21話 力を求めるのは必死さの表れ
「ぬぅりゃぁ!」
「ギャウンッ」
ショウが大剣を横薙ぎに振る。強く足を踏み込み、歯を食いしばり、腕の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がった全力の一撃。
武骨で切れ味も悪く、その質量で切るというより叩き潰すために作られた大剣をくらい、ガリガリと骨を削る音をたてて、眼前のコボルドは身体を上下に分断された。
コボルドの返り血がショウの顔を濡らし、その死骸がドサリと地面に転がる。
「どんどん来いやぁ!」
熊のように咆哮して、大剣を構えると周囲の状況を確認する。
財布が空になったので、冒険者ギルドで請け負った『王墓の森』の魔物駆逐依頼。その依頼を受けて訪れた森だ。
なぜ『王墓』と呼ばれているかというと、最初に魔石を食べた魅人が眠っていると噂されているからだ。見上げても天辺は見えない高さ、大人が10人囲んでも囲みきれない太さの幹の巨木。
同じような巨木が聳え立ち、木漏れ日だけが地面に射し込み昼間でも薄暗い。柔らかい土には枯れ葉が降り積もり、草むらには小動物が隠れている。
そして、聖地とされるために王都近くでも人の手は入っておらずに、動物や魔物の棲家となっているのが『王墓の森』である。
軍の掃討作戦の終わったあとの残党狩り。稼ぎの良い仕事だと聞いて引き受けたのだが……。
「なんでこんなに魔物がいるんだよぉっ!」
悲鳴をあげるショウの周りには、多くの魔物が囲んでいた。
よだれを垂らし牙を剥いて獣を狙う大型の狼にも見える二本足で立つ魔物コボルド。
人と同じぐらいの大きさの毒々しい体表をして、八本の脚で幹にしがみつき、複眼が不気味に光るバイパータランチュラ。
獲物に絡みついてその身体を砕き、丸呑みにしようとする大蛇。
他にも角を生やしたうさぎや、人の苦悶の顔が翅に映っている巨大蛾など様々な魔物たちがいた。
うじゃうじゃと列を作って襲いかかってくる魔物たち。
駆逐に来た冒険者たちは当初はそれでもたいして動揺はしなかった。人が集団で森に入ったことにより、魔物たちが過剰反応して集まったのだろうと駆逐を開始した。
襲いかかってくる魔物は低ランク。銅ランクの冒険者でも倒せる敵ばかりだったので、それ程苦戦せずに前進していた。
ショウはできるだけ目立とうと、無駄に掛け声をあげて敵を倒していったものだ。鍛えた身体は尽きぬスタミナを持っており、発情した熊のように暴れまわった。
様子が変だと思ったのは中層に入り込んでからだ。何時まで経っても、魔物の数が減らないのだ。尽きぬ湧き水のように次から次と出現して襲いかかってくる。
段々と皆は疲労が溜まり、動きが鈍くなっていき、負傷者が増えていった。ショウも滝のように汗をかき、しこりがあるように手足が重くなっている。
このまま敵の勢いが衰えなければ、ショウたちの部隊は全滅するに違いない。
「ラルル隊長、これ以上は無理だぜ、撤退しよう!」
横合いから飛び出して、仲間を襲おうと牙を剥くコボルドの脳天に大剣を叩きつける。新たに襲いかかってくるコボルドをバイパータランチュラへとぶつけて、二体纏めて切り伏せた。
「こいつぁ、おかしい! 依頼内容に間違いがあったね、こりゃ」
シュウよりも前で、火のように波打つ刃紋を浮かべるフランベルジュを豪快に振り、ラルルと呼ばれた女性は魔物を切り伏せていく。
この冒険者パーティーを今回纏めることになった金ランクの女性だ。大胸筋の筋肉を胸の大きさと言い張る豪快な女戦士は、どちらが魔物がわからない猛獣のような顔立ちだ。
背丈は170センチほど。巨漢で筋肉を鍛えまくっているムキムキのショウとそっくりでお似合いだなと言われたが、お互いに選ぶ権利はあると、言ってきた男を殴った記憶が新しい。
「撤退しようぜ! これじゃジリ貧だ!」
「そうしたいところだけど……撤退するには遅すぎたよ!」
ラルルが後ろを見て、唸り声をあげる。そういうことをすると、もっと獣っぽいなとシュウも思いながら、後方を確認する。
パーティーは12人。進軍してきたあとには魔物たちが埋め尽くしており、撤退するのも前進するのと同じぐらいの労力を使うだろう。
「……こりゃ、『魔溜まり』があるに違いないよ。この魔物の多さからいって、多分近い!」
「だからどうするんだよ?」
「『魔溜まり』を潰すっ! そうしたら敵の数も減るはずさ。……ぐるルル、グォぉ」
『契約:サーベルタイガー』
マナを宿した言葉を紡ぎ、ラルルの身体は膨れ上がり、金の毛皮を生やしていき、丸太のように太い腕、剣よりも鋭い爪、分厚い装甲をも噛み貫く牙を生やす。
「グルぉぉぉん」
自分の力を示すかのように、虎人間に変化したラルルは咆哮する。まるで物理的な力を持っているかのように、空気が震えて魔物の動きが止まる。
「一気に前進するニャン!」
「筋肉虎女にニャンは似合わねーけど、後に続くぜ!」
「後で噛み砕くニャン」
ガルルと唸り、ギロリと睨んでくるラルルに、死の宣告を受けるショウである。とはいえ、ラルルは金のランクの力を思う存分に見せつける。
「全部倒すニャンよ!」
ラルルが剣のように両爪を伸ばすと、虎のように軽い小さい足音を残して、魔物の大群に突進する。そしてまるで二つに分けて道を作るかのように、敵を簡単に屠っていった。
爪をひと振りするごとに、敵はバラバラとなり肉片が辺りに散らばっていく。倒しきれない魔物はショウたちがフォローに入り倒して進む。
さっさと変身すれば良いのにとは皆が思うが、本人曰く変身すると呪いが発動するから嫌らしい。ニャンだなと皆は見抜いているので、勿論無理は言わなかった。
魔物を切り分けて、草むらを踏み潰し、皆が返り血で真っ赤になりながら進む。そうして一時間は進んだろうか?
「見えたニャンよ!」
「あれか、『魔溜まり』か! 気持ちわりい」
ラルルが言うとおりに、少し先には黒色の池があった。ヘドロよりも尚黒く、おどろおどろしいというには不気味すぎる。
そして漆黒の池からは黒いスライムのような物が這い出してくる。べシャリべシャリと音をたてて、粘着質のある黒い塊は地面に辿り着くとブルリと震わせて形を変えて、コボルドやバイパータランチュラへと姿を変える。
今まで倒していた魔物たちが数十秒に一匹の感覚で生まれていた。
「な、なんだぁ、あれが魔物が生まれるってことかよ」
聞いてはいたが気持ちわりいと、怖気を感じて顔を引きつけらせるショウ。予想よりも遥かに気持ち悪い。
「あんたは初めて見るニャンね。そうだよ、あれが『魔溜まり』さ。……だけどおかしいニャン」
以前に見たことがあるラルルは虎の口を歪めて、黄金の瞳を不可解なものへと変える。
「魔物が生まれる速度が早すぎる。普通は一時間に一匹程度なんだニャン。スタンピードの時は異様に早いと言うけど………これがそうなのかニャンね?」
片手で大蜘蛛を握り潰し、ラルルが言う。
「わかんねぇけど、とりあえず潰しちまおうぜ。で、どうやってあれを消すんだ?」
「あれは生命体が入ると消えていくんニャンよ。生命体が嫌いなんだ。湯船に浸かるように入れば、徐々に浄化されていくニャンさ。魔物が人類を襲うのも同じ理由と言われてるニャンニャン」
「え………あんなかにはいんの? なんか汚染されて、口にできないモノに変身しそうなんだけど? なんで俺の首元を掴むの?」
なぜ俺の首元を掴むのと、自分よりも巨漢のラルルへと顔を歪めて尋ねるショウ。ラルルはニヤリと牙をギラリと光らせて、片腕に力を込める。
「あんたが一番最適に見れるんでニャンね!」
「離せ、この虎女! 凶暴そうなのは顔だけにしておけ、あーっ!」
まるでボールのような投げられて、ショウはボチャンと『魔溜まり』にボチャンと落ちた。
「ぎゃわー、きもっ! これきもっ! あ、口に入った。苦いっ、すんげー苦いっ!」
バッシャバッシャと手をかいて、溺れるショウ。スライムのように粘着かあって、ドロドロとしていて気持ち悪い。
だが、触った箇所が白くなっていくと空気に溶けるように消えていく。口に入った瘴気も同じように喉に通る前に消えていく。そのため溺れ死ぬことはないだろうが、もんのすごく苦いっ!
「あっはっは、安心するニャン。溶けていくニャンだろ? それに『魔溜まり』に魔物は入らない。本能で自分の母体とでも思ってるんだろうニャンね。他の奴らも危ないと思ったら『魔溜まり』に入るニャン」
豪快に笑いながら、ラルルは周りの魔物を倒していく。疲れ切ってはいるが、他の冒険者たちはさすがに中に入るのはなぁと、戦い続ける。
ショウが『魔溜まり』に入ったためなのか、魔物がこれ以上生まれることはなくなり、徐々に形勢はラルルたちに傾いていく。
「チキショー、こんな活躍はいらねーよ。なんか汚染されない? 身体がグニャって魔物に変形しない?」
気持ち悪いなぁとは思いつつ、何も起きないので、少し余裕ができて、ショウは浸かっている黒い水を掬いあげる。
これはいったいなにでできているのだろうと、掬った黒い水が、あっという間に白くなっていくのを眺めて首を傾げる。
しかし油断するのは早かった。
ほとんどの魔物が片付き、『魔溜まり』が半分ほどの大きさに変わった時であった。
「変身する姿が、醜悪な君たちにそっくりだろう?」
「な!」
どこからか声がするのと当時に、森の奥から、飛んできた光の騎士槍がラルルの身体を貫く。ラルルは驚きで目を見開き吹き飛ぶと幹に叩きつけられて崩れ落ちてしまう。
「がっ」
「グハッ」
「ひいっ」
周りの冒険者達には風の刃が襲いかかり、その身体を切り裂いていく。革の鎧がまるで紙のように簡単に切られて鮮血が飛び散る。
気絶したラルルの姿が元の人へと戻っていく。
「なっ! なにもんだ!」
ショウは次々と倒されていく仲間に驚き、慌てて黒い水をかき分けて、岸へと向かう。
「せっかく魅人を間引きするために用意したのに、まさか読まれるとはね」
「困りました。3年もかけて用意したのですが」
「まだ消されてはいない。再度用意することとしよう」
森の奥から、三人の男女が散歩でもするかのような歩いてくる。
その声音は耳に心地よく、ストレートの流れるような金の髪、芸術品のような美しく整った顔立ち。スラリとした均整の取れた身体。
そして、槍の穂先のように長く尖った耳。
「え、エルフ? なぜこんなところにエルフがっ!」
信じられない思いで見つめるショウの瞳に映るのは……。
森の奥地を棲家としている人類最高の魔力を持つエルフであった。