24話 他社とは残念です
怒りで燃えるタルットは、その怒りのままマナを放出し始めた。
「マナよ、我を守る障壁となり、敵の刃を防ぎ給え」
『絶対物理障壁』
身体を不可視の盾が覆う。目に見えずとも、その障壁は先程のダメージを一定値吸収するだけの魔法障壁とは訳が違う。あらゆる物理攻撃を防ぐ最高位魔法であった。
「闘気は通過しても、物理的な攻撃は透過しない。君の攻撃はほとんど力を無くしたということだよ」
ヘラヘラと嗤って、タルットは勝利を確信し少女へと傲岸不遜な態度を取る。タルットが知る攻撃闘技は剣などに闘気を纏わせて攻撃する。
即ち闘気は透過できても、剣は弾く。多少痛いだろうが、それでも手脚をもいだように、敵の攻撃は意味を無くすだろう。
タルットの予想では、そんな高位の防御魔法を使うとはと、敵は驚き慌てるはずだった。顔に絶望を浮かべてタルットは愉悦に浸かる予定だった。
少女の表情はたしかに落ち込んだ暗い顔になった。
「………はぁ、面倒くさい。貴方は本物の『闘気使い』と戦ったことはないと、今まさに口にしたのです。そこのお爺さん。止めたほうがよろしいかと」
「………」
死んだ目をして少女は答えるが、絶望からではなく、愚かな者を見る目だった。そしてアノク様の目に僅かに嘲りと憐れみを見て取って、タルットの心は怒りに震えた。
白い肌を真っ赤にして、タルットは怒りに燃えて手を翳す。マナを集めて複雑な思考で心の中に構成を描くと詠唱を破棄する。威力が弱くなりマナの消費が多くなるが、タルットの魔力ならそれでも敵を倒せる。
「どういう意味さ!」
『旋風刃』
中位魔法『旋風刃』を発動させて、風を具現化し10個のエメラルド色の円盤を作り出す。猛回転して敵を切り裂く魔法だ。
「こういう意味です」
『闘気弾』
しかし、回転を始める前に、人差し指から少女が紅き弾丸を連続で撃つと、まるで皿のようにパリンパリンと砕けてしまう。
「ぐへっ」
魔法の残滓がキラキラと煌めく中で、タルットは驚く暇もなく頬に紅き弾丸をまともに食らい地面へと勢いよく倒れてしまった。
頬からもんどりうって地面に倒れ、土塗れになってタルットはズダンズダンと転がり、べシャリとうつ伏せになってようやく止まる。
「ぐ、ぐぉぉぉ……。い、痛い、痛い、痛いっ!」
口からだらだらと血を流し、苦痛と怒り屈辱に顔を歪めてタルットは立ち上がる。肋骨は折れているし、全身も激痛が走っている。エルフに生まれて220年、ここまで怪我を負ったのは初めてであった。
「か、神ヨウジョスよ、汝の下僕に癒やしを与え給え」
『中位治癒』
少女を睨みながら、癒やしの魔法を使用する。すぐに純白の光に覆われて身体は完全に癒やされるが、頭が空っぽになったように、急激な虚脱感に襲われる。
まただ。癒やしの魔法は数十年振りに使ったが、恐ろしくマナを消費してしまう。今ので半分近くは消費してしまった。先程からわけのわからないことばかり起きている。
「わかりましたか? 『闘気』は変幻自在の武器。使い方によっては、魔法も砕けますし、障壁も貫けるし、薄っぺらいエルフのプライドも粉々にできるんです」
「な、僕を蔑むのか、魅人の癖にっ!」
思い通りにならないことばかりだ。こんなことになるとは欠片も思っていなかったと、眠そうな目をして、やる気のなさそうな顔の少女を怒鳴る。
少女の態度が弱者としてタルットを見ている。哀れみがその目の奥に感じられて、ますます屈辱で身体が震えてしまう。
「魔法は無詠唱でもワンテンポ遅いんです。単体魔法は闘気にて簡単に撃ち落とせます。でも範囲魔法を使えば隙だらけとなる。タンク役を連れて来るべきでしたね」
「エルフにはそんなものは必要ないっ! ゼルリ、何やってるんだ!」
「や、やってるわよ! でもこいつ当たらないの、当たらないのよっ!」
援護を頼んだゼルリを怒鳴るが、彼女は彼女で焦った顔をしていた。身体強化を限界まで高めて、腕が霞むほどの速さで、矢をまるで雨のように連射をして休むことなく攻撃をしていた。
だが、少女はゆらりと手を振るうと、迫る矢を尽く手のひらで払っていた。一歩も動かずに、100人の弓兵が放ったかのような矢の雨を平然とした動揺もない顔で。
一発目の矢を少女は軽く上へと払い、次の矢を弾くと、3発目を指で挟むと回転させて放り投げる。弾かれた矢は空中にて、次に迫る矢に激突して砕けるが、その破片と防いだ矢が、さらに襲い来る矢を阻んでしまう。
皮肉にもゼルリの放った矢が柵の代わりとなって、他の矢を完全に防いでいた。信じられないことに、迫る矢に弾いた矢が連鎖して弾いてしまうのだ。
あれでは矢は届かない。止まらぬ矢の雨が弾かれて空中へ浮いた矢にぶつかり、地面に落下するのを防いでしまった。偶然にしては、驚異的な確率だった。
「こ、こうなればゼルリ、接近して倒すしかない!」
「くっ、なによこの魔物!」
ゼルリが渋々弓での攻撃を諦めて、短剣を抜き放つ。この少女は同調魔法を使う隙を必ず狙うだろう。もはや魔法は諦めた。
マナを身体に限界まで注ぎ込み、タルットは少女へと駆け出す。少女を挟むようにゼルリも背後から迫っていく。
二人の様子を見て、ますます眠そうにして溜め息をつき、両手を二人に向けてくる。
「魔法使いの近接戦闘はおすすめしません。ちゃんばらごっこならあとですればよいのでは?」
「馬鹿にしやがって!」
タルットはレイピアの特性をフルに使って、少女へと突きを繰り出す。細い剣身が弛んでゆらりと揺れる。
レイピアの細い剣身はその細さゆえしなるのだ。それゆえ、一撃目が防がれても撓りながら次の攻撃を繰り出し、撓る剣身は幻惑するように揺れて、防ぎにくくする。
そして細い剣身は簡単に折れるように見えるが、これはドワーフの鍛えた魔鋼鉄製で『耐久』の魔法も付与もされているので、簡単には折れない。
「はっ!」
「ほい」
顔を狙い矢のような速さの突きであったはずなのに、僅かに首をずらすだけで躱される。完璧な見切りだと歯噛みしながらも、手首を返して次なる攻撃を繰り出す。
レイピアの尖端はゆらゆらと揺れて、いくつもの突きへと変わり、少女を傷つけんとする。
だが、あっさりと手のひらがレイピアの剣身に添えられて、受け流される。タルットはそれでも動揺することなく、レイピアを振るい続けた。
レイピアは一撃は軽い。なので受け流されるのは想定内だ。悔しいがこの少女の体術は卓越している。数撃は防がれるだろうと。
「僕のレイピア捌き。受けきれるものなら受けてみなよっ!」
地面を削るかのように、滑るように踏み込みをして、息を吐き連続で攻撃を繰り出す。
ピュンピュンとレイピアの撓る音をたてて、剣は閃き、切り裂かんとする。無数の剣閃と風斬り音が響く。
顔を狙い、腕を切り裂き、脚を貫く。全力のタルットの攻撃は残像を残すかのように速く鋭かった。
しかし、少女はふわりと腕を振るうと、タルットの攻撃を全て受け流す。後ろで猛撃を繰り出すゼルリをも同様に受け流し、躱して、決して掠ることはない。
まるで舞を見ている観客のようだった。少女の舞は洗練されて優雅であり、決してその動きは速くはない。
だが、タルットたちの攻撃を予想したのか、攻撃する場所へと腕は振るわれて、まるで羽衣が優しく包むかのように、レイピアは腕に巻き取られて受け流される。
少女はタタンとリズミカルにステップを踏み、両腕をひらひらと振りながら、小柄な身体を優雅に動かし、美しく舞っていく。
タルットとゼルリは少女と踊る下手くそな道化だった。必死になって攻撃をしても、どんなにフェイントを入れて、敵の隙を狙おうとしても命中しない。
それどころか、攻撃をしているタルットたちの方が追い込まれていた。
優しく受け流されるたびにタルットの力が吸い取られたかのように完全に勢いを無くし、その反動で体勢を崩してしまう。
再び攻撃をするべく力を込めるのだが、失った勢いを取り戻すべく、いちいち力を込めるので、タルットはどんどん体力を失い、疲労が溜まっていく。
『天女舞』
少女の舞は優雅で見惚れる美しさを持っていたが、その闘技は酷く残酷であった。
「ハッハッハ……そ、そんな、そんな……」
汗が滝のように流れて、目に汗が入る。息が切れてろくに言葉も発することはできない。レイピアを持つ手もぶるぶると震える。
攻撃当初の閃光のような速さは影をなくし、もはや風斬り音も生まれることなく、タルットの攻撃は完全に勢いをなくしていた。
それでも意地でも倒さんと、突きを繰り出すと、少女は横にずれて、受け流すのではなく、レイピアの剣身を掴んでグイと引っ張る。
「うわっ、わわっ」
「ちょ、タルット、あぶな」
疲労で抵抗することもできなかったタルットは、引っ張られて、反対側で同様に短剣を掴まれていたゼルリへと衝突する。
二人の身体が重なり、よろめき倒れようとする。
「二人で仲良くしてください」
だが、タルットの背中に少女が足を押し付けていた。ふぅと僅かなる呼気で闘気を脚に集中させる。
『闘気蹴』
「ガッ」
「グッ」
背中に強烈な蹴りが放たれて、タルットたちは二人まとめて吹き飛ばされる。その衝撃は身体がバラバラになるかのようで、幹に叩きつけられた瞬間にもはやその威力でピクリとも動けなくなってしまった。
口を開くのも辛いタルットは、佇む少女へとなんとか顔を向けると、痛みで震えながらも問いかける。
「お、お前、お前は何者だ? こ、こんな僕たちが」
信じられなかった。この少女が魅人だとは到底思えなかった。こんなにも強い化け物がいることを予想だにしなかった。アノク様は簡単な仕事だと言ってたのに!
タルットの言葉に、少女はコテリと首を傾げる。銀髪が風に靡き、可憐な唇が言葉を紡ぐ。
「私はソトース。外なる神の使徒にして、保険の支払いをする者です」
スカートのようにコートの裾を掴むと、カーテシーを見せるソトース。目元を優しく緩ませて、花咲くように可愛らしくニコリと微笑み挨拶をする。
だが、すぐに眠そうに半眼になって肩を落とす。
「もう支払いを終えたから帰って良いですよね? これ以上はサービスがすぎるというものだと思います」
やる気のなさそうな声には、タルットたちにトドメを刺そうというつもりはないらしい。その様子にさらにプライドが傷つけられて、怒りが内心で煮えたぎるが、ソトースに敵わないと理性では理解していた。
なので、助けを求めることに決める。
「アノク様、助けてください。こいつは僕たちの手に負えません!」
先程から傍観をしている上司へと叫ぶ。と、アノクは口角を歪めて杖を掲げる。
「そうだな、戦死者も出てしまったことだ。私自らが倒さなくてはなるまいよ」
「は? 戦死者?」
タルットたちへ見せるアノクの笑みに不安を感じて問いかけるが
「ふむ、たまたま散歩をしていた前途有望な若いエルフが魅人に恋人と一緒に殺された。人々は悲しみと共に魅人へと怒りを燃やすだろう。私も実に哀しいよ」
ズン
その言葉を最後に、タルットの体へ岩の槍が突き刺さっていた。
地面から生み出された岩の槍が、身体を串刺しにしていって、意識が暗転する。最後にアノクを見たタルットの目に映ったのは嬉しそうな笑顔であった。