12話:エクソシスト
「ああもう...、こうなったらとっとと行くぞ。」
そう言って足速に歩くキュオンの後を、エレアスとコリィがついて行く。教会内の、先程とは違う道を通ってどこかへ向かっている。すぐにでも村に行くのかと思えば、そういう訳ではなさそうだ。正面玄関と思わしき礼拝堂から離れて行っている。
司祭の提案により、この3人でコリィの村に戻り、簡易拘留所に収監されている泥棒を引取りに行くことになった。キュオンはとても面倒くさそうにしていたが、司祭の頼みは断りづらいらしい。渋々といった様子で椅子から立ち上がり、エレアスとコリィを呼んだ。
「しかしまぁ、[魔物]に襲われた後に盗賊捕まえるなんざ...危ねぇ真似ばっかするな...。」
「いやぁ、この子を追ってたらたまたま見つけたんです…。」
歩きながら、キュオンはエレアスの後を跳ねながら付いて来る生き物を見る。
「...そいつは何だ?」
「それが僕にも分からず...。昨日のあれの後出会ったんですが、凄く懐かれちゃて。」
「......。」
エレアスの回答に、キュオンはそれ以上質問することは無かった。手足も顔もない不思議な生き物を再び一瞥すると、何かを考え込んでしまった。
やがて一行は、教会の敷地内の隅に作られた小屋へと辿り着く。何の建物かは分からないが、納屋か何かにも見える。ここで泥棒達を引き取るための準備でもするのだろうか。
エレアスは足元にいる生き物を抱き上げると、両開きの扉を開けるキュオンの後へと続いた。予想外にも小屋の中には何も無かった。ただ空間が広がるのみだったが、よく見れば床には何かが描かれていた。
「...ん?これは...術式円?」
直径3mはありそうな円状の図式に、沿うように書かれた古代文字。大掛かりな魔術を使用する際に用いられる術式を組み込んだ陣だ。しかしどうしてこんな物が教会内に。教会にも魔術師がいるのだろうか。
「...そういやぁ、お前も魔術師だったな。」
なんの躊躇いもなく術式円の中央に向かっていくキュオン。警戒心から小屋の外に立ち止まっているエレアスとコリィを見て、手招きする。
「そうですけど、術式円なんて起動できません。」
キュオンに促されるままに2人と1匹は同じように円内に入るが、防御魔術しか使えないエレアスにとっては、術式円を使用するような高等な魔術は無縁に近い。それに、エレアスの少ないマナではこの術式を発動させることは到底不可能だ。
「ちょっと目ぇ閉じてろ。...テレポート。」
「へ!?」
────ぶわっ!
「うわぁ!?」
しかしキュオンがそう言った瞬間、床に描かれた術式が淡く光出した。声を上げて驚くと、それと同時に室内にも関わらず強い風が巻き起こった。思わず目を閉じれば、あっという間に風は止んだ。
「何?何が起きたの?」
コリィの戸惑う声に、エレアスはすぐに目を開けて周りを見る。そこは、同じような広さの部屋であったが、先程の小屋とは違う造りの部屋だった。
「今、魔術を...?」
「そう、魔術で移動しただけだ。」
あっけらかんと言うキュオン。
魔術で移動しただけ、というが3人の人間を転送するにはそれなりのマナの量が必要である。エレアスのようなマナの体内量が低い人間には、自分一人を転送させることすら難しい。
それをなんでもないかのようにこなしたキュオンは、困惑するエレアスとコリィを他所に、そのまま部屋を出ようとした。
「キュオンさん、魔術師だったんですか?」
「ん?...あぁ、エクソシストは皆そうだ。」
[魔物]を剣で斬って倒していたため、てっきり剣士だと思っていたエレアスはビックリしてそう尋ねた。
ある程度の魔術が使える人間は、マクリアグロスのような田舎町ではなく、都市部や王都に行ってしまう人間がほとんどだ。魔術学校や魔術師の働き口が多いため、普通は若い魔術師ほど都市部に居るため、ここでは魔術師は逆に珍しいのだ。
「エクソシストって...、」
そのまま部屋の扉を開けるキュオン。
扉の向こうは外であったため、ここは部屋というより転送前に居た小屋と同じような場所であったようだ。
「[御使い]と契約出来るのは魔術師だけだ。マナがねぇと[御使い]は力を貸してくれないらしい。」
それを聞いたエレアスは考えこんだ。
[神の御使い様]とやらは”ただ信心深く[悪魔]を倒すために働く人間”に力を貸してくれるということではないのか。マナがないと力を貸さないということは、人間のマナをエネルギーにでもしているというのだろうか。
そう怪訝な顔をするエレアスに、何を思ったのかキュオンはぼそりと口を開いて言った。
「...お前も魔術師なら契約できるんじゃないか?」
「いや、僕は...、」
[悪魔]を倒したいという気持ちはあるが、生憎マナが少ない上に神に対する信仰心など持ち合わせていないエレアスは、キュオンの誘いをどう断ろうかと思案した。
しかし外の景色をしばらく見ていたコリィが、その風景に見覚えがあったのか、気付いた瞬間目の色を変えて言った。
「えっ、ここ村のすぐ近くよね!?教会までの道を、あの一瞬で!?」
どうやら、この小屋はコリィの住んでいる村のすぐ近くであるらしい。キュオンは、3人を纏めて転送させるだけでなく、それなりの距離間での転送もできるらしい。しかもマナを枯渇させる様子もなく、何でもないかのように。
これだけの力のある魔術師だ。本来ならば王都で働いていてもおかしくはないが、一体なぜこんな田舎町に。
やはり[御使い様]と契約するには、そのレベルの魔術師でないと不可能ということなのか。
キュオンには、ある程度の村の場所を伝えていたため、そこから近い転送円へと軽々と転送してくれたようだった。あとの村までの詳しい行き方はコリィが分かるらしく、キュオンとエレアスは、コリィの道案内に従って村を目指した。
その道すがら、エレアスは先程の誘いについての応答をした。
「...[御使い様]と契約しなくても、[悪魔]って倒せますか?」
それは、マナがなくても[悪魔]が倒せるかどうか、あるいは信仰心などなくても[悪魔]を倒せるかどうかの問いだった。
エレアスのその真剣な様子の問いに、キュオンは暫く黙った後に静かに告げた。
「......。そりゃ難しいな...。魔術や物理攻撃でもダメージを負わせることはできるが...、完全に消滅させるには[御使い]の力は必須だ。」
ということは、あの[魔晶石]だけを残して[魔物]を消滅させる行為は、[御使い様]の力ということだ。剣で[魔物]を斬ってみせたキュオンだが、それもあの”オーリ”という[御使い様]の力を使っていたのだろう。
「......。」
エレアスには、[唯一神]も、[御使い様]も、どれも宗教に囚われた人間の妄言としか思えない。神は居ないし、その御使いも居るはずがない。
しかし、現実に存在する[魔物]や、エレアスの家族を奪った[悪魔]を倒すには、その力に頼らなくてはならないという。
おかしい。そんなのは絶対におかしい。
しかし[御使い様]が現実に存在するというならば...、[御使い様]にも現実的な正体があるはずなのだ。それを確かめて、自らにも使える力にしなくては。
そうして黙ってしまったエレアスを見て、キュオンは話を続けた。
「確かに、[御使い]との契約はそう簡単に出来るもんじゃぁねぇ。ある程度マナがねぇと無理だ。」
そして、エレアスの顔を見て、その覚悟を問うた。
「[悪魔]を倒してぇのか…?」
「...はい。」
いつになく真剣な声色で肯定したエレアス。
それにすぐさま反応したのは、2人の前を歩いていたコリィだった。
「え!?[悪魔]って…![魔物]でさえも危険なのに…!?」
”[悪魔]を倒したい”というエレアスの野望にも似た思いに焦るコリィ。
確かに、そもそもエレアスは[魔物]に襲われて負傷したところをキュオンに助けられて無事であっただけだし、人間の泥棒相手ですら捕まえたものの怪我をしてしまったのだ。そんなエレアスが人間よりも[魔物]よりも凶悪な[悪魔]を倒そうだなんて、命知らずにも程があるのだ。
しかし、その並々ならぬ覚悟の宿った瞳を見たキュオンは、コリィが反対するのを静かに制した。
「理由は?」
淡々とした物言いだったが、エレアスの無謀な目標を笑う事も貶すこともしないキュオンに、エレアスは重い口を開いた。
「...僕の家族は...、僕の目の前で[悪魔]に殺されました。」
「...!」
「えっ、」
この時代、貧しい田舎町に親のいない子供は珍しくなかったが、その理由が[悪魔]に殺されたからということであれば、話は別だ。
そもそも[悪魔]というもの自体、そう滅多に存在するようなものではない。[悪魔]は極めて凶暴で、人間の理解の及ばない程の残虐な知性を持ち、魔術に近い特殊な能力を以ってして[魔物]の上に君臨するものだ。そんな凶悪な存在に認識され、そ して悪意の上で殺されてしまうなど、王国全体であったとしても、普通に生きていればまず起こり得ない。
「僕は、僕の家族を奪った”奴”に…”奴らに”...、復讐がしたい。」
そしてエレアスは、そんな数少ない[悪魔]に狙われた人間───そして殺されることなく、家族を犠牲にして生き残った人間であった。
エレアスの強い憎悪と復讐の念に、キュオンはその目を逸らすと、そうかと一言だけ呟いた。
そして同じくそれを目の当たりにしたコリィは、そんなエレアスを励まそうとした。
「じゃ、じゃあ…!ノフィアス教に入って、エクソシストになれば…!」
「……。」
コリィを見るエレアス。その目は、無神経にもそう提案する彼女に対する怒りはなく、訳の分からない存在を信じる者に対する嫌悪もなく、ただ悲しそうにコリィを見た。その表情に、コリィは先程のエレアスとキュオンとのやり取りを思い出す。
「...ちょっとくらい、マナが足りなくったって...、[神の御使い様]なんだから、エレアスが[唯一神様]に祈れば...きっとお力を貸してくださるわよ!」
エクソシストになるにはマナが足りず、望みを叶えることが出来なくて悲しむエレアス。そう解釈したコリィは、そんな彼の力になってあげたいと思った。しかし足りないマナを補う方法などはなく、すぐに良い励ましや提案は思いつかなかった。
そこで彼女は思わず、”神頼み”というエレアスの地雷を、1ミリの悪気なく踏み抜いてしまった。
「…神なんていない。」
エレアスは立ち止まって足元を見る。
...悲痛な声だった。
「...祈って、祈って祈って......祈り疲れる程祈っても、神は応えてくれはしない...。」
それはかつて、エレアスも神を信じていたということ。...そして、無情にもその信仰心は裏切られてしまったということ。
コリィとキュオンは、どこか狂気をも孕んだその台詞で、一瞬でそれらを悟った。
「エ、エレアス…、」
かける言葉が見つからず、同じくその場に立ち止まることしかできないコリィ。エレアスに抱えられて、今まで静かにしていた不思議な生き物も、彼を見上げるような動きをした。
しかしエレアスは、それに気が付いたのかぱっと顔をあげると、重苦しくなった雰囲気を晴らすかのように、少し笑みを作りながら、慌てて謝った。
「あ、えっと、違うんだ…、ごめんね、こんな話して。」
罪悪感に駆られるコリィに、その必要はないと気丈に振る舞うエレアス。キュオンとコリィを急かすように歩みを再開した。
「行きましょう!早く泥棒達を回収しないと!」
エレアスの様子に何を言うでもなく、そのままついて行くキュオン。
「え、ぁ、待ってよ!」
立ち尽くしていたコリィは、村の案内役だということを思い出して、慌てて二人の背中を追った。




