28話 事の顛末です
ヨグは動けなかった。もはや寝るしかなかった。
「な、なぁ、トゥスさん? もしかしてソトースの副作用か?」
「むぅ……あ、当たり。彼女の睡眠欲がトゥスたちを強制的に睡眠モードに変える」
同じくトゥスも俺を敷き布団にしたように、子猫のように上に乗って寝ています。重くはないが退いて欲しい。
ベッドはフカフカで、結構安眠できる。身体のだるさや頭痛に吐き気など二日酔いのような苦しさは寝ることによって治まる。どうやらソトースは、寝れるのなら、身体的な苦しさを与えては来ない模様。
あの娘は邪神かなにかかな? どちらにしても寝ないといけなかったんだけどな。
そして俺たちは睡眠欲に支配されて暫く寝ちゃったのである。
◇
エルフ事件から5日が経過した。
帰ったら、即座に寝ていたので、外の様子はわからなかったのだが………。
「ようやく体調が良くなったか」
昨日まであった頭痛腹痛吐き気に目眩などが急速に治ってきている。スヤスヤと寝始めたトゥスを退けて、ベッドから降りると部屋を出る。
まだまだふらつくけど、この程度なら大丈夫そう。ポケットに入れた紙切れを確認しながら、ふむと顎を擦る。
『18万TP。270万(信仰心)』
ショウ・ゴスからは900万の『信仰心』が手に入ったわけ。内容的にはあれだったけど、結構稼げたと思う。
まぁ、使い道は後でで良いだろう。それよりもだ。
「お、お腹が空きました……」
グ〜と、腹が鳴ってフラフラと身体が揺れる。この5日間は食べる気も起きなかったからなぁ。
なにかあるかなと食堂に向かうと、プーンとスープの良い匂いが漂ってくる。どうやら食事に間に合ったらしい。
「おはようございます、皆」
「あ、おはようヨグ」
ようやく起きたのかと、イータたちが笑顔で挨拶を返してくれる。カチャカチャとお皿を並べており、テーブルの真ん中に置いてあるお肉たっぷり野菜ゴロゴロのスープが美味しそうな匂いをさせて湯気を立てている。
横には毎日買っている白パンが籠に置かれて、これも美味しそうだ。
よいせと座り、スープをよそってもらう。皆は元気そうで、俺がいなくとも普通に買い物に行けるようになったらしい。
その幸せそうな笑顔に癒やされながら、スープを食べる。むむ、これはよく煮込まれている豚肉だ。とろけちゃうよ。
口に入れた途端に、ほぐれてサッと消えていく。また腕をあげたみたい。
「タルク、また腕をあげましたね。とっても美味しいですよ、このスープ」
「へへ、ありがとう。今までは何でも美味しいからよくわからなかったけど、最近味に違いがわかってきたんだ」
鼻をこすって、タルクは得意げだ。たしかに得意げになることだけはあるよ。
これまでスラム街でなんでも食べてきた子供たちは、味がよくわからなかった。腐っていなければ、美味しいご馳走だった。
たった半年で味に違いがわかるようになったのは素晴らしいことだし、嬉しいことだ。彼らはこのまま好き嫌いを口にするぐらいに育ってほしい。
皆を見ながら優しい目つきになり、お父さんヨグはお代わりをしてたっぷりとお腹いっぱいに食べるのであった。
トゥスも途中から起きてきて、ハムハムとハムスターのようにご飯を食べて暫し。
全員が食べ終わり、空になった皿をイータたちが片付けるのを見ながら、真剣な表情に変わる。これからは、金稼ぎの時間だ。
トゥスの召喚した紙をもらって、サラサラと書くと折り畳んでギタンに手渡す。
「ギタン、これを冒険者ギルドに持って行ってください。ショウ・ゴスという蛙がいるので手渡して貰って良いですか?」
「別に良いけどよ、なんだよこれ? というか、蛙?」
小さく折り畳んだ紙切れを不思議そうに見るギタンに、腕を組んで怪しく微笑む。
「それは請求書なんです。きっと喜んで払ってくれると思いますよ」
さて、ギタンが戻ってくるまでに準備しておこうかな。たしかこの屋敷はトゥス神殿にしておいたよな。
◇
ギタンは結局お昼過ぎに戻ってきた。ぞろぞろと冒険者たちを連れてきて。
一人だけ、女性冒険者の頭の上にけろけろ鳴いているけど。
応接室で女性冒険者がソファに座り、他の冒険者たちは後ろに立つ。対面に俺が座り、足を組む。
銀髪碧眼の俺の容姿は妖しくも威圧感を相手に与えて……は、いなかった。なんだかほのぼのとした顔になってるや。お子ちゃまだから、仕方ないか。
「ふふふ、トゥスの妖しくも威圧感を相手に与える容姿に怯んでいる」
隣に座るトゥスが腕を組んで、得意げに胸を張っている。ペチペチとおさげを俺にぶつけてきて、少しくすぐったい。
そして、同じ考えをしている様子なのでちょっと恥ずかしい。
「どうも………えぇとこの間助けて貰った女性のお仲間……ということで良いのかね?」
「けろけろ」
「はい、そのとおりです。俺の名前はヨグ。こちらはトゥス神の大神官であるトゥス」
「むふーっ、大神官トゥス。トゥス神の神託を日常的に受けるために名前はおんなじ。教会へようこそ!」
とりあえずトゥスには大神官になってもらった。迷いなくノリノリでトゥスは大神官になった。神様のプライドはゼロらしい。それか、面白いことならば、なんでも良い模様。
「教会になんの御用でしょうか。冒険者の書に記録する。呪いを解く。アウッ」
なんだか余計な遊びをするつもりみたいなので、脇腹をつついておく。キャッキャッと笑って、人の膝にダイブしてゴロゴロし始める子猫なトゥスだ。
サラサラの金髪を撫でながら、冒険者たちへと苦笑してみせる。
「で、俺の手紙を読んでくれたと言うことは、お支払いをして頂けると考えてよろしいのでしょうか?」
「あぁ、あたしはラルル。他の面々はまぁ、名乗りは必要ないだろう。そのとおり、金の支払いに来た。一人金貨三枚だったね」
小袋をトスンとテーブルに置いてくる。チャリンと音がして、金貨が詰まっていることがわかる。中身を開いて数えると、たしかに人数分入っていた。キラリと光る通貨が目に映る。
「たしかに。人数分の金貨を受け取りました。トゥス神の加護を」
「ふぉぉぉ、トゥス神の祝福は金貨一枚から!」
神官のようなそれっぽい適当な身振りをして、ラルルに言うと、まったく大神官っぽくないがめついトゥスが口を挟む。とりあえず、脇腹をくすぐっておこう。
小袋から金貨を一枚取り出して、その煌めきにラルルを映しながら考える。やけに簡単に支払ったな……。
ふむ……。この金貨が表す内容はと……。
「口止め料ですね? 随分大盤振る舞いだったようで、何よりです」
俺の言葉に、ラルルたちは身じろぎして動揺を見せる。子供の言葉に動揺するとは駄目だなぁ。でも、この様子なら話が広まることはないだろう。
エルフが『魔溜まり』に関わっていた事は、無かったことになったか。まぁ、王国としてもエルフと戦っても良いことはない。魅人の国なら領地が手に入るが、エルフの王国は森林奥地にあるからな。
無駄にエルフと諍いの種を残しても仕方ないと上は考えたんだろうよ。もしかしたら……いや、これ以上は想像になるから止めておこう。
本来の冒険者たちの依頼任務は『魔溜まり』への威力偵察であり、死亡者が出ることが前提だったんだろう。だからこそ、残党退治という偽りの任務だったのだ。
冒険者たちは使い捨ての駒だった。
「はんっ、あんたは子供の癖に、なかなか頭が回るみたいだね。そうさ、あそこでは『魔溜まり』しか無かったことになった。他にはなにもなかったのさ」
ラルルが呆れたように、手をひらひらと振る。使い捨ての駒になったというのに、憎むような様子がないのはこういう扱いに慣れているからだろう。
エルフに出会ったことは想定外だったということだ。しかも冒険者が出会う。そして殺されかけて、反対にエルフを退治した、か。
王国はさぞかし困っただろう。冒険者に大金を積んで口封じしたか。なら、さぞかし懐も暖かくなっているだろうよ。もっとぼったくれば良かったか。
「で、支払いは終わったんだけど、もう二つ程お願いがあってきたんだ。まずはこれだよ」
「けろけろ」
ラルルが頭の上に乗る蛙を見せてくる。けろけろと鳴いて、焦った様子もないので自我も蛙になっている模様。
ちんまりとした緑蛙は簡単に倒せそうだ。
「こいつは敵の魔法の範囲に入っちまったんだよ。で、蛙になっちまった。魔物との戦いに手伝えることはないか迷って、戦闘の様子を見に行ってたら、魔法を受けちまったんだ」
エルフとは言わず、魔物と誤魔化して苦々しい顔でラルルが言ってきたので、なぜ熊男だけ蛙に変化したのか理解した。なんのかんのいって、お人好しなんだなぁ。
「本当はヨウジョスの神官に呪いを解いて貰おうとしたんだよ。金はあるし、簡単な話だと思ったんだけど……高位神官でも治せないって、断られてね。他の神殿も同様に断ってきたんだ。試しもせずにおかしい話なんだが……」
「…………」
あぁ、そろそろクロノスからヨウジョスに変わった影響が出始めたか。呪いを解除するのは、上位神聖魔法が必要だ。
ヨウジョスに変わってから、大幅に消費量が増えたために、魅人ではマナ量が足りないのだろう。神殿内は恐らく大混乱となっているはず。
「で、この熊男はトゥス神という神を信仰しているらしいからね。手紙を見てトゥス神の神殿と知って、一縷の望みを賭けに来たというわけさ」
「なるほど。信者であれば、信仰対象の神聖魔法は効果が大きくなります」
ニコリと微笑んで頷いてみせる。今の俺なら呪いは解除できる。なにしろトゥス神の神聖魔法の特性。即ちTPがあれば神聖魔法を使えるからな。
「金貨50枚の寄進が必要となりますが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、オーケーだ。こいつの懐もそれなりに暑いからね」
「けろけろ」
意外とあっさりと支払うと。どれぐらい貰ったんだろ? 法外な金額なんだろうなぁ。ま、いっか。
「では、大神官様。呪いを解いて………起きてくれ」
やけに静かだと思ってたら、俺の膝の上ですよすよと寝ていた。
「んむー、てい」
『呪解除』
寝ながら起きることもなく、適当に手を振るトゥスさん。まったく有り難みのないトゥス神の神聖魔法だが、それでも純白の光は蛙を包んで、呪いを解除する。俺のTPを5万減らして。
ちっ、節約しようとしたのに、俺のTPを勝手に使えるのか。大神官にして神聖魔法を使わせる作戦失敗。
がっかりする俺とは別に、蛙が変態になった。
「ギャー、身体が元に戻った!」
ギャーの意味は戻った喜びと、裸の変態が現れたことである。慌てて部屋の隅っこに隠れようとする熊男に、ラルルたちはホッと安堵して驚きの顔になるが、すぐに気を取り直す。
「助かったよ。で、……本題だ」
「酷え、俺はついでかよ!」
熊男が叫ぶが、ラルルはガン無視して俺へと威圧するように見つめてくる。
「ここにあたしたちを助けてくれた嬢ちゃんがいるんだろ? 彼女に用事があるんだよ」
まぁ、そうだろうね。熊男を助ける傍らでソトースを探していたか。さて、どうしようかな……。
暫く『契約』を使うつもりはない。此処は回帰前の誠意溢れる交渉で対応するとしよう。
ラルルへとニコリと微笑んで、俺はどう答えようか思考を回転させるのであった。
活動報告にて、少しお知らせをしています。