2話 ハレの日は陽射しが強く
多くの人々が行き交う王都。
百万人を超える人々が住んでおり、大陸でも有数の大都市である。
大通り1つとっても、馬車が行き交い、多くの人々が歩いている。
その人の多さは、田舎から来た者たちにとっては驚きらしい。祭りでもこんなにたくさんの人が目に入ることはないと、古着の革の服にズボンを履いた二人組の若い男たちが、物珍しそうにキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていた。
特段珍しいものでもない。夢と希望を胸に王都に来る者は多い。田舎から苦労して訪れた者たちはたくさんいるのだ。
王都に住む者たちは、その田舎者丸出しの姿を見ても、気にも止めずに通り過ぎてゆく。
隙間なく敷き詰められた石畳から、カッポカッポという木靴で歩くたびに鳴る音に驚きながら、二人組は王都を進んでいく。
素朴な様相の二人組は、手に抱えるズタ袋を大事に抱えながら、どことなく怯えを見せている。歩行者にぶつかりそうになるたびに、ペコペコと頭を下げて謝るので、性格も擦れてはいない様子だ。
どこが目的地というわけでもないのだろう。目はウロウロと落ち着きなくうろつき、足取りにも力がない。
軒を並べる石造りの家屋は10階建てのものもあり、その威容に気圧される。人の流れに押し流されるように進み、それまでよりも活況のある通りに入り込んでしまう。
「いらっしゃい、いらっしゃい。新鮮な林檎だよ!」
「今日は豚肉はどうだい? 安くしておくよ」
「着火の魔道具はいかが? 今なら相場の半額!」
「神官いらずのポーションはいかが?」
「創造神クロノスの神殿に礼拝にきませんか?」
新たに踏み入れた大通りには、多くの店が並んでいる。木箱にぎっしりと詰まった野菜や、色とりどりの果物。屋根から吊るされている豚肉や鶏、区画が分かれているのだろう。少し先には剣や槍、革製の服などが置いてある店もある。
店員たちの呼び込みと、客の値切りの丁々発止。そして、先程の大通りよりも多い人の数。どうやって人にぶつからないように歩くのかわからない。もはや初めて王都にやってきた者にとっては、キャパシティを超えていた。
「あっ、すいません」
遂に立ち止まって、どうしようかと顔を見合わせて立ち止まった二人組の一人に、ぽすんと子供がぶつかり、慌てて頭を下げて謝ってくる。
見ると自分たちのように継ぎ接ぎだらけの服を着込んでおり、薄汚れている。
王都の人たちは皆綺麗な服を着て、自分たちの粗末な服装が恥ずかしくなっていた二人は、自分たちだけではなかったかと、仲間意識を持ち安堵の笑みとなると、手を振って返す。
「気にすることはないべ。こぉんなに人がたくさんだったらぶつかるに決まってるべ」
「そだ、そだ。おら、初めてこんなに人がいるの見ただよ」
人の良さそうな顔で子供を慰める。すいませんでしたと、男の子は頭を下げて歩き去って行こうとする。人混みの中に子供が消えていきそうになる時だった。
「まぁまぁ、たしかに人とぶつかってしまうのは仕方ありませんよね」
「あいでっ、痛いって!」
ニュッと手が伸びて、子供の腕を捕まえる。子供が痛みに顔を顰めるのを気にせずに、二人組に顔を向けてニコリと微笑む。
「あんだ、子供が痛がってるべ! え、えぇと、やめねぇか?」
「あぁ、そうですね。ちょっと力を入れすぎたかな?」
非難の声をあげる男へと、口角を釣り上げて返すのは、中年の男性だった。隣には10歳ぐらいの男の子と女の子。そして4歳ぐらいの女の子がいる。
とはいえ、二人組が戸惑うほどに容姿は良い。銀髪に碧眼。銀髪は整えられており、フケなどはないし、年相応の皺などは見えるが、それでも肌色はよい。
一瞬目を見張ってしまう程に整った顔つきの容姿端麗の男性に、若干引き気味になる二人組。その様子を見て、微かに肩を竦めると、子供へと声をかける。
「ごめんね、痛かったかな? で、落とし物は返さないといけないだろ?」
「なんだよ、ヨグのおっさんじゃねえか。ったく……。すいません、そういえば小袋が落ちてたんですけど、貴方たちのものですか?」
チェッと舌打ちをして、子供は懐から革製の小袋を取り出すと、男へと手渡す。
「あぁッ! それはおらの財布だべ! 腰に下げていたはずなのに無いっ!」
「落としたんですよ。ほら、返してやれ」
「そうですね、はい、どうぞ。ったく、財布は落とした時用に何個にも分けておいた方が良いですよ! それじゃ」
慌てる男へと渡すと、唇を尖らせて身体を翻して走りだそうとするので、男性はその首元を掴む。
「ほら、残念賞だ。あんまりこういう奴らを狙うなよ」
「おっと、お、銀貨かよ! ありがとさん! わかったよ、あんまり田舎者は狙わないことにしておく。そんじゃな〜」
硬貨を投げつけると、キャッチして顔を綻ばせて去っていった。
その様子を見て、状況がわからないと戸惑う二人組は、男性へと声をかける。
「あの……今のやり取りは?」
「ここでは日常茶飯事です。そこの店で安い小袋を何個か買って、スられた用に銅貨を数枚入れた財布を用意した方が良いですよ」
「す、スられた?」
混乱が解けない二人組に、小さく手を振り返すと、歩き始めるのであった。
人混みの中を慣れている様子で、男性は市場を歩いていく。
「なぁ、あの人たち、小袋買うかなぁ?」
「知らね。まぁ、今の幸運を捨てるようなら、ここでは暮らしていけないだろうなぁ」
隣を歩く男の子が尋ねてくるので、遠ざかっていく二人組を見て言う。
「ヨグおじさんは優しいと思います。でも、お金は渡さなくて良かったんじゃない?」
「まぁ、今日は機嫌も良いし、懐も温かい。それに記念日だ。悪い光景を記憶に残したくなかったんだよ」
ブウと頬を膨らませて、女の子が不満そうに言うので、苦笑いで頭を撫でてやる。
「まったく、ヨグおじさんは仕方ないですね!」
「しかたにゃい〜」
女の子の真似をして、舌足らずで小さな女の子がキャッキャッと笑う。その笑顔に癒やされてグリグリと頭を撫でてやる。
ヨグ。男性の名前だ。即ち俺の名前である。
「さぁて、あんなことは忘れて今日は御馳走だ!」
「へへ、豚肉はオーケーだぜ! しっかりと値引きしてもらった!」
「野菜に果物も新鮮な物を買い揃えました」
ニカッと笑い、二人が籠に入れている食料品を見せてくる。ウンウン、収穫はバッチリのようだな。
「あたち、パン買う〜」
「あぁ、たくさん買おうな!」
「うん! あたちもお手伝いすりゅ!」
パアッと花咲くように笑顔になると、クイクイと腕を引っ張って走りだそうとする。
「大丈夫だって。白パンは売り切れになることはないからな」
「いそぎゅの! あたちもおつかいすりゅの!」
ふんふんと鼻息荒く、手を引っ張ってくるので、苦笑気味に引っ張られるままにする。後ろから二人も苦笑してついてくる。
パン屋に到着すると、早く早くと背を伸ばしてドアを開けると店に入っていくので、後に続く。
「お、いらっしゃい。ヨグじゃないか、白パンかい?」
店員のふくよかな体つきのおばさんが、俺たちを見て声をかけてくる。
「えぇ、白パンを3つお願いします」
「あ〜! あたちが言うの! おばしゃん白パンみっちゅくださいな」
丁寧な所作で頭を軽く下げて注文を口にすると、パタパタと手を振って、口を挟んでくる。
「はいよ。白パンばかりいつも悪いね」
「いえ、ここの白パンは美味しいですから」
店の奥にある白パンは高級品だ。店内に並ぶ黒パンとは値段が違い数倍する。売り上げに貢献するお得意様におばさんはいつもニコニコと歓迎してくれる。
白パンが美味しいのはたしかだが、それ以外にも理由はある。もはや必要ないかもしれないが、念の為だ。愛想とつけ届けは振りまいておいて損はない。
にしても……今日はやけに置いてあるパンが多いな? 店の奥に置いてある白パンもいつもより数が多い。しかも燻製肉を挟んでありサンドイッチにしてあるのも多いぞ?
「なんか今日は祭りでしたっけ?」
「ん? いや、そうじゃないよ。ほら、反乱を起こしたお貴族様たちの処刑の日さ」
「あぁ……公爵だか、侯爵だか知らないけど、反乱を起こした奴らか」
納得した。そうか、見物人相手に売れるのか。なんかそんな話を風の噂で聞いたな。
「あぁ、物見遊山の奴らが見に行くのさ。あたしゃ、人が殺されるのを楽しみながら見る神経がわからないけど、売れる時に売らなきゃね」
「同感だ。首を斬られる奴らを見て、なにが楽しいのやら」
おばさんが真っ当な性格で良かったよ。だからこそここのパン屋にしているんだけどな。商魂逞しいし。
「なぁ、ヨグおじさん。俺たちは見に行ったら駄目か? なんかたくさん屋台も出てるらしいぜ?」
「駄目だ。俺はお前たちが人の死を見て喜ぶような子に育てるつもりはない」
男の子の頭を強く撫でて、厳しい顔できっぱりと告げる。
「一族郎党らしいからねぇ。かなりの大見世物になるって、さっき来た吟遊詩人が話してたよ。なんか悪女として有名な人も処刑されるんだって嬉しそうにしてたね」
「やだやだ、今日は記念日だっていうのに、残念なイベントが重なってしまったよ」
なんかケチがついたな。まったく他の日にすりゃ良いのに。
「記念日? なんの記念日だい?」
おばさんが俺の言葉に不思議そうに尋ねてくるので、こほんと席払いをする。
ふっふっふ、聞いてくれたか。まぁ、わざと言ったんだけどな。
「え〜、遂に俺はやりました。ちょっとばかり金がかかったけどな」
俺の言葉に子供たちは嬉しそうに、首にかけている物をおばさんに見せる。
「ジャジャーン! これを見よ〜。へへっ、すげーだろ」
「えへへ、これで私たちはヨグおじさん………いえ、ヨグお父さんの子供たちです」
「へいみゅんかーど〜」
嬉しそうに三人が見せるのは、鎖に繋がった半透明の小さな細長いカードだ。
そのカードを見て、おばさんは驚きの顔になると、次いで笑顔に変わる。
「あら! 平民権を買ったのかい! あのバカ高いもんをよくもまぁ三人分も。スラム街の子供たちを拾って育てているだけでも感心してたのに、あんたやるね!」
「えぇ、ようやく手に入れました。そしてこいつらはそのまま俺の養子にしたので、正式に俺の子供たちです」
「怪しげな錬金術の店をしていると思ってたけど、頑張ったね! よし、今日はあたしの奢りだ! 白パンはタダで良いよ」
おばさんはバンバンと肩を叩いてくるので、結構痛い。だが痛さよりも嬉しさの方が今日は上だ。
「まぁ……父ちゃんとこれからは呼ぶからな!」
「うん、お父さんありがとう。あ、これはお店に戻ってから言うつもりだったのに!」
「パパありあと〜」
三人の子供を前に、感極まる。涙を流すことはしないけどな。大人だから、これからは父親としても立派な姿を見せないといけない。
「今度薄めたポーションの作り方を教えてもらうんだぜ」
「余計なことは言わんでよろしい」
コツンと息子の頭を叩いて、俺は子供たちと顔を見合わせて微笑むのであった。