23話 アフターサービスというものです
「グァァッ!」
悲鳴をあげて、タルットは苦痛の表情で地面に倒れると左腕を押さえてゴロゴロと転がる。
地面に切り落としたタルットの左腕が転がり、ショウはやったと歓喜の表情へと変わる。
「おっしゃァァァ! トドメの一撃!」
ショウは倒れたタルットへとトドメとばかりに大剣を振り上げる。
「させるかっ!」
だが、闘気により跳ね上がった身体能力で研ぎ澄まされた感覚が風切り音を耳にして、後ろへと飛び退る。眼前を風の速さで矢が通り過ぎていき、幹に突き刺さるとボコリと大穴を作った。
矢の飛んできた方向へと顔を向けると、女エルフのゼルリが怒りの表情で弓を構えていた。
「この魔物がっ! タルット、だからいつも遊びすぎるのは止めておけと注意してたでしょ!」
「ま、まさかこの熊男が本当に『闘気使い』なんて思うわけ無いだろっ。くっ、神ヨウジョスよ、我の欠損を癒やし給え……。クゥッ」
タルットの身体が輝くと、失われた左腕が光と共に元に戻る。ヘラリとタルットは笑って立ち上がろうとし、再びペタリと地面に腰を落としてしまう。
「くっ……ま、マナがほとんど尽きた……そんな馬鹿な。今日は殆ど魔法を使っていないのに!」
エルフは魅人のマナ量の数倍はある。タルットはその中でもエリートであり、エルフの中でも有数のマナ量を誇っていた。そのマナがほとんど尽きたことに驚きを隠せない。
「マナが尽きればっ! くっ!」
ショウは動揺するタルットへと間合いを詰めようとするが、再び矢が飛んでくるので、大剣を盾にして防ぐ。
まるで投石機の投石のように強力な威力だが、闘気で強化されたショウは耐えることができていた。
「くそっ、僕がこんな無様な姿を見せるなんて!」
タルットは腰に下げた袋から、慌てて小瓶を取り出すと一気に呑み干す。パアッとその身体が青く光るとマナが回復する。
「うぇぇぇっ! なんでマナポーションを持ってやがるんだよ! ひきょーだぞ、ひきょー」
その輝きが見たことのあるものだったので、ショウは抗議の声を上げるが、その答えはくしゃくしゃに顔を歪めて見目麗しい顔を台無しにしたタルットだった。
「もうお遊びは終わりだっ! ゼルリ、二人で倒すぞっ!」
「仕方ないわね! あとで料理を奢りなさいよ!」
タルットが両手を翳してマナを練り、身体強化と付与魔法を弓矢にかけたゼルリがショウを狙う。
「死にやがれっ! マナよ、風を刃と変えて敵を切り裂け」
『風刃』
タルットの周囲に三日月型の風の刃が何個も生まれる。ゼルリが三本の矢を同時につがえてショウを狙う。
そして、風の刃は空中を飛んでいき、雑草を切り落として葉を散らし、高速でショウへと飛んでいく。同時にゼルリが矢を放つ。放った瞬間には再び矢をつがえて発射させる。
「く、クォァァァ、燃え上がれ、俺の闘気、防ぎきれ、俺の身体」
『鋼鉄体』
その無数の攻撃を前に、落とし切れないと悟り、防御に専念する。防御系闘技『鋼鉄体』により、体と纏う服が闘気により鋼鉄の塊と同じ硬度へと変化した。
「アダッ、イデッ、グオッ!」
ガンガン攻撃が当たり、痛えと顔を歪めるショウ。サクサクと風の刃が当たり、矢が胴体に突き刺さったのだ。
だが、タルットとゼルリは驚きで目を剥く。
「な、なんだあいつ。なんで切ることもできないんだ?」
「なんて頑丈な奴! 鎧に穴も開くことがなくなったわ」
まともに攻撃を受けて、切り刻むどころか、切り傷一つつけることができなかった。先程までと違う結果に怯む二人だが、すぐに気を取り直すと顔を見合わせる。
「同調魔法でいくぞ、ゼルリ!」
「えぇっ。こいつを倒すにはそれしかないようね」
「ぐぉぉぉ、ショウは守りを固めている。守りを固めているうぅぅ」
とても嫌な予感がすると、ショウはさらに闘気を練っていく。避けることはできないし、二人相手では倒すこともできない。未だショウは闘気に目覚めたばかりなのだ。
「マナよ、嵐となって敵を切り刻め!」
「マナよ、嵐となって敵を切り刻め!」
「マナよ、嵐はショウを通り過ぎていけ!」
詠唱の邪魔をしたが無駄だった。
『双竜嵐』
つむじ風がふわりと巻き起こると、すぐに轟々と唸りをあげる巨大な竜巻と化す。竜巻に触れた大木がミシミシと音をたてて木っ端微塵に砕けていく。
地面にびっしりと這った木の根が引き出さられて、スパスパと切断される。大地がめくれあがり、岩が空へと浮き上がる。
エルフ二人のマナが込められた竜巻はみるみるうちに巨大化していき、巻き込まれるのを防ぐためにエルフたちは大きく後ろに飛び退っていった。
全てを呑み込んでいくその様子を見て、ゴクリとつばを飲み込むが、それでもショウは逃げることなく立ち向かう。騎士たる者、弱き者を守るために逃げることはしない!
最後の対抗策は竜巻を消すのみ。闘気を剣に込めて真っ二つに斬るしかない。
「ぬぐぐ、この竜巻を切れるのか………切れる! 俺はきれちまうぜぇぇぇ! トゥス神様ぁぁ、俺に助けをぉぉぉ!」
でも、神様に助けを求めちゃうショウだった。
「仕方ないですね」
「へ?」
襟元が掴まれたかと思うと、ショウは後ろに投げ飛ばされた。視界が回転し、べシャリと大木にぶつかる。
ズルズルと幹から落ちていく中で、ショウは見た。
巨大な竜巻が縦に割れ、そよ風となって消えていくのを。
そして、一人の少女がいつの間にか立っていることを。
◇
「な、なんだあいつは?」
タルットは突如として現れた少女を見て、目を疑う。なんの気配もせずに現れて、どうやってか自分たちの必殺魔法『双竜嵐』を打ち破った。
信じられないことだ。エルフ二人の同調魔法を打ち破ることなど、長老でも難しいに違いない。
特にタルットとゼルリはエルフの国のエリートだ。騎士として若くして隊長にまで成っている。神への信仰心も高く欠損回復魔法まで使用できるのが、タルットなのだ。
エリート中のエリート。将来は元老院に入ること嘱望されている男なのだ。そのタルットとゼルリが発動させた同調魔法を打ち破った? 信じられないことだ。
「な、なによあいつ?」
「…………」
ゼルリが怖れを宿したのか無意識に後退り、アノクは腕を組んで無言で見つめていた。
森林の中に零れ日に照らされる少女は美しかった。空に溶けるように銀糸を紡いだような髪を腰まで伸ばしており、吸い込まれそうな妖しい輝き宿す碧眼。スッとした鼻梁に小さな唇は淡く可愛らしい。
美しさの中に可愛さを兼ね備えており、小柄で均整のとれた身体、か細くも健康的でしなやかな手足。金糸で精緻な意匠が刺繍された純白のコートを羽織り、その腰にはレイピアのような物をさげている。
耳が丸いために、魅人だ。そのことに気づき無意識に見惚れていたタルットは羞恥で赤面する。魅人に見惚れるなど恥以外の何ものでもない。
どこからか現れた少女は、小首を僅かに傾げてタルットたちを見て不思議そうにする。その表情は敵意はなく、淡々とした感じを与えてくるが、その態度が癪に触り、羞恥を隠すように怒鳴る。
「まだ魅人の生き残りがいたのか。どうやって僕らの魔法を打ち破ったのかはわからないけど、魔道具か? なかなかやるじゃないか」
魅人もエルフには遥かに劣るが、それでも儀式魔法を使えば、そこそこ強力な魔道具が使えると聞いている。きっとそれなのだろうと嗤ってみせる。
「だが僕たちの魔法を打ち破ったんだ。もうその魔道具は使えないだろう? って、どっちを見ているんだ!」
タルットの馬鹿にしたセリフを聞くこともせずに、少女は小さな手を倒れている他の魅人へと翳す。その手のひらから白き光が生み出されると、辺りを照らす。
『範囲中位治癒』
光に照らされた魅人たちがピクリと身体を震わせると、身体を持ち上げる。そうして自分たちの身体をペタペタと触って歓喜の表情へと変わる。
「うぅ……これは」
「痛え……けど生きてる」
「し、死んだかと思ったぜ」
それでも傷は深く、回復しても完治はしておらず、他の魅人たちは動きががかなり鈍い。
回復魔法。しかもかなり高位の回復魔法だ。回復系統の範囲魔法は単体に使うよりも遥かに難しい。それを神への祈りの言葉も口にすることなく使ったということは、高位神官なのだろう。
「はっ、やるじゃないか。そうか神官は後ろに隠れていたのか。だが雑魚を治しても僕たちには、話を聞けっ!」
魅人たちを治しても喜びを見せることなく、少女は『魔溜まり』へと向かう。
「はぁ……面倒くさい。でも見たからには片付けておく」
見かけを裏切るように、のそのそと面倒くさそうに歩くと、耳心地の良い声を出して、少女は『魔溜まり』に靴先をちょんと入れた。触れた箇所から一瞬のうちに『魔溜まり』の闇色が変化していき、純白に変わる。
純白に変わった水は間欠泉のように噴き出すと、少女が差し出すように見せる手のひらに集まって、吸い込まれるように消えていく。
「な、一瞬で! しかもなにをしたんだ?」
少し触れただけで浄化されるなどあり得ない。そして、空気に溶けることなく、その手のひらに集まるなど見たことも聞いたこともない。
驚きを隠せないタルットへと、ようやく顔を向けると、はぁぁぁと溜め息を吐いて肩を落とす。
「……むぅ、面倒くさい。戦うの嫌。さっさと逃げて良いですよ。狼に出会ったうさぎは一目散に巣穴に逃げ帰るものです」
面倒くさそうに、虚ろな瞳で力なく手を振る少女に、カチンとくる。
「エルフのエリートたる僕をうさぎ扱いとは馬鹿にするなよ! ゼルリ、援護をしてくれっ!」
「ええっ、わかったわ!」
レイピアを構え直しタルットは怒りで顔を真っ赤にする。魅人が僕をうさぎ扱いだと? ふざけるなよ!
「エルフの剣さばきを見せてあげるよっ」
前傾姿勢となり、地面を蹴る。マナで跳ね上げた身体能力で高速の動きを可能としたタルットは数十メートルは離れている少女へと、たった数歩で間合いを詰めると、レイピアを少女の顔を狙い突きいれようとする。
「死ねっ」
「……逃げろと言った」
タルットの突きを僅かに一歩横に動くだけで少女は躱す。純白のコートが翻り、その影からしなやかな脚が見えたと同時に脇腹に蹴りを食らう。
「コハッ」
痛烈な痛みに苦悶の表情になりよろけるタルットへと、少女は身体を捻り回転すると蹴りを放ってくる。
「ぐふっ」
ボキリと肋骨が折れる音がして、タルットは大木へと叩きつけられた。メシャッと嫌な音が響き、身体全体に痛みが奔る。
少女はコートを花のように広げて、両手を水平にあげてくるりくるりと舞うように回転する。
「くっ、トドメを刺しにこないなんて、魅人如きが……」
震える身体を無理矢理起こして、タルットは血が出るほどに唇を噛み締める。
タルットの憎しみの籠もったセリフに、少女はピタリと舞うのを止めると、虚ろな瞳を向けてくる。
「……力の差がわかったと思う。さぁ、逃げて? 面倒くさいし」
「力の差? ハッ! 僕たちはまだまだ本気じゃない。エルフの本気の力を見せてやるよ!」
「………そう。将来は元老院に最年少で入るタルット。回帰保険に入らなかった貴方は残念な結果に終わるようですね」
よくわからない台詞を淡々と口にする少女へと、タルットは殺意を持って、戦闘を開始するのだった。




