9話 てるてる坊主を掲げよう
「あ、ありがとうな、ヨグ」
熱が引き、体調が良くなったギタンが礼を言ってくる。
「どういたしまして。体調は良くなりましたが、応急処置です。しばらくは安静にしていないといけませんよ」
「あ、あぁ、たしかにまだズキンズキンするな………わかったよ。でも、何をしているんだ?」
俺が準備をしているのを見て、ギタンが不思議そうに尋ねてくる。ガチャガチャと集めた剣やナイフをベルトで纏めながら、ギタンへと顔を向ける。
「ここを出る準備です。悪いけど、ガノンとタルクを起こしてもらって良いかな? もう少ししたら夕方だから移動しよう」
夕方に移動するのは、スラム街の夜は危険だし、昼も危険だからだ。剣とかを持ったひ弱な子供なんかカモでしかない。なので薄闇の夕方が隠れながら移動するには最適なのだ。
「この屋敷から移動するのか? ここは安全」
「その問いかけには後で答えるよ。それよりもガノンたちを起こしてもらえる?」
ギタンを手で制止して、準備を再開する。昨日の夜に殺した奴らの武器や服だ。木靴まであります。財布もあったよ。ろくに金は入ってなかったけどさ。
お願いしますと告げると、渋々とギタンはガノンたちを起こしに行った。
ギタン。俺たちのリーダーだった。歳は不明だが栄養不足の俺たちの中で一番体格はよく、たぶん12歳ぐらいだと思う。
まぁ、薬草集めの詐欺で殺されたんだけどな……。数ヶ月だけ一緒にいたのだ。
「ねぇ、あの剣とかって何だったのかな……?」
イータがおずおずと尋ねてくる。武器などを集めに行った時についてきて、バーナコッタたちから剥ぎ取っておいたのを見られてしまったのだ。
死体? 死体はそこら辺に捨てておいたよ。朝には無くなっていたな。スラム街だからね。
「ここには悪霊がいるみたいなんだ。俺は夜に暴れる銀髪の悪霊を見たよ。そして話し合ってすぐに出て行くと約束した代わりにもらったんだ」
真剣な顔で息を吐くように嘘をつく。
真実は子供の教育に悪いからナイショにしておきます。
「ふぬー! 銀髪は悪霊じゃ、キャウッ」
なにか余計なことを口にしそうなトゥスの脇腹を突っついておく。キャッキャッと嬉しそうにするトゥスさんです。
「ヨグ。この服、大きすぎるんだけど……」
死体から奪った服はぶかぶかだ。イータが困った顔になるが問題はない。
「大丈夫。サイズピッタリにはできないけど、魔法装備でなければ、多少の大きさは変えられる」
マナを人差し指に集めて、中空で動かす。複雑に動かしていくと、中空に魔法陣が描かれていく。
『錬金:サイズ調整』
魔法陣が動いて、イータの身体をスキャンするように上から下まで潜っていく。と、不思議なことにぶかぶかだった革のジャケットとズボンが多少ぶかぶかな程度に縮まっていった。
俺の得意の『錬金術』だ。人の魂の力、マナと呼ばれる魔力を利用する技だ。
魔法にもマナは使うが、基本詠唱して使う。対して『錬金術』は、魔法陣をマナで描いて発動させる。
インクとかを使えば、マナはその場に残るから、一息に書く必要はない。こういったマナだけで魔法陣を描く時だけ、すぐに魔法陣は霧散してしまうから、一息に書く必要がある。
服がなぜ縮むとか、縮んだ分の革はどこに消えたのかは不明だけど使えれば良いよな。ちなみにサイズを大きくすることはできないので、少ない素材を増やすことはできません。
「わわっ、こんなこともできたんだ……。ヨグって何者?」
「トゥスに聞いてくれるかな?」
「保険員! トゥスの保険員!」
驚き尊敬と疑わしい思いを込めた目を向けてくるイータに、俺の代わりにふんふんと鼻息荒く答えるトゥス。
ろくでもない答えにイータは俺を見て困った顔になるが、答えるつもりはありません。保険員で良いんじゃないかな?
クラリと目眩がしてふらつく。たった一回の錬金だけで早くもマナが尽きかけている……まいったね。
「おはよう……ヨグ」
「助かったよ、死ぬかと思った」
ガノンたちがギタンに起こされて、寝ぼけ眼でふらつきながらやってくる。そりゃそうか。あれだけ大人に蹴られて、食べ物もろくに食べていないもんな……。
だからこそ、さっさと移動しなくてはならない。
「悪いけど、説明する時間は後です。完全に夕方になる前に移動します。なので、そこに落ちてある服に着替えて貰えますか?」
血は『錬金:洗浄』で流しておいたから大丈夫だ。
さて、さっさとこの場から離れるぞ。
スラム街の子供という立場からもな。
◇
街角を隠れながら移動して、俺たちは目的地に到着した。幸いなことに、誰にも目をつけられることはなかったので、一安心である。
「ここかぁ? とんでもなく臭いぞ!」
「あぁ、ここには僕の家族が残した遺産があるんだよ。それを回収したい」
「そんなもんがあったのかよ!」
悲しげな顔で、夜の帷の降りた空をあおいで答える。正確には俺に残してくれた遺産ではないけど。
「うぅ、そのとおり。トゥスはヨグの事情を知っているから、同情する」
トゥスが話を合わせて、悲しそうに顔を手で覆う。
「ヨグの父親は優秀な科学者で、秘密組織オワコンに追われキャウッ」
「さて、それじゃ中には入るけど準備は良い?」
ズビシとトゥスの脇腹をつついて、皆へと確認する。ろくな作り話をしないな、この女神。
「剣さえあれば、俺たちだって戦えるぜ、任せておけよ!」
「うん、頑張るよ!」
「こ、怖いけど」
「凄い臭いよ〜」
四人それぞれが、手に持った短剣を見せて頷く。剣は重すぎてギタンしか持っていない。
「それじゃ、口元は布で覆っておいてね。病気にかかると危険だから」
鉄格子の隙間に身体を滑り込ませて、後から続く皆へと注意を促す。
暗闇の中で、腐った臭いが充満し、吐き気がするほどに汚い場所。
俺たちは王都の下水道入り口に来ていた。本来は鉄格子を開けるための鍵が必要だが、子供の身体だとぎりぎり隙間から入れたのだった。
下水道は横の石床を歩いていてもきつい。ねとねとと汚れが粘着力を持っているし、目も臭気で痛い。あまり長くはいたくないところである。
「マナよ、蛍の光、星空の輝き、球となり辺りを照らせ」
『光灯』
辺りを照らしながら、暗闇の中を進む。ぼんやりと映る石床とゴミが溜まっているヘドロのような下水。時折何かが通り過ぎていく。
「大ねずみだ!」
「うりゃっ!」
「チウッ」
下水道をのそのそと歩く大ねずみ。子犬ほどもあり、その牙は鋭く噛まれたら確実に病気になるだろう。
暗闇の中でヘドロに塗れて毛皮がべっとりとした大ねずみは不潔の塊だ。
まぁ、噛まれたら問題なんだが。
「こいつ太って動きが遅いぞ!」
「楽勝だなっ」
ふんだんにあるゴミを食べた大ねずみは動きが鈍かった。なので剣さえあれば、子供でも楽勝である。大ねずみというか、肥満ネズミです。
ギタンたちは汚れるのを気にせずに大ねずみたちを倒している。普通の冒険者じゃ無理なことだ。染み付いた臭気がいつ消えるかわからないからな。
「大鰐がいない?」
「都市伝説だな。ここは時折大規模に聖水を流すし、汚いことに目を瞑れば安全だ」
つまらないと、不服そうに唇を尖らせるトゥスに苦笑をしつつ、2時間ほど進むと。目的地に到着した。
ギタンたちは肩で息をしており、疲れているが、それでもやりきったと嬉しそうだ。大ねずみとはいえ、戦闘で魔物と戦うのは浪漫だからな。
「ここになにがあるの?」
「遺産だよ」
イータが俺を見てくるので肩をすくめて答える。
暗闇の中で光に照らされてぼんやりと映るのは一見すると、ただの汚れた壁だった。だが、ただの壁ではない。仕掛けがあるんだ。
壁に手を添えて、一昨日聞いた合言葉を唱える。いや、実際は数十年後に聞いた合言葉か。
仲間の一人で、高位魔法使いが苦労して解析した合言葉。
「栄光あるオルドワの名において、輝かしい日を取り戻すべく力となれ」
合言葉に従って、魔法の鍵が解錠され、壁に魔法陣が描かれると、青く光りながら、くるくると回転し変哲もない壁が開いていく。
「おぉ〜! 魔法かよ!」
「そうです。ここに遺産があるんです……」
僅かに寂しげな顔になるが、すぐに気を取り直す。
本当なら、子供たちの平民権を買うための財宝だった。数人のパーティーを組んで、隠し財宝の在り処を探して、一昨日ようやくのこと見つけた遺産だ。
パーティーで分配しても大金となった美味しい遺産だった。
子供たちの平民権を買い取る金だったが……今は俺たちを助けるために使わせてもらう。将来は平民権を財宝頼りにせずとも買えるほどの金持ちになるから、俺の子供たちよ。ゆっくりと待っていてくれ。
ゴゴゴと重々しい音が響き、壁がゆっくりと開いていく。パラパラと壁にへばりついた泥が落ちていき、部屋の中が見えてくる。
中は綺麗な部屋で、そこそこの広さだ。壁際に横たわる数人の貴族の服を着ている白骨。傍らに置いてある木箱や剣、ネックレスや鎧。
一昨日見た部屋とまったく同じだった。久しぶりに興奮しながら、仲間と共に開いていく壁を見守ったものだ。
悪いな、未来の仲間たち。いつかあったら、酒でも奢るよ。
「これは43、いや16年前に政争に敗れて家門が没落したオルドワ侯爵家の隠し遺産です。元は宰相として権勢を奮いましたが、次代の王との政争争いで敗北。遂には反逆者として処罰されました」
この隠し財宝を見つけるために、オルドワ侯爵のことは家系から領地での評判、やり方まで詳細に調べたのだ。その人の思考から、どこに財宝を隠すのか、喧々諤々で話し合ったものだ。
「へ〜、詳しいんだなヨグ! でもそうなるとヨグは危ないんじゃないか?」
なんでと聞き返そうとして、そういや俺の遺産と言ったっけと思い出す。たしかに反逆者の子孫はヤバいな。
でも、問題はないんだ。
「次代の王は即位して数年で病で死んだんですよ。で、次の王がオルドワ侯爵の反逆は謀略であり、無実だったと公表し家門を復興させました。とはいえ、主だった者たちは処刑されており、傍系の傍系が後継者だったんですけどね」
まぁ、復興させた理由は罪悪感からではなく、オルドワの能力が必要だったと言われている。傍系は政治の才能もなく無能で、役に立たずに見る見るうちに没落していったけどな。
箱を見比べて、目当ての箱を見つける。一抱えはある鉄製の頑丈な箱だ、鍵はかかってなかったはず。
「すげぇなぁ、ヨグは。なんか他にも物語とか知ってたら話してくれよ」
「良いですよ。俺はたくさん物語を知ってますから」
物語をせがむ子供っぽいガノンのセリフに優しい笑みが零れてしまう。娯楽なんかないし、物語が楽しみなのだ。
子供向けの物語はたくさん知っているから、今度話してやろうと思いながら、鉄の箱を開ける。鍵はかかっていない。そもそもこの部屋に入ってくる者は一族のものだと決めつけているのだろう。
ギィィと重たい音がして箱が開いていき、仲間が興味津々で覗いてくる。
そして、驚愕の叫びをあげる。
「えぇっ! これ、こ、これ金貨? ぜ、全部金貨!?」
「そうです。隆盛を誇ったオルドワ侯爵家にしては少ないですが、これぐらいが身の丈にあうでしょう」
分厚い金属製の箱の中にはぎっしりと金貨が詰まっており、光に照らされていた。
「ふぉぉぉ! これでトゥスの神殿を建てる! トゥスは豪華な王座に座り、召使いにケーキを食べさせてもらう!」
見かけは幼い少女なのに、物凄い俗っぽい大興奮の女神トゥスである。ふぉぉ、ふぉぉと叫んで金貨を掴んでザラザラと零す姿でも可愛らしいから、美少女ってお得だよな。
「とはいえ、そんなことはしないからな」
「もちろん半分冗談。この金でスラム街に組織を作る」
残りの半分は本気であったトゥスは、自信ありげに見てくるが違う。
「スラム街に組織なんか作らないよ」
「どうして? 組織を作れば保険も返しやすい」
トゥスの言葉に、金貨を一枚とってピンと弾く。
「裏の世界は子供の教育に悪い。まぁ、俺に任せてください」
光の当たる道を皆には歩んで欲しいんだ。茨が道を塞いでいても、光の当たる道の方が遥かにマシだからな。
まぁ、任せておけよ。培った経験の力を見せてやる。
楽しそうに微笑み、俺は落ちてきた金貨を掴むのだった。