27話 労災認定はしてくれますか
ソトースは嵐が解除されて、吹き飛んできた瓦礫群に吹き飛ばされた。木片が食い込み、石が身体を打つ。
少しでもダメージを減らすために後ろへと飛んだが、その威力はちっとも減衰しておらず、激痛が身体を奔る。
地面へと力なく落下をしていき、アノクはそれを見て哄笑する。
「ふはは、見たかね私の力を! 必殺のコンボなのだよ」
たしかに笑うだけはあると、迫りくる地面を前にぼんやりと考える。
「『暴風』による範囲攻撃。回避されたら解除をして呑み込んだ瓦礫の散弾でダメージを与える。本人はガイアスの土の壁により守られていると」
地面すれすれで身体をくるりと回転させると、ズタンと激しい音をたてて着地する。ビシリと脚に強い衝撃が奔り、電撃が身体を貫く。
高すぎる場所からの落下は強化していても、耐えることはできなかったらしい。脚の骨が砕けた。
肩も腕にも瓦礫が刺さっており、血がとめどなく流れていく。身体がふらつき額にかかる血が視界を邪魔する。
「むぅ……労災認定。労災として申請しないといけません」
『中位治癒』
口を尖らせながら、ちっこい手を胸に添えて回復をしておく。パアッと優しい光が身体を覆い、刺さった瓦礫が身体から抜かれて、傷が塞がっていき、怪我がみるみるうちに回復していった。
『0TP』
そして見事にTPは空になっちゃった。回復魔法を使いすぎたらしい。
「ふふふ、勝った! 私の華々しいデビューの礎となり給え!」
端正な顔を醜悪に歪めてアノクは嘲笑う。まだ自分は助かると思っているらしい。社会的な地位は絶望だとは思うのだけどと、半眼になりながら銀髪をかきあげる。
「貴方はたしかに強い。『倍速』により高速詠唱も可能にしていますし、隙がない」
接近しても一撃では倒せない。打ち合いをするとガイアスが妨害してくるし、遠距離では嵐のコンボだ。
『暴風』はマナの消費量が高いが、アノクの保有するマナはまだまだ余裕がある。
「これが超えられない種族の差というものだよ。魅人では永遠に追いつけない力だ」
「たしかに間違ってないです。エルフにはマナ量では遠く届かない。魅人なら数発でマナが尽きると思います」
呼気を吐き、ゆっくりと腕を胸の前に構えて、アノクへと目を細めて言う。これが絶望的なるエルフと魅人の違いだ。
「でも私は魅人ではないので、関係ありません」
『加速』
加速をして、アノクへと向かう。高速の世界に入り全てがスローモーションになる中でも、アノクは反応して杖を振り上げる。
「馬鹿めっ、間合いが遠いわっ! マナよ、嵐となりて敵を討て!」
『暴風』
早口言葉のように高速詠唱をすると、アノクは再びの必殺コンボを繰り出す。再び私の前につむじ風が巻き起こり、すぐに膨れ上がろうとする。
『加速』はほんの数秒間5倍の速度で行動を可能にする闘技だ。この距離ではアノクに辿り着く前に効果は尽きる。アノクはそれを正確に読んでいた。
「ですが、私の目的はそちらではないんです」
キッと目に力を込めて、タムと地を蹴ると、未だにつむじ風の状態の『暴風』に突進する。風が身体を切り裂こうとするが、まだ傷つける程には強くない。
ヒュウと呼気を吐き、体内で練り上げた闘気を放出する。
『闘気放出』
紅きオーラが私の身体から突風のように吹き出す。嵐となる前の『暴風』は闘気に呑み込まれるように消えていく。
「な、なにっ!」
「ハッ!」
自身の魔法を破られたことに動揺するアノクへと、腰に下げた刀に見えるただの棒を抜き放つ。刀に見えるけど、『信仰心』をケチって作られた私の装備は木の棒なのだ。ブラックすぎると思います。
「ひーのーきーのぼー」
のんびりとした口調で振りかぶると、力を込めて第一球。木の棒は投げ槍のようにアノクへと投げられる。
『大地盾』
動揺するアノクとは別に、大精霊は自動的に盾を作り出す。強固なる大盾に木の棒は突き刺さり、貫通するとこなく、多少の土がパラパラと落ちるだけであった。
「ふ、ハハッ、驚かせよって」
「驚くのはまだ早いかと」
冷や汗をかいているアノクを無視して、一気に間合いを詰める。『大地盾』の前へと立つと、その手のひらを岩の盾にピタリとつける。
「貴方は闘技についてよく勉強しているようですが、実戦はしたことがないようですね」
体内の闘気を練っていく。練っていく。練っていく。
マグマが噴火する前のように、溶岩がエネルギーを溜めて爆発する前のように。
鋭い呼気で、左足に力を込めて、地面を摺り足で踏み込む。踏込む脚から、胴体、腕と力が流れ込み、闘気が膨れ上がる。
爆発するかの如く闘気が放出されて、掌に収束されていく。
『精霊殺掌』
ドンッと掌を岩の盾に打ち込む。紅きオーラが流れ込み、ガイアスの身体を流れていく。
「ウォぉぉぉ」
ガイアスが悲鳴をあげて、その身体にピシリピシリと微細なヒビが入っていき、掌が触れた箇所から捲れ上がるように砕けていくのであった。
「なっ! 私のガイアスが!」
自身の大精霊が倒されたことに驚愕するアノク。瓦礫が崩れていく中で、私は微かに笑ってみせる。最初からタンク役のガイアスをねらっていたのだ。
「知らなかったのですか、竜も悪い魔法使いも暴走した精霊もお伽噺では『闘気使い』に敗れるんです」
「おのれっ!」
「これでタンク役はもういませんね」
『加速』
ガイアスの欠片を貫いて、私はアノクへと今度こそ駆けてゆく。もう近接戦闘の間合いだ。
「ぬぅぉぉう!」
「シッ」
焦った顔でアノクが杖を振り下ろしてくる。勢いよく振り下ろされる杖の先端に、手のひらを撫でるように添えて受け流し、さらに間合いを詰める。
『闘気拳』
身体がぶつかる寸前に、闘気を纏わせた拳を鳩尾に叩き込む。強い衝撃を受けて、アノクは苦悶の表情となり、くの字へと身体を折る。
「ぱんちぱんちぱんち」
両手を引き戻し、コンパクトな振りで連撃を繰り出す。アノクの身体が私の拳でガスガスと跳ねるが、杖を振って途中から防がれてしまう。
『倍速』の効果だ。私よりもアノクは素早い。なんとか反応して私の拳を防ぐと言葉を紡ぐ。
「ま、マナよ、敵を捕らえる不可視の綱となれ!」
『魔法綱』
アノクの杖から青く光るロープが伸びていき、まるで生き物のように私へと絡みついてくる。
冷静にして渋い選択肢だと感心してしまう。やはりこのエルフはとても戦闘センスが高いです。ここまで追い込まれているのだから、他の攻撃魔法を使おうとしてもおかしくないのに、私の動きを阻害する魔法を選択するとは。
私の身体を魔法のロープが縛り付け動きを阻む。その様子を見て、ボコボコに顔が腫れているアノクは大きく後ろへと飛ぶ。
「す、数秒間はう、動けまい! 一軍を倒す、我が、さい、最高魔法で倒してくれる!」
杖を構えて不敵の笑みを見せると、アノクはマナを集めていく。膨大なるマナが嵐の如く吹き荒れて、周囲を圧するように空気が重くなる。
まるでどこかの予言者のように、杖を振りかざし、髪をふり乱して、アノクは詠唱を始める。
「マナよ、世界の理を変えよ! マナの力により世界よ変われ! 全ての生命よ、魔法の力に膝を折らん!」
かなりの大魔法らしい。空に暗雲が広がり始めて、風が吹き荒れる。魔方陣がアノクを中心に広がっていき、私を越えて辺り一面に展開されていく。暴風の中でバタバタと髪を靡かせて、アノクは魔法を完成させる。
杖を大きく振りかざすと、アノクを秘奥の大魔法を使用する。
「蛙になれーっ!」
『範囲蛙変態』
地面が眩しく輝く。世界が閃光の中に呑み込まれていく。
「フハハ、ハァハァハァ、み、見たかね、これがエルフの最奥の魔法なのだよ」
息を荒げて、それでも得意げに言うアノク。もはやほとんどのマナは尽きて、次の魔法で気絶してしまうだろう。
閃光がおさまると、辺り一面には蛙だらけとなっていた。
「けろけろ」
森林の中は蛙だらけだった。草むらには小動物が蛙と変わって、ぴょんぴょん飛び跳ねて、けろけろと鳴いている。
これぞ、アノクの最高最大魔法であった。莫大なマナを使用するが、効果は抜群で凶悪な魔物でも蛙に変えることができる。
攻撃魔法では耐える敵も多い。だが、この魔法ならば確実に敵を無力化できるのだ。
「まぁ、私には効かないんですけど」
「はぁ? ……な、なぜだ? 魔法抵抗を突破できるように限界まで威力を高めていたはずなのにっ!」
ぽかんと口を開けて、呆然とした顔で私を見てくるアノク。
私は森林の中で、けろけろと蛙が鳴いている中で平然とした顔で立っていた。蛙にはなっていない。
「私はどこにでも在り、どこにもいない存在。存在を変えようとしても意味がないのです。私以外なら倒せたかもしれませんね。けろけろ」
あまりにも可哀相なので、サービスでけろけろと鳴いてあげる。もっと普通に戦っていたら、苦戦していたのだから、ラッキーでした。
「くっ……私の魔法がっ。マナよ、風の」
歯軋りをして悔しそうにしても、未だに勝利を求めようと、アノクは杖を構える。
でも、私のターンを忘れている。
『加速』
踏み込んだ時に巻き起こした風だけを残し、私はアノクに肉薄する。アノクは駆け出して、なんとか間合いをとろうとするが、逃すつもりはない。
「マナよ、糸と変わり敵を封じよ」
『魔法糸』
5本の指から、キラリと輝く青き糸を作り出す。低レベルの魔法糸で普通は意味がほとんどない。
軽く手を振り、アノクへと糸を向かわせる。
駆けるアノクへと糸をふわりと絡める。アノクは気にせずに走るが、ピンと糸を張ると私は告げる。
「今度は私の奥義を見せましょう」
『闘刃』
闘気を魔法の糸へと流し込み、多少硬いだけの糸に切れ味を付与する。
そうしてマナと闘気を融合させていく。ソトースとヨグしか使えない『神気』の糸へと変わっていく。単に付与しただけではない。二つの力を融合させて、その威力を大きく跳ね上げる。
融合した力は、魔法の糸をオリハルコンより硬く変え、聖剣よりも切れ味を上げていった。
『神気糸』
軽く引っ張ると、白く耀く糸は抵抗なく手元に戻ってくる。
「あ? ぐわぁァァ、わ、私の手足が!」
アノクの手足を切断して。
アノクは四肢を失い、地へと転がり血を吹き出す。
「な、なんだその技はっ? 魔法か、いや闘気? ……違うっ、まさか両方を同時に使ったのか」
地面に倒れて恐怖の表情でアノクは見てくる。尋常ではない威力だと悟ったのだろう。このエルフは良い目をしていますね。
「そのとおりです。弱い魔法糸でも、闘気を重ねると面白い効果になるんです。まぁ、距離も短いし、マナも闘気も酷く消耗するのですが」
生命力とマナが大きく減った。もはやふらつくのを我慢しないといけないレベルだ。とっても酷く疲れるので、もう早く寝たいです。
「い、命だけは助けて、こ、国際問題、国際問題になるぞ!」
「どこかで聞いたセリフですが、安心してください。殺すつもりはありません。殺すと殉教者扱いにされますし」
顔を引きつらせて命ごいをするアノクに、半眼となって答える。うーん、サービスがすぎます。
「すぐにエルフたちが、貴方を捕らえにここに来るでしょう。では、さようなら」
ていっと、アノクの頭を蹴っ飛ばし気絶させておくと、嘆息する。
「……疲れました。早く帰って寝るとしましょう。もはや何人も寝るのを妨害はさせません」
ふわりと浮くと森林を飛んでいき、眠そうに欠伸をして、おうちに帰るのであった。
なんだか大剣が落ちていて、けろけろ鳴いている蛙さんがいたけど、今日の仕事は終わりです。周りには冒険者がいるから大丈夫でしょう。
もうしーらない。サビ残は悪なんです。