4話 雨模様になってくる
ひたひたと足音を押さえて、暗闇の広がるスラム街の細道を歩いている集団があった。
8人の男たちだ。先頭を歩いている爺さん以外は、皆、薄汚れているが、それでもスラム街を散歩するには立派すぎる革のジャケットと革ズボンを着込み、木靴を履いている。
腰には剣を下げており、荒くれ者だとひと目でわかる物騒な空気を醸し出していた。
数人がランタンを手に、あまり頼りにならない光量で道を照らしている。
ランタンの光に照らされて映し出される男たちの中には、昼間に子供にやられた冒険者たちの姿も混じっていた。
その集団の一人にバーナコッタという冒険者が混ざっている。薬草集めをすると言って、スラム街の子供たちを集めた男だ。
以前に折られた鼻が曲がっており、口元は皮肉げに釣り上がっていて、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべており、狡猾さというよりも、ずる賢さを感じさせる男だ。
バーナコッタは最底辺の冒険者だ。歳は16歳。二年前に田舎から王都に来た。口減らしのため、三男であるバーナコッタは、実家に居場所がなかったのだ。
いや、厳密に言うと長男が結婚したため、部屋が足りずに追い出された。
田舎の痩せた田畑を耕してなんとか暮らしていた家族だったので、新たに開拓した猫の額ほどの畑は、次男に譲られて三男のバーナコッタには何もなかった。
14歳となったある日、古ぼけた短剣と数枚の銀貨を渡されて、家族から追放された。正直、生きて王都に到着したのは奇跡だと考えている。
そして、二番目の奇跡は平民権をなんとか手に入れたことだ。小金を持っているババアに近づき、親切めかしてだまし、孫として養子になったのだ。もちろんバーナコッタの平民権を買ったババアは財産を失い、すぐに病死した。
そして、バーナコッタは自身の光る才能に気づいた。ゴブリンを殴り殺す怪力よりも、もっと素晴らしい才能。『知恵』だ。
痩せぎすで、力もたいしてなくマナも少ない。『契約』だってもちろんできない。戦闘において足手まといとなり、とてもではないが成り上がることは不可能だと思っていた。
誰もがバーナコッタを見て、その貧相な体つきと強きに媚びて弱きを虐げる性格から、小人物だと、名も無き雑魚として死んでゆくと思うだろう。
しかし『知恵』さえあれば違う。『知恵』を『金』に変えて、『金』を『力』に変える。
その手始めが、薬草ビジネスだ。馬鹿なスラム街のガキ共を使い、薬草を集めて荒稼ぎする。もちろん、儲けた金はたかがしれており、たいしたものではない。
だが3年ほど続ければ、手元にそこそこの資金が集まるだろう。そうして次の商売を考えるのだ。金を使ってそこそこの腕前の荒くれ者を雇い、女衒を始めるのも良いだろう。
自分を追放した村に顔を出して、兄貴たちの子供をしけた金で買い取ってやるのだ。その時が来れば大笑いしてやると、日々想像をしていた。
いや、想像ではない。確信だ。バーナコッタにはなぜか夢物語とはいえない確固たる確信があった。何故かはわからないが、この先どんどん成り上がっていき、表にも裏にも顔の聞く大商人になると確信していた。
そして遂に馬鹿な仲間を引き入れて、薬草ビジネスを始めたのだが……予想と違い、最初からケチがついた。
まさかスラム街のガキの中に、『闘気使い』がいるとは予想もしていなかった。
バーナコッタたちは、年端もいかないガキに殺されそうになり、命からがら逃げ出す結果となったのである。
最初から蹴躓いたバーナコッタだが、それでもリカバーをすぐに考えついたのは非凡といえる才能だろうと自画自賛していた。
「タビオ兄貴、このジジイがガキたちの巣を知っているようですぜ」
夜のスラム街。まだ平民区画との境が曖昧な所をバーナコッタは歩いており、目の前を偉そうに歩く熊みたいに大柄の男へと声をかける。
「おうよ、バーナコッタ、本当にガキなんだろうな? 闘気使いの奴ってのは」
タビオとよばれた大男は、凶悪な笑みを浮かべてバーナコッタへと凄んで見せる。仲間なんだから、無駄に脅そうとしてくるな、クズが、と思いながらも媚びた笑みで頷き返す。
「へい。間違いありやせん。素手で革を貫く攻撃ができる子供の魅人なんかいやしませんよ」
昼にやられた相手を憎むこともなく、反対にカモだと思いながら、厭らしい含み笑いでバーナコッタは、次のビジネスを開始するべく、タビオへと話す。
「ですが、所詮子供。俺たちに弱い闘気を数回使ったぐらいで倒れちまいました」
ガキに倒された時は、死を覚悟した。スラム街で倒れた冒険者など格好の餌食だ。しかし、予想外にガキは気絶して、仲間のガキたちが慌てて連れ去っていったのだ。
その後は様子を見ているスラム街の奴らが手を出してくる前に、なんとか体調を回復させて逃げ出した。
悔しくは思ったが、あのガキに復讐を兼ねてやり返すことを思いついたのである。
「見たところ8歳程度のガキでした。弱くても闘気を使えるなら、いくらでも使い道がありやすぜ」
「へへっ、弱いのに闘気を使うなんざ、変な話だが……たしかにそいつは高く売れるな!」
揉み手をしつつ媚をうり、そのとおりだと内心で首肯する。本来厳しい訓練と素質がなければ使えない『闘気』。
そのため、『闘気使い』は皆強いはずなのに、あのガキは弱かった。変な話だがそれだけ逸材なのだろう。
人買いに売れば高く売れるのは間違いない。しけた薬草ビジネスよりも遥かに懐は温かくなるはずだ。
「良い話を持ってきたな、バーナコッタ。お前は使えるやつだと思ってたんだ。最初は使えねぇ腐ったモヤシだと思ってたんだけどな!」
「へへ、ありがとうございやす、タビオの兄貴。上手く捕まえてくださいよ? いや、兄貴は信頼してますけどね」
「任せておけよ! コボルド級の力を見せてやるからよっ!」
フンと気合を入れて、腕に力を込め力瘤を見せる自慢げなタビオに、さすがは兄貴と褒め称えながら、内心では舌打ちをする。
ふざけやがって、誰が腐ったモヤシだ。テメー程度の腕前の奴なんざゴロゴロいるんだ。今に金を稼いでテメェなんざ顎で使ってやる。
バーナコッタを馬鹿にする上から目線の脳筋に、悔しさと憎しみを募らせるが顔に出すことなく、八つ当たりに前をよたよたと歩くジジイを蹴っ飛ばす。
「おらっ、ジジイ! さっさとガキ共のところに案内しなっ! 間違いなくいるんだろうなぁ、あぁん?」
「へ、へい……。ここらへんでは5人組の子供の集団はあいつらしかいませんよ」
ジジイはスラム街の少し入ったところで、路上で寝ていたのを捕まえたのだ。子供たちを知っているかと尋ねたら、拍子抜けするほど簡単に案内出来ると答えたのである。
「こ、ここですよ、旦那。この家の奥に寝てるはずです」
「こ、ここかぁ?」
少し歩いた先で立ち止まったジジイが、へへへと気弱そうに笑い、酒に溺れたのか、カタカタと震える手で目の前の廃屋を指差す。
「やけにデケェな………」
「へぇ、昔はお貴族様の愛人が住んでいた屋敷らしく、嫉妬に狂ったお貴族様の妻に酷い殺され方をされたって噂です。ヘヘッ、普通の魅人なら近寄りはしません。なにせ殺された愛人の悪霊が出るそうなんで」
「あぁ、そ、そうなのかよ……」
ゴクリと唾を飲み込み、眼前に聳え立つ廃屋を眺める。
暗闇の中に聳え立つ廃屋は、愛人が住んでいたと言われて納得する感じのこじんまりとした屋敷だった。元はだが。
平民では手の届かない3階建ての石造りの屋敷だ。蔦が屋敷をびっしりと覆っており、割れた窓ガラスには傾いた木窓がぶら下がって、今にも落ちそうだ。
雨の跡に濡れた蔦に生えている枯れた花が夜の闇の中でぶらぶらと揺れて、月に照らされる影が魔物のように不気味に見える。
「ここは部屋が多くて、壁には子供が通れるぐらいの穴も開いており、逃げやすいんですよ」
「そ、そうか……まぁ、だが、悪霊がいたらガキなんざ住めねぇだろうしな。ね、タビオの兄貴?」
「そうだな、それじゃさっさと行くぞ。この先には大金が転がっているんだからな!」
脳まで筋肉でできているようで、無神経なタビオはそんな話を耳にしても、まったく気にしていないようで、鼻で笑って歩き出そうとする。
「ま、待ってくだせぇ。ヘヘッ、約束の金をくれやしませんかね?」
バーナコッタたちが屋敷に入ろうとするのを見て、慌てて前に飛び出すと、歯抜けの口を見せて、ニチャァとジジイは笑う。
「あぁ、忘れてたな、ほらよ報酬だ」
片眉を釣り上げて、バーナコッタは銀貨を投げてやる。地面に落ちた銀貨がチリンと音がして転がり、慌ててジジイは這いつくばって探す。
「あ、あった。ヘヘッ、これで酒が買えまさぁ、ありがとうございやす」
払ってくれるか不安だったのだろう。安堵の顔で銀貨を拾ったジジイが礼を言ってくる。
「あぁ、俺はこれからは商人になる予定だかんよ。こういう取り引きはきっちりとしておかないと信用に関わるんだ。だから騙すことはしねぇぜ?」
「そりゃすげえや。それじゃ未来の大商人様、あっしはここで」
バーナコッタの夢など、まったく信じていないように微かに嘲りの口元になると、ジジイはもう一度頭を下げて、よたよたと去っていこうとする。
バーナコッタは、その様子を見ながら親切心から、薄笑いを見せて注意をしてやる。
「帰る時には気をつけるんだな。なにせ銀貨だ、爺さんを狙う奴もいるだろうよ」
「へっ、わかってまさ。すぐにこれは酒代に変え、ゲフッ」
振り向いてバーナコッタへと答えようとするジジイは、背中に強い蹴りを受けて地面に倒れる。
「な、なにを………」
苦しそうに起き上がろうとして、今度は顔に思い切り蹴りが炸裂する。もんどり打って、ドサリとジジイは倒れ込む。
「早くも狙う奴が出ちまったな」
蹴ったのは、タビオだった。ニヤニヤと笑って、立ち上がろうとするジジイに再度蹴りを食らわす。
「バーナコッタ、こんなジジイに銀貨を渡すなんてなにを考えてやがる?」
「タビオの兄貴の準備運動にと思いやして」
肩を竦めるバーナコッタに、タビオはハッと笑って、ジジイの顔を踏みつける。
「なるほどな。だが、コボルド級の俺には力不足だ。まぁ、良い小遣い稼ぎにはなるか」
「や、やめ」
ゴキリとなにかが折れる音がして、ジジイがビクンと手足を痙攣させると動きを止める。
ひび割れた石畳に血が流れていき、タビオはジジイが掴んでいた銀貨を拾い上げると、フンと鼻を鳴らす。
「よし、それじゃガキを捕まえに行くぞ。穴とかはがれきで埋めてけ。絶対にガキを逃すんじゃねえぞ!」
「へいっ!」
タビオを先頭に廃屋へとバーナコッタは入っていく。
これが成り上がりの始まりだ。
なぜかバーナコッタは確信があった。未来において、大商人になる姿がはっきりと脳裏に浮かんで、嗤いながら進むのであった。