8話 天気は覚束ない
ヨグはよたよたと力なく街中を歩いていた。不幸だ。俺は今とっても不幸です。
「願いは叶う。今なら洗剤一ヶ月分付ける。このトゥスに投資すれば毎月の利息がなんと10%も増える。とてもお勧め」
隣を歩くトゥスが、俺の腕を抱えながら耳元でささやき、とってもうるさい。なんとしても契約をしようというつもりらしい。
はぁ……どう見ても詐欺だ。こいつは話から推測するに神様なのだろうが、まったく頼りになりそうにない。そこらのエセ神官の方がまだマシに見えるぞ。
だが、こいつを頼りにしないと、未来において子供たちを助けることができそうにないのが悔しい。
他の方法ねぇかなぁ。遠い目をしてため息を吐くと、ガスガスと肩にトゥスは頭突きをしてきた。頬をぷっくりと膨らませて不満を露わにしてる。
「無駄なことを考えるだけ無駄。ヨグはトゥスを頼りにする他ない」
「とは言ってもなぁ……具対的に子供たちをどうやって助けてくれるんだ? 両親に先立たれないで、普通の子供として生きる道か?」
平気な風を装って、トゥスに尋ねる。本当は自分の子供として出逢いたいが、それはエゴだ。子供の幸せが一番である。それが父親と言うものだろう。
とはいえ、内心は葛藤に塗れているが。
「う〜ん、それは願いが叶えられるほどに『信仰心』が稼げたら考えれば良い。未来は不安定だから、今決める内容じゃない。でも稼ぐには契約は必要」
「結局そこに落ち着くのか」
ちらりとトゥスを横目で見るが、素直に答えてくるその姿には嘘は感じられない。まぁ、嘘をつく必要も今はないんだろうな。
「それじゃ、契約を前向きに善処するとしてだ。問題が一つある」
「善処だけで終わったら、地の底まで追いかける。で、問題ってなに? トゥスに全ておまかせ!」
むふーっと得意げに胸を叩くトゥスに、困ったことを口にする。大問題が一つあるのだ。
真面目な顔になり、真剣な声音で聞く。
「8歳だっけか? 俺、この時のことをほとんど忘れたぞ。悪いけど仲間だろう子供たちの名前も忘れた」
「えぇぇっ! 酷い! 人でなし! トゥスと契約を結ぶべき!」
ポカンと口を開けると、ガスガスと頭突きをしてくるトゥス。どさくさ紛れに契約をしようとするな。
「いや、かなり昔の子供の頃の話だぞ……しかも結構仲間は入れ替わっていたしな」
たしかに気まずい。なので、頭突きを止めないトゥスの頭をげんこつでぐりぐりしつつ、当時の記憶を思い出そうとする。……けど、苦労した記憶はあるけど、やっぱり仲間たちの顔も名前も思い出せない。
だって数十年前の記憶だからな! 覚える奴は記憶力が良いなんてレベルじゃないだろ?
「ふむむむむ、たしかにトゥスもあまり過去のことは覚えていない。妹に仕舞っておいたシュークリーム食べたでしょと怒られても記憶にないと答えてた」
「それは記憶を捏造しているんだろ」
ツッコむ俺を無視して、顎に手を当てるとトゥスは真剣な表情で考え込む。
「……仕方ない。トゥスとお試しで契約した際にヨグの記憶は全てコピーしておいた。この時の記憶をダイジェストで流し込む。残りの『信仰心』を考えると、もうこれが最後の奇跡。貯まるまでは、トゥスの清潔と栄養を保たせる分以外は使えない」
「不吉にして気になるワードだけど……。まぁ、良いや。助かるよ、それじゃ記憶を流し込んでくれ」
「ん。それじゃどうぞ」
立ち止まると、トゥスは俺の正面に立ち、目を瞑る。唇を尖らせてくるのでピンときた。
「わかった。唇を摘めば良いんだろ」
桜色の小さな唇を掴んで、ニコリと微笑んでやる。捻れば良いのかな? トゥスの唇はぷにぷにして触り心地が良いね。
「ぬぐぐぐ、少年らしく、ま、まさかキシュ!? キシュをすりゅのか、とか慌てるべき!」
唇を掴んだペしんと手を叩いて来るので、苦笑気味になってしまう。
「中身がおっさんなのは知ってるだろ。で、何をすれば良いんだ?」
「うぅ……いつの間にか扱いが酷くなってる………。額にキスすれば良い」
「はいよ」
トゥスの額にかかる髪をかきあげて、チュッとキスをしてやる。と、どっと頭に記憶が流れ込んできた。まるで激流のように記憶は流れ込んで、頭が負荷で強く痛む。
ふらりとよろけて、慌てたトゥスが肩を掴んでくれた。俺の顔を覗き込んで心配そうな表情で聞いてくる。
「大丈夫? 8歳の1年分の記憶を流し込んだだけなんだけど……」
「うぷっ………これで1年分か……気持ち悪いし、倒れそうだ」
吐き気がするし、頭はガンガン痛い。たった1年分でもこんなにも負荷がかかるのかよ。気をつけないといけないな。
とはいえ、現状はよくわかった。今年になにが起こっていたのかも把握した。
「トゥス、ありがとうな。仲間たちの名前を思い出した。助かったよ」
「別に良い。これからは使徒として頑張ってもらうし!」
俺が大丈夫なようだと、ニコニコと安心した笑みになるトゥス。神様の癖に人の良さそうなところもあるなぁ。
俺も安心した。これで廃屋の仲間たちと話を合わせることができるや。記憶を流し込まれたせいなのかはわからないが、僅かに子供っぽさが意識に浮かび上がるが、それは無視をしておこう。
さて、今なら子供たちの名前も性格も、この時代になにが起こったのかも思い出せる。
それじゃ、スラム街に戻りますか。今の自宅にな。
◇
スラム街に入って、ボロボロの屋敷に戻る。と、すぐに少女が慌てて駆け寄ってきた。赤毛のそばかすが目立つ少女だ。どうやら何かが起こった模様。アワアワと手を振って涙目になっている。
名前はたしかイータだ。
「ヨグ、大変なの! 昨日冒険者たちに虐められたギタンが高熱を出してるの。……ど、どうしよう? ガノンやタルクたちも起きる様子はないし……」
「……すぐに行くよ。ごめんイータ、少し用事があったんだ」
昨日の冒険者の暴行が原因だ。記憶によると……3人とも本来は昨日の昼に蹴り殺されていた。
覚えていないのも当然だ。スラム街は生き残る事が大変だ。頻繁に入れ替わる仲間を全て覚えることなどできない。
だが、今なら助けることができる。『回帰』は気に食わないが……助けられる仲間は助けたい。
向かおうとする俺の肩を、トゥスが真剣な表情で掴む。
「ヨグ……歴史が変わる。彼らは死んでいた」
「だから? 歴史はこれから紡いで行くんだろ?」
『運命』なんて存在しない。トゥスはそう答えたはずだ。あるのならば俺はなんとしても歴史通りに世界を進めようと頑張ったかもしれない。それが子供たちと再開できる確実な方法だからだ。
しかし、存在しないなら関係ない。好き勝手やって、願いを叶えるべく懸命に働くつもりだ。
幸福な未来が変わる人たちには保険に入っていれば良かったなと、同情するよ。昨日殺したバーナコッタやタビオのようにな。
トゥスとのお試しで流れ込んできた知識。敢えて無視をしていたが、もう背ける必要はあるまい。
あいつらは未来において、有名な悪徳商人たちだった。ライバル商会を皆殺し、人買いに薬、暗殺から密輸までやばいことには全て関わっているという噂の大商会だった。俺は関わらないように気をつけたものだ。
だが死んだ。彼らが死んだことにより、未来がどうなるかはわからない。王都が少し平和になるか、それとも他の商会が出現するか。
たった一日で歴史は変化している。3人の仲間たちを助けるか、助けないかで迷う理由はない。
「ふっ、さすがはトゥスのパートナー。その明晰な頭脳はトゥスが選んだだけはある」
フッフッフッと、髪をかきあげて悦に入るトゥス。わざわざ壁に手をつけて、かっこをつけようとしているが、背丈の小さい少女なので、ちっともかっこよくない。というか可愛らしい。
放置して階段を駆け上ると、部屋に入る。冷たい石床にボロ布をかけて、辛そうな顔で3人は寝込んでいた。
失敗したぜ。先にこいつらを助けるべきだった。
「ギタン、大丈夫ですか?」
横に座り声をかけるが、息は荒く顔は高熱で真っ赤だ。
ヤバいな、もしかしたら内臓を痛めているのかもしれない。蹴られたあとが腫れて膨れ上がり、震えてもいる。
「トゥスアーイ!」
俺の背中にのしっと乗っかってきて、大声で叫ぶトゥスさん。ちょっとうるさいんだけど? 耳がキーンとなったんだけど?
「トゥスは全てを見抜く全知なる者! この子供は内臓を傷めているが、たいしたことはない。問題は右腕の骨が砕けていること。他の子供たちは骨にひびが入ってる」
キラリンと目を輝かせて、ふんふんと得意げなドヤ顔のトゥスである。
「ナイスだ、トゥス。それならなんとかなる」
「トゥスの『低位治癒』なら3000TPで使える。トイチで貸す」
「そんな利率で借りないから」
骨が砕けている程度ならなんとかなるぜ。まぁ、応急処置にすぎないけど。
フゥと深呼吸をして、精神を落ち着ける。目を瞑り、体内の生命力を高めていく。昨日のように倒れないように気をつけてと。
『闘気』を高めていき、闘技へと変換させていく。
ギタンの右腕を見ると、たしかにへんてこな形に曲がっているし、パンパンに腫れてもいて、見ていて痛々しい。
『体内活性』
燃え上がる闘気をギタンの右腕に注ぎ込んでいく。変な形にとなっていた右腕が震えると元の形に戻っていき、腫れが引いていく。
高熱で真っ赤な顔が元に戻っていき、荒かった息がおさまって穏やかに変わる。
「す、すごい! 凄いよ、ヨグ!」
イータが俺の使った闘技に驚き感心の声をあげるが、『体内活性』はそれだけの効果があるのだ。
「自己治癒を大幅に上げる能力だから欠損などは治せないけど、毒や病気にもある程度効果はある。戦場で必須の闘技だったんだよ。とはいえ、完治したわけではないんだ」
自己治癒力を高めるとはいっても限界はある。砕けた骨が少し繋がっただけだ。激しい運動をすれば、直ぐにまた折れるだろう。
たった一度の闘技で、脂汗が流れる。かなり体力を失ったのか。まずいな、予想よりもこの身体はひ弱だ。
「ガノンやタルクも少しだけ回復させるから、すぐに行動に移ろう」
「? どこに? ここにいれば大丈夫でしょ? ギタンたちも治るまでここに隠れていようよ」
「いや、すぐに移動しないといけない」
無邪気に小首を傾げるイータだけど駄目なんだ。
数日後にイータは攫われて行方不明となり、俺一人になってしまった。
ここは人買いの拠点となるのだ。未来が変わったとはいえ、昨日の話だ。たぶんその歴史は直近だから変わらない。
ギタンたちが死んで、二人で心細くこの屋敷に隠れていた。そうしたら人買いがスラム街の子どもを攫いに来たのだ。
「で、でも、どこに? スラム街の奥になんて危なくて行けないし、隠れる場所なんかないよ?」
「いや、一つある。そこに向かおう」
未来の知識は今ならまだ役に立つだろう。
さっさとここから移動しよう。
天気模様が変わらないうちに。