19話 熊男が現れた!
魔石屋には『契約』用の魔法陣と、作動させるための魔法使いがいる。買ったばかりの魔石と契約をしたい者は多いからだ。
「とりあえず、使えそうな魔石に手を当ててみて。なんとなく同調できる感じがする魔石を確認してみましょう」
魅人の能力である吸収能力。その能力により触るとなんとなく吸収できる魔石がわかるのだ。とりあえず、ピンとくるモノを試してみよう。お高いのは無理だけどね。
「いらっしゃいませ、おぼっちゃま。魔石をお買い上げに?」
俺たちに気づいて、下手な下級貴族よりも上等な服を着た男が近づいてきて、丁寧に頭を下げてくる。見定めるような目はしないのはさすがだ。
「えぇ、この子供たちの『契約』をしたいんです。一人の予算は金貨100枚まででお願いします」
一人の予算を聞いて一瞬眉を跳ね上げるが、すぐに笑顔に変わる店長。
「金貨100枚ですね、畏まりました」
子供たちの服装からそこまでお金をかけるとは思わなかったのだろう。いつもの手法だ。なんか偉そうな貴族の子供に見せかけて、裕福に見せかける!
「えぇっ! き、金貨100枚? そんな大金は使えないよ」
「まだまだ大丈夫ですので、気にしないでください」
「そうそう。それに貴族の子供でもないと、そんなに高価な魔石と『契約』できるわけアゥッ」
予算を耳にして驚き慌てるイータたちに、余計なことを口にするトゥス。そしてトゥスの脇腹に突きを入れる俺。店長さんがその様子を見て、口元に苦笑を浮かべる。
悔しいけど、貴族たちの前身は吸収能力が高かった者たちだ。素質と言う点ではずば抜けて高い。イータたちではそこまで高価な魔石とは『契約』できまい。
でも、高価な物から試すのは悪くはないだろう。
「うぉぉぉん! 戦闘系で高い魔石を持ってこい! 俺の第六感が働くかもしれないだろう!」
「あまりお金ありませんよね、お客様? さっき戦闘用では最安価格の大ナメクジの魔石と『契約』できなったじゃないですか!」
「そんなのわかんねぇだろーっ! 一番高い魔石を持ってこい! 『契約』できたら分割払いで、あ、こら追い出すなよ、こら!」
後ろの様子が極めて煩い。いるんだよな、ああいう一気に強くなろうとする金のない奴。
熊みたいな男はガードマンに担ぎあげられて、えっほえっほと運ばれていく。ああいった客のあしらいになれてるんだろう。
「おかしいぞ! 俺は『闘気使い』になるはずだ! なんでこんなに苦労しているんだよ。うぉぉぉん、トゥス神よ、我に導きを!」
叫びながら、店を追い出される熊男。そのセリフにぴくりと眉をあげる。
なぬ? 今なんっつった、あの熊男。運ばれていく熊男を珍しいものが見れたよというスタイルで、さり気なく視線を向ける。
泣き叫ぶ熊男は、ポイッと玄関から捨てられて、お騒がせしましたと店員さんが頭を下げる。
ちらりとトゥスへと視線を向けると、俺の視線に合わせてニヤリと笑い返すトゥス……
「ふぉぉぉ、この猿モンキーの魔石がお勧め! 面白そう!」
イータたちと一緒にはしゃいでいた。全然熊男には気づかなかった模様。
しょうがないな、まったく。これで女神様?
「トゥス、話があるから外に行こう。イータ、皆で魔石を決めておいて」
トゥスのおさげを引っ張って、肩に手を回す。ズリズリと引きずって外に出ると耳元にこっそりと囁く。
「なぁ、なんかトゥスを崇めている熊がいたぞ? ほら、あれ」
トボトボと歩く熊男を指差し、トゥスに問いかけると、不思議そうにトゥスは熊男を見て首を傾げる。
「熊? 熊には営業をかけた覚えはないけど………おぉ、見覚えがある」
トゥスは空間から紙束を取り出すと、ペラペラと捲っていく。途中で捲るのをやめると、ほぅほぅと読み始める。
「いた。信者だった。ん〜、この人は熊に見せかけて人間! 『回帰保険』にも加入してる! 名前はショウ・ゴス。『闘気使い』だった」
ふんふんと目を輝かせて教えてくれるトゥス。なんで言われるまで気づかないのかな?
「気づけよ!」
「簡単なやつから片付けていた。鳥王69世とか」
「集めたのは、またミミズだったけどね!」
この半年での支払いは鳥王69世陛下の一族相手だったのだ。くるっぽーと可愛らしい鳴き声だったけどな。
お陰で『盗賊1』と『狩人1』。3万TPが手に入った。『初心者入門』という本で、半年間読み込んだのだ。読んだらすぐにスキルが手に入ったわけではなかった!
訓練するために、屋敷でタンスに隠れたり、足跡の追跡をするために庭で這っていたら、また皆から生暖かい視線を受けることになったのは思い出したくないです。
「で、あいつはどんな物を保険に掛けていたんだ?」
しょぼくれた熊男は角を曲がり、去っていく。なんか高価な魔道具とかかな? それなら買える範囲ならすぐに支払えると思っていたら、予想外のことを口にしてきた。
「違う。あの男は……えぇと、物ではない」
「物じゃない?」
「うん。『闘気』を覚醒させること。『闘気』を与える奇跡には『信仰心』が足りなかった」
「物ではない支払いもあるのか……覚醒?」
神の奇跡ありきの保険だもんなぁ。まったく面倒そうだ。
「覚醒は簡単。スタンピードにて魔物の群れに一人のこす。死ななければ、覚醒する」
そして死ぬ可能性が極めて高い方法だった。嬉しそうに話すトゥスには人の情がないのかな? 神様だからないのか。
たしかに簡単そうだけど………。スタンピード?
「……もしかして、本来ならスタンピードは始まってる? 8歳の記憶ではないんだけど」
「本来なら五ヶ月前に発生。大損害を受けて、軍は貴族の子弟限定で、三ヶ月前に兵員不足を補う第一次兵員募集が行った」
得意げに腕を組みふんぞり返って説明をしてくれるトゥス。一応は全知というだけはあるな。
「『契約』が使えないショウは最前線に配属されて、魔物の群れに隊が包囲。そこで仲間が次々と死んでいき、それを目の当たりにし死の恐怖から『闘気』に覚醒」
「なんで俺はその記憶が……あぁ……正確な時期は8歳時は知らなかったか」
もうスタンピードの時期だったのか。というかスタンピードが起こるんだから、ギタンたちの騎士や冒険者を目指す道は中止だな。
にしても、これから10年間、スタンピード事件が続くのかぁ。と、そういうわけではないのか。
「スタンピードの発生が防がれたんだな?」
「多分そう。『回帰』を受けた人間は高位貴族の令嬢。当然スタンピードを阻める権力もあると思う」
「善なる行動だなぁ。反対はしないけど、ああいった人間も出てしまうわけか」
数十万人が死亡した事件だ。俺だってスタンピードを防ぐに決まってる。
とはいえ………。
「死ぬかもしれない苦難で手に入れた力を失うなんて可哀そうだよな。支払いをするとしますか」
熊から瀕死の熊になってトボトボと帰る男を見て、同情してしまう。可哀そうだし、優先して支払うとするか。
さて、声を……。子供の俺があの熊に声をかけるのか。衛兵を呼ばれないように気をつけないとな。
もちろん、熊さんが捕まらないようにね。
とりあえず子供たちの『契約』の結果を見てからにするけどさ。
「トゥス。あいつは祈りを捧げていた。とすると信者なんだから、居場所はわかるんだろ?」
「全知なるトゥスは信者のことを常に見守っている。だから居場所ははっきりとわかる!」
「ナイスだ。それじゃあ、あいつのことは明日に回そう」
熊男よ悪いね、子供たちの方が大切なんだ。
店に戻ると、四人はそれぞれ魔石を手にしていた。どうやら選び終わったらしい。
「皆、選び終わったのですか?」
「うん、私はこれ! 『コオリス』だよ。何か『契約』できそう!」
小さい氷の魔石を取り出して微笑むイータ。『コオリス』は一粒の氷を作り出すリスの魔物だ。無害で『契約』すると………少しだけ病気に耐性がつく。金貨1枚なり。
「俺はこれだ! 『マホロバ』。スゲーだろ」
ギタンは『マホロバ』か。えぇと、たしか身体を僅かに蜃気楼のように揺らめかせる。それと疲れにくくなる、だったかな。金貨3枚なり。
「僕はこれだよ。『風船ムササビ』」
ガノンは『風船ムササビ』を選んだと。数センチだけ身体を浮遊させる。金貨15枚。数センチだけとはいえ、水の上とかに浮くことができるから少しだけ高い。問題は身体能力はほとんど上がらないこと。
「最後は『ミニマンティス』。包丁を研がなくてすむんだってさ!」
どうやらタルクが一番良い魔石を手に入れたらしい。『ミニマンティス』は剣などの刃物を少しだけ鋭くさせる。この場合、包丁などを研ぐ必要が無くなり、料理人に人気だったな。金貨30枚だったな。
合わせても金貨49枚。まぁ、予想通りと言うところだな。
「むぅ、ここで、え、あの人が!? とかいう物凄い魔石と契約できるのがテンプレだったのにつまらない。イータあたりがドラゴンと契約できると期待してた」
つまらなそうに空を蹴るトゥスさん。なんかよくわからないけど、予想外の出来事が起きるように期待してた模様。
「『契約』の儀式を行います。使用料に金貨5枚かかりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
ニコリと微笑み、確認してきた店長へと頷く。最低で金貨一枚の使用料。それに魔石代が加わるから、普通の平民では手が出ない。
「戦闘系だったらなぁ〜。コボルドとかと『契約』できたら、バリバリ活躍できたのにさぁ」
しょんぼりと肩を落とすギタン。俺としては戦闘系でなくて良かったと内心では思っているけど。
戦闘系の『契約者』は引く手あまただ。だが、貴族でもない平民は使い捨てにされる可能性が高いからな。
お父さんとしては胸を撫でおろしてます。
金貨を払って、儀式が行われる。魔法陣の上に立ち、全員はマナの光に覆われると、予想通り『契約』を無事に行われた。
これで皆は少しだけ身体能力が上がった。微妙なレベルの上昇で気のせいかな? とか思うレベルだけどね。魔法耐性も少しだけ上がったはず。
ゼロよりは遥かにマシだろう。
「やったね、見てみて! 氷が作れるよ!」
手のひらにポコンと氷の粒を生み出すとイータ。大喜びで、今にも踊りだそうだ。
「俺の姿ぼやけてるか?」
「見てみて、浮いてる? 浮いてる?」
「凄いよ! ギタンもガノンも魔法が使えてる!」
大騒ぎだ。はしゃぎすぎて、お店の迷惑になりそうな予感。
さて、追い出される前に帰るとしようかな。今日はご馳走で良いだろう。




