29話 親戚って良いよね
ソトースの所在を聞かれても困る。まさか俺とトゥスが『契約』した結果が、ソトースだとは言えない。というか、あの娘は本当に融合体なのだろうか。極めて怪しいけどね。
というわけで、答えは一つだ。人懐っこい笑みにてラルルたちを見て、ソトースの行方を答える。
「彼女は僕の親戚なんですよ。そしてトゥス神の守護者なのです。いつもは修行のために、放浪し、滝行とか、モグラ行とかをしているので、ここにはめったに顔を見せません」
ソトースちゃんは、常に修行している親戚のおねーさんなのだ。滝に打たれて、土に潜り修行をしています。モキュッと竜王さんと修行してます。
話を遮るタイミングでイータがトレイにお茶を持ってきて、テーブルに置いていく。湯気の立つお茶を見ながら、ラルルは困ったように腕を組んで、うぅむと唸る。
「うーん。守護者ってのは初めて聞くけど、神殿の神殿騎士と同じもんかい?」
「はい、そのとおりです。ソトースは世界を旅する神殿騎士と同じですね」
神殿騎士とは、神聖魔法を使える神官のことだ。彼らは神殿を守る者と布教の為と魔物を退治するために、旅する者の二種類がある。旅する神殿騎士はほとんど見たことないけどな。
「ふむ………それは困ったねぇ。放浪する神殿騎士と連絡をとるのは至難の業かい?」
「えぇ……数ヶ月に一回連絡をとれれば良いかと。僕もおねーさんとはもっと連絡をとりたいのですが」
悲しげにかぶりを振って、ソトースおねーさんに会いたい幼い少年を演じます。フリフリと頭を振る俺の姿は外見上は同情心を得るのにぴったりである。
「うぅ〜ん……困ったねぇ。彼女と会いたいと冒険者ギルドのお偉いさんが希望していてね。なんとか連絡をとれないかい?」
「無理ですね。俺もコホン、僕も連絡をとれないんです」
この容姿を利用するには僕の方が良いよねと、呼び方を変える。そして、寂しげな表情で天井へと顔を向ける。
「冒険者ギルドには強制力はないはずです。冒険者としてソトースおねーさんは所属していませんからね。それに彼女は善なる者、口外はしませんよ。今もきっと修行のために放浪していることでしょう」
本人は寝ていると思うけどね。絶対に放浪とかしないタイプである。時間の許す限り寝ていそう。
ラルルの困った様子から、魔法契約による口外禁止を誓って欲しい様子だと見抜く。魔法契約なら、相手を縛れるからなぁ。まぁ、魔法に詳しい者なら簡単に解除できるけど、一般的に絶対の契約だと思われてるしな。
「………それじゃ、戻ってきたら冒険者ギルドに顔を出すようにお願いしておくれ。これはお願いするお礼だ」
「確約できないので、お受け取りはできません。本当におねーさんはいつも放浪しているんです」
パチンと金貨をラルルは置くが、ニコニコと笑顔で俺は金貨を押し戻す。ソトースちゃんはこの神殿には顔をたまにしか出さないのだ。そう決めた。
「これでお話は終わりでしょうか?」
「ん〜……まぁ、仕方ないか。終わりだよ」
諦めたように嘆息するラルル。絶対に会いたいと粘るつもりはないらしい。……ということは別口で調べている専門がいるな。まぁ、口封じに走るつもりはないだろう。それならラルルたちは既に死んでいるだろうし。
バレても噂は簡単に揉み消せると考えているのだろう。所詮一介の冒険者の言うことだ。いつも冒険者たちは尾鰭を付けて自分の武勇伝を吹聴するからね。
ただのオオトカゲ狩りをドラゴン狩りにしたり、薬草集めを伝説の聖花の採取にしたりね。冒険者の言うことは信用できないのだ。
「では、お話は終わったということで、次は僕の話を聞いて頂いてよろしいでしょうか?」
「ん? まぁ、良いよ。こちらの話は終わったしね」
少女のように可愛らしい容姿をフルに活用して、ニコニコと微笑む。ラルルは肩の力が抜けて寛いだようにソファに寄りかかるとあっさりと頷く。
「では、どうでしょう? トゥス神の信者になりませんか? ソトースおねーさんに助けられたのもなにかのご縁。トゥス教に入信しませんか?」
「トゥス神の? あぁ、悪いね、あたしは神を信仰していないんだよ。教義を護るのが面倒でねぇ」
後ろに視線を向けると、他の冒険者たちも乗り気ではなさそうで、顔を反らしたり俯いたりして、俺と目線を合わさない。
「俺はトゥス信者ですよ! いつも神像を持って祈りを捧げているし! ちょっと待っててくれ! すぐに戻ってくるから。俺の信仰心の熱さを知れば神殿騎士にしてくれるはず!」
イータに布切れを貰って、ようやく変態から熊男に戻ったショウが話に加わってきて、外へとダッシュで出て行った。
……神像? そんなのあったのか。
「まぁ、あの人は後に回して、まだこの王都でのトゥス神殿はオープン準備中なんです。そのために、勧誘はこれはと思った優れた人たちにしかかけていないんです」
優れた人たちという言葉に、興味なさそうなラルルたちがピクリと反応する。ふふふ、人は選ばれたとか言われると、聞く気もなかったのに聞いてしまうものなのだ。
完全に思考が詐欺師のモノのヨグである。まぁ、騙すのではないから大丈夫。
「どうでしょう。毎日たった10分間、トゥス神に祈りを捧げるだけで、簡単な傷なら癒せるようにサービスがつきます。もちろん癒やしには寄付が必要ですが、トゥス信者ならお安くなっています」
悪徳商法のように語るヨグ。う〜んと、ラルルたちは迷い始める。お金を払えではなく、祈りを捧げるだけなら、特に問題はなさそうだと考えているのだろう。
「冒険者は身体が資本ですよね。神殿で癒やしを受けるにもお金はかかりますが、多少の切り傷や打撲なら治さない。そうですよね?」
「たしかにそのとおりだよ。癒やしの魔法も、ポーションも安くはないからさ」
身を乗り出して、ラルルへと説得するように話すと、予想通りの答えを返してくれる。
「でも、適当な処置だと、後から病気に成ったり、膿んだりと悪化します。だから、できるだけ治したいですよね?」
「ま、まぁ、たしかに? それはよくあるよ。そうなると治すのにお金がかかって困ることが多いんだ」
そうだろうそうだろう。身体が資本の冒険者たちにとっては、かすり傷でも困りものなのだ。
「でしたら、信者になっていただけて、月に銀貨2枚を寄付していただければ、な、なんと10本のちょっとした傷なら癒せるポーションをただでお渡しします!」
これは驚きだよねと、両手をあげて大袈裟にする。ポーションは高い。低位ポーションでも一本で銀貨十枚はくだらない。
俺の言葉に、皆がざわつき顔を見合わせる。予想外の言葉だったのだろう。
「おいおい、ポーションをただでだって!」
「そりゃ良いな」
「入信しようかな……」
「今なら懐も暖かいし」
ここにいる冒険者たちは、ちらりと見たが首から下げているタグは銀色だ。銀貨2枚程度なら簡単に支払える者たちばかりということである。
「迷うのも無理はありません。それでは一ヶ月だけお試し入信はどうでしょうか? もちろんポーションもただで差し上げます。一ヶ月経って入信はやっぱり止めても良いですよ? ポーション代は一切いただきません」
「うう〜ん、それなら……入ってみても良いかな?」
一人の冒険者がフラフラと寄ってくるので、喜んで握手をする。
「まだオープン前ですし、契約、コホン、入信書も用意しておりませんが、近々用意致します」
それならと、他の冒険者たちも入信をしてくれる。大丈夫、大丈夫。一ヶ月間はただです。
ラルルを含めて、10人の冒険者たちが入信してくれた。やったね!
ホクホク顔になる俺に合わせたように、膝の上でゴロゴロニャンと寝ていたトゥスがぱちくりとお目を開くと、がばりと起き上がる。
「ふぉぉぉ! 祈りを止めたら神罰が落ちるので忘れないように! 仕方のない状況以外では毎日祈るように!」
何か神罰とか言い始めたぞ?
「神罰って、どんなもんがあるんだい?」
「必ずスープを零す神罰が落ちる」
予想以上にしょぼかった。でも、フンスと息を吐いて、トゥスは得意げな顔だ。
「そ、そうかい、それだと困るね。あたしらは、パンとスープが主食だからね」
深刻そうな顔になるラルル。俺の予想以上に怖い神罰だった模様。たしかにスープはメイン主食だからね!
ま、まぁ、一日十分祈るだけだし、大丈夫だろ。
これで冒険者でも銀ランクのメンツをゲット。トゥス神の噂が銀ランクの冒険者から広がり、信者が増えるといいなぁ。
これで終わりかなと、ようやく緊張気味だったので安堵して、寛ぎタイムとなると、ドタバタと足音が近づいてきた。
「こ、これを見てくれ! これなら俺が敬虔な信者だとわかるだろ!」
バタンとドアが開き、飛び込んできたショウが何かをテーブルに置く。
「なにこれ?」
置かれた物を、半眼でじーっと見る。ラルルたちも覗き込んできて、顔を引きつられる。
「これこそがトゥス神! 蚤の市で見つけてかっこよくて買ったんだ」
「へぇ〜」
そこには頭がタコで手が6本、足が8本ある身体が半分スライムのように溶けかけた身体の化け物の像があった。トゥス神像?
へへへと得意げなショウだが、トゥス神はこんな邪神なのかと、ラルルたちはドン引きしている。俺も嘆息する。
少々お待ちをと、トゥスの首根っこを掴んで、部屋の隅っこに引きずると、額を押し付けて睨みつける。
「トゥス……これは?」
「………ね、寝ぼけながら作ってた?……」
明後日の方向を見て、口笛を吹き始めるトゥスさん。なんで作り直さないんだよ!
「神像を作り直す必要があるな……」
「むふーっ、今度こそトゥスにそっくりな神像を作る! 『紙粘土〜!』」
紙と名付ければ、なんでも召喚できる模様の当然は、テーブルまで戻るとぽてんと粘土を置く。
「大神官たるトゥスが作る! その神像は間違い!」
「ギャー、俺の神像がー!」
トゥスは容赦なくテーブルに置かれた神像をパンチで砕く。せっかくの神像がと叫ぶ熊男さん。
「トゥスにそっくりにする!」
勢いこんで、せっせとトゥスは粘土を捏ねていくが、もたもたとしていて不器用極まりない。髪の毛だろう部分がタコ足になったところで、俺の拳がめしゃりと叩き落とした。
「僕がトゥス神像を作りますね」
「ギャー、トゥスの神像が〜!」
トゥスが悲鳴をあげるが無視である。これでも錬金術師の俺の技を見よ! というか、これだと邪神崇拝になっちゃうだろ!
とりあえずササッとで良いだろう。後でちゃんとした神像を作れば良い。
急いで三等身のちみっこトゥスを作る。結構似てて、髪の毛をおさげに纏めた可愛らしい幼女が完成する。フンスと胸を張って得意げなトゥスちゃんだ。
「上手にできました!」
「ふぉぉぉ! これこそトゥス神にそっくり! これからはこれが神像になる。決定!」
大喜びで踊りだすトゥスちゃんだ。満足した結果らしい。
それじゃ、これで布教するかな。ラルルたちもホッとしているしね。