9話:型破りなシスター
翌朝、朝食までご馳走になった後は、早めに村を出発することにした。
[魔晶石]や[御使い様]のこと以外にも、泥棒の引き取りをお願いしなくてはならないからだ。
村にある簡易な拘留所のような場所に、ロープで縛ったままになって捕まっているらしいが、早いところちゃんと処罰するなり、正式な牢屋に入れるなりしなくてはならない。
「教会までの道はここを行くのが1番速いわ!」
案内の大役を任されたコリィは、張り切って教会までの道のりを進んでいく。とはいえ畑ばかりの畦道のような道なので、道中はとても穏やかだった。
エレアス達の後を、もちもちちゃん…とコリィに名付けられた生き物がポヨンポヨンと跳ねながら付いてくる。
「教会にはよく行くの?」
「ひと月に2度くらいは、家族でお祈りをしに行っているわ。街への買い出しのついでだけどね。」
ついで、と言うくらいなのでコリィの家はそこまで熱心な信者でもないのだろう。どちらかといえば信仰というより、教会は生活の上で必要なものであり、本当にお役所に行く感覚なのかもしれない。
教会の話を聞きながらコリィについて行けば、子供の足で2時間程度かかる道中はあっという間だった。あの生き物も疲れていない様子で跳ねていたが、ここから先は人通りも多いので、変なトラブルに巻き込まれないようにエレアスが抱っこして連れていくことにした。
マクリアグロスの中心街に入ると、田舎街とはいえコリィの村やエレアスの家の近くの農村とは大違いだった。
数々の店や家々が立ち並ぶ街の、少し小高い丘のようになった所に、この街では珍しい大きな建物がある。
古びてはいるが優雅な造りをした白い石の壁。所々に装飾された金の塗装は、古さ故に一部が剥がれてはいるが、残っている部分は美しい輝きを見せていた。
コリィがその建物を指差して言う。
「あれがマクリアグロスの教会よ!」
教会までの階段を登っていくと、途中でお祈りに来たのだろう他の信者達や子供達とすれ違う。そこまで標高が高い訳でもないが、中心街を見晴らせる位置に建っている教会は、まるでこの街のお城かのようだ。…まぁ、実際は他の建物多くもあるし、どれも年季が入っている様子だから、そんな立派なものではないけれど。それでも、この街の人にとっては、それ程の価値があるのかもしれない。
階段を登りきり、教会の扉の目の前に来る。扉は開いており、他の信者達が出入りをしている。見たところ礼拝堂のようで、奥にはシンプルながらも厳かな装飾と、大きな像があるのが見えた。ここまで近くで見るのは初めてだ。信者でもない人間が入っていいのは心配だったが、コリィも一緒だから大丈夫だろう。
「……大丈夫?」
腕の中にいる生き物は、やはり怖がりなのだろうか、少しだけ縮こまっていた。緊張しているのだろう、気遣うようにエレアスがひと撫でするも、反応は変わらず。とりあえず、逃げて行ってしまう様子はない。
コリィが慣れた様子で教会へと入っていった。それにエレアスも続く。扉から続く大きな通り道とその横にいくつも置かれた木製の長椅子。そこに座って両手を顔の前で組み、静かに祈りを捧げる大人達。そこに混ざる形で時々幼い子供が座って像を見上げている。
それに習うように、コリィも像の近くにある椅子へと座り、両手を組んだ。その隣にエレアスも座る。
「……。」
エレアスは目の前にある像を見上げた。これが、この教会で祀られている”神”なのだろうか。
石膏か何かで作られた像は白く、そして教会の外装と同じように一部は金の装飾で彩られていた。男神なのか女神なのかは知らないが、その姿を注意深く観察すれば、そもそも人間の形をしていないことに気が付いた。
(顔がない…、それに沢山の手がある……。)
人間でいう顔や頭に相当する部分は布で隠されたような彫刻になっている。その布の下からは複数の人間の腕が生えている。一番手前の一対は、信者が祈りを捧げる時のように顔の前程で組んである。右手を包み込むかのように手の甲を左手で覆い重ねている。そして奥にある四対の腕は掌を外に向けるようにして軽く伸ばしている。よく見るとその掌には目のような彫刻があり、あらゆる場所を見つめていた。背中には大きな翼があり、その上半身は人間のようだが、下半身は獣のような四足歩行をしていた。
(これが”神様”なのか……?)
信じている人間には申し訳ないが、エレアスにはその像がとても奇妙なものとして映った。しかし同時にこれが、この教会が理想とする”神様像”なのだろうとも理解した。翼に、沢山の腕と沢山の目。それは強欲な人間達がいかにも欲しがりそうなものばかり。
「どう?エレアス。教会に来てみて。」
「あ、えっと、そうだね。大きな像があってびっくりしちゃったよ。」
いつのまにかコリィのお祈りは終わっていたようで、像を見ていたエレアスは、信者を前にして無神経なことを考えていたとは言えず、言葉を濁す。
「たしかに、あの神様像ちょっと怖いわよね。」
「こ…、」
教会のど真ん中でそんなことを言っても大丈夫なのだろうか。思わずエレアスは息を呑む。
神様のことを悪くいうなんて、信者や教会の人間が聞いたら黙ってないだろう。誰かに聞かれていないか、エレアスがハラハラとしていると、後ろから女性の声がした。
「怖い、というか悪趣味よねぇ。掌に目があるなんて。
」
コリィの言葉に乗っかるようにして声をかけてきたその言葉。まさか教会内に神に対して悪く言う人間が他にもいるとは思わず、エレアスはバッと後ろを振り向いた。
「あっ、ナテマさん!」
隣にいるコリィが女性に声をかける。ナテマ、と呼ばれたその女性。女性を見て、エレアスは思わずぎょっとしてしまった。
まず最初に目が行ってしまったのは、その豊満な胸だった。これはエレアスが男だからということでもなく、深い紺色のワンピースの胸元が大きく開け放たれ、首元から谷間を超えて鳩尾あたりまでの肌が見えていれば、同性であろうと誰だって見てしまうものだろう。加えて、長めのワンピースもよく見れば腰の上まで大胆なスリットが入っており、その合間からは太腿が丸見えだ。幸い、長袖なのと腹回りは肌が見えていないが、それでも露出度が高いのは言うまでもない。それでも、どこかに上品さを感じさせるその佇まいは、ワンピースのシックなデザインと飾り過ぎない金の装飾のせいなのだろうか。あるいは、頭から生えている羊のような角と、それらを装飾する金のアクセサリーと、後ろに靡く紺色のヴェールのせいだろうか。
「久しぶりね、コリィ。今日はボーイフレンドでも連れてきたの?」
「ぼ…っ!?…ちちち違うわよ!っ、今日はこの子が教会に用があるから案内しに来ただけよ!」
真っ赤になるコリィに、ニコニコ…というかニヤニヤとしているナテマ。会話を聞く限り仲は良いようだが、コリィとナテマはそこそこ歳が離れているように見える。コリィはたしか13歳と言っていた気がするが、ナテマはどう見ても大人のお姉さんだ。どういう関係なのだろうか?
「初めまして…、エレアスと言います。えっと、コリィのお知り合いさんですか?」
「ナテマよ。……そうねぇ、コリィとご家族とは5年くらいの付き合いかしら。定期的にこの教会に来てくれるしね。」
教会に、ということはナテマはこの教会の信者なのだろうか。よくお祈りに来ていて、それで家族ぐるみで仲が良いのだろうか。……それにしても、見た目が信者らしくないというか、お祈りに来るような格好ではない気がするが。
「付き合いは長いけど、ナテマさんってば毎回あたしのことからかってくるのよ!」
「何を食べればこのスタイルになるか聞かれてるから答えてるだけよぉ。そこの神様に祈れば、きっと胸なんてあっという間に大きくなるわ。」
「そういうことを聞いてるんじゃ無いのよ!!」
徐に腕を組んだナテマが、胸を強調するかのように少し前屈みになる。それに過剰に反応するコリィを面白がっているようだ。
「エレアスくん?だっけ。コリィと同じくらいの歳のようだけど、貴方はかなり落ち着いてるわねぇ。」
反対に、コリィみたいに顔を真っ赤にしたりという反応が無いエレアスには、つまらないといった様子で少し拗ねた顔をしている。
それを知り目に、コリィは本来の目的を思い出したようで、エレアスに声をかける。
「あ、でもちょうど良かったわ。エレアス、石を渡すんでしょ。」
そう、教会に来た目的はお祈りではなく、泥棒から回収した[魔晶石]を返納するためだ。そしてその泥棒の処遇を決めて貰うことと、[御使い様]について知ること。だから、教会の人間に話を聞かなくてはならないのだが、辺りを見回す限りこの礼拝堂のような場所には、教会の関係者のような人は居なさそうだ。椅子に座っているのは、地域住民の信者達だろう。
「え?あぁ、うん。でも教会の人ってどこに……。」
奥にでも居るのだろうか。それなら、そこまでコリィやナテマにでも案内して貰えばいいだろうか。よくこの教会に来ているなら、関係者のいる場所くらい知っているだろう。
しかし、コリィはエレアスの疑問に対して、目をぱちくりとさせる。どうしたのだろうかとコリィの様子を伺っていると、先程のエレアスの考えをひっくり返すような衝撃の発言をコリィがする。
「ここに居るじゃない。ナテマさんはこの教会のシスターさんよ!」
「ええっ!?」
思わずナテマの方を見たエレアス。目が合ったナテマは、その驚いたエレアスの顔に向かって、にっこりとした笑みを向けた。その笑顔に、エレアスの中にあった聖職者”という肩書きと職業イメージが大きく崩壊していくのが分かった。
「じゃ、エレアスくん。貴方の用事、あっちの部屋で聞くわよ。」
そういうナテマに、空いた口が塞がらないエレアス。コリィに促されて、クルッと背を向けたナテマの後を追う。その背中も、しっかり大きく開け放たれており、肌色が見えていた。驚きが連続し過ぎで、ここまで来ればもう驚きはしなかった。




