20話 明日に回すと遅くなる
次の日、俺はてってこと冒険者ギルドに向かっていた。あの熊男を覚醒させるためには、かなり危険な方法が必要だ。しかも『回帰』が説明できない面倒くさいパターンだ。
モグラとかハトとか、ふざけんなよと思っていたけど楽だったと思い直したよ。竜王さんや鳥王さんのような相手を希望します。
街中を走っていると、少し違和感を覚えた。どことなく空気が重い。お喋りをしている人たちも、どこか浮ついている。暗いところもあるが、期待している様子も垣間見えていた。
「これは戦争の雰囲気だな。しかも有利に進んでいる」
「どうしてそう思う?」
隣を走るトゥスが尋ねてくるので、横目にして理由を話す。
「見ろよ、あの女性は兵士の妻だ。いつ帰ってくるのかと話している。だけど不安げな様子はない。相槌をうつ相手も同じだろう。多分会話から一度か二度は帰還しているんだ。即ち余裕がまだあると見た」
漏れ聞こえる話では、今度帰ってきたら何を作ってあげようかしらとか、娼館に行っていないかしらと、お喋りしていた。
武器屋で飾られている武器や鎧も歯抜けのようになっており、売れ行きが良いことを表していた。
失敗した。この半年間は訓練かミミズを探すのに懸命で周りに気をつけなかった。回帰前は気をつけていたのに。
兵士が動員されているのだ。冒険者も同じかもしれない。昨日声をかけておけば良かったかも。
少し思うところがあるので、神気を解放して銀髪碧眼に変えておく。俺の姿が一瞬で変化して、顔立ちが少女のように変わる。
そうして、冒険者ギルドの扉を体当たりをして開くと中に入る。
「ちっ。嫌な予感が当たったぞ」
「ふぉ〜。ちょっと疲れた」
舌打ちして建物内を見渡す。後から入ったトゥスがぜぇぜぇと息を荒げてしゃがみ込む。
冒険者ギルドはガランとしていた。本来なら王都の冒険者ギルドは多くの冒険者で賑わっているはず。今は新入りっぽい冒険者たちが数人いるだけだった。
熊、熊男はどこだ? 目立つからいるとは思うのだが……いない! トゥスは感知できるんじゃなかったか? くるりと振り返り、トゥスを見ると、ぜぇぜぇと息を切って俯いたままだ。
「……一日毎に場所の更新が行われる」
「早く言えよな!」
受付へとダッシュして、手が届かないので身体を持ち上げる。受付のお嬢さんは、子供が乗り出して来たので驚いた顔になるが、そこはスルーしてくれ。
「おねーさん、少し聞きたいのですが?」
「は、はぁ。なに、お嬢さん?」
「男です。それよりもショウ・ゴスはどこにいるのか知ってますか? 今日はあの人に依頼があったんですけど」
にこりと微笑むと、まぁ、男の子なのと顔を赤面させる受付のお嬢さん。ふふふ、利用できるものは利用する。この顔立ちだと気品もあって、可愛らしい。
平凡な顔つきよりも、様々な点で有利になるんだ。うん、泣いてはいないよ?
「あぁ、あの銀ランクの未来の騎士副隊長さん。あの人と約束をしてたの………残念ね、昨日全財産を魔石ですったからと言って、王墓の森に行ったわ。国から王墓の森の魔物を駆逐しろと依頼があったのよ」
「もう向かったの?」
「えぇ、他の冒険者たちと一緒に行ったわ。でも一週間もしたら帰ってくるわよ。帰ってきたら伝えてあげるから、お名前を聞かせてもらって良いかしら?」
「ヨグです。それじゃあ、帰ってきたらよろしくお願いします」
ニコニコと笑顔で挨拶をすると、踵を返して冒険者ギルドの外に出る。受付のお嬢さんは赤面したまま手を振り続けていたので、この顔立ちの効果は抜群らしい。
「どうするヨグ?」
「うう〜ん。『回帰』で戻って来た令嬢がスタンピードを防ぐために行動していたとする。いや、確実だろう。その余波は予想できないけど、冒険者を頼りにしているということは、ほとんど駆逐したに違いない」
冒険者は弱い。なにせ食い詰めた人が大体なるからだ。即ち戦闘用の『契約』をしていない人たちがほとんどだ。
それは受付のお嬢さんが言っていた銀ランクとなっているショウの話でもわかる。銀は冒険者ギルドで二番目のランクだ。
最高ランクは金だから、彼は既にあの若さで戦闘用の『契約』もできないのに銀ランクに上がれたわけ。それだけで冒険者ギルドの戦闘力の低さがわかるだろう。
戦闘用の『契約』をしていれば、金ランクである。
とはいえ、ランクは戦闘力を示しているだけで、信用度とは違う。それはそこの支部の冒険者ギルドが保証する。それに商人の護衛から素材集め、雑魚の魔物の駆逐と冒険者は役に立っているので、必要ないわけではない。
その雑魚の魔物の駆逐の依頼があったということは、強敵は倒し終わったに違いない。普通に考えれば、熊男は無事に帰ってくるだろう。
あの男、身体を鍛えていたし、持っていた大剣も使えそうだったからな。
普通に考えれば……。だが、危険な可能性もある。あまり頼りにならないと思うがトゥスに聞いてみるか。
「どう思う?」
「むふーっ、たぶん高い確率で帰ってこない。なぜなら、王墓の森には『魔溜まり』があるから。破壊したなら、そもそも冒険者を呼ぶほど雑魚は残っていないはず。魔溜まりに向かう途上で、大体の魔物は駆逐しているはずだから」
たまに頭の回転が早い女神様である。『魔溜まり』は魔界と繋がっていると言われる瘴気でできた水溜りだ。魔物が次々と湧いてくるから、バシャバシャとしないといけない。
スタンピードの際は特別巨大な『魔溜まり』と大小たくさんの『魔溜まり』が形成されたことにより発生する。
『魔溜まり』が形成される原因は不明だが、必ず森の奥地や砂漠深くなど人のいない場所に湧くことから、マナが消費されずに放置された場所で生まれるとされている。
そこに行ったとすると、………『回帰』前は同じようなシチュエーションで闘気に覚醒して生き残ったという話だが、今度も同じ展開になるとは限らない。『運命』があるわけではないらしいからね。
コインがいつも表とは限らないのだ。
「たしか王墓の森は馬車で2日だったよな?」
「依頼だとすると、マホロバを使っているかも。あれなら馬よりも遅いけど疲れにくいから、休むことなく走れて長い距離では馬よりも速い。たぶん半日ぐらいのはず」
ちっ。たしかにそのとおりだ。緊急討伐クエストでは、少しお高い魔馬を使われる場合は多い。スタンピードだと理解して対応しているとなると……。
「こういう場合、速い運搬方法がネックになるよなぁ。もう王墓行きの定期便ないよね?」
「むふーっ、恐らくは駆逐クエストが発行されていることから、危険な場所ということで定期便は停止していると思われる」
「的確なご指摘ありがとうございます」
それじゃあ、追いつけないね。……どうしようかなぁ。
「不幸にも支払う前に、加入者が死亡。チーン、なむなむ」
なんか跪いて祈り始めるトゥスさん。陽射しの元で祈るトゥスは見惚れる程に金髪が美しくて、その可愛らしい顔立ちで真摯に祈る姿も神々しい。
「祈りは終わった。新しく開店したケーキ屋さんのケーキを食べに行く。その後は暗黒王77世に支払いを行う」
諦めが早すぎる女神様はもう祈り終えた。トゥス保険会社の悪辣さがわかるひと時です。暗黒王って、フクロウだろ!
あの熊男はかなり力を手に入れることに必死だった。なんだかなぁ………放置するのは少し良心が痛む。
しゃあない。なんとかしますか。
嫌だけど、とっても嫌だけど。反動が辛いし、使っている間はとんでもなく辛いけど仕方ない。
トゥスの肩をガシッと掴んで目線を合わす。少しばかり本気で行こう。
「走って追いかけよう。『契約』を使えば追いつけるはずだ」
「………『契約』を長時間使うのはお勧めできない」
ケーキ屋さんに思考が飛んでいたトゥスも俺の瞳を見て、顔を引き締めると、警告を口にする。
たしかにあれは反動が酷い。熊男にそこまでの義理はないが……ないけど……。やっぱり止めようかな? なんか店での暴れっぷりは酷かったし。
いやいや、『回帰保険』に入っているんだし、人からはどれぐらいの支払いがあるかも確認したい。
その金額によっては、俺の願いを叶えるにはどれだけ頑張らないといけないかわかるしな。
うん、やっぱり行こう!
「反動は甘んじて受ける。さっさと追いかけよう!」
「うぅ……きっと数日は動けなくなる……トゥスは嫌」
心底嫌そうに顔を歪めて、涙目になるトゥスさん。おててもぷるぷる震わせて、全身でお断りだという空気を醸し出していた。
俺の心配ではなく、自分の心配だった模様。本当に仕方ない女神様である。たしかに筋肉痛と虚脱感、頭痛と吐き気とあのコンボはかなりきつかった。
「よし、『契約』を使用した回数だけ、ケーキ屋さんとかで、デザート食べ放題」
「むふーっ、信者を助けるために行動するのは神として当然の行い! 早く『契約』する!」
鼻息荒く俺に顔を近づけてくるトゥスさん。あっという間に買収成功です。
「それじゃあ、まずは王都から出るぞ。おっと皆に出かけると伝えておかないとね」
子供たちに心配かけちゃうからね。
「大丈夫。カモン、我が信者よ、今ここに神託を与える!」
トゥスが手を翳して叫ぶ。チラチラと粉雪のような光が空に昇っていくと、信仰心厚い信者が飛んできた。
「くるっぽー」
この半年間で仲良くなった鳥王69世さんだ。トゥスの肩に乗るとくるっぽーと鳴くつぶらな瞳と触り心地の良い羽を持つ王都の空を支配する王様だ。
「これをトゥスの神殿にいる神官見習い候補に渡して欲しい」
「くるっぽー!」
鳥王さんの足にトゥスがこよりを結ぶと、コクリと頷いて空へと羽ばたいて行った。
いつの間にか俺の屋敷は神殿になっていたらしい。神官見習い候補?
鳩が飛んで行くのを見て、トゥスは俺へと得意げにニマリと笑顔を向ける。
「それじゃあ、熊男を助けに向かう!」
「あぁ、そうだな」
『認識阻害』で俺たちの姿は他の人には認識できない。だからここで良いだろう。
トゥスの差し出す手のひらに、俺の手のひらを合わせる。目と目を合わせて二人で頷く。
魂が繋がり、自身を変化させる。
魅人を人類の地位に押し上げた儀式。
自らをまったく別の存在へと昇華させる奥義。
『契約』
俺たちはマナの光に包まれる。二人の身体が重なり一つの肉体へと融合していく。
銀糸のように艷やかな銀髪が腰まで伸びて、ハラリと靡く。背丈が伸びて手足が伸びる。碧眼の奥にチラチラと粉雪のような光が宿る。
意識が二つから一つへと変わり、認識が変わる。思考が変化する。性格が新たなる者へと成っていく。
光の柱が天まで伸びていき、神々しい光が収まると、一人の使徒が生まれていた。
凛々しい目つきにスッとした鼻梁、桜色の唇の小さな可愛らしい顔。か細くもしなやかで躍動感を感じさせる手足。背丈は140センチの小柄な体格だが、存在感が周囲を圧する。
美しき外なる神の使徒。
スウッと閉じていた目を開くと、桜色の唇から鈴を奏でるような声音で呟く。
「全にして個。私はそこに在り、どこにもいないもの」
トンと軽く地面を蹴ると、空高く浮き上がる。王都がジオラマのように小さくなり、風が頬を撫でる。
「保険の支払いさせていただきます」
そして使徒は、空を駆り王墓の森へと飛んでいくのであった。