俺の好きな人が『マクラを持参するなら、私の部屋に泊まりに来ることを許可します!』とか言いやがったから、泊まりに行った日の話する
「あー眠れねぇよ…………」
眠れない理由は暑さのせいだけじゃない。
アイツの脳内がアホなせいだと俺は声を大にして言いたい。…真夜中の2時だから叫ばないけど。
こないだ、俺の1番のネッ友はあろうことか爆弾発言をした。
『マクラを持参するなら、私の部屋に泊まりに来ることを許可します!』
「どこのエロゲだよ。クソ女がっ」
おおよそ、成人男性を挑発したかのような暴言に汚い言葉が宙を飛んだ。
相手にその発言をさせておいて、ストーカー行為をして、相手の家を特定したらそれこそ捕まりそうだな。とか、思って自粛したにもかかわらず…俺の善意が、とんでもない方向へと向かってしまった。
ある日のショッピングモールで、俺は忘れ物の白いスマホを拾った。裏面にカメラが3つ付いている最新式のスマホだった。ホーム画面を覗くと、そこには持ち主の推しと呼ばれているキャラの顔があった。
「女で、しかも若そうだな……めんどくさ」
インフォメーションに持っていこうとして、俺の足が止まる。
『困りました!私、スマホを落としてしまったんです!!!至急、見つけた方は連絡くださいっっ』
「あ゛?」
なにやってんだ、あの女は………。俺のネッ友の悲痛の日記があがっていた。そもそも連絡くださいってのには、無理があるだろ。その連絡手段のスマホが俺の手の中にあるかもしれないわけで。
「いや、もしかして??」
俺は、自分のスマホから逢菜にメッセを飛ばした。
『…もしかして、白いスマホだったりする?』
俺は、普段やりとりをしているSNSからDMを飛ばした。
『は!はい。そうです。な、何故それを知っているのですか??』
どうやら、相手はそうとう動揺しているようだ。
『そのスマホの待ち受け、てるてる坊主のキャラ??』
俺は、スマホの画面をスクショして送った。
『わわ!!ソレです!!まさに!!私の推しです!!』
自分が拾ったスマホは、どうやらネッ友のものだと言うことが発覚してしまった。
『いま、ショッピングモールにいるんですが、受取に来れますか?』
『いますぐにい゛きます!!!』
そうメッセを受け取ったところから、連絡が途絶えてしまった。…待ち合わせとか決めないのかよ…。
夕方頃ということもあり、ショッピングモール内も道も案外混んでいた。バスで来たのだろうか、メッセのやりとりをしたところから35分くらいしたところで、逢菜からのメッセが再び復活した。
『いま、どのへんですか??』
『Gelato30のフードコートの椅子』
俺の椅子の目の前にはエレベーターがある。そのエレベーターが開くと、そこには息を切らせた大学生がこちらへ向かってきた。
俺はなんとなく手をひらりと上げた。
「あ!……翔吾さん!あのっ」
息を整えることもなく相手が話を続けようとしている。
「これ?」
さっき拾ったスマホを取り出すと、ものすごい速さで手から奪われる。
「あぁ!私のスマホ帰ってきたっっ!」
「スマホを落としたのに、どうやってブログを更新していたんですか?」
俺がそう質問すると、相手はポケットからもう一台のスマホを取り出した。いまどき二台持ちがあたりまえの時代か?
「あ、これは、一個前に使ってたやつで、Wi-Fiスポットさえあれば、なんとか動かせるのでっ」
なるほど、だから連絡が途切れ途切れになっていて、ショッピングモールの無料Wi-Fiに繋いでメッセを送ってきていたというわけか。
「あ、あの!なんとお礼を言ったらいいか…本当に助かりました!!」
相手が俺に頭を下げて帰ろうとしている。
「あの、さ……前に言ってたアレって有効?」
「え………?」
物忘れが激しいネッ友が、なんの事だっけ?という顔をする。
「その…だから、枕持ってきたら家泊めてもらえるってアレ」
「え…………ええ!!そんな事、本気にする人います??そもそも、枕持ってないですよね」
本気にするなって言うなら、口にしないでもらってもいいですか??
「俺、そもそも普段枕は使わないタイプの人間なんだけど…」
俺は、実家にいるのが嫌いで、普段から寝泊まりを友達の家に渡り歩いている身なので、そもそもこの枕がないと眠れないとかはなく、旅行先に枕を持っていくタイプではないのだ。
「え、えっと……………」
あからさまに相手が困っていたので畳み掛けるようにお願いしてみることにした。
「今日、友達の誰もが用事あるらしくて、泊まり先が見つからなくて…もし、泊まらせて貰えるならありがたいんだけど……」
まるで行先のない子犬のような顔で相手にお願いしてみた。
「え、や、えーと……でも、うち実家だしね」
「俺は構わないですよ!全然」
「翔吾くんがOKでも父がOK出さないでしょ!」
そうくることは予想済みなんだよな。
「君は俺の趣味をお忘れかな?」
「え?」
「逢菜のお父さんを納得させればいいんだろ?」
俺は、ニヤリと笑うと逢菜とショッピングモール内のブランドショップを連れ回し、逢菜の家へと向かった。
「…………本当に家まで来てしまった……バレないですか??大丈夫かな…私だけがハラハラドキドキしてるんですけど…」
逢菜が自分の家の玄関を開ける。
「…た、ただいまー」
「お姉ちゃん!おかえり!…そっちの人は?」
玄関の扉を開けると、高校生の弟さんが愛犬と共に飛び出してきた。
「あ、えと………女友達のシオンちゃん!」
「ふーん(あまり聞いたことない子だなぁ…でもモデルさんみたいに可愛い…」
「お邪魔します♪」
俺はとびっきりの裏声を使った。なにを隠そう俺は、普段から身長が低いことを利用して女装してアイドル活動をしているのだ。
見た目は完璧に女子になってるとはいえ、ホルモン的には男子だからか、家に上がる時に逢菜の家の犬がずっと首を傾げてはいたが、弟くんを騙し、もちろん逢菜の家のお父さんを騙すことにも成功した。
普段から偏食をしている逢菜の部屋で、俺は一緒に夕飯だと言い張るシリアルを食べる。
「ほ、本当に翔吾さんが私の部屋に………」
「おい、口からシリアルこぼれてるぞ」
「わ!わわわ!!!」
俺が逢菜の口元を触ろうとすると、後退りをして自分の部屋の本棚に頭をぶつける。
「やっぱり心臓によくないです!!」
頭をさすりながら机に戻ってきた逢菜が、少しだけ怒ったような顔をする。
「でも、泊まりに来ていいって言ったのは、そっちだろうが…嘘つきは大好きな弟くんから嫌われちゃうよー?」
逢菜は、この世でショタとよばれる年下の男子が大好きな優しいお姉さんなのだ。
「う゛…………」
まるでアニメキャラクターのような素振りで、胸に手をあてる。
「そもそもどうして私達出会ったんでしたっけ?」
そんなアンポンタンな逢菜は、もう俺との出会いを忘れてしまっているみたいだ。
「君の推しと同じ日のタイバンで俺のステージもあって、その帰りに君が推しとのハイタッチで失神して……」
出会いを詳細に告げようとして、大きな声にさえぎられる。
「あ゛あ゛ぁ…そんな事もありましたよね!」
その後、医務室に運ばれた逢菜を看病したのが、アイドルの格好から普段の服装に戻っていた俺で、そんな俺を逢菜が推しのマネージャーと勘違いした事から、始まったんだ。
いまでは、SNSで連絡先を交換し、推しの情報を横流ししている仲だ。
「(俺って、もしかしていまだにマネージャー止まりの間柄なんだろうか?」
おそらく、俺のプロフィールを見て、推しと同じような仕事をしてる事には気づいているとは思うんだけど…。
「えっと、最近見た目変えました?」
「うん。君の推しに髪色もメイクも寄せたから」
俺のメイク技術は、もはや本当の自分がどこにあるのかも、すでに自分ではわからなくなってしまった。
「今日、待ち合わせ場所に行った時、推しが私のスマホ拾ったのかと思ってビックリしました」
「そう……………」
もしも本物の推しだったなら、即答で泊まりのOK出たりしたのかな、と少し憂鬱になってしまった。
「逢菜にとって、俺って何……?」
「命の恩人です!!!」
確かに、出会いを思い出したらそうなのかもね。でも、やはりそれ以上の何かを見込める部分が何も無さすぎて愕然としてしまう。
「あ、うん。もう、風呂入ってきな?」
「そうですね!あ、翔吾さんは?」
逢菜は、シリアルを食べたお皿を持ち上げながら振り返った。
「俺は、明日事務所で入るからいいいよ」
俺の言葉を聞き終わると、逢菜は納得したように自分の部屋から出ていった。
そして、一人になって、まざまざと理解してしまった。この部屋の推しの商品の数々に、自分はこれっぽっちも好かれてもいないんだってことを……。部屋の電気を消して、窓から入る月明かりをぼうっと眺めていた。
1時間くらいして歯磨きも終えた逢菜が帰ってきた。
「わ!暗っ!なんで?!わっ!!」
暗闇に一人で俺が立っていることに幽霊が部屋にいると思った逢菜が、また自分の部屋の扉に頭をぶつける。
「……………月、見てた」
「あ、今日は晴れてたから満月キレイに見えますね」
俺のいるカーテンを開けた窓まで逢菜がやってきた。
「今日、俺たちが見ている月って……一緒だよね?」
「はい!………な、なんで?」
俺は、何故か涙を流していた。
「前に、ブログで同じ月を見上げていても、それは同じじゃないって君が言ってたから……だから、同じ角度から一緒に月を見上げてみたかった…」
唯一、出会わなくても空だけは好きな人の元まで繋がってくれているものだと思っていたのに、どうやらそうではないらしい。
「そうだったんですね。一緒に見ているから一緒だといいんですが」
「そう言われちゃうと、やっぱり違うのかもね………」
俺が見上げる月は、泣いているからかいつも形がぼんやりとしてしまっている。涙を流していない逢菜から見ている月とは、一緒にはならないかもしれない。
「ちゃんと早めに寝なね?」
「明日は学校ですから、言われなくても寝ますよ!翔吾さんはどうするんですか?」
「床で寝るから、いいよ」
俺が、カーペットが敷かれた床にゴロンとなると、パジャマ姿の逢菜がベットから降りてきて、俺の隣にゴロンとなった。
「そ、そんな!客人を床で寝かせるわけにはいきません!!私が床で寝ます!」
そう言ったら、俺がベットを使うとでも思ったのだろう。
「あ、そう」
俺は、逢菜のベットの掛け布団を掴むと、自分達のいるほうに引っ張った。
お互いが床で眠りにつこうとしている。
「シングルの掛け布団だから、もう少しこっちに寄って?」
「え、ば、なっなに言ってるんデすか!」
俺に掛け布団をかけてしまうと、逢菜の体が半分はみ出してしまっている。
「ほら、逢菜に布団譲ると推しの顔した俺がはみ出て風邪でも引いたらどうしてくれるわけ?」
「あ゛あ゛あ……すいません!!」
「いいよ、もう」
俺は、あっさり布団を逢菜に譲ることにした。
「さっさと寝な」
「お……怒ってます、か?」
布団からひょっこりと顔を出した逢菜が、こちらを恐る恐る見つめる。
「違うよ。呆れてんの……こんなに簡単に男を部屋にあげたらダメでしょ?」
「あう………………でも、誰にでも言ってるわけじゃないれす」
「どうかな……俺には確かめようがないしね」
俺が拗ねて逢菜から視線を外した。
すると、いきなりガバッと布団押しのけて起きあがった逢菜が俺に向かって物申した。
「私なんかのことより、翔吾さんが私のせいで週刊誌にでも載っちゃったらどーするんですか?!」
「既成事実作ってでも結婚する」
ようは、噂じゃなくて真実なら何も問題ないわけだもんな。
「え……………………」
「俺とじゃ、嫌?」
俺も上半身を起こし、逢菜の瞳を見つめ返した。
「バァ……そ、その、あの……えぇ?!」
「ごめん。困らせたかったわけじゃないんだけど」
答えなんて聞かなくても分かってるのに。
「………困ってるわけじゃないです。翔吾さんと結婚しても、推し活は続けられますか?」
「続けられるよ?…養ってくれる人なら、逢菜は誰でもいいんでしょ?」
俺は、にっこりと微笑んだ。推し活は続けられないよ?という意味ではない。貴女の伴侶へ求める前提は、推し活が出来て、そのための資金を惜しみなく出してくれて、養った上で自由にしてくれる人だ。
「ぁ…………………」
「でも、芸能生活を辞めたら、給料なくなってすぐに捨てられちゃうか」
「そんなことしないですよ!」
……ともすれ、逢菜の推しがすでに結婚していて奥さんいること知ったら側頭しちゃうのかな。活動休止しただけで、1週間も連絡取れなくなったんだもんな…。
そういう意味でいうのなら、1番になれなくても、結婚さえ出来れば好きな人の傍にいる事くらいは許してもらえるのかな。
…好きな人が自分の事を好きになってくれて、世界で1番に想ってくれるって…こんなに難しい事なのかな…………………。
俺は、今日も君が『好き』って言葉を口に出すことが出来なかった。それを言ってしまったら、照れて何も言えなくなった貴女の事を、やっぱり俺なんかじゃダメなんだって勘違いしてしまうから。
苦しくて苦しくて、胸が痛くて、これが恋だというのなら、いっそ心臓を握り潰して息が出来なくなるほうがマシだって思った……。
『ーDrop Fallー』
おやすみなさい。俺の眠れるお姫様よ。永遠に…。
地元の映画館バラしてんじゃねーよ!!危うくお前の隣の席でアイ◯ナ観るか、本気で悩んじまったじゃねぇかよ…アホが