7話 明日の天気はわからないでしょう
「……説明してくれ」
元は俺の店があった空き地にあった瓦礫の上に座って、顔を手で覆う。なんだってんだ? 俺がなにかしたのか?
フフフと胸を張り、トゥスは説明を開始する。
「『回帰』とは、昔に流行った神の御業。不幸にも悲惨な境遇で死んだ人間を助けるために、神がやり直しをさせるべく奇跡を起こして過去に世界を巻き戻す」
「たった一人を助けるために? そんなことのために世界を過去に戻すのか?」
そんなことが許されるのか? 正直悲惨な境遇で死ぬ人間なんざ大勢いる。それを神が一人を救うためだけに奇跡を使う?
信じられないと、手をのけて噛み付くように言うと、トゥスはチッチと人差し指を振る。
「建前はそう。でも基準がある。まず神への信仰心が高いこと、それか神様に強い感謝をすること。そしてやり直せば幸福になれる優れた素質があること。金持ちか高い地位につくこと。最後に最初から美女か、磨けば光る美女であること」
「なんだそりゃ? そんなふざけた理由で『回帰』とやらは行われるのか? で、本当の理由は?」
「本当の理由は、さらなる信仰心が集められること。『回帰』により幸せな人生を歩むことのできるようになった美少女は神に感謝して、神殿を建設したり、献金を行って、有形無形な形で人々に神の偉大さを話し、信仰心を捧げさせるようにする」
「なるほどねぇ……。ようは宣伝のために奇跡を使ってみせるということか」
「この世界の神の力の源は『信仰心』。『信仰心』の為に『回帰』は神々の間でお手軽な奇跡だと流行した」
説明は理解した。神々にとっては勝手に頑張って幸せになってくれて、しかも神の偉大さが勝手に伝わるので、稼ぎの良い手法なのだろう。
『回帰』に巻き込まれた人々は、たまったもんじゃない。苦労して手に入れたものが、抵抗もできないでなくなるんだもんな。いや、最初から存在すらしなかったのだった。酷い話だ。
「やり直された世界では、他の人間は以前の生活を取り戻せない?」
「決まった『運命』はないから当たり前。『運命』システムは欠陥があるから、もはやどの神も採用していない」
喉になにか熱いものがせり上がり、手が震える。
泣きたくなってきた。神が相手なら復讐も不可能だろう。……待てよ? なんでこいつは俺に声をかけてきたんだ? それに話の内容に不自然なところがいくつかあったぞ。
落ち着けヨグ。トゥスは俺に『回帰』の説明をする必要なんかない。どうして俺に接触してきた? そして、なぜ俺は回帰前の記憶を保持している? トゥスの話が本当なら、神の基準には当てはまらないはずだ。
深呼吸をして煮えたぎるような心を落ち着けて、無理矢理冷静になる。ここは大事なところだ。たぶん一番大事なターニングポイントである予感がする。
「その口ぶりだとトゥスが『回帰』を行ったんじゃないんですね?」
丁寧な言葉に戻して尋ねると、予想通りコクリと頷き返す。
「この世界の創造神『クロノス』が行った」
「クロノス……。なるほどな、創造神様かよ……」
有名すぎるほど有名だ。創造神『クロノス』。国教にしている国もあるし、皆が知っている神である。
『信仰心』の為に、世界を過去に戻す……。犯神が本当に『クロノス』ならば、今後絶対に礼拝はしないし、お布施どころか滅びるように祈ってやる。
それともう一つ疑問があるぞ?
「……変なことを言ってましたね。昔に流行った?」
「そう。むかしに流行った。でも、『回帰』にはとんでもないデメリットがあったので、もはや誰も行わない『奇跡』となった」
「なぜ?」
「ふふふ、聞きたい? 聞きたい? むふーっ、トゥスと契約したい?」
目を輝かせて、楽しそうに顔を近づけてくるトゥス。可愛らしい顔にパンチを食らわせて良いだろうか? うぬぬ、耐えるんだヨグ!
「偉大たる美しき女神トゥス様。哀れなる魅人を導いてください」
ぷるぷると震える拳を振り上げるのを耐えて、トゥスに頭を下げる。
「むふーっ。仕方ない、教えてあげる。『回帰』は神のシステムも全てまっさらにフォーマットする」
「あ〜、よくわからないから、わかるように教えてくれないか?」
フォーマットってなんだよ? さっぱりわからないんだけど。
「えっと、全知なるトゥスは簡単に説明できる。例えるなら、神は要塞のようなセキュリティの高い自宅を持って、奥の頑丈な金庫にたっぷりと山のような『信仰心』を仕舞っているとする」
「フムフム」
なんとなく想像できる。金持ちの貴族みたいなもんか。
「『回帰』は一旦世界を解体する。それは神の自宅も含まれる。即ち、要塞のような自宅を更地にして、山のような『信仰心』を空き地に放置する」
「…………」
「そうしたらチャンス。なぜかお宝が落ちているわと、外の世界からスキップをしながら、他の神様が盗みに来る。簡単に盗まれて創造神の地位が入れ替わる事態が大量に発生して、誰も行わなくなった」
「駄目だろ! デメリットが大きすぎるだろ! なんでクロノスは『回帰』を行っているんだよ!」
全財産を盗まれるとか洒落にならん。頭おかしいのか、クロノスは!
俺の言葉に首肯して、嫌いな野菜を食べたかのように顔を顰めるトゥス。
「ヨグの言うとおり。でもほんのたまーに『回帰』を行う神がいる。稼ぎが大きいし、自分だけは大丈夫と根拠のない自信を持った神が『回帰』を行う」
「あぁ……なるほどな。そういう奴はどこにでもいるよな………。自分だけは大丈夫だと、ギャンブルに大金を注ぎ込んで破産する奴」
そんな馬鹿な奴のために俺は全てを失ったのか? いや、そもそも過去だから起きてもいないのか。
頭を抱えてしまうが、とするとクロノスはもう『回帰』を行ったことによる罰は受けたのか?
「……気づくのが遅れて、奪うことはできなかった。最近は『回帰』を行う神がいなかったから」
「それじゃ、クロノスは『回帰』で痛い目に遭っていないのか?」
「いや、奪うことはできなかったけど、腹いせ混じりに悪戯しておいた。もうクロノスには手持ちの『信仰心』以外は使えない。論より証拠。来て」
ついてきてと、裾をクイクイと引っ張ってくるので、おとなしくついていくことにする。
不思議なことに、道路を歩いても誰も俺たちを見てこない。トゥスはともかくとして、さっきまでの俺への嫌な視線もなくなっている。
「『認識妨害』。トゥスが残した能力の一つで見た人間はトゥスを誤認識する。今はヨグにも使用している。神以外ではトゥスを認識することは不可能。使うたびに『信仰心』が必要になるからあまり使えないけど」
「さすがは神様ですね、素晴らしい能力です」
だから、さっきのスラム街の少女はトゥスに疑問を持たなかったのかと納得する。こんな可愛らしい娘がスラム街にいたら不自然だからな。
てくてくと歩いていくと、行き先がわかった。クロノスの大神殿だ。この国でもクロノスは広く信仰されているから、かなり豪勢な神殿が建てられている。
「到着。あの神像を見て。ふふふふ、笑える」
大神殿に到着する。見上げるほどに巨大な大理石製の建物である。大勢の人々が参拝に訪れて、神官服を着た者たちが、説法を口にしている。
かなりの賑わいであり、さすがは人々の信仰を集めるに相応しい創造神の大神殿だと言えるだろう。
正門前には巨大なクロノスの神像が建てられていたはずだが………。
トゥスが含み笑いをしているように、様相を変えていた。
「寝てますね?」
たしか立派な爺さんの姿を象った神像だったはず。その手には太陽を持ち、空へと掲げている威厳のある神像だった。
しかし、今は可愛らしい幼女がベッドの上ですやすや寝ている神像に変わっていた。なにこれ?
「時間が無かったから、奪うことはできなかったけど、急いで名前と教義を変えてやった。『時間と力を司る神クロノス』から『時間の許す限り睡眠をするヨウジョス』に。名前が違えばもはや『信仰心』の所有権も変わる! なのでクロノスは貧乏人、ざまあみろ!」
腰に手をあてて、むははと心底楽しげに笑うトゥス。
「存在しない神が『信仰心』を無駄に集める!」
「……そうか。なるほどな。ナイスだトゥス、これで早くもクロノスへの復讐は終わってしまったわけだけど……トゥスはなんでクロノスをそんなに憎んでいるんだ?」
俺が恨むならわかるが、話しっぷりから推測してこいつは神様っぽい。なのにクロノスを怨んでいるように見えるんだけど。
ギクリと身体を震わせて、汗をダラダラかきはじめると、挙動不審となり目を彷徨わす。
「それがその……。トゥスは使われないと思って、この世界でこっそりと信者に対してサービスを行っていた」
「ほほう? どんなサービスですか?」
トゥスは俯くと、耳を澄まさないと聞こえない小声で答えた。
「か、『回帰保険』サービス。『回帰』が行われた際に、掛け金により顧客の望む力を支払うこと」
「なるほど……使われないはずの奇跡に対して保険サービスをしていたと」
どうしてクロノスを怨んでいるのか、一瞬で理解したぜ。
「ふぬー! 『回帰』なんて使う神がいるとは思わなかった! うちは零細企業。売り上げを上げるためにはなんでもしないといけなかった!」
悔しそうに地団駄を踏むトゥス。バッタンバッタンと足を踏み鳴らして怒りに燃えている。
「支払いに回す『信仰心』なんかあるはずはない! 信者を示すゴッドカードとか、神聖魔法を使える許可証を作ったり、神聖魔法消費税も高くしているのに、経営は火の車!」
まったく神様っぽくないトゥスである。こいつ、本気になると神様っぽいけど、それは見かけだけか……。
「仕方ないから、肉体を作って降臨した! 直接『信仰心』を受け取れば、多元世界関税がなくなって利益もでかい! 儲けた『信仰心』で支払いをするか、直接手伝って支払う!」
むふーむふーと鼻息荒く地団駄を踏む幼女を見て、ふむふむと頷きにこやかに答える。
「俺は他の神様を頼るよ。それじゃこれからのご活躍をお祈りします。さようなら」
ゼウスとかアテネを頼ろう。神様は他にもたくさんいるしな。
だが、トゥスは俺の言葉を聞いて再び突進してきた。突進が大好きな少女だな!
「そうはいかない! クロノスの名前が書き換わったことにより、クロノス銀行が倒産して、『信仰心』を預けていた眷属神たちも影響を受けて破産した」
ウハハと得意げにトゥスは笑う。
「ゼウスやアテネたちも、力を失って今やウスとか睡蓮とかバッタとかになってる!」
「マジかよ………」
「だから唯一動けるトゥスを頼るしかヨグには道はない。クロノスが復権しようとしてもヨウジョスのパチモンだと排斥されるのが関の山! これからはトゥスの信者を増やしたり、顧客への保険の支払いを一緒に頑張ろう?」
ぬぐぐぐ………。このアホとコンビを組むのか?
「子供たちを取り戻せる方法は『信仰心』をたくさん稼いでトゥスに奇跡を使わせる他ない」
こ、こいつ………。俺がなんとしても子供たちを取り戻したい心を理解してやがる!
「ね? トゥスと契約しようよ!」
「考えさせてくれ………」
契約書はよく読まないとなぁ……。大丈夫かね?