪人ですね。こちらに収容しております。どうぞ...。」


そしてここで、コリィとは別れることになった。

泥棒達の引き取りに関しては、そのために来たキュオンと、泥棒を捕まえた本人でありキュオンと暫く行動を共にするエレアスの、二人だけで任務を行うこととした。万が一の際に、また彼女まで巻き込む訳にはいかない。


「エレアス!ありがとね。またいつでも家に来ていいから!近くに来たらぜひ寄ってちょうだい!もちろん、もちもちちゃんもね!」


先程はコリィと少し気まずくなってしまったが、別れる時はエレアスもコリィも笑顔で手を振ることができた。もちもちちゃんと呼ばれた生き物も、コリィの方を見つめているようだった。






********






通されたのは、村の外れにある石造りの建物だった。

拘留所とのことだが、見たところ他の家や店などの建物と同じくらいの大きさであった。案内されるままにキュオンと共に入れば、三人の村人が見張っているその奥に二つの牢のような部屋があるだけだった。市街地程の規模でない村の上に、罪人の一時的な拘留所でしかない場所だ、二つの牢だけで事足りるようだ。


「ああ、お待ちしてました。」


引き取りの教会職員が来たと、村人達はキュオンを泥棒達が入れられた牢の方へと連れていく。まさかただの職員ではなく、エクソシストだとは思っていないだろう。


泥棒達は既に二人とも目は覚めている様子だった。エレアスが放った催眠ガス弾の睡眠作用成分の効果は精々半日ほどだ。今朝には起きていたことだろう。


「悪かったって言ってるだろ!俺たちは石しか盗んでない!!石は返すから勘弁してくれよぉ!!」


背の低い方の泥棒が、引き取りの役人が来たと思って必死に弁明しだす。きっと見張りの村人達にも今朝からそう言っているのだろう。


「あの石だって、大した価値はないはずだ!だからそこまで悪いこたぁしてねぇだろ!!」

「それでも、盗みは盗みだ。だいたい、それなら何で石を盗んだんだ。」


泥棒の喚きに、キュオンがきっぱりと言う。それに気圧されたのか、泥棒は言い返すことなく口を(つぐ)む。確かに、わざわざ石を盗んだ理由は何なのか。しかしそれを言う気はないらしい。


「まあいい。取り調べは俺の仕事じゃねぇ。さっさと行くぞ。」


そう言うと、見張りが牢を開けて泥棒達を出した。泥棒は手を後ろにしてがっちりと縛られているらしく、抵抗ができないようだ。それに両足首が歩幅程度しかない長さのロープで繋がれており、小股で歩くことはできるが走って逃げることは出来ないようにされていた。

それに加えて、見張りが泥棒二人の顔に布をそれぞれ巻き、さらに胴体を縛って二人をロープで繋いだ。


「何すんだ見えねぇ!どうする気だ!?」

「......。」


背の小さい泥棒の方は、さっきからずっと喚いているが、背の高い方は黙っている。


「これから教会の収容所に連れていく。逃げんなよ。」

「こんなことされて逃げれる訳ねぇだろ!」

「...教会?」


黙っていたままの泥棒だったが、キュオンの発言に引っかかる部分があったようだ。あからさまに体をびくりと震わせた。


「きょうかい、教会...、あの[悪魔]を倒してるっていう教団のか...?」

「あ?...まぁそうだが、どうした。」

「あ、あ、だめだ...、...だめだだめだ!」


そう言って突然暴れだした背の高い泥棒に、仲間の泥棒も見張りの村人も驚いて後退(あとずさ)る。先程まで黙っていた男が急に態度を変えたため、状況が掴めない。


「押さえろ!」


暴れ出す様子に指示を出すキュオンだったが、恐怖のあまり誰も動くことができなかった。

だが、キュオンが指示したのは見張りに、ではなく別の存在に対してだったようだ。


────シャッ!


空を切る音と共に、泥棒に巻きついた黒いものが、奴の動きを制した。

一瞬の出来事に、見張りも何が起きたのか理解できず、声さえも上げられなかった。しかしどこか既視感を抱いたエレアスは、泥棒に伸びたその黒いものの正体を冷静に確認した。


影、だった。キュオンの影がぐにゃりと伸びて、それが地面から離れて触手のように動き、強い力で泥棒に巻きついて押さえ込んでいた。


「っ...!」


確認したのも束の間、キュオンは自らの剣で人差し指を自傷させると、捉えられた泥棒の顔に巻かれた布に、指から滴った血を(なす)り付けた。


ぐっ...ぐぐ......っ、


それは何かの術式のようだ。布に、血文字で術式を書いている。エレアスと見張り達、それから奴の仲間の泥棒もは固唾を飲んで見守っている。


やがて術式を書き終えると、先程まで暴れていたのが嘘のように泥棒は動きを止めた。

泥棒を拘束していた触手のような影がしゅるしゅると縮んで元のキュオンの影に収まった。


「こ、これは...、」


しん、と静まった空気の中エレアスが口を開いた。

キュオンは腰ベルトに提げられていたロザリオのような飾りを手に持つ。司祭が持っていたものと似ており、[魔晶石]が付いているようだ。


「洗脳術式だ。この布を巻いてる間は大人しくなる。」


キュオンが石の力で傷を治しながら淡々と状況を説明するも、見張り達は未だ立ちすくんだままだった。


「あの黒いのは...一体...!?」

「......あ〜、まぁ、魔術みてぇなもんだ。」


見張りの一人が震えた声で言う。キュオンの影から伸びた黒い触手を恐れているようだ。

しかしいつもなら即答で説明してくれるキュオンが、少し言い淀んで曖昧に(かわ)す。エレアスはその様子に違和感を覚えたが、その場で言うことはなかった。






********






それから、予定通りに泥棒を引き取った二人は、拘留所を出て先程転移してきた術式円のある小屋へと向かった。

キュオンの言う通りに大人しくなった背の高い泥棒と、その様子を怯えた目で見る背の低い泥棒を縛って繋ぎ、キュオンがその縄を引いた。洗脳魔術をかけられた泥棒は、キュオンの簡単な命令を聞いて従順に従った。


無言で歩く、キュオンの隣りに駆け寄ったエレアスは、恐る恐る小声で尋ねた。


「さっきの影...、もしかして、[御使い様]...ですか?」


そう言うとキュオンは、はっとした目でエレアスに振り返り、暫くの逡巡(しゅんじゅん)の後に静かに答えた。


「...よく分かったな。...そうだ。」


キュオンはあの場では魔術のようなもの、と言ったが、そうであれば”押さえろ”と命令はしないはずだ。キュオンは確実に、あの台詞を現場に居たどの人間でもない、”誰か”に向かって言っていた。しかし[御使い様]のお力であるならば、それを信仰している見張りの村人にとってはそう恐れるものではない。ではなぜ、あの場でそう説明しなかったのか。

[御使い様]について知りたがっているエレアスには説明してくれるようだ。


「[御使い]は神聖な存在ではあるが...だからと言って全ての人間が好むような見た目っていう訳じゃねぇ...。」


その言葉に、エレアスは礼拝堂で見た[唯一神様]の像やそれについてのナテマの言葉を思い出した。


”神”やその”使い”に対して、人間が抱くイメージは漠然的な”善”であり、人間にとっての良いものであるという認識の外には出ない。そしてその姿は美しいものであったり、尊敬できる思想と行動を伴うものであったりする。

しかしそれは人によっては受け入れ難いものであることもある。人間を救うためのその姿は、本当よ姿であれど、人間が思い浮かべたものであれど、ナテマのように良い印象を抱かないことがあるのだ。そしてそれは、[唯一神様]だけでなく[御使い様]にも言えることなのだ。


つまり、実際の[御使い様]の姿やその能力については、多くの信者が想像するような美しく神々しいものではないということだ。優しいキュオンは、そのことを人々に伝えなかった。

実際、黒い触手のような影を見て、その場にいた見張りや泥棒はそれを恐れていた。あれを[御使い様]の力だと言えば、[御使い様]に対する信者のイメージが損なわれてしまう。


「お前は...、平気そうだったな。」


事実を聞いても態度を変えないエレアスに、キュオンは興味深そうに言った。


そもそも[唯一神]や[御使い様]について良い印象すら抱いていないエレアスだ。それを聞いたところで落胆などしない。

それに、黒い影については既視感があったのだ。

泥棒に切りつけられた直後の、あの黒い液体のような闇に包まれたことを思い出した。

あの生き物が出した黒い液体のようなものと、キュオンの[御使い様]が出した黒い影。この二つにどこか共通点はないのだろうか。


暫く歩いていると、目的地の転移術式円の小屋に来た。扉を開けて中に入ろうとするが、小屋の中を見た背の低い泥棒が、青ざめた顔で立ち止まった。


「な、なぁ、これから俺はどうなっちまうんだ?なんだその円は、どうする気だ?」


確かに、転移の術式円だと知らない人間からすれば、この術式円で何らかの魔術をかけられると思うのも無理はない。先程、布に書いた術式で仲間の泥棒が一瞬で大人しくなったのを見たのもあるだろう。


「安心しろ、これで教会まで移動するだけだ。処罰を決めるのは俺じゃねぇよ。」


キュオンの言葉に泥棒は安堵するかと思えば、泥棒はさらに食ってかかるように叫んだ。


「教会...!さっきこいつが暴れたのはそれが原因か?だとしたらお前たちの敵は俺じゃない、こいつだけだ。俺は関係ない!」



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