26話 サビ残は辛いです
腐りきってもエルフの長老だということだろう。大精霊の召喚をアノクはしていた。しかも土精霊とは、攻撃においても防御においても使える良い精霊だ。
「貧乏で人望もなくとも、さすがはエルフ。苦労をしなくとも、長命であるだけで大精霊を召喚できるのですから」
「一応は精霊魔法を練習してたわっ! ふふふ、魅人との力の格差を見せつけてくれる!」
「もう品格において格差は見せてくれましたので充分です」
「減らず口をっ!」
『旋風刃』
先程、タルットが使用した魔法をアノクは使う。すぐに撃墜しようと闘気を練る。
『闘気弾』
『大地粉塵』
「むっ?」
闘気の弾丸を撃つと、ガイアスが土塊へと変わり空中に飛び散る。闘気の弾丸は土塊に命中し、軌道をずらされてしまう。
正確な弾道であったために、弾丸は曲がってしまい、風の円刃を外してしまう。
「ははっ! 私にはタンク役がいるのだよ!」
「考えましたね。その精霊は遠距離攻撃をだいたい防げますし、なにより魔法の弱点である『発動』がない。せこい小物さんにしては良い選択です」
発動時が魔法の弱点であるのだが、精霊には『発動』がない。『行使』から始まるため、魔法使いを上手くカバーしている。
「その口をすぐに閉じてやるわっ!」
アノクが杖を振り円刃を飛ばす。旋風の円刃は猛回転して飛んでくるが、その軌道にある土塊は移動して軌道を妨げることはない。自分の防御障壁になるが、自分の放つ魔法の障害にはならないらしい。
文字通り風の速さで迫りくる円刃に、ため息を吐きながら枝を踏み込み、隣の幹に飛ぶ。タムと幹に足をつけて、スタタと壁走りをするソトースの後ろで、人が乗れる程の太さの枝がキュイイと音をたてて切れて落ちていく。
幹から幹へと飛び移りながら、恐るべき鋭さを持つ円刃を躱していく。サクサクと円刃が幹に食い込み、後ろから次々と追いかけてくる。
木の粉が散って、ミシミシと大木が折れていくのを横目に、闘気を固めてアノクへと放つ。
「今度はどうでしょうか?」
『闘気砲』
紅き闘気がエネルギー波となって、空を貫く。今度のは貫通系の闘技。石塊では防げない。
『土塊盾』
しかし瞬時に土塊が集まると、大盾へと変化してエネルギー波を受け止める。エネルギーが光の粉となって消えていく中で、アノクは哄笑する。
「ふむ、見たかね我が力を。君では私に攻撃が届くことはない」
「今更気取っても、もう遅いと思います。もしかして鏡の前で練習してました?」
「うるさいっ! 私はこのキャラでこれから行く予定なのだ!」
図星だったのか、ますます顔を熟れたトマトのように真っ赤にさせて、額に青筋を作り怒鳴ってくる。
「元老院デビューというわけですね、たしかにうまく行ってましたよ」
予想通りの結果ではある。一応は確かめてみただけだ。彼は大物ぶりたくイメチェンをするのだ。
「ですが今回は失敗です。せっかく中身もついてきたのに残念ですね」
幹すれすれに降りていき、目的地に降り立つ。手の指を揃えて、シュッと横薙ぎに一閃。
目の前の岩山がガラガラと砕けると、刺されていたエルフたちが落ちてくる。
「ぬっ? なにを?」
不可解な顔のアノクへと、ちらりと横目で見てから答えてあげる。
「実はこっそりと『低位自動治癒』をかけていたのです」
手のひらを向けて、新たに魔法を使う。
『範囲中位治癒』
パアッと神聖なる光が二人を覆うと、体の傷が塞がっていく。
「な、なにを……」
動揺しているアノクを無視して、二人を見つめる。サクサクと岩山が突き刺さっていたので、死んじゃったかなと思っていたが、二人の生命力バーはまだぎりぎり尽きていなかったのだ。
「カハッ、た、助かった……」
「ありがとう……」
二人の若いエルフは血を吐き捨てながら、よろよろと立ち上がる。良かった作戦成功です。
「馬鹿な生きていたのか!」
そのとおり。ぎりぎりで生かしておいて、私とアノクとの会話を聞かせておく作戦だったのだ。もしかしたら二人は死ぬかもしれないが、生きていたので問題ないでしょう。
「悪かったな! 世間知らずの馬鹿野郎で!」
「元老院に訴えてやるから、このクズッ!」
全てを聞いて、心底憎々しいと、二人はアノクを怒りの表情で罵る。ここでお喋りをしている間に逃げましょう。残業終わり。タイムカードはどこかな?
コソコソとソトースは逃げようとするが
「逃げるわよ、悔しいけどアノクには敵わないわ」
「あぁっ! ここは任せたトゥス神の使徒様!」
なんと二人は逃げ出した! ダダダダ。
ソトースはタイミングを逃して周り込めなかった!
でも、アノクは二人を逃すと社会的な地位どころか、犯罪者に仲間入りのはず。私を無視して追いかけるだろう。
「グッ! こうなれば貴様を殺してウヤムヤにしてみせるわっ!」
なんと追いかけない。予想以上にアホだったことに驚きを隠せないです。
「ありがとう〜、助けてくれたお礼は必ずするわ〜」
「あの熊男にも謝っていたと伝えてくれ〜」
遠くから二人の声が聞こえて、顔を引きつらせちゃう。この間抜けに騙されていただけはある。単純な性格すぎます。
本来の彼らは元老院の議員となったアノクを支える存在となった二人。その未来はここで変わってしまった。
そして、アノクは杖にマナを込め始めていた。
『竜巻騒乱』
一振りすると、私を囲むように小さな竜巻が生み出される。竜巻は私の周りを連携して周り始めて狭まってきた。
「閉じよっ!」
小さくともその威力は充分に人を殺せる。それが全て合わさったら、耐えきれないだろう。しかもただ狭まるのではなく、連携して私の周りを回りながら、隙間がないようにしてきている。
だが私には通じない。その程度の速さでは倒せません。
目を見開き、竜巻を見る。竜巻の回転速度、完全に隙間がなくなる時間、そして、通り抜けることのできるタイミング。
「私の性能はチートなんです」
『加速』
ドンッと地面が陥没し、私は急加速する。影すら残すことなく、地面を駆けて、高速の世界で止まったように動きを鈍くする竜巻群の隙間を通り過ぎる。
「うぬっ! マナよ、我に獣の速さを、羽のような脚を!」
『倍速』
アノクは高速で動くソトースを見て、すぐに対抗呪文を使う。青き光がアノクを覆うとその素早さを跳ね上げる。
「シッ」
「ぬん!」
私が蹴りを放つと、アノクは杖で受け止める。私はタンとステップを踏み、すぐにその場を離れると同時に岩山が通り過ぎていく。
「貰った!」
『暴風』
間合いをとれたと見てアノクは詠唱を破棄して、杖を翳すと魔法を使う。杖から扇状に爆風が巻き起こり、私を吹き飛ばす。私は身体をそらし、くるりと回転して地面に着地する。
単なる強い風のため、怪我はない。しかし、アノクの狙いは間合いをとることだった。
「マナよ、嵐となって、我が敵を切り裂け」
『暴風』
わたしの前につむじ風が生まれたかと思うと、みるみるうちに膨れ上がり、辺りをその凶暴な風の刃で引き裂いていく。
よく考えているようですね。この一手は渋い。
躱されるのは想定内。本命は別にある。最初に同調魔法『双竜嵐』を私は打ち破った。そのカラクリを見極めようとしているのだ。
さっきもそうだった。二人と戦う私を観察して力を見極めようとしていた。
即ち、この男は戦闘センスがある。今は小物だが、将来成長すれば元老院に相応しい大物になるに違いない。
即ち、とっても面倒くさいということだ。
しかし彼は選択肢を間違えた。彼の選択肢は冒険者を攻撃せずに退却することだった。そうすれば、このスタンピードを防いだ魅人の手際の良さをアピールして、危険だと民衆に訴えれば良いのだ。
魅人を嫌悪する一部のエルフたちは、魅人が成功しても失敗してもどちらでも良い。言い掛かりだとしても、糾弾することができれば嬉しいのだ。
だからこそ、逃走していれば元老院選挙でぎりぎり当選できたろう。そして彼は財を増やし人を集めて数百年後には、元老院でもトップになっていたはずだった。
そして、魅人嫌悪はテロや戦争を発生させて、エルフと魅人がお互いに憎み合う世界となるはずだった。
安酒を飲んで思いついた小物の考えは、燎原についた火の如くにあっという間にエルフたちに広まり、未来において取り返しのつかない種族間の溝を作ったのである。
しかし、未来は最初に湧き出した泉を壊したが如く変化した。川の流れは変わってしまった。
魅人を嫌悪していても、エルフたちは他の種族より遥かにプライドが高い。だからこそ、魅人排斥を訴えて、票を集めようとしたエルフの醜聞はあっという間に広まるだろう。
信憑性も充分だ。逃げた二人は未来を嘱望されたエリートであり、魅人を庇うような発言はしない。皆が訴えを信じるに違いない。
そして、この先で力を持ったエルフが魅人排斥を訴えても、また票集めだろと疑惑の目を向けられるため、誰も口にしなくなくなる。疑惑の目を向けられるだけでも、プライドの高すぎるエルフにとっては羞恥に耐え難いことなのだ。いわんや、長老など権力を持っているエルフにとっては耐えられない。
この日、この時間、この状況で、未来は大きく変わった。これから先は魅人との融和派が段々と増えてくるはずだ。
未来は変わり、世界を変えていたはずの男は、小物のままで終わろうとしていた。
種族同士の戦争は起きなくなるだろう。分岐点において、アノクは間違えた選択肢をとった。
いや、とらされたといって良いかもしれない。
「回帰保険に入っていたら、面倒くさかったですね」
まぁ、どうでも良いのだが。私はベッドで、すよすよと寝られれば良いのです。なのでアノクを早々に倒さなくてはならないらしい。
「思惑に乗るのは仕方ないですが、残業代が欲しいです」
ため息をつきつつ、地を蹴り幹に足をつけると、次の幹、その次の幹へと幹を蹴りながら移動する。
「逃すかっ、爆ぜろっ!」
『ウィンドバースト』
『暴嵐』を解除して、その反動をアノクは利用する。土を巻き込み岩を呑み込み大木を木っ端にして内包していた嵐がいきなり消えたために、散弾のように、呑み込んだ瓦礫群が飛んでくる。
私の視界には、それぞれの瓦礫の弾道予測が光の線となって見えていた。命中するもの、外れるもの、全てが把握できている。
全ての回避は不可能だと悟る。今の身体能力では絶対に命中する瓦礫がある。
腕を交差させて、耐え抜くことを決める。闘技は使わない。防御系闘技を使って動きが止まったら、狙い撃とうとアノクが見ているからだ。
ソトースの身体は瓦礫に襲われて、吹き飛んでしまうのだった。