25話 どこの世界も同じブラックですね
外なる神の使徒にして、保険料支払い代行のソトースはげんなりとしてため息を吐いた。
「……最悪です。サイアクです。最灰汁です。ドロドロとした灰汁がでろでろですね」
せっかく殺さないように手加減していたのにと、百舌鳥のはや、はや、焼き鳥みたいになったエルフ二人を胡乱げな目で見ていた。
「ふふふ、驚いたかね魅人よ」
「あ……はい。将来の右腕と左腕を殺すとは思いませんでした」
なんだかとっても悪い顔をしている美貌のエルフに、テキトーに返す。あの二人は回帰前は男性の左右の腕となって、元老院で影に日向にと活躍する予定だったのだ。
なのに、殺した上に笑っているとはおかしくなったのだろうか。既に仲間を殺すという点でおかしいけど。将来の道がイージーモードから、ナイトメアモードになっちゃったと思うんだけど。
「魅人の悪辣さをこれで同胞も認識できるだろう。この二人はこれでエルフの中ではエリートでね。まさか魅人に嬲られて死ぬとは思いもよらなかっただろう」
なんか語り始めたよと、欠伸をしてよいか迷う。おかしい、こんな大変な仕事ではなかったはず。熊男が『闘気』が目覚めるまで待っていて、覚醒したら終わりのはずだった。
「魅人の脅威を皆は知らぬ。私はこれを憂慮していた」
なんか語り始めた。みーんみーんとセミさんの真似をして幹にへばりついて、熊男が死なないように気をつけていただけなのに。
何だか威厳ありそうな顔で延々と話し始めるエルフ、たしかアノクという男を無視して、帰っても良いかなと熊男たちに眠そうな顔を向ける。
なんとか動けるようになった熊男たちは、どうしようかと私を見る。
私は選挙の宣伝のように手を振るい、熱の籠もった様子で演説を始めたアノクを見る。
もう一度、熊男たちに目を向けて、疲れたように嘆息すると手をふりふりと振った。
カエッテイイデスヨ、ソレカトッコウシテクダサイ。カイフクノダイキンハアトデセイキュウシマス。
口をパクパクと動かして、最後に小さいお口をフワァと開けて欠伸をする。
「俺たちじゃ、これからのバトルでは足手まといになっちまう。ここは邪魔にならないように逃げよう!」
熊男は『闘気』に目覚めて第六感にも目覚めたのだろう。コクリと頷きカサカサと去って行った。他の冒険者たちも去っていき、にゃんこさんが意味ありげに私へと強く頷いてみせて去っていった。
なんか意味があったのかと思いつつも、考えるのは面倒だよねと、アノクへと顔を向ける。アノクは冒険者たちが逃げたのをちらりと見たが、止める様子はなかった。どうも私だけを注視している模様。
「というわけだ。私の崇高な考えがわかったかね?」
「わかりました。来年の元老院選挙で当選したいから、魅人を仮想敵にして対魅人を公約に掲げるんですよね? 魅人を魔物と考えているエルフは未だに多い。しかも多くは長生きの力あるエルフばかり」
エルフの王国は王族と元老院で政治を行っている。そして元老院は30年ごとの選挙制なのだ。その給与はとても高い、色々と副収入も入る。
「なっ! なにを聞いていたんだ! 私は魅人が増えて人類の脅威になる前に対処するべく行動をしていると言ったはずだ!」
そんなことを口にしていたのかと、全然まったくこれっぽっちも聞いていなかった私はホウホウとフクロウのマネをする。
「魅人の排斥を謳えば、魅人が嫌いなエルフたちから選挙で票が取れますものね。この事件は遠回しに自分がやったと伝えて、多くのエルフたちに共感してもらう。そして、晴れて元老院入りです。性格に問題があって毎回落選していた長老さん」
「そっ、な、貴様、言い掛かりも甚だしい! 魅人は危険なのだ! 同胞に共感してもらい、滅ぼすべく行動をだな」
なんかとっても焦って、つばを飛ばして怒鳴り始めるアノク。わぁ、とっても小物っぽい。
「嘘ですね。戦争をするつもりなど欠片もない。なぜなら貴金属の価値は同じだからです。その意味は通貨にしても、各人類はほとんど同じレートだと言うことです」
「そ、それがどうしたというんだ?」
「エルフは魅人と付き合いはほとんど無いですが、ドワーフやハーフリングから魅人との通貨交換をしています。それに様々な品物も間接的に購入してますよね? お互いに大きな経済圏を作っているから人類を滅ぼすなんて無理なんです。これは魅人を人類として認めた理由の一つだったりします」
武力で認めて、経済面でも認めたからこそ、人類は魅人を人類と認めたのである。本当に魔物だと考えているなら、連合を組んで魅人を尽く駆逐すれば良かったのだ。魅人はこのことは一部の王族や貴族しか知らないけど。
ぶっちゃけ魅人が通貨を使い始めた時から、新たなる市場としてドワーフと商人気質のハーフリングは理解した。人類の半分。しかも人口では魅人に次ぐ種族が駆逐に反対した時点で、魅人滅亡は無くなったと言えよう。
「だから、国同士の戦争はあっても、決して種族同士の滅亡を求める大戦争にはならない。そんなことをすれば、ドワーフやハーフリングが仲裁に入るでしょう」
ドラゴンニュートは我関せずと傍観するだろうけど。他の種族は黙っていないだろう。それだけ大きい市場なのだ。
「物事は単純ではありません。そして貴方も理解している。魅人の排斥を謳いながら、貴方はもうこんなことをするつもりはない。なにせ、これは危ない橋。酒を飲みながら飲んだくれて思いついたアイデアですが、元老院になればスキャンダルになりますしね」
「なななな、なぜそれを知っている!」
「それどころか、魅人を監視しなければいけないという題目で魅人と取り引きをする商会を作ることも考えている。プライドの高いエルフは魅人とは付き合わない。なのでこれは良いお題目のアイデアです。直接取引をすれば、これまでドワーフやハーフリング経由でぼったくられていた品物を買えて莫大な利益が出ますし」
飲んだくれて、ヘベレケになって思いついた計画にしては良い考えです。私もそういう濡れ手に泡な儲け方をしたかった。濡れ手に栗だと、全然嬉しくないので泡で良いと思う。
こんな仕事をしたくなかった。
何だか汗を流して動揺しているエルフを眺めつつ、もう帰って寝たいなぁと考えていた。
ソトースはヨグとトゥスが合体して、『わたしのかんがえたさいきょーせんし』として作られた存在だ。そのため給料はとっても安い。歩合制にしなければ良かった。
とってもブラックだ。早く寝たい。
「くっ、それは言い掛かりだ! これから私は貴様等を滅ぼすべく行動をする。この地に居るのがその証だ」
「………スタンピード用の他の『魔溜まり』はここより大きかったのに、なぜ小さな『魔溜まり』のここに? 魅人の軍に慌てて逃げてきたんでしょ? 小さなスタンピードでも実績は欲しいですもんね」
「ち、違うっ! 違う違うっ! たまたまこの『魔溜まり』に来ただけだ!」
「……もうなんでも良いです。水で限界まで薄めた安ワインをちびちびと飲んで、もつ焼きを食べながら思いついたなんて口外しないので安心してください。店員さんがワイン一杯で何時間も居座りやがってと、嫌悪を見せていたところからヒントを得たなんてお喋りしませんから」
面倒くさいしと、口にはしないで欠伸をする。これでもう安心だ。口外しないなら良いだろう。ここは見なかったことにしようじゃないかと、去っていく。
と思っていたのに、顔を真っ赤にして肩を震わせている。血圧が上がって倒れないか不安です。
「ぬぐぉぉぉぁ! そ、そこまで知ってるとは貴様魅人ではないな! 私の敵対派閥だな!」
「貴方、貧乏で今は派閥持ってないじゃないですか。そこの世間知らずの若い二人を騙して働かせているじゃないですか」
「きょぇぇぇぇぇ! 騙される馬鹿な二人が悪いのだ。おのれ、敵対派閥のエージェントめ、ここで殺してくれる!」
カラスの真似をして、杖を振り上げて激昂するアノク。カラスの真似をするなら、もう少し鳴き声を低くしないといけないよですよと、忠告した方が良いだろうか。
おかしい。なぜこんなにも怒っているのだろうが
? 私はこんなに譲歩しているのに。
ピピッと警告音がして、アノクの輪郭が強調され、体内のマナが急激に上昇していると表示される。
3Dスキャンのように視界が変わり、熱感知、光学感知、動体感知、マナ感知、闘気感知が働く。リング状のカーソルがアノクを囲む。
ソトースの五感はこの世界のものではない。切り替えればどんな戦闘にも対応できるように作られている。
フレーバーテキストがアノクの説明文を表示し、生命力、マナ量が棒グラフとなって状態を教えてくれる。
『湖畔のアノク:レベル7』
アノクの歳は721歳。長老としては若すぎて、そして歳のわりには弱い。それでもソトースよりは強い。
『ブラック企業に勤める可哀相なソトース:レベル5』
戦闘力では私よりも強い。ただレベルはその人の戦闘用で最高スキルのレベルを表示するだけだから、勝負がどちらに転ぶかはわからない。
なんだかやる気満々だから戦闘しないといけなさそう。でも、最後まで対話は諦めない。ソトースは平和主義者で、いつも寝ていたいのだ。
フレーバーテキストをさっと読む。『回帰』前のアノクの全ての記録がそこには表示されているのだ。
「大丈夫です。721歳になるのに、まだ定職につかないのとか、結婚しないと親戚からうるさく言われたから見返そうとしたのが理由とは言いませんから」
「も、もはや生かしておけぬ! 死ねっエージェント!」
ソトースの言葉を聞いても矛をおさめてくれなかった。妄想逞しいアノクはなぜかエージェント扱いをしてきた。なぜなんでしょう?
ピピッと警告音が再びして、エネミーと足元が表示される。それを確認して、ソトースはバックステップをする。眼前に鋭く尖った岩山が轟音を響かせて突き出す。
トトンとさらにバックステップをしてサイドステップ。今までいた場所に岩山が次々に突き出してソトースを追いかけてくる。
フワリと浮いて枝に飛び乗ると、ようやく岩山の追撃は止まり、静かとなる。
「ふはは! よくぞ躱したな。しかし我が土の大精霊『ガイアス』と、私の攻撃から逃げることができるとは思わぬことだ!」
哄笑するアノクの横に土が盛り上がり巨人の形をとる。土塊の大精霊ガイアスだ。
「仕方ありません。回帰保険に入っていれば、高価なワインに肉厚のステーキを食べる議員生活が待っていたのですが」
すうっと目を細めて、混沌の瞳へと変わる。
「ソトースの力を見せましょう。どうか来世は回帰保険に入ることをお勧めします」
ここに至っては仕方ない。戦いを始めますかと、ソトースは死の気配を纏うのであった。