30話 トゥス神殿始めます
俺の屋敷の正門には、バタバタと幟が翻っている。
『トゥス神殿始めました』
と、幟には書いてある。このお屋敷はトゥス神殿に変わりました。そして、幟を見て、むふんとトゥスが嬉しそうにしていた。
「ラーメン屋みたい」
「ラーメン屋って、なんだ?」
「食べ物屋。気にしないで良い。それよりもトゥスの神殿がようやくできた! バンザーイ!」
両手をあげて喜ぶトゥスに、俺も見ていて嬉しくなる。
「バンザーイ。賃料は徴収する『信仰心』の1割ね」
良かったよ、神殿を作って。なんかトゥスが驚いたように俺の顔を凝視してくるが、それだけ嬉しいんだろうな。
「なにせ総本山だもんな!」
「むふーっ。総本山! 1%」
「ここを総本山にするには勇気が言ったぜ。8%」
「トゥスは不信心ものに天罰を与えることにした!」
むがーっと襲いかかってくるから、むがーっと対抗する。絶対に『信仰心』は欲しいんだ!
ポカポカと子供の喧嘩を行う事、数十分。結局7%で契約は成立した。良きかな良きかな。
応接室に戻って、おやつタイムである。喧嘩のあとは仲良くなるものなのだ。
「ふぉーっ、このクッキーはトゥスの!」
「人のクッキーまで食べるんじゃない!」
仲良くなるものなのだ。
一段落したところで、トゥスの取り出した紙束を全員で見ることにする。先程と同じく紙には『トゥス神殿始めました』と書いてある。
「入会金無しというところが、俺的にはポイントだと思うんだ」
記載されている内容が問題ないことを確認してドヤ顔になってしまう。ふふふ、我ながら良い出来だ。
「宗教って、入会金必要だっけ?」
コテンと首を傾げて、イータがツッコんでくるが、たしか必要だったと思う。
「本当は入会金として1万信仰心が必要! ヨグが駄目だと言うので諦めた」
「それ、ハードル高すぎだからな? それじゃ誰も入らないだろ」
「むふーっ。だからトゥスの信者は熱心な者たちばかり」
自慢げに胸をそらすトゥスだけど、なるほどね。たしかにその入会金を支払えるほどに祈りを捧げていたら、そりゃ熱心な信者になるわな。
あの熊男はそれだけ熱心だったということか。もぐらたちもそうだったのね、納得。
でも、それだと全然稼げないのは目に見えている。もう少し窓口を広げないと、稼げない。
「今回からやり方を変えるということでよろしく」
「うむぅ、仕方ない。トゥスは寛容だから許す」
クッキーを手に取り、トゥスの前に掲げるとパクリと食いついて、俺の説得に応じてくれた。さすがはトゥス神、心が広いことだこと。さり気なく俺の皿にまで手を伸ばしているけどスルーしてあげるぜ。
「ねぇねぇ、このかすり傷を癒やすポーションはどうするの?」
紙に書かれているのは基本はラルルたちを勧誘した内容と同じだ。そこには銀貨2枚でポーション10個進呈と書いてある。
こんなにもポーションを用意するのは大変だと思っているのだろう。心配するのは当然のことだ。
でも、これこそが俺の本領発揮なんだよな。錬金術師の俺の力を見せる時だ。
「僕は昔人々のためにボーションを作っていた過去がある」
「息を吐くように嘘をつけるアウッ」
トゥスの脇腹をつついて、口封じをするがイータたちは戸惑っている表情になっていた。
「えっと、昔?」
「そんな夢を見ていたんです」
キャッキャッと転がるトゥスを止めて、にこやかなる笑顔で答える。ヤバい、疑われたかな?
「うん、ヨグってそういうところが夢見がちだよね」
違った。生暖かい目で見られてしまった。
「うん、俺も英雄になりたいもん。わかるよヨグ!」
ギタンがバンバンと肩を叩いて嬉しそうにするが、ほっておいてください。ちょっと耳が赤くなるだろ。
とはいえ、誤解を解く方法もないので諦めて立ち上がる。ポーションをなんとかする方法はあるんだよ。
「俺の秘策を見せるから、ちょっとついてきて」
皆を連れて、用意しておいた部屋へと向かう。念の為に屋敷の一番奥に用意した部屋は、廊下も少し埃っぽく薄暗いので、なんとなく不吉な空気を醸し出していた。
ここだけはきっちりと鍵をかけてあり、なおかつ魔法で封印もしている。そのため、鍵を開けたら手を付けて解錠の言葉を紡ぐ。
「マナよ、約束に応じその力を霧散させよ。『明日の陽射しを』」
力ある言葉に、扉の封印が解けて、金属で補強されている頑丈な扉が開いていく。開いた扉からは薬草の匂いがして、皆は顔を顰めてしまう。
「たしかに少し臭いかもしれませんね。でも、ここが俺の錬金術の部屋なんで、我慢してください」
部屋に入ると、棚の上には様々な干した草が置いてあり、空のガラス瓶が並んでいる。中心に置かれているテーブルには、魔法陣が刻まれたエメラルドグリーンの石板が置かれており、横には木箱が設置されていた。
「なんかとっても怪しいな、なんかかっこいいぞ、ヨグ!」
「これ、なに〜? なんかコポコポいってるよ?」
ギタンが物珍しそうに部屋を見渡して、イータがフラスコをつついて驚いている。羊の頭蓋骨をガノンがかぶって、タルクが香草を嗅いでいた。
子供らしい姿にほっこりとしつつ、木椅子に座る。
「今は危険な毒草とかはないから良いけど、あまり錬金術師の部屋の物を下手に触らない方が良いよ」
「ええっ! 普段は危ないの?」
「むふーっ、その羊の頭蓋骨はかぶると頭が重くなる呪いがかかってる」
「ホントだ! なんかどんどん頭が重くなってきた」
「呪いを解くには、トゥス信者にならないとだめ!」
「は、入るよ! ここにサインすれば良いの?」
ガノンとトゥスのコントを横目に、小さな壺と指輪を奥の戸棚から取り出してみせる。
魔法の力を宿し、マナの光を宿らせているサファイアがついている指輪。
「それなぁに?」
「この指輪は便利な魔道具なんだ。滅びしオルドワ侯爵の遺した指輪。効果は『量産、効力上昇』で重宝するんだよ」
イータへと指輪を嵌めて、ぷらぷらと揺らしてみせる。ぶかぶかで今にも外れそうだ。
「外れそうじゃん。それじゃ使えないんじゃないの?」
「うん、魔道具はぴったりと嵌めないと通常は使えない。よく知ってるねガノン」
「冒険者ギルドで、ちょっと小耳に挟んだ。アクセサリー系統は『装備調整』の魔法が付与されているから、サイズがぴったりになるって。反対にぴったりとならないのは特別な条件があるんだってね」
よく聞いているようだねと、お父さんヨグは拍手をしちゃう。
「そのとおりです。この指輪はオルドワ侯爵の直系血族しか装着できませんし、それが身分を示す証となるのです」
まぁ、よくある魔道具だ。強力な効果を持つために、血の魔法を付与して血の濃い子孫しか装備できないとかね。お伽噺でもよくある有名な魔法がかかっているのである。
それだけの価値はある。回帰前は、一回しか使えなかったけど、その効果に驚いたものだ。
そう、俺は使えるのだ。
「さて、ヨグの手品をご覧あれ」
すぅぅぅと、息を吸っていく。闘気を混ぜていきながら、マナをゆらゆらと揺らして、その波長を変えていく。波線のように自らのマナを揺らして指輪に吸収させる。
カチリと音がして、指輪が縮小して俺の指にぴったりとなった。キラリとサファイアが光る。
「おぉ〜、凄えな! ヨグの家族の遺産なだけはあるな!」
「あ、はは。そうですね、まぁ、そういうことです」
感激して、キラキラと瞳を輝かせる皆に、冷汗をかいて口籠ってしまう。
そういえばそんなことを話した覚えがあるな。よく覚えていたね。俺はすっかりと忘れていたのに。
ネタばらしをすると、これは俺の能力。『神気』だ。神気は全ての魔道具を使用可能にする。なぜなら、あらゆる波長を内包しているから。
かつての仲間は使えなかったから、もしかしたら俺だけかもしれないが、その能力が発揮されたわけ。
家門を証明する魔道具とか、俺の前には役立たずなのだ。まぁ、何か詐欺師っぽいから、言わないけどね!
「さて、この指輪ですが、直系の証なんかつまらない能力ではなく、もっと素晴らしい能力があるんです」
一本の薬草を石版の上に置くと、手を触れてマナを流し込む。石版が光り始めて、俺の顔を青く照らす。
「本来は十本は薬草が必要となりますが……この指輪なら……」
目を眇めてニヤリと笑って、錬金術を使用する。指輪が穏やかな光を放ち始めて、俺の錬金術を強化していく。
『低位ポーション作成』
薬草が青い光に覆われてふわりと空中に浮くと、葉っぱから緑の液体が染み出てくる。本来は染み出す液体は少しのはずなのに、不思議なことに湧き出すようにどんどんと増えていく。
そうしてかなり大きな球体となったので、人差しを振ると、液体は小さな壺へと入っていき、満タンになるのであった。
なみなみと増えた液体を見せて、俺はニコリと微笑む。
「たった一本の薬草で、低位ポーションを作れるんです。素晴らしい効果ですよね」
ニコリと小首をかしげると、おぉ〜とイータたちは拍手をしてくれる。……が、さっぱりわかってないなこれは。
これ以外にもあらゆる錬金術で効果を発揮する。これが『オルドワの指輪』なのである。
王家がオルドワ侯爵家を復興させたはずである。この能力は喉から手が出るほどだ。まぁ、だからこそ力をつけすぎて、オルドワ侯爵家は一時は滅んだんだけどね。
「ふぉぉぉ〜! トゥスにはこの能力の凄さがわかる! ケーキ、ケーキを作ってみせる。アイスはバニラアイスクリームが希望。たった一個の卵と一握りの小麦粉で作れる!」
「えぇっ! そんな力があるの!」
「もしかしてステーキとかも作れるのか? なぁ、作ってくれよ!」
ドスンと腹に飛び込んでくるトゥスさん。常に余計な一言を口にする神様だよ、まったく。
皆にもみくちゃにされて、ケーキの方がインパクトがあったのかよとがっかりとしながら、なんとか皆を押し返す。
「あ! わかったよ。これなら安く皆に渡せるんだね!」
「はい、これを蒸留水で10倍に稀釈すれば出来上がりです」
「え? ………薄めるの?」
俺の言葉にぴたりと動きを止める皆。
「はい。そして竹の筒に入れば出来上がりです。ん?? どうかしましたか?」
なぜだかドン引きの皆。なにか変なことを言ったかなぁ。
「これなら10本でも原価は銅貨5枚を切ります。皆、薄めて竹の筒に仕舞うのを手伝ってくださいね」
これなら大儲け間違いなし!
予想通りに、一ヶ月後はかなりの人数の信者が増えちゃう……。わけはなく、冒険者がチラホラと入る程度とだったのである。
解せぬ。